出発
トルルの森についての記述のある本を見つけたので、純也は一通り目を通しておいた。
その間、ソフィーにはポーションや携帯食を買ってきてもらった。
一応純也も短剣以外の武器を装備することにしたが、どれがいいかわからないので、ソフィーに適当に買ってくるように頼んでおいた。
「純也。武器かったわよ」布に包まれた何かをソフィーは純也に渡す。
「ありがとう」布を開き中を確認する。「え、これ何? ボウガン?」
ボウガンと矢筒のセットだった。値札ははがされていたが、セットで買うとお得になるという赤いシールは付いたままだった。それとは別に矢も数本購入しているようだ。
「そう! やっぱり純也ならボウガンを知っていると思ったわ。よかったぁ」安堵の表情をするソフィー。
「え、なに? 俺、ボウガン使うの?」
「そうよ。接近戦は私が担当するから、遠距離攻撃をお願い」
「いやいや、お願い、じゃないよ。今日これからお昼食べたら出発だよ? ボウガンを知ってるからって使いこなせないよ。剣を買ってくると思った」
「どうしよう」困り顔のソフィー。
その顔、結構かわいいなと思ったけれど、困った状況なのはこちらのほうだ。こんなかさばるものを持って出かけるのは嫌だな。
だからといってせっかく買ってきてくれた気持ちを無下にはできない。
「まあいいや、旅の休憩中に練習してみるよ」
「う、うん。私も付き合うわ」
昨日ソフィーと買いに行った戦闘用の防具に、ボウガンをひっかけられるところがあったので、ぶら下げる。そして矢筒のベルトをも腰に装着する。荷物が増えてしまった。
幸先の悪いスタートとなったが、気合を入れなおす。
「それじゃあ出発しようか」
「そうね。私たちの伝説を作るわよ」拳を突き上げるソフィー。
「大げさだな」純也はソフィーとは対照的に落ち着いている。
リュックを背負い家を出る。しっかりと鍵をかける。鍵をかけた後ドアを引き、ちゃんとかかっていることを確認する。あ、トイレのランプ消したっけ?
「さっさと行くわよ」
「お、おう。そうだな」少し心配になったが、気にせず出発することにした。
途中までは馬車で行くことになっている。馬車は手配をしてあるので乗り場まで向かう。
ソフィーは初めての大仕事にテンションが上がっている様子だ。この調子だとトルルの森に着くころにはばててしまうのではないだろうか。
馬車に乗り込むと御者が馬に鞭を入れる。転移してから初めて馬車に乗った。
舗装されていない道と木製の車輪ではガタガタと揺れる。乗り心地は悪い。やはり車の方がいい。しかし無い物ねだりは意味がない。歩きよりはましと思おう。
ソフィーははしゃぎすぎてもう疲れてしまったのか、うつらうつらしている。
純也の肩にソフィーの小さな頭が寄りかかる。悪い気はしない。
眠気が移ったのか、純也も眠たくなってきた。純也の肩に寄りかかったソフィーの頭に純也の頭が寄りかかり、睡魔のされるがままになる。よだれが垂れたらごめんなさい。
□◇■◆
馬車の御者に起こされ、目的のトルルの森に着いたことを知った。
ここの入り口のところに小さな集落があるので、ここで一泊して明日から本格的な依頼の調査が始まる。
御者にお礼を言って、トルルの森の集落の地に足をつける。
「さすが純也ね。アーガルムから出たことがないのに、まるで一度来たことがあるような的確なプランだわ」
下調べをしておいてよかった。基本的に旅行は朝出発が多いけれど、下調べの結果この行程が一番効果的だと判断した。
小中高と修学旅行のときにしっかりとしおり作りをしていたので、その経験が役に立った。あんなもの作る意味があるのかと思っていたけれど、やはりまじめに取り組んでいて正解だった。
「とりあえず宿を探そう」
二人は集落を歩く。小さな集落だ。夕日と青々とした緑がきれいで、隠れた観光地のように純也には見えた。
宿屋はどうやら酒場と併設されているようだ。西部劇のような酒場だ。バンジョーの音やラグタイムのピアノが聞こえてきそうだ。スコットジョップリンが恋しい。
スイングドアを開け中に入ると、物珍しそうにマスターと先客たちがこちらを見てくる。
「一泊させてください」純也は視線を気にせずマスターに声をかける。
「ああ、二人は相部屋でいいな?」ずいぶんとぶっきらぼうに、低い声でマスターは言う。
「構わない」
「夜中はうるさくするなよ」
マスターのセクハラ発言に船客たちがぎゃはぎゃはと笑っている。これだから酔っぱらいは嫌いだ。もしこれで酔っていなかったらもっと嫌いだ。
酔っぱらいたちのたわごとは無視して、空いたお腹を満たすために夕食を頼んだ。
ぶっきらぼうのマスターからは想像できなかったが、きのこのスープがものすごくおいしかった。レトルトだろうか? いや、この世界にレトルトはない。
腹ごしらえの後、部屋の鍵をもらい二階に上がる。
質素な部屋だった。ベッドが二つあり、その間にサイドテーブルとランプ。小さなドレッサーと化粧台。これではまだ純也の家の方がましだ。あ、こんなこと言ったらダインさんに悪いか。
しかし純也にとっては久しぶりのベッドでの睡眠となる。贅沢は言えない。
「このベッド、スプリングが悪いわね。寝心地が悪そう」純也の隣で贅沢を言うソフィー。
「きょう一泊だけだから、我慢しろ」
「そうね。明日は森に入るのよね」
「ああそうだ。やりたくないけどな」
「もうあきらめなさい」
「あ、そうそう。ボウガンの練習をしたいんだけど」純也はボウガンを取り出す。
「そうね。一度外で撃ってみる?」
「ああ。そうしたい」
貴重品を持ち部屋を出る。マスターに事情を話したら、向かいの店が武器を扱っているから、そこで相談するといいと言ってくれた。案外話やすい人かもしれない。
向かいの店はいわゆる雑貨屋と表現するのが一番しっくりくるような店だった。武器も扱っているが、薬や工芸品まで取り扱っている。バイヤーでも雇っているのだろうか。
店の主人に話をすると、目を輝かせてボウガンを見ていた。
「おお、なんと、ボウガンですね。ああ、久しぶりに見ましたよ。うーん、この形状はなかなか心をくすぐられます」独特な抑揚で話す店主。
「そうですか。あの、これに合う矢があれば買わせていただきたいのですが」
「おお、残念ながら、これに合う矢はありません。しかし、しかししかし、私なら作れます。そうですね、明日の朝の出発までに百本は作れます」話しながら段々と興奮状態になっていく店主。
「あ、いや、そんなにはいらないです」
「ああ、遠慮することはありません。安い素材しかありませんが、ええ、作ることは可能です。百本で百ドルで構いません」
ソフィーに妥当な値段か確認すると、問題ないとのことなので、交渉成立となる。
一応、ポーションを買い足した。そして帰りにお土産になりそうなものも目星をつけておいた。
店主は裏庭を自由に使っていいと言ってくれたので、そこでボウガンの練習をすることにした。
矢は二十本。明日百本追加されるからといっても無駄遣いはできない。折ってしまったり、遠くへ飛ばしてしまったりしないように注意をしよう。
的を置き、ボウガンを構える純也。隣でソフィーが見ている。
神経を集中させて、矢を放つ。
飛んで行った矢は的に当たらず、後ろの壁に突き刺さった。
「まあ、最初はこんなもんだろう」
「そうね、一発目だから仕方がないわ」
それから二十本全部試したが、一つも的に当たらなかった。
ただ、言えることは、楽しいということ。当たらない悔しさみたいなものはあるが、ボウガンに矢をセットする、狙う、打つ、の一連の流れが楽しい。
ソフィーも純也が楽しんでやっているということが伝わったのだろうか。
「私にもやらせて」そう言ってソフィーは純也のボウガンを手に取る。
美少女とボウガン。なかなかアンバランスでいいではないか。まるでセーラー服と機関銃だ。
「快感」矢を放ったソフィーがそうつぶやいた。
赤川次郎は天才だ。
しかしソフィーも純也同様、何度打っても的には当たらない。
これは今の状況ではなかなか難しいかもしれない。練習が必要だし、別の方法も検討しなくてはいけない。
例えば、矢をもって接近戦で突き刺すとか。やる気はないけど。
夜も更けてきたので、今日の練習はおしまい。宿に戻る。
宿にはもう客はいなくなっていた。マスターも奥の部屋にいるようで、店内は薄暗かった。
あまり音を立てないようにして二階に上がり部屋に戻った。
明日は大嫌いな登山になるので、二人は早めにシャワーを浴び、布団に入った。




