異名
あれから調子に乗ったソフィーがマンドレイクの採取の依頼を次から次へともらってきた。
絶滅するのではないかと心配になるほど、二人で採取した。
その度に上質なマンドレイクの高価買取で貯金は増えていった。
純也としても働くのは嫌いだが、マンドレイクの採取くらいだったらあまり苦ではない。
いつからかマンドレイクの採取は二人の専売特許のようになっていった。
基本的に二人で行動しているが、手続きなどの表立ったやり取りはソフィーが行っていた。
そのため、マンドレイクのソフィーと陰で言われるようになっていた。
ソフィーは異名が付いて嬉しがっていたが、純也は絶対に嫌だと思った。
マンドレイク採取のソフィーならいいが、マンドレイクのソフィーでは、まるで自分がマンドレイクのようではないか。
それに気が付いていないソフィーを少しかわいいと思った。でも本人には伝えない。異名のこともかわいいと思ったことも。
そんなソフィーが冒険者ギルドに呼び出されていたので、純也も同行していた。
「マンドレイクのソフィーに何か用?」ソフィーが受付の女性に自慢げに言っている。
もう自分はマンドレイクですと自己紹介をしているようなものだ。もしかして死を招く悲鳴を上げられるのだろうか。
「ソフィー様、勇者様、お呼び立てしてすみません。ご足労おかけいたしました」丁寧なお辞儀をする受付の女性。
「構わないわ」
ソフィーの言葉に純也は隣で頷く。
「今日はマンドレイク採取の腕を見込みまして、商業者ギルドから特別な依頼をお二人にお願いいたしたくお越しいただきました」
「そ、そうなのね。どんな依頼かしら? ま、私たちに任せてもらえれば、何でもこなしちゃうけどね」ソフィーは動揺しながらも、自信たっぷりに答える。
「お部屋を用意していますので、そちらで」受付の女性が純也たちを別室へ移動させる。
困ったことになったと異動中、純也は頭を抱えた。
少しやり過ぎたようだ。調子に乗っていたのはソフィーだけでなく、自分も同じだったと反省した。
簡単に高額が手に入るといい気になって、難しい無傷のマンドレイク採取を続けてしまった。
それゆえ、商用ギルドから目を付けられ、新たなる依頼を受ける羽目になってしまった。
テキトーに答えて断る方向にもっていこうと心に決める。
「説明してごらんなさい」ソフィーが格好つけている。
「はい、こちらが依頼書です。ご確認いただきながらご説明いたします」受付の女性が二人分の依頼書を配り話を始める。「今回の依頼の内容は、簡単に申しますと、調査の依頼です」
「「調査の依頼?」」ソフィーと声が重なり、純也は少し恥ずかしいと思った。
「それは、探偵への依頼でしょうか?」純也が心の中でハッピーアイスクリームとつぶやいた後、受付の女性に質問をする。
「いえ、冒険者としての……、あ、でもそうですね、そのどちらも兼ねてると思っていただいて結構です」受付の女性は純也が探偵みたいなことをしていると思い出したようだ。
「まあどちらでもいいじゃない。探偵でも冒険者でも。どちらにしても私たちにしかできない依頼ってことよね」
「そういうことになります」
「そうですか……」純也としては乗る気がしない。「とりあえず、説明をお願いします」
「はい。ご説明いたします」受付の女性が眼鏡のブリッジを人差し指で上げる。「トルルの森に古い遺跡があるのですが、その調査と資源が見つかりましたらその回収、採取になります」
純也はそんな森は聞いたことがなかった。そもそもアーガルムから他のところに行ったことがなかったし、行く気もなかった。
いろいろと本を読んで知識を蓄えたつもりだったが、まだまだ知らないことも多いようだ。
「エルフの住む森よね?」ソフィーは知っていたようだ。
「エルフか……。それだったらエルフの冒険者に頼んだ方がいいんじゃないか? 森に住むエルフは警戒心が強いだろう」知っている知識を出して応戦する。
どうにかして依頼を断りたい。お金ならマンドレイクの採取で間に合っているし、今後もこの方法で採取していればくいっぱぐれることはない。それでいいじゃないか。これ以上何を望むというのだ。
「それも考えましたが、調査と採取となるとやはりお二人が適任かと思いましてご依頼させていただきました」
こういうやり取りに慣れているのだろう。受付の女性はのらりくらりと上手いことを言ってどうにかこうにか依頼を受けるよう仕向けてくる。探偵だって忘れていたくせに。
しっかり考えろ。どうやったら自分たちにはこの依頼が向いていないと説得力を持って伝えらるか。頭を働かせろ。
どういい返そうかと考えながら、純也はソフィーをちらりと横目で見る。
何やらうれしそうな顔をしているではないか。
やばい、この調子だと煽てられて依頼を受けてしまうかもしれ……。
「いいわ。やるわ!」ソフィーが握りこぶしを作って立ち上がった。「任せてちょうだい」
あらららら。言っちゃったよ。もうちょっと考えようよ。ここは一度持ち帰らせていただいて、検討したいと思いますってところだろう。
「ありがとうございます」
「全然構わないわ」胸を張るソフィー。「ところで、この依頼を達成したら、私たちのランクはどうなるのかしら?」
「はい。特別な依頼ですので、一般的な昇格のポイントとは異なります。お二人のランクは……」受付の女性は書類を確認する。「今はブロンズですので、シルバーになると思います。もちろん、依頼の内容次第ではそれ以上もあり得ます」
なんか階級があって、それなりに依頼をこなさないと昇格しないシステムらしい。あと何回マンドレイクの採取をすればシルバーになるはずだったのか知らなかったので、この依頼による昇格が速いのか遅いのかはわからなかった。純也としてはどんなランクになろうとも、マンドレイクの採取だけで食っていくつもりだった。
「やったわ。それなら余計頑張らなくちゃ」ソフィーが気合を入れいている。
順番が逆だ。ランクがどれくらい上がるかを聞いてから依頼を受けるか検討するのが妥当だ。受けてから確認するのは間違っていると思う。
もう仕方がない。受ける方向で最善を尽くそう。上手く出来れば大金が入ってしばらく働かなくて済む。そう考えるしかない。
「一つ質問ですが、この依頼書には期間が書いてありません。いつまでに行えばいいですか?」
「はい。私どもも日帰りで出来る依頼とは思っていません。何日でもかけていただいて構いません。もちろん、長く帰ってこないとなると新たな冒険者を派遣して再度依頼とお二人の生存確認はさせていただきます」
はやり確認してから依頼を受けたかった。森に泊まり込みで調査だなんて嫌だよ。ソファで寝ていることにも不満があるのに、野宿とは……。
それに生存確認って、死ぬ可能性もあるのか……。まあこれに関してはマンドレイクも同様か。
「冒険らしくなってきたわね。わかったわ。明日には出発できるようにするわ」
「よろしくお願いいたします」受付の女性が深々と頭を下げる。
それで話はお開きになった。
「ソフィー。この間、依頼を受けるための準備も必要だと気が付いたって言っていなかったか?」純也は部屋に二人だけになったことを確認するとソフィーに問い詰めた。
「ええ、だからこうして二人で来たんじゃない」
「準備は? え、もしかして二人で来ることで準備は完了したと思ったってこと?」
「そうよ。それに純也だって何も言わなかったじゃない」
「考えていたんだよ。受けるべきかどうか」
「じゃあそう言ってよ」
「言わないだろう。今依頼を受けるか考えている最中ですって言わないだろう」
「わからないじゃない」
「まあでもいいよ。受けちゃったものはしょうがない」純也は肩をすぼめる。「とにかく今はどうやったら依頼を達成できるかを検討しよう」
「そうね」ソフィーが伏し目がちに言う。「次からは気を付ける……」
冒険者ギルドを出てとりあえず昼食を摂ることにした。
しばらくはちゃんとしたものを食べられそうにないので、好きなものを食べたいと思ったが、ソフィーが少し落ち込んでいるようだったので、ソフィーの希望を優先することにした。




