依頼②
ソフィーは依頼書を片手に進む。後ろから遅れて事務所を出発した純也が追いかけてくる。
依頼書にはマンドレイクの大体の生息地が書いてあった。アーガルムからそう遠くない。
死を呼ぶ悲鳴なのにこんなに近くに生息しているのかと少し心配になった。
そもそも依頼がある時点で簡単に採取できるのではない。簡単なら自分で採取すればいい。
浅はかだったとこの点は反省する。依頼を受けてから準備をするのではなくて、依頼を受けるための準備も必要なのかと気付きを得る。
今度は冒険者ギルドに純也と行こうと思う。でも素直にいいよとは言ってくれないだろう。そもそも働くことを嫌がる人だから。
「早いよ」やっと純也は追いついたようだ。
「マンドレイクは待ってくれないわ」
「いや、待ってくれるよ。動かないんだから」
「た、たしかに……」
二人並んで歩く。
目的地に辿り着いたけれど、どれがマンドレイクなのかよくわからなかった。
「おい、ソフィー。これがマンドレイクだ」純也がそういうと、地面を短剣で刺した。
さすがは純也。わからないことがわかる。
しかし見た目ではただの植物のように見える。子供がふざけて抜いたりすることもあるんじゃないだろうか。
純也がいそいそとマンドレイクと言っていた植物を抜く。
「うわ。本当だ」純也の引き抜いた根っこを見てソフィーは驚いた。
葉っぱの部分は植物なのに、根っこはしっかりと人型になっていた。
身体自体は小さいのに、こいつが悲鳴を上げると人が死ぬと言うのか。なんとも恐ろしい。
「まあこんな感じで採取すればいいだろう」
やはり剣をさした部分は傷になっている。買取の際に減額されてしまうだろう。
だからこそたくさん採取する。ハクリタバイって純也が言っていた。ハクリタバイ……ハク、リタバイ……ハクリタ、バイ……どこで区切るのだろうか。よくわからない。
純也のやった通りにソフィーも地面を刺し引っこ抜く。上手くいった。
「よし、じゃあその調子でやっていこう。俺は向こうの方を担当する」
「わかったわ。じゃあまた後で」
採取したマンドレイクの葉っぱの形状を確認しながら、同じものを見つけては地面を刺し、引っこ抜く。
順調極まりない。
純也を確認すると、地面に手をつき、一生懸命作業をしている。
依頼をもらってきたときは、シルバーウルフの時のように戦闘になるだろうと身構えていけれど、やっていることは農業のようなものだ。
思ったより簡単だったからいいけれど、やはり下調べは必要なのかもしれない。
それに戦闘ではないけれど、これはこれでかなりの体力を消耗する。やはり死と隣り合わせであることには変わりはない。油断しないで、集中して作業を行う必要がある。案外大変だ。
小一時間立っただろうか。地味な作業を続けていると、袋のキャパシティに限界がきた。
持ってきた袋いっぱいにマンドレイクを採取すると、お互いねぎらい合う。倒木があったので、一息つく。今度来るときは水筒をもってこよう。
来た道を引き返すが家には帰らず、そのまま冒険者ギルドへ向かう。すぐに換金してもらうために。あたりまえだ。家に大量のマンドレイクを持って帰る意味はない。
大量のマンドレイクは重たい。次は荷台を持ってきてもいいかもしれない。
はあはあ言いながらアーガルムの冒険者ギルドにたどり着く。
「この二袋にマンドレイクが入っているわ。これが依頼書。よろしく」ソフィーはドンと袋を受付の前に置く。
純也はそっと置いていた。こういう気づかいは大事なのかもしれない。参考にしよう。
冒険者ギルドの受付はソフィーから袋と依頼書を受け取ると、鑑定担当に回した。
「こんな量のマンドレイクに驚いたようね」
「そんなことないだろう」純也はすぐに否定する。
「だって驚いていたわよ」
「あれは面倒な仕事だなって思っただけだろう」
「そんなことないんじゃない?」
「そんなことあるよ。安全に採取するとなると、刺してから抜く、というのは簡単に思いつくはず。つまり薄利多売的発想は容易にできる」
「た、たしかに」自慢げに受付に差し出したのが恥ずかしくなった。
鑑定には商業ギルドが立ち会っている。そのまま売り物になったりするからだ。
商業ギルドの目は簡単には騙せない。ただ今回のマンドレイクに関しては傷をごまかすことはできないし、そんなことをするつもりはない。
純也と今日の夕飯の話をしていると、商業ギルドのおじさんがこちらにやってきた。
「マンドレイクを採取されたパーティのお二人ですか?」手をすりすりしながらぺこぺこと話しかけてきた。
「はいそうです」ソフィーが立ち上がって答える。
純也は座ったまま、特に返事もない。
「今回の依頼、おつかれさまです」
「ありがとうございます」
「あの……このマンドレイクなんですが、どう採取しました?」
「そうですね……秘密です」急に純也が立ち上がって答えた。
「そ、そうですか……。ぜひ教えていただきたかったのですが……」
「ごめんなさい、秘密です」答えようと思ったソフィーを制してまたも純也が答える。
「ど、どうかしたの?」いてもたってもいられなくなり、ソフィーが質問する。
「その……。普通は刺してから採取するので傷があるのですが、今回提出していただいたマンドレイクの中に無傷のものがありまして……」
「そ、そうなの!?」
「ええ、ですのでぜひ方法を教えていただきたいと思いまして……」
「たまたまですよ。たまたま」
「そ、そうですか……。それでは今回のこの無傷のマンドレイクは高値で買い取らせていただきます」
「ありがとうございます」
いつの間にか純也と商業ギルドのおじさんの二人の会話になっていた。
商業ギルドのおじさんは頭を下げ、鑑定の部屋に戻る。
それを確認するとソフィーは純也に問いかける。
「どういうことよ」
「たまたまだろう」
「本当に?」
「それ以外考えられるか?」
「考えられないけど、秘密にしてたから」
「ああいうときって、秘密にしておいた方がなんとなくいいだろ?」
「なんとなくすぎるわ」
そんな話をしていたら、商業ギルドのおじさんが再びやってきた。今度は報酬の入った小袋。を抱えている
「お待たせいたしまた。こちらが報酬です。次もぜひお願いいたします」商業ギルドのおじさんが頭を下げる。
「ありがとうござ……」お礼を言いながらソフィーは小袋を受け取るが、その重みに驚く。「います!?」
お礼を聞くと商業ギルドのおじさんは持ち場に戻ていった。
「よかったな、ソフィー」いつも通りの純也。
純也は大体いつもこうだ。温度差があるのだ。
「もともとの達成報酬よりも数倍にもなったわ」
「じゃあ今日は美味しいものが食べられるね」
「そうだけど、なんかもっとあるでしょ?」
「なに?」
「喜びの爆発とか」
「やったーーー!」純也が感情を込めず、わざとらしく言う。「これでいい?」
「よくないけど、もういい」
そのまま打ち上げに直行することにした。




