探偵
この屋敷の住人を一堂に会し、探偵の純也は断言した。
「犯人はあなたです。ソフィーさん」
純也に指をさされたソフィーは、ビクッと体を震わせた。
「ソ、ソフィーが犯人なのか……」この屋敷の主人であるダインは娘が犯人だと受け入れがたそうに言う。
「ええ、そうです。ソフィーさん以外にありえません」
「言いがかりよ!」ソフィーが大きな声を上げる。
「そうです、ソフィー様にはアリバイがあります。犯行は不可能です」メイドのケイトがソフィーをかばう。
「そうよ、ソフィーが犯人なら、その証拠を出してください」ソフィーの母、フローラが純也に物申す。
純也は深呼吸を一つして、四人が静かになったのを確認すると話し始める。
「では、今から、私の推理を話させていただきます」得意げに人差し指を立て、顔元で決める。
ソフィーのごくりと唾を飲む音が聞こえた。
「まず、事件を振り返りましょう」純也は歩きながら話す。「ダインさん、今朝起きたら大事な家宝の壺が割れていた、そういう事ですね」
「ああそうだ。これは先祖代々伝わる大切な壺だ」不機嫌そうにダインが言う。「娘の仕業の訳がない。外部犯に決まっている。嫌がらせだろう、どうせ」
まあまあ落ち着いてくださいと、純也が両手でダインを制する。
「それで私に捜査を依頼した訳ですね」
ダインは深くうなずく。
「まあそんな大げさな捜査もなかったんですけどね……」やれやれと言わんばかりに純也は首をすくめる。「とにかく、依頼を受けた私は壺の確認をしました。それですぐにわかりました」
「何がわかったのですか?」ケイトは食い入るように純也の話を聞いている。
「壺のかけらの断面を見てみると、新しいものと古いものがありました。つまり、以前から割れていたということです」
「そ、そんなことはない! ちゃんとこの台の上に置いていた!」ダインは声を荒げる。
「ええ、そうなのでしょう。しかし、うまいことパーツをはめて割れていないように見せて置いてあったのです」
ダインとフローラは驚いた表情をしている。
「ケイトさん、あなたはここに勤めてまだ三日でしたね」純也はケイトがはいと答えるのを聞くと話を続ける。「あの断面は三日以上は経っていると推測できます。それに、勤め始めたばかりのケイトさんはダインさんの書斎の掃除は任されていませんでした。なのでケイトさんではありません」
ダインは俯いている。外部犯の仕業と言っていたが、心では新顔のケイトの仕業だと思っていたのだろう。
「これで容疑者は三人になります」純也は指で三を作る。「一人ずつ検討していきましょう。まずはダインさん」
名前を言われ顔を上げるダイン。表情は硬い。
「私に依頼をしたのはあなたです。あなたが犯人だった場合、考えられることは、割れてしまった家宝を自分のせいではなく外部の犯行にすることで、自分の不手際を隠すということでしょう」
「そんなことはしていない!」
「ええ、わかっています」純也は落ち着きなさいと手で制して続ける。「もし外部の犯行に見せるのであれば、最初に割れた時にしているはずです。二回目のこのタイミングで外部犯を持ち出す意味が分かりません。つまりダインさんは犯人ではありえない」
「そ、その通りだ」ダインが胸を撫でおろす。
「残りは二人。ここからは推測の域を出ないのですが……」純也は頭をぽりぽりと掻く。「フローラさんはダインさんと長く夫婦でいらっしゃいます。ご近所ですから、二人の間柄ももちろん存じております。そのフローラさんがもし壺を割ったのであれば、すぐにダインさんに報告をするでしょう」
「ええ、その通りです。私が割ったのであれば、正直に主人に話します」フローラが胸に手を当て訴える。
「ああ、私の妻はそういう女だ」ダインも同意する。
純也はわかっていますよと二人に微笑む。
「残りはソフィーさん、あなたです」
「わ、私じゃないわよ!」ソフィーが立ち上がり純也に噛みつく。
「ソフィーさん、残りはあなたしかいない。あなたは以前、この壺を割った。その際にとっさに組み立てて元通りにしたのでしょう。破片が粉々にならずに、大きく割れたためそれも簡単にできたのだと思います。それにこの壺は模様としていろいろな線が入っていますから、ひびが入っていてもあまり目立たなかったのだと思います」
「でも私は昨日の夜はケイトといたわ! 一緒に寝ていたのよ!」
「そう言っていましたね。なので、今回の破損についてはソフィーさんの仕業ではないでしょう」
「ど、どういう意味だ?」ダインが眉間にしわを寄せる。
「昨日の深夜、地震がありました。その拍子に落下したのでしょう。それについては推理するまでもありませんが」
「そうだったかしら?」フローラは首をかしげている。
「私は起きていたので気が付きましたが、皆さんは夜中でしたから、気が付かなかったのでしょう」純也が結論を告げる。「つまり、昨日の壺の破損事件については犯人は地震で、以前の壺の破損はソフィーさん、ということです」
純也は説明を終え、近くにあった椅子に腰を掛ける。
「ソフィー、本当なのか? 正直に話してくれ」ダインがソフィーに詰め寄る。
「ふんっ! そうよ! 私よ!」
バシッ!
大きな音が鳴った。
ダインがソフィーをひっぱたいたようだ。
「ばかもの! なぜ正直に話してくれなかったんだ!」
「そういう態度を取るからじゃない!」
「正直に話してくれたらこんなことはしない!」
「うそよ! もう知らない!」
ソフィーは泣きながら部屋を出て行った。
「勝手にしろ!」ダインは腕を組み出て行くソフィーを追おうとはしない。
「あなた……いいの?」
「ふんっ! どうせすぐに帰ってくる。少し反省する時間も必要だろう」
親子げんかが終了したとみると、純也は推理より大事な話をする。
「それでは、すいません。解決ということで……。お代の方、よろしいでしょうか?」
「ああ、そうだったな。おい、ケイト、差し上げてくれ」
「かしこまりました」ケイトは一礼すると、部屋を出て行く。
「見苦しいところをお見せいたしまして、申し訳ありません。しかし本当にありがとうございました」フローラが純也の手を握りお礼を言う。
「ほんと純也は頭がいいな。短絡的なソフィーとは大違いだ。さあ、ケイトから報酬を受け取ってくれ」
「いえ、ありがとうございます。また依頼お待ちしています」
純也は頭を下げケイトのところへ向かった。




