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連載小説「王様の履歴書」  作者: 大春冬彦
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第三話 消えた父

 翌朝、父はまた朝食の席に来ていなかった。何だか嫌な胸騒ぎがした。そんなに重たい風邪なのだろうか。

 余が王妃と母とともに優雅に朝食をとっていると、大臣のルクサが新聞を片手に部屋に入って来た。

 「陛下。またしても連載が!」

 「何だとーーーーーーーーーっ‼」

 驚いた顔をして王妃と母が余を見る。

 余はルクサから新聞をひったくるようにして受け取ると「おいらの履歴書」の記事を見つけて読み始めた。今日の回想録は王位につくまでの思い出話のようだった。何か紙面いっぱいに書かれている。昨日までは紙面の一部のスペースしか使っていなかったというに!!つまり、文量が多くなっているのだ。しかも横の紙面にはまたしても「昨日のツッコミ」というタイトル書かれ、昨日、余が読んだあとの感想の文句(父に言ったこと)が書かれていた。

 余の体を静かな怒りが覆っていった。

 


【運命づけられていた朕の王位】

 【朕が王になったときの話をしよう。その日は朝からうちで飼っている犬がほえていやがった。

何ごとかと()くと、犬が「朝日が差し込んでまいりました。光がまばゆいのです。へいか」と言うじゃねえか。

 朕はいぶかしく思い「朝日?どこにあるのだ。今日は曇りではないか。へいか?朕がか?朕はへいかではないぞ、ただの庶民ではないか」とのたまうと、

 「いいえ。まだお気づきにならないのですか。ご自分のいだいさに。朝日はご自分の輝きであることに。町でうわさのほどこしの王よ」などと言うもんだから「弟や友達にほどこしをするのは人として当然のことで、みんながやっていることではないか」と答えると、犬はため息をつき「ああ、やはりわかってらっしゃらない」とうなだれた。

 朕は首を傾げながら遊びに出かけようとした。するとうちで放し飼いをしていたさるが木の上から言った。

 「おおお。いだいな王だ、いだいな王がここを通るぞ。王さま王さま」

 「さるよ、さるよ、なぜそのようなことを申すのだ。朕はただの庶民ではないか」

 「ああ、王さまはわかってらっしゃらないのです。その体に流れるいだいな悠久の力と民を導くご自身の徳を」

 「たわけたことを申すのはやめろ」

 朕がそのままどんどん進んでいくと、うちで飼っているキジが空を飛びながらやって来て、さけんだ

 「おお。王さま王さま。どこへ行きなさる」

 「ん。キジではないか。よく朕がここにいることがわかったな」

 「はい。王さまはどこに行っても光り輝いていますから。このようにはせ参じてお慕いしたくなります」

 「朕は王ではないぞ。どこも輝いてもおらんではないか」

 「わかりませぬか。魂が、気が、その御心が、輝いておりまする」

 「何と…朕の魂、気、心が…嘘だろう」

 「ああ、まだおわかりにならない。さようなら。王さま」

 キジは悲しそうに首を振りながら飛んでった。

 朕がどんどん歩いて行くと、道ばたに老人が倒れていた。

 「おい。じじい!だいじょうぶか」

 「水を…水をいっぱい所望(しょもう)したい…」

 「水をたくさん飲みてえのか‼」

 「いや、あの…「たくさん」の意味じゃなくて、「一杯」の方な」

 「わかった。ちょっくらと どっか行って くんでくらあ‼」

 朕はそこから一番近くにあったうちの扉をたたいた。するとおばちゃんが出てきたので頼んだ。

 「大変です!あそこで、あそこで何か知らんじいさんが倒れています!お水を一杯ください」

 「まあ、それは大変だわ!」

 「ええ。すぐに水を!」

 「待って!お茶の方がいいんじゃないかしら」

 「え…」

 朕が戸惑うと、おばちゃんは言った。

 「ほら、カフェインで目がさめるかもしれないし、味がついていたほうがいいでしょ?」

 言われてみりゃそうだった。朕は答えた。

 「…そうっすね。お願いします」

 「緑茶と紅茶と白茶とウーロン茶とプーアル茶とほうじ茶とマテ茶と()(ちゅう)茶とカモミール・ティーからお選びいただけますが」

 「じゃあ、紅茶で」

 「ホットとアイス、どちらになさいますか」

 「ホットで」

 「砂糖は入れる?」

 「入れると思います」

 「じゃあ、角砂糖はいくつ必要かしら」

 「九つ」

 「ミルクとレモンはどっちがお好みかしら」

 「レモンだと思います。何かすっぱいものを食べたそうな顔してました!」

 「お菓子はクッキー?ケーキ?ワッフル?」

 「ケーキかワッフルじゃないでしょうか。あのじいさん何か入れ歯っぽかった気がするんでやわらかいものがいいと思うんです!」

 「賢い坊やね。よく観察できたこと。すごいわ。じゃ、あたしはお茶の準備するわね」

 「あとアップルパイも。ぼくも食べたいから!」

 「まあ、食いしんぼうね。冷えたプリンもいかが?」

 「プリンもあるの?ほしい‼うわーい‼」

 ついでにおばちゃんの家でお茶してから行くことにした。

 おばちゃん家のダイニングで世間話して、とっぷり日が暮れた頃、じいさんが倒れていたことを思い出した。

 「おばちゃん、朕行かなきゃ‼」

 「用意はできていますよ。これを持って行きなさい」

 見れば玄関に、お茶のセットが‼

 「お茶のたて方はわかる?あなた、茶道の心得は?」

 「おばちゃん、そんなことしてる暇はないんだ!もう行かなきゃ!」

 「でも、あったほうがいいわ。あなたはまだ若いんだから将来のことをもっとよく考えなきゃだめよ。戦国武将でできる奴はみんな茶道の心得があったのよ」

 言われてみればそうだった。朕は和国の茶道の心得のない己を恥じた。この太平の世、戦場で手柄を上げ、功名ばかり立てるのはもう時代遅れなのだ。礼に始まり礼に終わる。これからの世は文武両道でなくてはならぬ。

  朕はこのおばちゃんに茶道と生け花を習った。

  しらじらと夜が明けようとしていた。

 「茶道と生け花だけではだめだわ。カタが出来たら次は中身よ」

 「えっ⁉」

 その後、朕はおばちゃんの家で政治経済、文学、法律、兵法、建築、天文、占術、算術、歴史学、槍術、剣術、雑学、こんまり流おかたづけ術を学んだ。

 そしておばちゃんの家にお茶を飲みに来て十二年目の春、いよいよこれで卒業かと思われた。

 「おばちゃん、今までありがとうございました」

 「うむ。だがまだ一つ、おぬしに教えていないことがあったわ」

 「それは何でしょうか」

 「帝王学」

 「いや?しかし庶民の朕がなぜ?」

 「まだわからぬか」

 「えっ?」

 「おぬしは庶民などではない」

 「で、ではいったい?」

 「よく考えてみよ、思い出すのだ、胸に手を当て、おのが使命を!」

 朕は胸に手を当てて考えてみた。おのが使命というやつを。

 「……」

 わからなかった。

 「まだわからぬか」

 「とんとおぼえがありませぬ」

 「ではもう一度言おう。お前は庶民などではない。このドザイルの地の誕生した、そして生まれたときからお前には天命が下っていたのだ。じきに沙汰(さた)があり、国が譲られるであろう。そのときに譲位した王からお前にこの国の運命がゆだねられるのだ」

 「なんと…おそれ多いことでございます。それがしには信じられませぬ」

 「まだわからぬか!その体にはこの土地かいびゃく以来の建国の英雄にして帝王の血が流れているのだ。実はお前の父は庶民ではない。もとは高貴な血を引く身の上なのだ。今は事情あって身をひそめ暮らしているが、時が来ればおのずと世に出るであろう、それがこの世界のことわりだからだ。闇の勢力がお前をねらって追っ手をはなち、そうさくを続けている。それゆえ、お前の父は身分を明かせぬのだ。お前こそがこの国の創神アラヌスの血を引くものぞ!グドリタスゥーッ!!!!」

 朕は思い出した。そうだった――長い間忘れていたのが不思議だった。なぜ、朕はここにいたのか。庶民として生きて来たのか、つらい試練があったのか、朕は……朕は……。あああ…――思い出がうずをまき、目の前を流れていき、涙がほおをつたった。

 朕は帝王なのだ。これでいいのだ‼

 「師匠。帝王学を習いとうございます!」

 「うむ。よく言った」

 それから一年、帝王学を習い、次の春、朕は免許皆伝となった。

 「よう耐えたな。この十三年。これより貴様は一人で生きてゆくのだ」

 「師匠。ありがとうございました。このグドリ、大恩決して忘れません」

 「気をつけろよ。達者でのう」

 「おさらば!」

 朕は懐かしのわが家へ向かって走った。

 少し行くと、あのときの老人が道で倒れたままだった。

 「あ……あんたは!あのときの小僧!大人になりおって‼一杯の水は持って来てくれたんじゃろうな!」

 「おじいさま!お会いしとうございました‼」

 朕はひざまずいて、その場で老人に茶をたてて飲ませてやった。

 老人は言った。

 「けっこうなおてまえでございました」

 「いえ、それほどでも」

 「おや。お客さんが来たようじゃな」

 「え…」

 朕が振り返ると、そこにはきらびやかなふくをまとった人々の行列があった。

 「何でしょうか……」

 朕がおそるおそる言うと、先頭の従者が言ったのよ。

 「お迎えにあがりました」

 「朕?」

 「他に誰がいましょうか。へいか」

 「へいか?朕がか?」

 「さようでございます。へいか。我らが新しき王よ。我らは きゅうでんから かけつけました」

 「しかし、どうして朕がここにいることがわかったのじゃ」

 「はい。きゅうでんのバルコニーから遠くで七色の気の太い柱がたちのぼっているのが見えました。また現王のまくらもとに昨夜、ふしぎな光の玉があらわれ、一軒家のおばちゃんをたずねよとのお告げがあったのです。それゆえここがわかったのです」

 「何とそんなことが。気じゃと?今もそれが朕の体から出ておると言うのか」

 「はい。はっきりと。ふしぎがることはありませぬ。これはあなた様の持つ覇王の気でございましょう」

 「信じられぬ。朕は王などの器ではない。悪いけど、辞退したい」

 「器というものは謙虚な者ほど気づかぬものでございます。へいか。その謙遜こそが王であるあかし」

 「信じられぬ。朕は王の器などではない。このようなほくろの多い体のどこにそのような高貴な血が――」

 「――ほくろ?それはいくつあるのですか」

 「全部で七百七十七だ」

 「全身に七が三つのほくろ……それは吉数でございます。ほくろが多いのは帝王のあかし」

 「な、なんだとぉーーーーーっ⁉」

 その時だった。

 「そのとおり‼あなたさまは王なのです。ああ!ようやくこの日が来たのですね」

 後ろで声がして振り返ると、うちの犬、さる、キジがいた。

 「あ、おまえら。来てたのか」

 「これでわれらのお役目も終わりました。これでやっと帰れます!!」

 「はあっ!?何言ってんの お前ら」

 するとどこからともなく、ドロンとけむりが出やがって、犬は こま犬に、さるは さる神に、キジは ほうおうになって飛んで行った。

 「やっ⁉神界からの使いであったか」

 「ほっほっほっ!ほおっほっほっほっ!」

 見れば茶をすすっていたじじいも笑いながら体が半透明になっていくじゃねえか!

 「さらばじゃ。この国の王よ!」

 そしてじじいは空へ浮かんだかと思ったら、いずこへか消えた。

 「やっ!?仙人だったか!では朕を王にするために、ああ、王にするために、ここで倒れて朕を待っていたというのか⁉」

 「ようやくわかったか。せがれや」

 「父上と母上!いつからそこにいたんですか」

 父と母は声をそろえて言った。

 「ゆえあって、身をかくして暮らしていたがついにこの日が来たようだ。さあ、王きゅうへ行きなさい」

 ここまで頼まれたらもう王になるしかねえじゃねえか。こうして朕は王になったのよ。

                              (つづく)

 ここまで読んで余は思った――何ですか、このアホ話は。余も初耳ですぞ。フィクションが過ぎまぬか。譲位を辞退するのが逆にあざといんですよ。読んでてイライラしてきましたわ。さるやキジはこのための伏線だったんですね。わざとらしい感じが逆に新鮮でしたわ。小説として。

 余は椅子から立つと、大股で父の部屋へ向かった。


 

 部屋に入ると、父はベッドに上に寝て――いない!……どこへ行ったぁぁぁぁぁぁ!!!!

 机、棚、引き出し、タンスの中…あちこち探す。いない。あれ?

 タンスの中をもう一度見る。ない。服がきれいになくなっているのだ。どこか外出したのだろうか。まさか旅行⁉こんなことしでかしておいて旅行⁉あの親父!

 そうだ!新聞社に記事の中止命令をしておかねば。また明日あの続きが出るのだけは止めなくてはならぬ。それだけは死守せねば。それだけは!

 余は部屋を飛び出した。

 

 

 供の者を三名だけ連れて王宮を出ると、余は愛馬「神聖なる権力と永遠の勝利号」に乗り、シュタット経済新聞社へ急いだ。もしかしたら父も来ているかもしれない。

 途中、庶民数名が井戸端(ばた)で話をしている(わき)を通り過ぎた。シュタット経済新聞の「おいらの履歴書」が面白いといった話をしているのが余の耳に入った。グドリタスに親しみを感じる、現王の感想が面白いといったものだった…あれ、意外に悪くないな、とちょっと思った。だが今はそれどころではない――新聞社へ急がねば‼

 シュタット新聞社の建物はそれほど大きくない。町では中くらいの高さのレンガの建物だった。

 余が家来とともに中に入って、受付に編集者に会いたい旨を告げると、すぐに応接室に通された。

 数分後、金色の大きな口髭を生やした男が入って来た。

 「陛下でございましょうか。このようなところまでおそれ多いことでございます。わたくしがシュタット経済新聞編集長のヴォートです」

 余は怒りを抑えておもむろに言った。こういうときでも王は威厳を忘れてはならぬからだ。

 「うむ…ヴォートとやらよ。余はあの「おいらの履歴書」に対して大いに不満があるのだ。聞くがよい…」

 そこで余は思いのたけをこの男に述べた。興奮しすぎて早口になりすぎたが、それは仕方ないというものだ。

 ヴォート編集長は恐縮して聞いていた……。

 「よいかぁぁぁっ!次、連載したら、発禁処分にするからなぁっ!!!!!」

 余はそう言うと、応接室を後にした。

  


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