第二話 恐るべき連載
翌朝、部屋のテーブルで母上と王妃と一緒に朝食をとっていると、大臣のルクサが慌ただしく入って来た。
「緊急事態でございます、陛下。朝食中よろしいでしょうか」
「何だ」
「シュタット経済新聞のことでございます」
「何⁉申せ」
「今日「おいらの履歴書」のグドリタス様二回目の回が載っております」
「何だとーーーーーーーーーっ‼」
余の隣りの王妃が心配そうに聞いた。
「どうかしたんですの。陛下」
母も心配そうに余の顔を見る。
「新聞に!新聞に!父上が自伝を載せ始めたのです!」
母が驚いて言った。
「まあそうだったの!あの人そんなことを。どれどれ見せてみて。ルクサ、新聞をこれへ」
「ははあっ」
ルクサから新聞を受け取ると母は読み始めた。そしてくすくす笑い出した。
「なかなか面白いわね」
「面白くありません!王の威厳にかかわります」
「そんな大げさな。このくらいよいのではありませんか」
「母上までそんなことを言うんですか!ダメですよ、庶民に馬鹿にされては王権は維持できません。王の位は神聖なものなのですぞ」
すると王妃が首を傾げて言った。
「その「おいらの履歴書」ならわたくしも昨日分を拝見しましたけど、別にどうってことありませんわ。楽しい内容で――」
「――楽しくないっ!妃として危機意識が足りん‼王族の権威が失墜するぞ‼」
まったく何を考えているのだかわからなかった。国を治める者として品格がそこなわれてはならぬし、威厳がなくてはならんのだ。
余は母から新聞を受け取ると「おいらの履歴書」に目を通した。隣りの席の王妃も余の新聞を覗き込んで来た。今日のタイトルは「慈悲のケーキ」というものだった。
【慈悲のケーキ】
【この寛大な話を聞いて泣かなかった奴はいねえ。ここでそれをちょこっと話そうじゃねえか。聞いてるうちにお前ら目がうるんでくっからよお、ハンカチを用意しとけよ、いいか……朕がガキの時分の話だ。】
……余はここまで読んで思った――随分ハードル上げてきましたな、自信あるのは結構ですが大丈夫ですか、収拾つきませぬぞ。それからその語り口調は何とかなりませぬか、父上。そして何か、昨日より漢字が多く使われていないか?そこは改善したのか?そこだけは‼
【ん?何だ、そのまたかって面は!お前とお前は朕の部屋から出てけ!……よし、じゃあ始めるぞ】
…記者め、こんなとこまで書かなくていいのに……何考えてるんだ。父への恨みか?悪質な奴らだ。これだから庶民はダメなんだ。
【朕はその頃、母親の作るケーキが自慢だった。味といい、やわらかさといい、絶品よ。よく遊び仲間のよだれがしたたるほどにその話をしてやったもんだ。ある日、仲間の一人が、ついに朕にそのケーキを食わせろって たのんできた。朕?もちろん、こころよくOKしたよ。ほら、朕さ、少年時代から慈悲のかたまりだしぃ。うちに帰ると朕はおふくろに今から二時間以内にケーキを作れと頼んだ。はじめ いやがってたおふくろもついに 朕の慈悲の心につき動かされて、しぶしぶ、しょうだくした。
かんせい後、朕は喜び勇んで友達の家へそのケーキを持って行ったよ。だけどよ、道中、犬がいたんだ。
犬は言った――「グ~ドリタスさん、グドリタスさん♪ お腰に下げたそのケーキ、一つわたしにくださいな♪」朕は こころよく しょうだくして、ケーキを少し犬に分けてやった。犬はその日から朕のお供になった。
朕が犬を連れて歩いて行くと、今度はさるが現れた。「グ~ドリタスさん、グドリタスさん♪ お腰に下げたそのケーキ、一つわたしにくださいな♪」朕はケーキをさるに少しやった。さるはお供になった。
朕が犬とさると一緒に歩いて行くと、キジが現れた。「グ~ドリタスさん、グドリタスさん♪ お腰に下げたそのケーキ、一つわたしにくださいな♪」朕はケーキをキジに少し分けてやった。
三匹をともにしたがえた朕は全力疾走で友の家へ行ったよ。だが、運わるく途中、石につまずき、ころんだ。ケーキはボテッと地面に落ちた…………ところで、お前ら三秒ルールって知ってるか?落ちても三秒以内ならセーフなんだよ。それにだ、ケーキは半分だけが土の地面についただけなんだ。ほっとしたよ。つまりケーキの半分はぶじなんだ。朕は友達のうちへ向かった。
友達のうちにつくと、扉ドンドンして、よび出した。で、友達がじゃじゃんと出て来た。「おっす。ケーキ持ってきたぞ」「マジ?グドリちゃん」「マジ。ほら」それで地面に落ちた方を友達にわたした。んで、そこで別れた。朕は家へ帰る途中、残った半分を食べてみた。もう、おふくろの味はサイコーだったよ。まろやかで甘く光るクリームの上にイチゴがのっててよ、いい香りがしたな。朕は幸せだったよ。あの友も今頃幸せにちげえねえと思ったね。何ていうかな、夢想?夢想だっけ、こういうときの表現。ん?ああ、そうか、あってる?ウン。
次の日、朕はケーキの感想をぜひとも聞きたくてウズウズしてた‼けど、あいつは休みだった。何でも腹をこわしたとかいうまぬけな理由で休みだった。あいつのうちじゃよっぽど体にわるいものばかり食わされてるらしいんだな、朕は気のどくになってよ、よくじつ学校に来たあいつに言ったよ。「良かったら今日の夕飯うちで食わないか」ってね。そうしたら「けっこうだ、もうけっこうだ」なんて、ガラに合わず、遠慮しやがる。朕は「なあに遠慮はするな」と言うとまだ遠慮しやがるからますます気に入って「遠慮せずにじゃんじゃん食っていい」って言うと「地獄だ」なんて言いやがる。金のことを気にしてるんだと思って「金はいらねえ、ただでいい。好きなだけ腹につめろ」とすすめた。朕も押しの一手よ。けどまだ遠慮しやがるから、とどめに「ケーキも出るんだぜ」と言ってやったら飛んで逃げて行きやがった。それからだよ、そいつはぱったりケーキのことは話さなくなった(つづく)】
……余はここまで読んで思った――父上。嫌われてますぞ。これでよいのですか。バカすぎて泣けてきましたわ。ハンカチが必要でしたわ…。
「下品です…ああ、何だろう、これは!院王が書くこととは思えませぬ!」
余が叫ぶと、王妃はそれに反駁した。
「そうかしら。陛下はお考えすぎです。お笑いは面白さが下品さを上回っていれば成立します」
「そんなどうでもいいことは聞いておらんのだ!みっともない内容が問題なのだ。そういえば今日父上はなぜこの朝食の席へお姿を見せないのだ!」
すると母が眉をハの字にして、
「それは風邪気味だとさっきわたくしが言ったではありませんか。全く。少しは人の話も聞きなさい」
「ちょっと父上のところへ行って来ます」
すると王妃が新聞を見ながら言った。
「あれ?ここ!」
「どうした。妃よ」
「おいらの履歴書の隣りの紙面のここですわ。「昨日のツッコミ」と書かれていますが…」
「え…」
余は王妃が指さすところを見た。「昨日のツッコミ」と書かれた欄があり、その下に「昨日の「おいらの履歴書」を読んだ王様の珠玉のお言葉をここに記す」とある。余の顔から血の気が引いた。
そこには昨日、余が父に向かって言った読後の感想の言葉がずらずらと書かれていた――「何ですか、ひらがなが多いこの下品な文はー!?」「おいおい、それ必要なエピソードかって思いました」「父上‼「ぶうぶう」とか「げっそり」とか「バクバク」とか他に表現はなかったのでございますか」「みっともない話をペラペラとやめてください」「知ってるよ!二度も言わなくていいですから!」などの言葉の羅列が……。
「これは陛下が昨日、院王におっしゃったお言葉なのですか…」
と王妃が余の顔色を窺うように、おそるおそる訊ねた。
「そうだよ…全部そうだよ…だってツッコミ放題だったから…」
余はわなわな震えながら読み終えると、すぐに席を立ち、父のいる奥の院へ向かった。
部屋に入ると、父はベッドの上にあおむけになって寝ていた。上には特注のシャンデリヤがキラキラ輝いている。
「父上!これは何ですか、もう新聞に自伝を連載しないと昨日約束しましたよね?」
父は顔をこちらに向けて言った。
「ああ、息子か。そうなんだが、先方から急に中止にすることはできないと言われてな。それで二回目が世に出ちゃったんだ」
「すぐに中止命令を出してください。一族の権威にかかわります!」
「うむ。わかった…まあそう怖い顔をすんな。すぐにシュタット経済新聞社に使者を出し、中止させっからよー」
「お願いします…それから…」
「ん?」
「なぜ、余の言葉が出てるんですか。新聞社に言ったんですか」
「ああ、それか。うむ。まあな。お前のツッコミがなかなか面白かったもんで、シュタット新聞社に使者を送り、内容を伝えたのだ。悪かったか?」
「悪いですよ。極悪です。そういうことはやめていただきたい」
父は面倒くさそうに言った。
「かたいのう。誰も気にしねえって、あんなの」
「気にします。家来たちだってこの新聞を見るんですよ、王室の威厳が失われたら内政が立ちいかなくなります。笑いものになりたいのですか」
「けどよ、楽しいだろ。朕たちも楽しく治めようや。治めるのに必要なのは威厳ではない。これからの王は庶民目線の親しみやすさ、寛容性こそ大事だぞ」
「何をおっしゃいますやら。王の権威なくして治国などできません。即刻やめていただきたい。だいたい父上は育ちは庶民でございましょう」
「そうだが?」
「なめられます。「庶民上がりの息子が!」と外国の王族から思われることで、外交交渉も足元を見られます。このような自伝をお書きになるのはやめていただきたい」
父は伸びをしながら、
「……かたいね。わかったよ、やめりゃあいいんだな。とにかく中止させっから。何だよ、せっかくお前の意向を反映させて漢字を多めに書くように言ったのに。どうしてそう文句たれっかねえ」
「よろしくお願いします。それから……」
そのあと、いろいろ父上に説教をしておいた。内容のことから、こんなものを書く動機に至るまで。父はうんざりしたような顔をして聞いていた。
それが終わると、余は一礼して部屋を出た。