表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自白屋娘 箱根路を走る  作者: 蓮時
2/13

その二


 千里と別れて五時間後、競羅は気になったのか、その千里に電話をかけた。だが、相手は出なかった。

 翌日、朝一番にかけたが、またも千里は出なかった。夕方も出なかった。翌々日もかけたが同様であった。三日で、延べ十回以上かけても相手は出なかった。

携帯電話を見つめながら、競羅は、

「あいつが、どこに住んでいるか、聞いておけばよかったねえ」

 と思わず言葉を漏らしたが、やがて、別の相手の短縮ダイアルボタンを押した。

「もしもし、姐さんすか」

 相手の声がした。真知新聞記者の野々中数弥だ。彼女は相手が出ると、

「ちょいと一つ聞くけど、加倉井という陸連の会長を知っているかい?」

と尋ねた。そして、その反応は、

「むろん、知っていますよ。陸上の神様でしょう」

「どうも、そうらしいね」

「その返事、本当に知らないんすか。三大会連続オリンピックの金メダリストすよ」

「三大会だって、そんな、すごい人物なのかよ」

「ええ、本当に知らなかったんすね。一万メートルで、銀と金、そして、マラソンで金メダルを取っています。その結果、国民栄誉賞も、もらっています。そのあとも、引退するまで、一万メートルやマラソンの日本記録を塗り替えていきました」

「参ったね、そんな奴だったのかよ」

「奴って、姐さん、敬意がない言い方すねえ。まあ、いつものことすけど」

「しかし、千里もそういうことを、何一つ言わないなんて」

 競羅は思わずぼやいた。

「ちさとって」

「こっちの悪友だよ。ろくな人生を送っていないのだけど、なんか、春がきたみたいで」

「春、つまり結婚ということすね」

「そういえば、そうなのだけど、そのことで相談を受けてね」

「それで、その相手が加倉井会長すか!」

 数弥のボルテージがあがった。マスコミ魂に火がついたのか。

「そんなわけないだろ。あいつは、じいさんなんて相手にしないよ」

「どうすかねえ、ものすごい金持ちすよ」

「あんた、何が言いたいのだい!」

 競羅は語気をきつくした。

「ただ、そう言っただけすよ。でも、その女性の結婚相手が加倉井会長でないのなら、姐さんも、なぜ、会長のことを聞くんす?」

「なぜって、千里の婚約者に奴が関係しているからだよ」

「その婚約者というのは誰すか?」

「それは、相手が誰かなんて、さすがに話すわけにはいかないよ。千里の名前だって、最初は、あんたに言う気なんてなかったのだから」

「どうも、怪しいすねえ」

受話器の向こうの数弥は、まだ疑っているようであった。

「それはそうと、結婚ということで、あんたは千里と奴を結びつけようとしたのだけど、奴はまだ、独身なのかい」

「ええ、そうすよ。世間からは、嫁はスポーツそのものと言われてます」

「へえー、そうなのかい」

「ええ、禁欲的でストイックな人物す。現役から、かなり遠ざかりましたが、会長になった今でも、ほぼ毎日のように走り込みをしています。努力家すね」

「何かこっちが思っているのと印象が違うね」

「姐さんが、どんなイメージを持っているかわかりませんけど、そういう人物す」

「それで評判はどうなのだい?」

「悪くないすよ。選手たちの面倒見もよくて。言葉つかいも、大変丁寧な方すから」

「独裁的で、選手たちが、怖がっているということはないのかい」

「それはないすよ。筋が通っている、頼りになる、しっかりとした人物すよ」

「そうかよ。これは、もう一度、千里に確認をしないといけないね」

「その姐さんの友人、会長について、どういうことを話していたんすか?」

 逆に数弥が尋ねてきた。

「だから、そのことはさすがに話せないよ。しかし、あいつも困ったものだね、久しぶりに会ったのはいいけど、相変わらずいい加減なことばかり言って」

「どうも、変なことを、吹き込まれたみたいすね」

「ああ、実際に変な子だよ。あれから、何度も連絡を取ろうとしたのだけど、電話に出てくれないしね」

「出てくれないんすか」

「ああ、十回ぐらいかけたけど、無視されたよ」

「それは、言いにくいんすけど」

「言いにくいってなんだい?」

「おそらく、姐さん、煙たがられているんすよ。余計なことを言ったんじゃないすか」

「まあ、おかしなことをしようとしていたから、バカとは言ったかな」

「そんなこと言ったんすか」

「ああ、バカなことを考えようとしていたから、思わず、『バカなことは考えるのではないよやめなよ』と注意をしたのだけど、それが、まずかったのかねえ」

「充分、まずいすよ。この際、言わせてもらいますけど、姐さんは、ずけずけと言い過ぎるんす。僕だって、我慢をしてるんすよ」

 言葉通り、数弥は憤慨しているようであった。

「それは、悪かったね」

「本当に悪いと思っていたらいいんすけど、それより、その姐さんの友人は、もしかしたら、精神的に安定していないじゃないすか」

「どうしてだよ?」

「なんとなくそう思うんすよ」

 数弥の返事を聞きながら、それは、当たっているよ。と思っていた。そして次の言葉を、

「確かにそうかもしれないね、精神安定剤を途中で飲み出したから」

「その人、まずいすよ」

数弥のトーンが変わった。そして、そのまま言葉を続けた。

「僕から言えることは、その女の人の言葉をあまり信用しない方がいいと思います。あと、残務が残っているすから、なんと言いますか」

「わかったよ、電話を切ればいいのだろ。仕事の邪魔をして悪かったね」

競羅はそう言って通話を終えた。そして、思っていた。

〈興奮して精神安定剤を飲み出す人間の言葉を信じたのは、どうだったのかねえ〉と


 数弥と通話を終えた一時間後、

 チャンチャラチャラ

携帯の着信音がした。相手は待ちに待った千里だ。彼女は思わず声を上げた。

「もしもし、千里か。大丈夫だったか」

だが、相手の声は、

「なるほど、女性だったか。それで、おたくは、彼女の友だちかね」

 その、おたく、という言葉の言い回しに競羅は、ある既視感を感じた。刑事だ。

 競羅は相手の出方を見るために、次の言葉を、

「あんたこそ、誰だい。彼女の電話を勝手に使うなんて。もしかして、お父さんですか」

「父親ではないな。それより、おたく、いやお嬢さんだったかな。今、大丈夫って、叫んでいたけど、何か思い当たることあるのかな」

 その言葉で、千里に最悪なことが起きたと悟った。危篤か死か! だが、動揺するわけにはいかない、彼女は言葉に注意しながら応答を続けた。

「そうなのだよ。だから、心配でかけたのだよ。きっと、着信履歴を見たのだね」

「それは、十回近くかけてくれば、わたしたちも不審がるよ」

「それより、千里に代わってもらえないかい」

「それは・・」

 相手の言葉がつまった。素直に答えていいのか困っているのだ。すぐに、その男が、背後の連中と、ぼそぼそと話し合っている声がした。そして、

「彼女は、残念ながら電話口に出ることはできないよ」

「それって、どういう意味だよ!」

 競羅はかなりの大声で怒鳴った。これは演技である。その爆裂した声に、相手は、

「もう、この世にはいないのだよ」

「いないって、死んだのか!」

「そうだよ。今から、彼女のアパートに来てもらえるかい」

「場所を知っていたらね、何度も電話をかけずに押しかけていくよ」

 競羅の返事に、またも、背後で話し合う声がした。そして声が、

「申し訳ないけど、今は現場検証途中だから、あとから、綾瀬署に来てくれ」

「あんた、刑事だったのか、足立区の」

「そういうことだ。それより、おたくの名前、住所を今、教えてもらえないか」

 相手の声に競羅はためらったが、番号を調べられれば同じこと、素直に答えた。

「それで、どのくらい仲がよかったのかな」

「そんなに、しょっちゅうは会っていないね。三日前にあったぐらいだよ」

「そこでは、どういう話をしていたかな?」

 刑事の質問に、さあ、来たね、と競羅は思いながら、

「その話の前に、一つ聞きたいのだよ。自殺か、殺されたのか」

「なんで、教えなければならないのだい」

「隠したって、どうせわかることだろ。今、言ってくれるとありがたいのだけど」

「自殺だよ」

 その刑事の言葉で、競羅の話す言葉は決まった。感情深く、

「そうか、なーんか、そんなようなことになりそうな感じがしたのだよ。だから、しつこく電話をしたのだけどね」

「どういうことがあったんだ?」

競羅はどこまで話していいか、頭の中で考えていたが、結局、捜査の様子をみるために、数弥に話したところまでは話すことにした。

 説明後、刑事の補足質問が始まった。

「なるほど、それで、話に出てきた彼氏の名前は?」

「有名人だから、ちょいと言えないよ。あと、悪口を言っていた人物の名前も、同じような理由で、今は言えないよ」

「わかった。それで、彼女が、生活がやっていけない、と言っていたのだね」

「そういうことなのだけどね」

「あと、君が否定をしたとき、怒りだして、精神安定剤を飲んだのだね」

「まあ、そういうことなのだけどね」

「そうか、ありがとう。手間が省けて、助かったよ」

 刑事はそう答え。通話を終えた。

 普通だったら、これぐらいで引き下がらないはずである。彼氏は誰か? 悪口を言っていた相手は誰か? と隠してもためにならないよと言って、しつこく聞いてくるのだが、

 競羅は妙な気持ちで、その受話器をにらんでいた。


 その後、競羅は思わず数弥に連絡しようとした。だが、思いとどまったのだ。

〈わざわざ、知らせることはないか。どうせ、あいつのことだから、事件を知ったら向こうから慌ててかけてくるよ。それまで待ったほうがいいね〉と

その電話は、夕方、五時過ぎにかかってきた。

 数弥の声は、幾分震えていた。

「確か姐さん、昼間に、千里さんという人の話をしてましたよね」

「ああ、そうだけどね、それが、どうしたのだい?」

 競羅は、とぼけたように答えた。次のセリフを考えながら、

「もしかして、桂木千里とか」

「やはり、何かあったのだね」

「ええ、自宅のアパートで心中死体で見つかりました」

〈刑事め、心中ということを隠していたのか、だから、彼氏が誰か聞いてこなかったんだ〉

 と心の中では思っていたが、

「結局、そうなってしまったのだね」

「昨日の話から見て、仲のいい友だちだったんすよね」

「ああ、このところ、会っていなかったけどね。それより、心中ってどういう意味だよ。二人が自殺をしたということだよ」

「そうす、有名な陸上選手と一緒に発見されました」

「沖元か」

「ええ、そうす、さすがに千里さんからは名前を聞いていますね」

「そいつが婚約者だったからね。それよりも、心中と決めつけたのは、どうしてだよ?」

「それはもう、明確な遺書が発見されましたから」

「遺書、そんなのがあったのかよ。それで、内容は?」

「僕はまだ、詳しく知りません。いずれ、発表があると思います」

 その言葉を聞き、競羅は思っていた。

〈まだ、そんな段階かよ。けどね、これが、刑事が、こっちに厳しく追及してこなかった本当の理由だったのだね〉

「こっちも、あんたと色々と話したいことがあるのだけど、会うのは、その遺書の内容の発表後ということで、いつものところでね」

「スクープすね。わかりました」

と言って、競羅は通話を終えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ