5 調査
ふぅー、やっぱり人間て面倒くさいねえ。
爪の超高速振動によって、立ち塞がる壁を切り裂いて一匹の猫が溜息を吐く。
汚職だとか、贔屓されたとか、政治献金とかどうでも良さそうなのにね。
短足が可愛いと言われるマンチカンだが、見てくれとは裏腹に実に素早い動きで切り裂いた壁を潜り抜け、川を飛び越えて薄暗い路地に姿を消していく。その姿を見失ったのは、彼等にとって幸運であろう。
「くそっ、なんであんな短足の猫を見失うんだ。お前らに、目は付いているのか!」
たとえ上司の叱責を喰らったとしても・・・・・・
= どこかの研究所 =
大男が鎖で繋がれていた。その瞳には度重なる薬物投与により理性は既に失われ、漏らす雄たけびは人語の意味を成さない。
不注意な監視員が餌を持って来たときに、正規手順の催眠ガスを噴射して大男を眠らせている内に餌を中に入れるのを面倒がって・・・・・・
「こんな頑丈な鎖で縛られている奴に餌を与えるたびに暑苦しいガスマスクを付けるなんざまっぴらだぜ。おい、早く喰いな。今日のレース結果が始まってしまうだろうが!」
餌を持って近づく男の気配以外ないことを確認した大男は、意味のない咆哮を止めると突然鎖を引き千切り腕を戒めていた鎖を揮った。
監視員の首が鉄格子にぶつかる、遅れて鮮血が飛び散る。
大男は、手足に残る鎖を引き千切ると閉ざされた鉄格子を粉砕した。大男は秘められた獣性を開放した。
大男の筋肉が異常に隆起し体中から生えた黒い剛毛が覆う。もはや獣人としか呼べない異形のものが研究所を後にしたときには、全ての研究データは研究員の命とともに燃え尽きていた。
『へえ、派手にやったもんだね。しかし、君を逃がす訳にはいかないんだ。これも仕事でね』
様々な獣の力を人間に移植することを目的とした研究所のたった一つ残された研究成果である獣人、彼は主に熊の力を身に付けていた。
「お前は?」
『ネコ。と、そう呼ばれています。
まあ、人類の発展のための研究としては目の付け所がいいんだけどね。でも、少数の人類だけでも莫大な力を得る。
これとは利益を相反する人たちがいるんでね。もっとも政府自体が減り過ぎた人類のサポートは安全、平和なロボットが担うと決めたことだしね。悪く思わないでね』
マンチカンの短い脚にしては素早い動きで、ネコは駆け、跳躍し熊獣人にの顔を薙ぐように右足の爪を一閃。
獣人は、並外れた動態視力でネコの変幻自在なフェイント、一般の人間なら残像が半ば分身の様に錯覚する動きを的確に見切、右手で振り払った。
ネコは、受け身も取れず壁に激突する。
粉塵の舞う中で、這い出したネコは背中を丸め半身の状態で足を獣人に向け、腹を半ば晒した。
「ああ、こうなってしまいましたか・・・・・・」
少し離れた位置から、研究所を監視していた所謂美人が暗視機能付き双眼鏡を置いた。
ネコのハンドラーである東条斎酒が物陰でそっと溜息を吐いた。