4 クライアント
いつだって希望は
モニターには嫌悪感を露わにし、今にも嘔吐しそうなのに無理やり蛾の蛹炒めを頬張る男の姿が映し出されていた。独特の触感と栄養豊かな料理だが、臭みを消す紹興酒を入れ忘れたため、提供時にはかなりの悪臭が漂っていた。
次に続くのはハトの腹に米と野菜を詰め物にしたローストでとても美味しい料理だが、ハトを熱心に飼っている男にはショックな料理なのだろう。顔を背けながら無理やり詰め込まれる料理を涙を流して嚥下する映像、そして、最後は血まみれの茶わん蒸しをこれでもかと流し込み、鍋一杯の茶わん蒸しに顔を突っ込んで失神するところで映像は終わる。
だが、男は映像の途中で記録ディスクを取り出すと一瞥して媒体ケースにしまった。
「はい、結構なお手並みです。狂信者たちも少しは、留飲を下げるでしょう。生贄に差し出された彼にはお気の毒ですが・・・・・・」
警視庁にある犯罪抑止課の一室で僕とハンドラーの東条斎酒は犯罪抑止課長である長谷川兵蔵警視と補佐のロボット警部にお仕事の成果報告を行っていた。
そう、紆余曲折があって僕たちは、今では警察の手先だ。
犯罪抑止課というのは、紅の災害後激変した世の中で不満を募らせる市民のはけ口として面白い見世物を演じ、犯罪の未然防止を図ることを目的としている。
今回の場合は、旧大陸の箱舟住民に対する食糧支援として異星から輸入した『ホタルクジラ』を独占的に卸した商社の担当者が見せしめとなった。
クジラ愛護団体とか言う名前の宗教団体が、「哺乳類の中でも知能の高いクジラを食料として配給するとは何事か、そんなものを食うくらいなら餓死して死んでやる」と駄々を捏ねた狂信者たちに対するガス抜き対策だった。
彼等狂信者たちが、クジラを食べるなんてゲテモノの蟲を食べさせるくらい野蛮なことだとの一文が彼らの広報誌に載っていたことから、復讐料理が実行されたのだ。
『しかし、傍からみたら政府機関がいじめをやってるとしか見えないんだけどね。まあ、僕たちに断るという選択肢は無いから言っても仕方のないことだけどね』
「まあ、そうなんだけどね。人間て奴は、公明正大な生き方だけでは生きられない難儀な生き物だから。君も同じ人間だから解って貰えると思うけどね、ネコ君」
『・・・・・・』
「でも、私は喜んでもらえる料理にしたかったなあ」
長谷川課長に対して、斎酒は自慢の腕が揮えなくて不満が残っていたようだ。
「まあ主義主張は様々だからね。次の仕事について説明してくれたまえ、ロボ警部」
「承知しました、課長。
君たちには、このターゲットを一週間ほど教育して欲しい。詳しい資料はここで渡します。斎酒君、こちらへ」
「え?は、はい」
斎酒が立ち上がってロボ警部の隣に座ると彼はいきなり抱きしめてキスした。
「・・・・・・ わっ、いきなり何するんですか!」
斎酒の平手打ちを何気なく躱すロボ警部、コーヒーを飲む長谷川課長、知らずに殺気を漏らす僕。
「では、質問があればロボ警部に聞いてくれ。今日はご苦労だった」
長谷川課長のミーティング終了の挨拶を受けて、僕はソファから飛び降りてドアに向かい、まだ固まっている斎酒に振り向いた。
『・・・・・・ユキ、ただのデータ交換だろ。僕は気にしないよ』
「そ、そう。今回の仕事も私たちなら簡単ね、失礼します」