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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三度裏切られた最強の老騎士、辺境へ行く

作者: 馬場淳太

 

『イクルス山脈の麓の村じゃ、七色の朝日が見られるんだって!』

『エドワードは本当にその話が好きねぇ』


 ひどく苦労して山を登った彼は、幼き日を思い出していた。

 この山をくだれば、イクルス山脈まであと少しである。


 彼は唯一信じられる自分の老骨に鞭打って、ゆっくりと歩き出した。


『七色の朝日かぁ! いつか見てみたいなぁ!』


 ――――――――――――――――――――――――


 エドワード老公といえば、『忠義の騎士』であり、また『裏切られの騎士』でもあった。


 彼は三代の君主によく仕え、三代の君主それぞれに裏切られてきた。




 初代の君主は彼の妻を奪い取った。


 彼の妻はとても美しく気高い女性であった。

 美しい金髪と、ルビーような綺麗な目を持った女性だった。

 彼は妻を愛し、また妻も彼を愛していた。


 その幸せが崩れ去ったのは、彼が王命で隣国との戦に出向き、1年に渡る死闘を制して帰ってきた時であった。

 彼が家に帰って来たとき、彼の妻は首を吊って死んでいた。


 その足元には手紙が置いてあった。

 それを読むと、彼の君主が彼の不在の間に何度も妻を襲い、犯したことが書かれていた。

 気高く清廉であった彼女は穢れてしまった自分の体を許すことができなかったのだ。


 彼はそれを読み終えたとき、静かに涙を流した。


 その事実を知った親族や同僚は彼に出奔を進めた。

 だが彼は君主への裏切りを良しとしなかった。


「たとえ妻を奪われたとしても、仕えて来た君主は裏切ることは出来ぬ」


 彼はそう言うと、平然と顔で君主の前に立ち、戦勝報告をしたのだった。




 二代目の君主は彼を捨て駒にした。


 二代目の君主は、全く自分のことしか考えていない男だった。


 あるとき、エドワード公は二代目の君主に率いられて戦に赴いた。

 二代目の君主は彼の諫言を聞き入れず、杜撰な作戦を立てて全軍を壊滅の危機に陥れた。

 その敗走の最中、彼は二代目の君主に殿(しんがり)を頼まれた。


「1000の兵を与えるから、3日持ち堪えてくれ。城に戻り兵を率いて助けに来るから」


 彼はその命を受け、1000の兵で6万の追撃してくる軍勢を必死に防いだ。


「1人につき60人だ! 60人殺せば勝てるぞ!」


 彼は自ら陣頭に立ち、敵を斬り、味方を鼓舞しながらよく戦った。

 彼がこの戦場で殺した兵の数は1000を超えると言われている。


 兵を徐々に減らしつつも、彼はよく持ち堪えた。

 奇策を用い、用兵の妙を尽くして戦った。


 そして3日がたった。


 援軍がやって来ることは、無かった。


「なぜだ! なぜ援軍は来ない!?」


 彼は憤慨した。


 1000いた兵士はもはや300まで減っていた。

 しかし追撃の敵は兵を補充していた。


 援軍が来ないとすれば戦況は絶望的であった。


「だがこのまま敵に降るのは死んでいった兵たちに申し訳がたたん」


 彼は残りの兵全てを率いて、追撃してくる敵に奇襲をかけた。

 そして彼は敵の大将を討ち取って帰還した。


「あー、忘れてた。すまんすまん」


 君主からかけられた言葉はそれだけだった。


 死闘を生き残った兵士たちは激昂した。


「エドワード公! あの愚物が治めている以上この国は終わりです! 隣国に行きましょう!」


 たくさんの者たちがエドワード公の元を訪れ口々にそう言った。


 だがエドワード公は決して首を振らなかった。


「いや、ひとたび主と認めた者を裏切ることは私にはできない」


 だが彼は去る者を追うことはなかった。





 そして三代目の君主は、彼の忠義を裏切った。


 その頃、エドワード老公といえば、壮齢にして1000の軍で6万の兵を屠り、他にも数々の武勲を立てたとして国内外で有名であった。

 国の誰もがエドワード老公を誇りとし、若き将の誰もがエドワード老公に憧れた。


 三代目の君主以外は。



 あるとき隣国の王は間者を呼び、指示を与えた。


「『エドワーズ公に裏切りの可能性あり』という噂を流すのだ」


 だがその間者は誤って


『エドワード公に裏切りの可能性あり』という噂を流してしまった。


 誰もがそれを信じなかった。


「もしも、かの老公が裏切るならばとうの昔に裏切っている」


 誰もがそう言った。


 三代目の君主以外は。





「それは真でございますか!?」

「真も何も、裏切ろうとする者の首を切るなど当然のことではないか」


 三代目の君主は、エドワード老公に服毒自殺の沙汰を下した。

 立ち並んだ将や文官、全てがそれを諫めた。


「おやめください。そのようなことはあり得ません」

「なぜそう言える?」


 彼らは口を揃えて言った。


「エドワード老公が裏切るならば、もっと前に裏切っております!」


 だが三代目の君主はそれを鼻で笑った。


「ふん、誰がそれを証明できるというのだ」


 そして膝をつくエドワード老公を見下ろしながら言った。


「聞けばこの老いぼれ、お爺さまに妻を寝取られ、お父様には戦場で捨てられたそうではないか。今になってそれが恨めしくなったのかもしれんぞ?」


 誰も何も言うことはできなかった。

 その事実について何か言っていいのはエドワード公本人だけであり、誰もがそれに触れることはなかったのだ。


 彼らは自らの君主の傍若無人さに呆れたのだった。


「では三代仕えた者を殺すというのは、殿下にとっての恥となります故、位と私兵の取り上げでご容赦ください」


 臣下の1人が進み出て言った。


「まあそれでよいわ。さっさと失せよ」


 エドワード老公は静かに退出した。


 その間、彼は一度も言葉を発しなかった。




 一般人に落とされたそれ以降も、彼はあまり普段と変わらなかった。

 貴族で無くなったというだけで、親族に暮らしは保証されていたし、しばらく戦もなかったので兵も特に扱うことはなかったからだ。


 だがひとつだけ、変わったことがあった。


 彼は人を全く信用しなくなったのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


「何が御伽噺だ、ちゃんとあるではないか」


 イクルス山脈の麓には確かに村があった。


 親族はあるかどうかも分からない、御伽噺のようなことを言い出す老公を止めはした。

 だが老い先短い彼の自由にさせてやろうと、残り数年暮らせるだけの金を与えて彼を解き放った。


 彼は村に入り、歩く村人に聞いて回った。


「七色の朝日ぃ? 知らねえな」


 だが、誰もそれを知らなかった。


「ふん、どいつもこいつも、わしが歳をとっているからと馬鹿にしおって」


 彼は全く村人の言うことを信用せず、七色の朝日を待ち続けた。

 だが1ヶ月たっても、七色の朝日は現れなかった。


「ふむ、1年待てば必ず見れるはずだな」


 彼はその村の外れに家を建て、そこで暮らし始めた。


 誰もそこに住み始めた異邦人を奇妙に思い、近付こうとはしなかった。

 彼にとってもそれはありがたい話だった。


 人といるから裏切られる。

 では1人なら裏切られることはない。


 老公の心は、すっかり塞がっていた。




 それから1年がたった。

 七色の朝日は現れなかった。


「ふむ、4年に1度しか現れないかもしれぬ」


 それから4年がたった。

 七色の朝日は未だ見られなかった。


「ふむ、10年に1度かもしれぬ」


 それから幾年がたったか。


 老公は待っていた。

 何をかは老公にも分からなかった。


 ――――――――――――――――――――――――


 ある日、叩かれる筈のない扉が叩かれた。


「こんなところに客か。珍しいこともあるものだ」


 老公は少しの興味を持って、扉を開いた。


 そこには1人の少女が立っていた。


「わぁ! すごいわ! ねぇ、おじさま、ここで何をしてらっしゃるの?」


 目をキラキラと輝かせた、5歳になろうかという少女が立っていた。


 よく手入れされた金髪がサラサラと風になびく。

 青色ののぱっちりとした目は、まだ何の穢れも知らない無垢な少女をよく表していた。


 その金髪と、穢れのない目が彼の心をどうしようもなく締め付けた。


「………何をしにきた」

「お父様が外れの家に変なおじさまが住んでるから行ってはダメって! だから来たの!」

「…………」


 彼は言葉を出せなかった。

 何かを言おうとして、やめた。彼自身、何を言おうとしたのか分からなかった。


「どうしたの?」

「特に用がないなら、帰りなさい」


 何とか捻り出した言葉で、少女に帰るよう促した。


「どうして? 女の子はお嫌い?」


 少女が首を傾げた。


「ああ。女は男を呼び寄せてしまうからな」


 ――――――――――――――――――――――――


 その日から、少女は少年のような格好をして、毎日彼の元を訪れた。


 何度か来るのを止めるように言ったが、少女は毎日やってきた。

 いつしか彼も何も言わなくなった。


「ねぇ? おじさまは、何をしてた方なの?」


 彼はその問いに答えなかった。

 少女は彼が何も言わなくなると、そのうち家に上がり込むようになった。


 彼はいつも本を読んでいた。

 そして少女は、いろいろな話を彼にした。

 ひとつも返事を返すことはなかったが、少女はなぜかとても満足そうな顔をして帰っていくのだった。


「物好きな奴もいるものだ」


 彼は知らなかった。

 彼の表情が少女が訪れ出してから、だんだんと柔らかくなっていたことを。


 ――――――――――――――――――――――――


 ある日、少女は食べ物を持ってきた。


「ねぇ、おひとつどう?」


 それは少し歪な形をしたクッキーだった。

 ひと目見ただけで、手作りの物だとわかった。


 だが、老公はそれを口にしなかった。


「食べ物はお嫌い?」


 少女はこてん、と首を傾げた。


「ああ、食べ物は毒が入れられるかもしれんからな」


 ――――――――――――――――――――――――


 それからという物、少女は色々な物を持ってきた。


 あるときは絵本を持ってきた。


 少年たちが憧れるような戦いの話だった。


「戦いなど、何もいいことはない」


 珍しく、老公が口を開いた。

 毎日やって来る少女は、決して老公の過去について何かを聞くことはしなかった。


 ただただ首を可愛らしく傾げて言うのだった。


「戦争は、お嫌い?」


 だから老公も言うのだった。


「戦争は、たくさんの人が死ぬ」


 いつも通りに。


「戦争をすれば捨て駒にされるからな」


 ――――――――――――――――――――――――


 それからも少女はたくさんの物を持ってきた。


 ある日、少女は一輪の花を持ってきた。

 白い、綺麗な花だった。


 老公はしばらく、その花に目を奪われていた。


「花は、お嫌い?」


 いつも通り、少女は聞いた。


 だが老公は、首を振った。


「花は、裏切らないからな」


 ――――――――――――――――――――――――


 少女はそれから毎日花を持ってきた。


 いつからか勝手に鉢植えまで持ってくるようになって、老公の家に飾り始めた。


 寒々しかった老公の家はだんだんと明るく、温くなっていった。


 花が枯れないよう、少女は毎日世話をした。

 老公が飽きないよう時々花を増やし、時々花を入れ替えた。

 いつしか家は花で溢れて、少女は勝手に庭を作って、花を増やしていった。


 殺風景だった老公の家の周りは、次第に鮮やかに彩られていった。


「ふん、花の何がいいんだか」


 不思議と悪い気はしなかった。


 ――――――――――――――――――――――――


 そうした日が続いて、少女のいる日常が普通になったある日のことだった。


 少女は来なかった。


「まあ子供だからな。風邪をひくこともあるだろう」


 老公はゆっくりと立ち上がった。


「しょうがない。代わりにわしが世話をしておくか」


 老公は花の手入れを始めた。


 ――――――――――――――――――――――――


 次の日も、少女は来なかった。

 次の日も、その次の日も、少女は来なかった。


 それから一週間、老公は少女の代わりに花を手入れし続けた。


 何日かたって、扉が叩かれた。

 老公はなんとなく浮ついた気持ちで、扉を開いた。


「ここにうちのリリアは来なかったか?」


 だが、そこにいたのは村長だった。


 老公は落胆する自分の気持ちを不思議に思いながらも、村長に話を聞いた。


「リリア? どんな子だね?」

「金髪の、青い目の子だ」


 老公は初めて少女の名前を知った。

 そうして今まで知らなかったことに驚いた。


「いや、来ていないが」

「ここしばらく家に帰ってきていないんだ」


 老公は驚いた。

 てっきり風邪か何かだと思っていたのだ。


 だからだろう。


「探すのを手伝った方がいいか?」


 こんなことを老公は口にしていた。


 ――――――――――――――――――――――――


 しばらく捜索が続くうちに、通行禁止の柵が壊れていて、そこに人が通った跡があることがわかった。


『お父様が外れの家に変なおじさまが住んでるから行ってはダメって! だから来たの!』


 老公は少女の言葉を思い出した。


「あの柵の向こうには危険な魔獣が溢れているんだ! リリアは、もう………!」


 明らかに村の過失だった。

 老公は静かにそこを離れ、家に帰った。


「ふぅ………」


 彼はゆっくりと椅子に腰掛ける。

 昔はよく戦場を駆け回った体も、老いては椅子に座るのだけでひと苦労だった。


 椅子に腰掛けてゆっくりと、見回すと昔ではあり得なかったほどに明るい部屋があった。


「たとえば誰かに責任を押し付けたかったとして」


 老公は一人呟く。


「1人の異邦人がちょうど村に住み着いたら、どうするだろうか」


 老公は背もたれに体を預ける。


「たとえば助けにいったとして、助けられなかったら。運良く助けられたとして、その過失の責任は誰にあるかを問われたら」


 再び彼は深く、ため息をついた。


「また裏切られるか……」


 彼は昔を思い出した。


 別に助けに行く必要などないのだ。

 結局のところ人は人。

 人と関わるから裏切られる。


 少女は危険に勝手に近づいたのだから、死んでしまっても自己責任だ。


 だが。


 彼は窓の外に目をやった。

 そこにはたくさんの花があって、どうしようもなく鮮やかで、どうしようもなく誰かが足りなかった。


「ふん、ここで立たねば、『忠義の騎士』の名が泣くか……」


 彼は久方ぶりに剣を取ると、立ち上がった。

 そこには老いた老人の姿はなく、まさしく老将の姿があった。


 ――――――――――――――――――――――――


 森は、昼間なのに薄暗かった。


「この程度の暗中行軍など慣れたものよ」


 彼は意気揚々と歩いた。

 歩きにくい獣道を、一歩一歩踏みしめるたびに若返るような気持ちだった。


 少女の場所は分かりやすかった。

 何故ならここ数日、雨が降らなかったからだ。


 足跡を辿っていけば少女はすぐに見つかった。


「きゃあ!」


「GRUUUUUUUUUU!」


 少女は湖畔のそばで魔物に襲われていた。


「はぁっ!」


 エドワード公は少女を喰らおうとする魔物を剣で弾き上げた。


「おじさまっ!?」

「下がっていろっ!」


 彼は魔物を睨み付ける。

 凄まじい剣気に、魔物すら後退った。


「ベヒモス……!」


 対峙する魔獣は、魔獣の中でも一級の魔獣、ベヒモスだった。


「リリア、ベヒモスがいると言うことはこの近くにこれ以上強い魔獣はいない。今なら村へ帰れる。急いで逃げなさい!」

「おじさまは!?」


 エドワード公は少女を見ずに答えた。


「わしはこいつを倒して帰る」


 少女は走り出した。


 ――――――――――――――――――――――――


(少女の足ならここから丸半日。援軍はなし、か……なんだ、6万を3日抑えるより簡単ではないか!)


 彼はベヒモスから注意を逸らさず頭の中で考える。


「貴様の首、もらい受ける!」


 そうして彼は地面を蹴った。


 素早くベヒモスの体に一撃を叩き込む。

 だが、全くベヒモスにダメージはなかった。


(わしの剣はこれほど軽くなっていたのか!)


 彼はひどく驚いた。

 衰えたとは思っていたが、これほどまでとは思っていなかったのだ。


「思ったより厳しい戦いになりそうだが、負けるわけにはいかなくてな!」


 だからこそ、彼は鼓舞する。

 危機的状況にこそ、力の尽くし甲斐があると言うものだ。


 老将は剣を振るった。


 ベヒモスが巨大な手を振り下ろすのを、後ろに飛んで避ける。

 そのままベヒモスの死角にまで走り込み、そのアキレス腱があるあたりに斬りつけた。


 ベヒモスの体のバランスが崩れる。

 そのタイミングを狙って、彼はベヒモスの片目に彼の剣を突き立てた。


「GAAAAAAAAA!」


 ベヒモスは苦しみの声を上げた。

 だが、黙ってやられる魔獣ではなかった。


「がはぁっ………!?」


 崩れたバランスのまま、老公に突撃してその老体を捉えて一撃を叩き込んだ。


 彼は木に叩きつけられる。

 いかに強靭に鍛えて来たと言えども、老いた体は騙せない。

 その一撃で彼の体はボロボロだった。


「ははっ……! こんな、もの、で………倒れるわしと思ってかぁっ!」


 彼は気合を込めて言い放つ。


「妻を奪われた。捨て駒にされた。それでも立ち上がって戦った。

 ならば……今も立てないはずはない!」


 そうして彼は立ち上がった。

 トドメを刺そうと手を振り上げたベヒモスは、その小さくて大きな存在に狼狽(うろたえ)る。


「さぁ、戦おうではないか!」


 誰もが憧れた姿がそこにはあった。




「GUUUUUU!」

「がアッ!」


 どれほどの時がだっただろうか。


 彼らの戦いは続いていた。

 老将は潰した片目をうまく使って、死角からベヒモスの体をひたすらに斬った。


 ベヒモスは見えない老将を、手を振り回して当てずっぽうに殴りつけた。


「ぁぁアっ!」


 老将の喉はほとんど潰れていた。

 既に気合の声はなく、ただただ漏れ出す気迫だけが、彼をベヒモスの前に立たせていた。


 湖畔を背景に、騎士と魔獣の戦いはあった。


「GU?」


 ふと、気温が下がった。


 それを敏感に感知してしまったベヒモスに、一瞬の思考の空白が生まれた。


「ェァァァァア!」


 その一瞬を見逃すような凡愚はそこにいない。

 いるのは敵を倒さんとする猛将だけだった。


 勢いよくその心臓に剣を突き立てる。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 だが、力が足りない。

 わずかに心臓に届かない。


 だから老将は自分の体重ごと剣にかけて、一気に押し込んだ。


「はぁぁぁぁぁぁあ!」


 一瞬、彼の声が蘇って、ベヒモスの体を剣が突き抜けた。

 ベヒモスの体がゆっくり倒れていく。

 半日を戦いきった、彼の勝利だった。


 そのまま彼は湖に倒れ込む。

 ひどく冷たい水が、朦朧とした彼の意識を覚醒させた。


 まだ暗い朝の冷え込みが老人の火照った体を冷やしていく。

 起き上がろうにも起き上がることができず、彼はそのまま静かに半身を体につけていた。


「………っ!」


 朝日が昇る。


 それは全くの偶然だった。

 彼の顔を覆う水と、朝の冷えた空気で水に戻された水蒸気が光を曲げた。


 そこには七色の朝日があった。


「あぁ、朝日はわしを裏切らなかった………」


 忠義の騎士はこときれた。


 ――――――――――――――――――――――――


 盛大な葬儀が行われた。


 誰もが『忠義の騎士』をひと目見ようと、こぞって葬儀に訪れた。


 老公が長く仕えた国は、老公がいなくなって少ししてから滅んでいた。


 だがその多くの親族は生き残っていた。


「えっ………!?」


 葬式を訪れたその親族たちは、大量の鮮やかな花に囲まれた棺を覗いて、ひどく驚いたという。


 エドワード公の死に顔が、三代に渡って裏切られ続けた騎士のものにしては、ひどく幸福に満ち溢れていたからだった。


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