帝国のブラックキャット2
蘭丸が帝国の密偵に付き纏われている。
しかも可愛いらしい。
僕はこの事を聞いて居ても立っても居られず、安土へと戻る事を決意する。
リア充爆ぜろ!
間違えた。
蘭丸の危機だ。
猫田や佐藤も納得してくれた。
そしてツムジに乗り安土へと戻ろうとすると、目の前にはチカの姿があった。
「偽者のブラックキャットを見たい」
そのような事を言って、僕等との同行を希望した。
師匠である猫田の確認を取ると、むしろ連れ帰ってそのまま安土へ戻せ的な態度を取られた。
それを知ってか知らずか、ツムジによる空の旅を堪能出来ると楽しそうにしているチカ。
木下領である長浜を離れ、一路安土へと向かった。
旅の途中、女子トークで仲が良くなったツムジとチカ。
男一人で本来なら両手に花なのだが。
片や幻獣、片や子供。
所詮、僕はこんなものである。
安土へ到着し、まずはチカをビビディの元へと送り届けた。
密偵により混乱していると思われた安土だったが、目の前の光景は平和そのもの。
そんな中、蘭丸は弓と槍の鍛錬に励んでいるとの事だった。
三人で始めた旅が一人だけ置いてけぼりのような形になり、実力不足を実感する蘭丸。
同行を希望しているという蘭丸の意向を知り、愛奴よのぉと思いつつ、練兵場へと向かった。
そしてそこで見たものは、蘭丸とイチャつくギャルの姿だった。
「何コイツ等、人の顔見るなり引いてるんですけど」
逢瀬を邪魔されたからか、機嫌が悪そうに声を掛けてきた。
「マオ!何で此処に居るんだ!?」
「向こうでひと段落ついてツムジに連絡したら、お前に危機が迫ってるって言われたんだよ!」
危機は危機でも、貞操の危機だがな。
そして、そんなおいしい思いは許せんのだよ。
「そうか。なんか、ありがとな・・・」
鼻を擦りながら、ちょっと照れくさそうに笑う蘭丸。
それを見た自称帝国のブラックキャット、改めブラックギャルは、頬を赤く染めて蘭丸の顔を見ていた。
心配なのは本当だが、これは許せんな。
【リア充撲滅委員会としては、この案件は危険としか言いようがないですな】
全く、委員長の言う通りですよ。
「で、コイツが密偵の一人か」
思いきり指をさして、コイツ呼ばわりしてやった。
「コイツ?この子供、躾が悪くない?」
「誰が子供だ。これでも寺子屋では、蘭丸と同学年だからな」
身体の成長はあんまり追いついてないけど、間違ってはいない。
そういえば寺子屋と言えば、安土にも作っているのだろうか?
出来れば種族分け隔てなく、したい事ややりたい事を勉強させられる環境にしたいんだけど。
まあそれは今考える事ではないな。
「ウッソ!蘭ちゃんと同学年とかありえないでしょ!?」
「本当だ。俺とマオとハクトは、一緒に寺子屋に通っていた。ちなみにハクトの名付け親もコイツだからな」
「え!?ハッチの名前付けたのって魔王なんでしょ?」
「だから、僕が魔王だ」
つーか、ハクトはハッチって呼ばれてるのか。
蘭ちゃんにハッチ。
じゃあ僕は?
【マオだから、マーちゃんかな?】
あー、それっぽいね。
マーちゃんか。
悪くないな。
「この子が魔王だって!ウケる〜!蘭ちゃんも冗談言うんだね」
おい!
冗談扱いされてしまったぞ。
真面目に言ったつもりだったんだが。
「お前、笑ってるけど事実だからな?こんな姿でも、太田やゴリアテさんより強いから。あまりふざけた事言ってると、魔王の鉄槌を食らうぞ?」
「またまた!冗談を」
「ちなみに初対面の時、俺もコイツにボコボコにされた」
「え!?」
「どうも。初対面で蘭丸をボコボコにした魔王、阿久野です」
懐かしいな。
あの頃の蘭丸はちょっとヤンキーっぽかった気がする。
【いきなり俺とハクトに、ナメた事言ってたな】
そして兄さんから、鉄拳制裁を食らったんだっけか。
あんな事あったのに、今までよく付き合ってきてるなと思うよ。
「阿久野?」
ギャルの眉間に皺が寄る。
何か思い当たる節でもあるのか?
「もう!わたしの事を無視しないで!」
あ、チカの存在を忘れていた。
ブラックキャットに会いたくて来たんだっけか。
「この子はガールフレンド?」
「は?何でわたしが、まおうさまと付き合わなきゃいけないの?」
真顔で言われてしまった。
子供の言う事だけど、ちょっと心が痛い。
【子供って、時として大人より残酷なんだぜ・・・】
オブラートに包むという事を知らないからね。
世の中もう少し、僕達に優しくなってほしい。
「まおうさまの事なんかどうでもいいの!それよりあなた!」
どうでもいい・・・。
蘭丸が肩をポンと叩いてきた。
その顔は仏のように優しかった。
やめろ!
お前の同情は何かムカつく!
「ん?ウチに何か用があるの?」
「何を勝手に帝国のブラックキャット名乗ってるの!帝国のブラックキャットは、わたしなんだからね!」
ドヤァ!
言い切った後のチカは、とても満足そうだった。
しかし彼女も反論する。
「ハァ?何で貴方がブラックキャットなのよ?むしろウチは自称じゃないんだから!」
「じゃあ誰に言われてるの?」
「帝国の連中。特に隠密部隊の」
おいおい。
隠密部隊とか、結構ぶっ込んできたな。
「わ、わたしだって、皆から言われるもん!」
確かに、ビビディさん達の仲間は皆、ブラックキャットはチカだって言ってた。
理由は知らないけど。
「あのさ、そもそも二人とも何故ブラックキャットなの?誰が名付けたの?」
「あぁ、それ俺も思った。チカちゃんだっけ?ビビディさん達からブラックキャットって呼ばれてて、ちょっと気になってたんだよな」
僕の疑問に、蘭丸も乗っかってきた。
それを聞いたギャルも、自分語りを始めそうな感じになっている。
「ウチはね、肌焼いてるから!」
え?
それだけ?
「わたしはね、猫が好きだから!特に黒猫さんが好き!」
え?
それだけ?
「え?それだけ?」
ハッキリと言おう。
蘭丸も僕も、え?それだけ?しか言えない。
何だよその理由。
もう少し何か理由があるのかと思った。
「それ以外の理由なんか、よく分かんない。あとはウチ、暗闇に同調出来るからくらいかな」
「何だ?その同調って」
「ウチの能力だよ。昼間でも出来るけど、夜の方が確実かな。暗い場所や影の色と同調して、見えなくなれるの」
それだろ!
肌焼いてるとかじゃなくて、こっちが本命の理由じゃないのか?
「わたしも皆が呼んでくれるだけだしなぁ。壁に張り付いたり、高い所から降りる時も身体捻ったりしてたら、猫みたい言われたくらい」
お前もそっちが理由だ!
猫が好きとかじゃなくて、その身の軽さが理由だっつーの。
「この屋根の影に立ってると、ほらこんな感じに」
影の暗い部分に立っていたギャルの姿が、段々と薄くなっていく。
かろうじて見えているが、夜だと難しいかもしれない。
そういえば夜の黒猫って、目以外見えない時とかある。
確かにこの能力は隠密向きだわ。
この能力見てからブラックキャットって言われると、納得出来なくはない。
「うわ〜見えなくなっちゃった。凄いねー」
チカは普通に驚いていた。
「でもね、わたしも猫さん先生のおかげで、ほら」
今度は影魔法を使って、ギャルが隠れた屋根の影の中へと入っていく。
「え!?嘘!何これ凄くない!?」
姿は見えづらいが、声だけで驚いているのが分かる。
ヒト族で魔法使える時点で凄いのだが、魔法だとは気付いていないようだ。
「二人とも、本当に凄いな」
蘭丸が褒め称え、二人が影から姿を現した。
確かにこの能力を鑑みると、どっちも黒猫っぽい気がする。
「アンタ、やるわね!」
「お姉ちゃんも見えなくなるのすごかった!」
蘭丸に褒められたからか、笑顔で握手している。
「どうせなら二人ともブラックキャットで良いだろ?」
「どういう事?」
「そのまんまだよ。二人ともブラックキャットって事で、ブラックキャット姉妹とか名乗っておけば、二人とも文句無いだろ?」
なんか、漫画の三姉妹みたいになってきたな。
あっちはもっと、色気のあるお姉様達だが。
「蘭ちゃん。姉妹はダサいわ。それならブラックキャットシスターズにしないと」
「お姉ちゃん!それカッコ良い!わたし達二人で、ブラックキャットシスターズになろうよ!」
「良いね!なろう!二人でブラックキャットシスターズ!」
手と手を取り合って、笑いながら二人で回っている。
確かにこの様子を見れば、姉妹って言われてもおかしくないかもね。
でも・・・。
「ちょっと真面目な話をするけど、良いか?」
今までの声色から、ちょっとトーンを変えた。
それに気付いたからか、ブラックキャットシスターズの姉の方が、ちゃんと反応する。
「分かりました。よろしくお願い致します」
ん?
こんなに丁寧な対応も出来るの?
なんかギャルっぽくない!
「・・・他の密偵は?」
「三人は討ち取られました。一人は捕まる直前に、自ら命を・・・」
「そうか」
やっぱり五人のうち四人は亡くなっていた。
生き残りは彼女だけ。
何故、彼女は生き残っているのだろう?
しかもこんな自由まで与えられて。
「キミはこれから、どうしていくつもりだ?密偵としての役割は完全に失敗しているだろう」
「そうですね。私も本来は、死ななければならないのでしょう」
「それならば何故?」
「・・・彼を見て生きたいと思ってしまったから」
「・・・ん?惚れちゃったから死にたくなくなったって事?」
「悪いですか!私、学校では男子と接点が無かったですし、こんなカッコ良い男性なんて見た事無かったんですから!夢であろうと、このような殿方に逢えるなんて。私は自分の気持ちに正直になりたいのです」
「学校?女子校?」
【あ!この子、見た事あるぞ!黒いから全然気付かなかった】
知ってるの?
テレビとかで出てたとか?
【女子高生茶道家とかで、ニュースに取り上げられてたんだよ。しかも俺、この子と同じ学校だったわ】
ハァ!?
それで何で気付かないんだよ!
【そりゃ俺はスポーツ特進科だぞ!?向こうは普通科だか知らんが、接点がほとんど無いわ!】
じゃあ名前も知ってるの?
【うーんと、セリなんとかだったような?】
「セリなんとか?」
「セリカです」
【そうだ!柳生セリカだ!】
「柳生セリカさんですか?」
「何故、私の名前を!?」
当たったけど、名前知ってる理由どうするよ?
【適当に答えておけよ】
分かった。
兄さんの名前出す。
【え?】
「僕は阿久野。阿久野って高校時代の同級生、覚えてる?」
「阿久野・・・さんですか?存じ上げませんね」
甲子園行ったんだよね?
キャプテンで行ったんだよね?
覚えられていないようですが。
【ちょっと凹むわ。あんまり言わないで】
「野球部が甲子園に行った事は?」
「それなら覚えています。私もテレビで見ていました」
「アレ?スタンドの応援って、全員参加じゃないの?」
「それも存じ上げませんが、私は茶会を優先させて頂きましたので」
あ、なるほど。
同じく高校生で有名な彼女は、応援を免除させられたっぽいね。
それなら野球部に詳しくなくても、おかしくない。
「お前等、いったい何の話をしているんだ?」
「あぁ、ちょっとね」
危ない。
柳生さんの居る手前、神の国の話とも言えないし、誤魔化すのが難しいな。
「それで柳生さんは、これからどうしたいの?」
「蘭ちゃん。いや、蘭丸さんと、お付き合いしたいです!」
両手を前で拳を握りながら、やる気満々といった様子で付き合いたいと言っている。
ふむ、リア充くたばれ!
「付き合うにしても、キミは帝国の人間でしょ?無理じゃん。僕等は蘭丸を、帝国になんか連れて行かせないよ」
「私も最初は、帝国に一緒に来てもらうのが一番だと思っていたのですが。ズンタッタ様からのお話を聞く限り、それは間違いだと思い知りました」
「じゃあどうするの?帝国を裏切るの?」
「はい。私もズンタッタ様やビビディ様達と同様に、此方でお世話になりたいと思っております」