凄腕の忍者
洗脳されていると思われる滝川一益。
その一益本人が、もし洗脳されたら自らを斬れと命令したが、家臣内部ではその対応で半分に割れてしまった。
主君の命令に従い、一益を斬ろうとする者。
主君の命令よりも、主君の命を守るとした者。
そして後者によって前者は追い出され、一益は洗脳されてしまったようだ。
その後、木下領でも異変が起きる。
当主である秀吉の行方が、分からなくなってしまったという噂が流れたのだ。
しかし木下領である長浜では混乱が見られず、平和そのものの光景があった。
そして秀吉は、洗脳された一益によって連れ去られたのではないかと推理したのだが。
城での惨劇にそろそろ気付くのではと判断した僕達は、慶次の案内で隠れ家へと招待された。
そこには慶次と懇意のドワーフだけでなく、何故かネズミ族の協力もあった。
そのネズミ族だが、自分達はネズミ族の異端児だと言っている。
異端児ってどういう意味だ?
考えが秀吉達とは違うとか、そんな感じ?
考え込む姿から察知したのか、ネズミ族の代表が一人の男を呼んだ。
「他の種族の方々には、我々の見分けは難しいでしょう。分かりやすい男に来てもらいました。上着を脱いでくれ」
男が着ているシャツを脱ぎ、背中を見せてくれた。
あぁ、確かに異端だわ。
「ハリネズミですか?」
「その通りです。彼はネズミ族と言っても、ネズミ族ではないと蔑まされています。他にも」
何人かを呼び出し、様々な人達が違う点を述べていった。
一人はプレーリードッグだったり、次の人はチンチラだったり。
要は、町や山で見掛けたりするようなネズミではなく、齧歯類ではあるがネズミとは離れた人達の事のようだ。
「そんな私も少々違っていまして」
「え?何処か違います?」
この人は元々人型に近い。
顔も人寄りで、ただ単にネズミの鼻と耳を持っているくらいで、仮装している人に見えなくもない。
だから何が違うのか、逆にサッパリ分からなかった。
「私はカピバラ種なのですよ。申し遅れましたが、私はカピバラのテンジと言います。ドラン氏とは少々縁がありまして、手伝わせていただいております」
「か、カピバラですか。なるほど」
分かるわけねーだろ!
耳と鼻だけでネズミとカピバラの区別をしろとか、そんなの何処ぞのゴロウさんくらいしか分からないと思う。
「ネズミ族の中でも異端な我々は、一般的な職には就けますが武官や文官にはなれません。能力があるにも関わらず、です」
それはちょっとおかしい気もする。
僕がおかしいと思っているくらいだし。
やっぱりこの人もおかしいと思ってるみたいだ。
「元々弱くて戦闘の役に立たないと言われた初代秀吉は、その頭脳で功績を残したわけだよね?それなのに、一般的なネズミ族とはかけ離れているから希望職に就けないというのは、どうなんでしょう。初代秀吉が信長に能力で買われたように、能力の有無で召し抱えるのが筋だと思うんですけどね」
「信長様と同じような考えを今代の魔王様にも言っていただけると、我々はとても嬉しく思います」
「ドワーフの人達の前で言うのも何だけど、僕はキミ達が良ければ、安土に来てもらっても良いと思ってるくらいだよ?」
「そ、そこまで我々を買っていただけるのですか!?」
種族を聞いただけなので、どんな能力があるのか分からない。
でもその種族通りなのであれば、プレーリードッグなんかは穴掘りが得意なはず。
それなら土木作業には向いている。
何なら兵士として迎え入れて、工兵として働いてもらうのもアリだ。
おそらくは他の種族も、何らかの仕事が出来ると思う。
「これは僕の考えであって、キミ達がどうするかはキミ達が決める事だ。このネズミ族の都市、長浜で一旗揚げるのも間違っていないと思うし」
「いえ、そこまで言っていただけただけで、我々はもう・・・」
感極まって涙を流し始めてしまった。
そこまで扱いが酷いのか。
秀吉はそのくらいの頭は回ると思っていたけど、少し考えを改めた方が良いかもしれない。
「ま、まあその辺は後々決めればいいと思うよ。今はまだ、ドラン氏への協力が先決だから」
「そうですね。ドラン殿への協力は惜しみません。我々の力がどのようなものか、魔王様に確認していただける好機にもなりますので」
あんまり本人の前で言う事じゃないとは思うが。
ドラン氏をチラッと見たけど、本人は特に思うところはないようだ。
お互いにその辺は、割り切っているのかもしれない。
利用しつつされつつって感じかな。
「それでドラン殿は、今後どうするつもりかな?」
「魔王様がテンジ殿とお話しされている間に、慶次から先程仰っていた事を聞きました」
「それで、その可能性は?」
此処でドランさんは、ちょっと困ったような顔をしていた。
何とも言えないような顔だ。
「悩んでる?」
「え〜、そうですね。ハッキリと申しますと、分かりかねます。その理由は、我が主君である滝川一益は、一言で言えば頑固一徹。曲がった事が嫌いなお方でございます。しかし洗脳されてからのあの方は、その性格とはかけ離れたとも思えるのです」
「洗脳されて変わった性格なら、その可能性はある。だけど、洗脳前の性格しか詳しく分からないから、ハッキリとは言えないって事?」
「その通りです」
うーん、難しい。
どうにも情報が少ない。
「じゃあ、一益を囲っている家臣団の中に、そういう考えをしそうな人物に心当たりは?」
「残った家臣の中には、あまりそのような者は居ないかと。奴等の性格も頑固一徹なので、主君に手を掛ける事を躊躇ったのですから」
結構手詰まりになってきた。
やはりもう少し、情報を手に入れないと駄目か。
その時、思わぬ人物から声が上がった。
「あの〜、よろしいでござるか?」
「どうした慶次?腹でも減ったか?」
マズイ!
笑いそうになってしまった。
ドランさん、慶次の事をペットみたいな感じに言うから。
餌でも欲しいのか?みたいな言い方はやめてほしい。
「違うでござる!違わないけど違うでござる」
腹は減ってるのか。
やはり安定の駄犬クオリティ。
「家臣じゃなければ、頭の良い人知ってるでござる。一益のおっちゃんと、よく一緒だったでござるよ」
「あ!九鬼さんか!」
九鬼さん?
九鬼嘉隆の事かな?
【誰それ?】
滝川一益が信長に紹介した人。
水軍を持ってて、滝川一益と一緒に戦ってたりしたんだよね。
【その人、信長が名前付けたのかな?】
どうだろう。
そこまでは分からないけど、多分そんな気がする。
「その九鬼さんは、何者なの?」
「ドワーフとは種族が違うのですが、我が主君と仲が良くて、よく一緒に釣りに行く御仁ですね。年の功というだけあってかなり博識でして、海の事にも詳しい方です」
釣り仲間かな。
年の功って言うくらいだから、爺さんなんだろう。
「その九鬼さんが、一益を唆かす可能性はあると?」
「他の家臣に比べればですが」
九鬼さんを調べれば、少しは進展しそうだな。
でも、何処に居るんだ?
「九鬼さんって、領主?」
「昔は領主だったのでした。しかし元々小さな土地だったのと、海沿いで危険が多くて領民が集まらず、滝川領に吸収される形で治まりました」
つーことは、上野国の何処かに居るのか。
でも、流石に此処から更に危険な滝川領へは、チカを連れて行くのは無理だな。
「猫田さん。一人で行ってもらえない?」
「承知致しました」
猫田さんは即答して、既に自分は行くと最初から決めていたようだった。
「え〜!猫さん先生が行くなら、わたしも行きたい!」
「チカ。これから行く場所は、下手をすると死ぬ事も考えられる。お前が一緒だと、猫田さんの足手まといになりかねないんだ」
「チカちゃん。俺と魔法の練習して待っていよう。猫田さんなら、すぐに帰ってくるさ」
僕と佐藤さんが説得を試みるが、あまり上手くいかなかった。
「猫さん先生が一緒なら、わたしは大丈夫だし!それに佐藤さんと違って、わたしは魔法使えるから」
佐藤さんはその言葉に、ちょっと凹んだ。
子供が使えるのに自分は使えない。
大人としてはちょっと立場が無いとも言える。
ただ、僕の考えだと英語と同じかなって思った。
幼い頃から英語を学んでいると、ネイティブな発音で喋れる子供とか居る。
でも中学生から授業で習うだけだと、前者のような子供には、会話では到底到底太刀打ち出来ない。
それを鑑みると、佐藤さんがチカより魔法が覚えられないのも納得出来る。
【それって、俺達にも当てはまるのか?】
僕等は例外でしょ。
明らかにこの魔王ボディの恩恵があると思う。
じゃなかったら、僕がこんな簡単に魔法を覚えたりしないと思うよ。
まあ佐藤さんとチカ以外の召喚者に試していないから、本当はどうだか分からないけどね。
ただ佐藤さんの才能が無いだけかもしれないし。
それよりもチカだな。
「猫田さん。チカに対して何か言ってやってくださいよ」
「出来れば連れて行きたいけど、今回は駄目だな。まだ影魔法も、完璧に使いこなせるわけではない。それに先程も話したように、これより先は危険度が違い過ぎる」
「でも、危険じゃないと分からない事だってあるでしょ!成長するには、そういうのも必要じゃないの!?」
「むっ!?それはその通りだが」
逆に言いくるめられてどうする!
連れて行こうなんて言い出したら、僕は二人を止めるからな。
じゃないと、戻った時のビビディが怖くて話し掛けられない。
「そういう事なら、我等の方で偵知を送りましょう」
揉めている事を見かねたのか、テンジさんがこっちで準備すると言ってくれた。
ネズミ族にもそんな連中が居るとは思ったけど、能力的にどうなのかなと軽く見ていたんだけど。
「お呼びでしょうか?」
天井から降りてきたそのネズミ族は、他の人と見た目が大きく違っていた。
その姿は、僕等に少し見慣れているとも言えた。
ハクトのように耳が長いのだ。
ネズミというよりウサギのようにも思えるが、あまり毛深くないなどハクトと違う点も少しは見られた。
「彼はラビカトウ。乱破として働いております」
【飛び加藤じゃねーのかよ!】
飛び加藤は知ってるんだ。
あ、漫画か。
「飛び加藤!?この方が!?」
「猫田さん、知ってるの?」
「名前しか存じませんが、我々の世界では凄腕として有名です。しかし年齢性別など一切の素性が謎でしたが、このような御老人だとは」
同じ世界の凄腕に会うか。
憧れたりしてるのかな?
【俺には分かるぜ。憧れのメジャー選手に会ったような感じだろ?】
なるほど。
まあ猫田さんがそれで舞い上がる姿は想像出来ないけど、それでも刺激にはなるんだろう。
なんて思ってたら、僕が驚かされた。
「おいおい、僕を年寄り扱いしないでくれよ」
大きな布を翻した彼は、次に見た時にその姿は大きく、じゃないな。
小さく変わっていた。
「すご〜い!まおうさまが二人になった!」
「何処の美少年かと思った」
「まおうさま、自分で言うとダサいよ」
真顔でダサいと言われてしまった。
しかしそれくらいでは、僕等はへこたれないぜ。
寺子屋での日々を思えば、子供からの一言など児戯に等しいのだ!
「ラビカトウだよ!よろしくね!」
右手の親指と人差し指、小指を立てて顔の横でポーズ。
ウインクしながら笑顔で自己紹介してきた。
キラッ!って、何処からか聞こえてもおかしくない満面の笑みだった。
「キャー!カッコ良い!!」
なるほど。
ああやれば良いのか。
「魔王のマオだよ!よろしくね!」
全く同じ仕草で、僕も自己紹介してみた。
「えぇ〜・・・」
「同じ顔で同じ仕草なのに、その反応は何だ!おかしいだろ!」
「パクリは駄目だよ、まおうさま」
「パクリって。お前それ言ったら、向こうは僕の顔だぞ!?」
「顔?あぁ、そうだね。でも、オーラが違う」
「オーラって何だよおぉぉぉぉ!!!」
結局言い負かされ、僕は膝から崩れ落ちる事となった。