一益と秀吉
相手が誰かも確認せずに、槍を投げてきたお馬鹿。
もとい前田利益こと慶次。
チカに刺さったかもしれない事を考えると、無性に怒りが湧いてきてぶん殴らないと気が済まなかった。
しかし相手が誰か分かり、兄と関係があると発覚し、戦闘は終了を迎えた。
何故、村を出たのか?
滝川領で、何をしていたのか?
詳しく聞いてみると、とんでもない野郎だと発覚した。
「拙者、働きたくないでござる」
「食って寝て、たまに鍛錬。食って寝て、たまに城下へ遊びに行く」
俺ですら唖然とした答えを堂々と言ったこの駄犬だが、俺達が知らない、とんでもない情報を持っていた。
「滝川一益が洗脳されているだと!?」
「そうでござる」
「何故、そう言い切れる。誰かが言っていたのか?」
「本人が言っていたでござる」
おい。
本人が洗脳されてるって、普通言うか?
コイツ、やっぱりただの馬鹿なんじゃないのか?
俺はジト目で慶次を睨んだ。
「今、拙者の事を馬鹿だと思ったでござるな?」
「そんな事は無い。とも言い切れない」
「大人じゃないおチビに、大人の苦労は分からんでござ!?」
言い切る前に猫田からの拳骨が、頭へと叩き落とされた。
非常に良い音がしたので、かなり痛いと思われる。
涙目の慶次は、続きを話し始めた。
「おっちゃんは最初、洗脳に抵抗してたでござる。長い間、自分が自分で無くなるような感覚と戦っていたみたいで、拙者が最後に会った時は、もう別人みたいな性格になっていたでござるよ」
「誰に洗脳されたとか、そう言うのは聞いてないのか?」
「本人も、何時からか洗脳に悩まされるようになったと言っていて、誰にされたのかは不明だと言っていたでござる。そもそも、特に怪しい人物に会った形跡も無く、本人もそんな危険人物に会った記憶は無いのでござる」
えーと、少し話をまとめると。
元々は滝川一益は、魔族を裏切ってなどいなかった。
しかし何処かの誰かに洗脳された。
本人は強く抵抗したが、気付くと帝国と組んで魔族への弾圧に加担していった。
こんな感じか。
(誰に洗脳されたのか分からないのは、逆に怪しいね)
と言うと?
(それって、怪しまれない立場にあった人が、洗脳したとも言えない?例えば、側近だった奴が使ってたとか)
ん〜、難しくない?
だって逆に一番怪しまれるでしょ。
それに精神魔法って、使い手がそんなに居ないんだろ?
帝国で契約してる奴とは別人だっていうのは、ちょっと考えづらいんじゃないかな。
(なるほど。それもそうか。兄さんに論破されるとは思わなかった)
ロンパ?
何だかよく分からないけど、軽く馬鹿にされた感がある。
まあいいか。
「おっちゃんは自分が徐々におかしくなっていくのを感じていて、側近だった連中にこう言ったでござる。自分がおかしいと感じたら、迷わずに斬れ。そして新しい当主を決めろと」
「その話、何故お前が知っているんだ?」
「拙者、滝川家重臣の一人だったドラン氏と懇意にさせていただいた為、その話を一緒に聞いていたでござる」
迷わずに斬れと言えるほどの人物なのに、結局は帝国と繋がってしまっている。
それは何故なんだ?
「なあ、その話だと滝川一益は、今頃斬られていてもおかしくないよな?それがどうして帝国と繋がっているんだ?」
「それは、重臣の中で意見が分かれたからでござる。ドラン氏はやはり、主君を斬るのはどうかという意見だったのでござるが、主君の命令に背くのは如何なものかと悩んでたでござる。その間に他の重臣の方々が対立し、やはり主君は絶対という方々が、斬ろうとした派閥を厩橋城から追い出したでござるよ」
「ドラン氏という人はどうしたんだ?」
「ドラン氏は中立の立場を貫いたが、後に追い出されたでござる」
じゃあその人達の手によって匿われた滝川一益は、その間に洗脳が完了してしまったという事かな。
淡々と慶次は話しているが、それでも何か思うところがありそうな顔をしている。
コイツはコイツで、何か考えがあったんだろう。
「それでは私からも一つ聞きたい事が。慶次殿と滝川殿の関係はある程度分かったが、何故お主がこの木下領の長浜城に潜入していたのか?」
「それは、滝川のおっちゃんがおかしくなった後、皆が言った通りに帝国と手を結んだでござる。そしてその矛先は、この長浜へと向けられた。そこまでは拙者達も知っていたでござる。しかし、滝川殿の上野と木下殿の長浜で戦が起こった様子が無かった。不審に思った仲間が調べに行ったところ、木下殿は連れ去られたという話が出てきたでござる」
「連れ去られた?一国の城主がか!?」
「それもどのようにして連れ去られたか、皆目見当もつかないでござる。その情報を流してくれた仲間の消息も、それを機に途絶えてしまったでござるよ」
連れ去られた秀吉と、洗脳された一益。
犯人は同一人物?
これは、久しぶりの名探偵の出番なのか?
(てれてーてーてれててーててー。真実はいつも一つ!)
随分とやる気だな。
(最近、出番が少ないもので。頭を使うなら頑張ろうかなと)
長浜の城下から出たら、代わるか。
頭を使うなら、お前の方が向いてるし。
(今はまだこのままでいいよ。慶次も味方とは完全に言い切れないし。僕の存在は、一応隠しておこう)
それもそうだな。
「それで慶次さんは、この城で何か情報を得たんですか?」
「一つはさっきも見た通り、帝国と木下殿が繋がっているという事。いや、正確には木下殿ではないでござるな。あの方も今は城に居ないのだから」
「それって、滝川さんが誘拐したという可能性は?」
「無いとは言い切れないでござる。そうすると、城主不在の長浜城には混乱が起きるはずでござる。それが無いのは、ちょっとおかしいでござるよ」
佐藤の質問から、慶次の得た情報の一部が分かったけど。
それはそれで、また謎が増えただけだった。
(ちょっと思ったんだけど、この時代にあるか分からないから、代わりに聞いてほしい)
ん?
だったら自分で聞いてくれ。
「猫田さん、ちょっといいですか?」
「魔王様ですか?何でしょう?」
やはりこの人の僕達を区別する能力は、太田並みかもしれない。
すぐに僕だと気付いた。
「さっきの話で、疑問に思った事があるんですけど。秀吉が突然消えたのに、長浜に混乱が無いという事は、誰かが取り仕切ってるって事ですよね?それ、誰だか分かります?」
「それは家臣一団の誰かかと」
「名前まで分からないか」
「申し訳ありません」
「いやいや!流石に家臣の名前まで調べてたら、それはそれで凄いから」
「家臣の名前は分かりますが、誰が仕切っているかまでは分かりかねます」
家臣は分かるのかよ!
やっぱりこの人有能だな。
何で前田さんの部下なんかやってるんだ?
丹羽さんとか滝川一益、それこそ秀吉に仕えていてもおかしくないだろ。
「その家臣の中でも特に重臣の人。それも秀吉と近しい人物かな?」
「何がです?」
「下剋上って知ってる?」
「え?いや・・・まさか!?」
「下剋上!?そうか!それでござる!」
慶次の方が乗ってくるとは思わなかった。
猫田さんはまだ半信半疑といった感じだが、腑に落ちたような顔をしている。
「おっちゃんの策略で、木下家の重臣が下剋上を起こして謀反。そのまま亡き者にしたか、何処かに幽閉したかした後、さも生きているかのように政を行なっているという事でござるな!?」
「その可能性も、あるかなってだけだよ。証拠も無いのに断定は出来ない」
「今代の魔王様は智将でござるな。先代とは全く違うから、ちょっと戸惑うでござるよ」
智将とか呼ばれたわ。
さっきの考えが間違ってて、恥将と呼ばれないようにしないと。
「もし僕の考えが正しければ、内々に家臣団が粛正もしくは籠絡されているはずだ。じゃないと、何処からか話が漏れるはず。だから誰かしら情報統制をしている、黒幕が居ると思われる」
「うわっはー!魔王様って、子供なのに凄いでござるなー!」
何だろう。
馬鹿にされている気もしないのだが。
目を見ると、真面目に言っているようにも思える。
「一旦、長浜から離れようないか?おそらくは城の惨劇は、既に見つかっている。なのに公にしないのは、やっぱり後ろめたい事があるからじゃないのかな?」
「佐藤さんの考えも僕と同じだね。でも離れる必要あるかな?」
「話が難しくなって、俺の後ろでチカちゃん寝てるんだよね。この状態で誰かに見つかると、阿久野くんはいいけど、俺達は犯罪者扱いされかねないよ」
暗がりの中で、寝てる幼女ともう一人子供が居るか。
そんな所にフード被った男とかが近くに居たら、確かに怪しい人物ですと言わんばかりのシチュエーションだわ。
「私も今は退くべきかと。此奴のおかげで、少しは情報も手に入りましたし」
「此奴って・・・。猫田殿は酷いでござるよ」
悲しそうな声で、慶次が猫田さんに文句を言っている。
だけど、僕もコイツはそんな扱いで良いと思った。
兄さんは駄犬扱いしてたけど、滝川一益への恩からか分からないが、そのまま離れなかった事を考えれば、それなりに忠犬でもあると思うんだけどね。
「幼子も寝ているのであるし、拙者達の隠れ家に招待するでござる。魔王様のような智将は、ネズミ族の方々からは歓迎されるでござるよ」
ん?
サラッと重要な事を言っていた気がするが。
城下の外れにある、井戸の前で立ち止まる慶次。
井戸の内側をコンコンと三回叩くと、近くの木から声が聞こえた。
「秀吉様のあだ名は?」
「禿げ鼠」
なんつー言葉を合言葉に使っているんだ。
コレ、悪口にならないのか?
一応、様は付いてるけど。
「入れ」
もう一度振り返ると、井戸の中の水が引き、中からネズミ族が顔を出していた。
「行くでござるよ」
井戸の中に入ると扉が見えた。
その扉は木製ではないが、あまり重さを感じない、よく分からない素材だった。
扉を開けるとそこには細い通路があり、通路を抜けた先には大きなドーム状の広間があった。
そこから十個ほどの細い通路があり、各部屋に繋がっているようだ。
「わあ〜!秘密基地みたい!」
佐藤さんの背中から、起きたチカが驚きの声を上げている。
明るくなったから、起きたのかな?
「慶次殿。ご苦労だった。して、この方々は?」
見た目では少し分かりづらいが、話し方からして年配の人だろう。
ドワーフの一人が話し掛けてきた。
「ドラン殿。この方々は魔王様御一行でござる。そして拙者の兄の関係者でござった」
「魔王だと!?ヒト族のか!?」
佐藤さんの顔を見て、怒気を放つドワーフ。
まあヒト族なんか見たら、魔王を騙って魔族と敵対しているヒト族の王子を思い浮かべても仕方ない。
「違うでござる。魔王様は此方でござる」
「この童か!?」
「童じゃない。はじめましてドラン殿。僕の名は阿久野真王。真の王と書いて、マオだ」
手っ取り早く納得してもらう為、壁の土から杖を作り出した。
「それは、まさか創造魔法!?ハハァ!」
魔法を見た途端に、土下座スタイルへと早変わりした。
別にそこまで、子供に謙る必要は無いと思うのだが。
「顔を上げてください。僕は今、此処より南にあるオーガの町を基にした新たな都を建設中です。今は安土と改名して、南側の多くの多種多様な魔族が移り住んでいます」
「ワシなどに敬語は不要ですじゃ」
「その話、聞いた事があります。魔王に相応しい城を築城すると。責任者の名前は、ズンタッタと言ったかな?」
横の細道から、ネズミ族の男が出てきた。
そうだ!
違和感はこれだ。
「ドワーフの一団に、ネズミ族が協力しているのか?」
「我々はネズミ族でも、異端なんですよ」