この駄犬が!
城の中で偶然見掛けた、カレー屋のでっぷりした腹を持ったネズミ族の男。
俺達と同じような侵入者だったわけだが、想定外の強さを持っていた。
当て身投げのような技をくり出したと思ったら、かなりの腕前を持つ槍捌きで、守備を任されていた傭兵達を全て返り討ち。
そして城の高官だと言っていた魔法使いも、難なく倒したのだった。
その直後、奴は此方への攻撃を開始。
此方に子供が居るのにも関わらず、何も確認せずに槍を投げてきた奴に、俺は怒りを覚えた。
「拙者の本気でお主を仕留めてみせよう」
でっぷりした腹を持ったネズミ族の男は、その皮を脱いだ。
中から出てきたのは、犬の獣人だった。
「あの人、前田さんだよ!わたしを助けてくれた、前田慶次さん」
猫田はその言葉に反応した。
「やはり!」
「知ってる人だったの?」
「かつて私が暮らしていた、能登村の村長の息子です。今は村長の弟さんですね。と言っても、今は安土に移り住んだので、村長でもなくなりましたが」
チカの質問に答える猫田。
しかしそれよりも早く、佐藤が動いていた。
「阿久野くん!その人、前田さんの弟だって!」
咄嗟の判断で下に降り、スピードで翻弄する俺に叫んでいた。
その声に気付いた俺は、動きながらも奴の顔を覗き込んだ。
似てる・・・かな?
(ちょっと止まりなよ。僕も確認したいけど、速過ぎて分からないから)
馬鹿野郎!
アイツが本気で殺る気なら、止まった瞬間に腹に穴でも開くからな。
油断なんかしてらんねーよ。
「アンタ、慶次だろ!?俺は佐藤。能登村で前田さんと一緒だった男だ」
動き続ける男達に、必死に説得に入る佐藤。
「お前、ヒト族だろう?そんな奴の信用をどうして出来る!」
フードも外れて顔が露わになっていた佐藤に向かって、疑いの目を向ける。
「俺はアンタの兄さんと戦って、今は村の皆と暮らしているんだ」
「戦ってから一緒に暮らす?何を訳の分からない事を!」
その説明だと俺も分からん。
焦っているせいか、言葉が上手く見つからないようで、しどろもどろになっていた。
「そもそも貴様等が、兄と関係あるという証拠はあるのか!?口から出まかせかもしれないじゃないか」
俺の攻撃を食らいながらも、必死に話しているようにみえる。
関係あるなんて、口じゃあいくらでも言えるしな。
仕方ないから、ぶん殴って黙らせよう。
(わ〜!待て待て!証拠ならあるじゃないか!)
証拠あるの?
(蘭丸とハクトと旅に出た時の事、覚えてないだろ?あの時に前田さんから、煙管を預かったじゃないか)
あ!
そんなの持ってたな。
家紋入りだったっけ?
(それそれ!吸ったらむせて、それ以来使ってないってヤツ)
思い出したわ。
確かに今も背中のバッグに入ってる。
「待て!証拠ならある」
一旦距離を取った俺は、佐藤の横へと移動してからバッグを下ろした。
訝しげに此方の様子を伺う慶次。
怪しい動きをしたら、すぐに槍で突く勢いだな。
「あった!」
バッグから煙管を取り出して、その煙管を相手に見せた。
「預かり物だ。そっちに投げるから、壊さないように受け取れよ」
「どれ?・・・むむ!この家紋は我が家の物!」
「小さい時に作ったはいいものの、むせてそれ以来使ってないんだったか?背伸びし過ぎだったんじゃないの?」
「お前が言うか!?」
顔を赤くしながら、反論してくる慶次。
煙管を受け取ってからようやく敵ではないと判断したのか、警戒を解いてくれた。
「確かにこの煙管は、拙者が兄に預けた物。お主等の言っている事は、間違っていないのであろう」
「前田利益だったか?一旦、此処を離れよう。流石に城の者も集まってくる」
部屋の外から、何やら騒がしい声が聞こえてきている。
いつまで経っても戻ってこない、傭兵や帝国兵の異変に気付いたのだろう。
このままでは危険だと判断した。
そして何より、コイツの方が情報を持っている気がしたのだ。
城下の暗い裏通りまで離れ、周りには誰も居ない事を確認した。
同じく城に潜入していた慶次だったが、嫌がる事なく俺達と行動を共にした。
「自己紹介をしよう。拙者、前田利益と申す」
「又左の弟だろ?」
「なんと!?兄をそのように呼ばれているという事は、お主が、あいや貴方が魔王様でござるか!?」
アレ?
俺って魔王って言わなかったっけ?
(言ってないと思う。言ってたらもう少し話も早かった気もするけど、むしろ信用されてなかった気もする)
どっちだよ!
それよりも気になる事がある。
「何で俺が魔王だと思った?」
「兄は初代様と同じように、魔王様から又左と呼ばれる事に憧れておりました。又左と呼んでいたのは、父が亡くなって以降は拙者のみ。それを呼ばせているという事は、そういう事になりますので」
「そうなんだ。でもお前、もう少し考えて行動しろよ。槍を俺達に投げた時、もしチカに刺さっていたら、お前は今頃死体だからな」
「同じ侵入者だとは露とも思わず、童が居るとは思わなんでした。誠に申し訳ない」
チカに直接頭を下げる慶次。
チカは一度助けてもらっていたからか、すぐに謝罪を受け入れた。
「前田さんは前に、わたしを助けてくれた良い人だから。けかもしてないし、謝らないで!」
「ん?あの時の童か!?ヒト族だったが、幼子を手に掛けるのはどうかと思ったのでな。あの時の縁がこのように繋がるとは。世間とは狭いというか奇縁というか」
なんだ、気付いて無かったのか。
いや、気付いていたら、この言い草だと逆に攻撃なんかしてこなかった気がするな。
本当に勘違いしただけだったのだろう。
「慶次殿は昔と変わらず、そそっかしいところがありましたからな」
「猫田殿!」
「知り合いだったのか?」
「村に居た頃は、お世話になっておりましたので。今も兄の手助けをしていると聞いて。あ!」
何か思い出したのか!?
何か顔が青ざめている気がするが。
「どうした!?何かあったのか?」
「ね、猫田殿。今回の件、まさか兄に?」
「あぁ、全て報告させてもらう」
三歩近く下がった慶次だが、そこから今まで見た事ないような美しい所作を見せてくれた。
勢いをつけてジャンプした彼は、両手を綺麗に揃えて頭を下げる動作に入る。
「それだけはご勘弁を〜!!」
見事なジャンピング土下座だった。
日本でもその使い手はそうそう居ない。
こんな綺麗なジャンピング土下座は初めてだ。
「駄目だ。特にチカの件は、私も頭に来ていたのでな。お前には反省してもらう」
「そ、そんな!?」
「それにお前、利家様の松風を勝手に乗って行っただろう?あの行動はマズかったな。非常に怒っていらしたぞ」
「こ、殺される!?」
人生終わったかのような表情を見せる慶次。
なんか傾奇者っていうイメージではないな。
むしろ、駄目な弟って感じだ。
(そもそも、何で旅に出て滝川領に行ったんだ?)
そういえば旅に出たとしか聞いてない。
一人旅に出るにしても、勝手に馬に乗って行った事を考えると、送り出されてといった感じではないと思うんだけど。
「ちょっと聞いていいかな?」
「何でしょう?」
「コイツ、何で旅に出たの?」
「本人にご確認すると良いでしょう。とてもくだらないと思いますが」
猫田は珍しく毒舌というか、容赦の無い言い方をしてきた。
言われた本人は、反論があるみたいだが。
「くだらないなんて心外な!拙者、ちゃんとした志を持って、村を出たでござる」
「何故、村を出たんだ?」
「拙者、働きたくなかったでござる」
「・・・え?」
俺の聞き間違いかな?
「何だって?」
「拙者、働きたくなかったでござるよ」
「駄目男じゃねーか!!」
何だコイツ!
村を出た理由が、働きたくなかったから?
そんな理由で出るとか、おかしいだろ。
家でゴロゴロしてたかったとか言ったら、俺またぶん殴っちゃうよ?
「どうせそんな理由だと思ってたがな」
「だって村に居たって、やる事なんか決まってるし!畑仕事の手伝いか、森での薪拾い。たまに魔物退治くらいしかないじゃないか!」
「商売とか別の事だって出来たんじゃないの?」
「僕、計算とか出来ないから」
拙者から僕に変わったんだけど。
こっちが素かな。
「要は村での生活は退屈だから、外の世界へ出たかったって事?」
「そうでござる」
「うーん。なんとなく俺には分かるかな。俺がボクシング始めた理由も、そんな感じだったしね」
佐藤は慶次に同感なのか。
猫田は未だに憮然しとした態度だけど。
チカは話が少し難しいからか、どうでもいいって感じだな。
「じゃあ、松風ってのを勝手に連れ出した理由は?他にも馬は居たんだろう?」
「カッコ良いから」
「は?」
「松風が一番カッコ良かったから」
やっぱりコイツ、駄目だろ。
兄貴の大事な馬を、そんな理由で連れ出すとか。
俺ならめっちゃキレるけどな。
(いや、又左もキレてたよ。つーかそれを言うと、兄さんの方が僕の物を勝手に持ち出してたけどね)
え!?
(僕の方がキレていいと思うくらいだけど。戻ってこなかったり、壊れて戻ってきたり)
そんな事、ありましたね。
本当にすいませんでした!
(今はこの身体だから、そういうの何も無いけど。これに関しては慶次の事を言える立場じゃないからね?)
はい。
反省しております。
(分かればいいよ)
クソッ!
コイツのせいで、飛んだトバッチリを受けてしまった。
「それから何処に向かったんだ?」
「最初は北上して行って、オーガの町とか小人族の町とか。後は若狭へも行ったな」
意外と俺達と同じ所に行ってるんだな。
それにしても、その足跡は全く見当たらなかったけど。
「どんな迷惑を掛けたんだ?」
「迷惑なんか掛けてない!ただ、ちょっとお金無かったから、魔物を狩ってその肉を調理してもらったりしたくらいだから。あとはたまに傭兵になったりしたくらい」
「今も傭兵なのか?」
「今は・・・。言えない」
顔が暗くなったな。
今までとちょっと雰囲気が違う。
「最後の連絡では、滝川領で世話になってるって書いてあったって聞いたぞ?お前、何で滝川領じゃなくて、木下領の、しかも長浜城に潜入なんかしてたんだ?」
「言えない」
「滝川領を追い出されたのか?」
「違う。あの方は優しかった。見た目は強面で勘違いされるけど、俺には親父殿と面影が被ったんだ」
親父と被るか。
俺達には居ない存在だな。
(ちょっとだけ羨ましいような。でも口うるさそうで、やっぱり遠慮したいような)
俺も同じ気分だな。
親父と被った滝川の手伝いでもしてたのかな?
「滝川領でお前、何してたんだ?」
「え?特に何もしてないけど」
「何もしてないって、何かはしてたんじゃ?」
「メシ食って寝て、たまに起きて槍の鍛錬。またメシ食って寝て、町に遊び行ったりしてたかな」
「この駄犬が!!」
ちょっとしんみりした俺の感動を返せ!
てっきり亡くなった親父と被せて、滝川の手伝いとか面倒でも見てると思ったのに。
ただ親のすねかじりを、他人でしてただけじゃねーか!
「魔王様。少し落ち着いてください。ここは私が」
「へぶぅ!」
猫田もやはりイラッとしていたようだ。
俺に殴らせない代わりに、自分でビンタしていた。
「痛いでござる!」
「このバカチンが!」
「あべし!」
「言えない理由をさっさと話せ!」
さりげなく誘導尋問も入っている猫田。
往復ビンタに観念したのか、とうとう白状し始めた。
「言ってもいいけど、そのまま逃げたりしないでよね?」
「分かっている」
「滝川のおっちゃん、誰かに洗脳されてるんだよ」