カレー屋の狸ネズミ
長浜の城下でカレーを食べた後、情報を求めて城へ侵入。
木下領である長浜城には、何故かヒト族が滞在していた。
ネズミ族が戦の準備をしているという話だったので、てっきりヒト族と組んだと思われる滝川領との話だと思っていた。
その考えだと、ヒト族も敵対関係にあるはず。
しかし実際に目にしたのは、城の内部に居る帝国兵と思われる連中。
「これはどうなってるんだ?」
頭の中で整理している最中に、思わぬ人物を見掛ける事となる。
「ヒィ〜!ヒィ〜!走りづらい〜!」
カレー屋の店員をしていた、狸のような腹を持つネズミ族?
何人だかよく分からない言葉を口にしてはぐらかした彼は、僕達以外の城への侵入者だった。
「どうする?」
「見捨てるのが得策ですね。何者かも分かりませんし、敵対するかもしれませんから」
猫田の意見は至極真っ当だと思った。
佐藤も異論は無さそうだったが、何故かチカだけがハラハラしながら見ていた。
「猫さん先生!あの人は敵じゃないと思います。多分、知ってる人のような気がします」
「そりゃ、さっき会ったからだろう?」
「そうじゃなくて!何処かで会った事ある気がするの!」
どういう意味だ?
カレー屋で会ってるからじゃない。
その前に会ってるって事?
そんな事言っている間に、鈍足の狸ネズミは城の守備兵に囲まれていた。
同じネズミ族ではなく、様々な獣人やエルフ、ヒト族の姿もあった。
「ヒィ〜!く、苦しい〜!」
「追い詰めたぞ!」
「コイツ、ネズミ族でいいんだよな?同族だけど、斬っても文句言わないよな?」
「勿論です。貴方達、帝国の者を見られたからには、その口を塞がなくてはなりませんしね。その前に、何処の者か吐くなら、無駄に痛めつけはしませんよ?」
どうやら、城の高官っぽいネズミ族が指揮をしているようだ。
相手が誰だか、まだ把握していないようだ。
「ヒィ〜!ワテはしがないカレー屋の店員でんがな!」
「カレー屋の店員が、城を自由に歩けるわけないだろうが!」
胡散臭い言葉遣いにイラっとしたのか、口調が荒くなる高官。
そしてカレー屋の店員がこんな所に居るわけないと、俺も賛成だと声を大にして言いたい。
「真実でおま!もう少し信じておくれなはれ」
「もう良い。斬れ!」
こめかみに青筋が立っているのが見える。
多分、この狸ネズミにイラっとしてるんだろうなぁ。
聞いてるだけで、俺までムカつくもん。
「やめておくんなまし〜!やめておくんなまし〜!」
これがまたイラっとする言い方をしていて、帝国兵や傭兵連中の神経を逆撫でしていた。
「死ねぇ!」
あ!これはマズイ!
チカに人が斬り殺される、凄惨なシーンなんか見せられない。
と思っていたら、既に猫田のお師匠さんが目を塞いでいた。
出来る師匠は違うね。
そして、今から驚愕の光景を目の当たりにする事になった。
「やめておくんなましって、言ったはずでござるが?」
口調が急に静かになり、雰囲気が変わる。
上段から振り下ろされた剣を避けた。
まあ避けるのは容易い感じだった。
明らかに手抜きで、隙だらけだったから。
しかし、そのまま地面に叩きつけた剣を持つ手を掴み、捻り上げてその身体を投げた。
そのまま剣を持っていたら、関節が曲がってはいけない方向に向いていただろう。
落ちた剣を拾い上げて、目の前の無防備な無手の獣人の喉目掛けて差し込んだ。
喉がやられた為に声も出せず、苦しみに悶えながら死んだ。
「は?」
その一瞬の動きに、唖然としている他の守備兵。
その一瞬が命取り。
交通標語みたいな感じだが、まさにその通りだと思ったり
「間抜け面で突っ立っていたら、死ぬだけでござるよ?」
槍を持つ男の喉に向かって抜き手を放ち、悶絶させる。
その槍を奪い取り、再び目の前の男の顔へと突きを放った。
頭が吹き飛び、周りは血の海となる。
そして奪った槍を縦横無尽に振り回し、守備兵を圧倒していった。
「楽しいでござるなぁ!」
そのでっぷりしたお腹に似合わないその動きは、見事としか言いようがなかった。
しかし今のセリフ、何処かで聞いたような?
「ヒ、ヒィ!」
「化け物じゃねえか!俺達の手には余る!」
遠巻きに見ていた帝国兵達は、早々に離脱をしようとした。
装備もロクにしていなかったのもあり、戦えないと判断したのもあるのだろう。
逃げようとする全ての帝国兵も、槍で突き抜かれていった。
「フゥ、残りはお前一人でござるか」
気付くと立っていたのは、ネズミ高官一人だけ。
慌てて魔法を唱えていたが、それもほぼ無意味だった。
「食らえ!我が氷弾で砕け散るがいい!」
十数個の氷の弾丸が、でっぷりお腹へと向かって飛んでいく。
しかし前方でクルクルと槍を回して、全て弾き返した。
あの回すヤツ、簡単そうに見えて意外と出来ないんだよな。
「おまおま、お前!ネズミ族ではなかろう!?何者だ!」
ネズミ族は身体能力が低いはず。
中には身体能力も高い、希少なネズミ族も存在するかもしれない。
でもあのお腹でそれは、想像出来ないだろう。
「人にモノを聞く時は、それなりの聞き方ってモノがありんすよ?」
またイラっとする口調に変わった。
これはワザとやっているのだろうか?
ワザとなら分かる。
でも意識しないでイラつかせているなら、コイツは天才だろう。
「私はこの城でも五本の指に入る文官、三木と知っての狼藉か!?」
「吾輩は知らないのである。だからお前は、大した事ないのである」
ブハッ!
名前を知らない奴は大した事ないか。
ある意味間違ってはいない。
聞いた事ある名前なら、それは有名って事だ。
有名って事は、能力のある証なんだからな。
それを聞いて顔を真っ赤にして怒っている。
「言わせておけば!次は外さん!氷槍の雨!」
氷系の魔法が得意なのだろう。
今度は頭上から、槍のような氷が降り注いでいた。
避けるのも面倒かと思ったのか、見ていて気分が良くない行動に出た。
「お前、それはやっちゃいけない事だろう!?」
「何故じゃ?麻呂は身の安全を確保しただけでおじゃるが」
何をしたかと言うと、答えは簡単だった。
周りの死体を突き刺して、頭上を守っただけだった。
その行動は胸クソ悪くも感じるが、よくよく考えれば敵だったわけだ。
あそこまで堂々と言われると、そこまで気にする事じゃないのかもって思えてきた。
「・・・五本の指に入ると自分で言ったな。逆に問おう。木下殿を何処にやった?」
え?
木下殿を何処にやった?
これ、どういう事?
横に目をやると、驚いた様子の猫田の顔がある。
その動揺が隠せなかったのか、チカの目を覆う掌が微かに震えていた。
「な、何の事かサッパリだな。お前、まさか殿の暗殺でも企てていたのかな?」
「そうやってしらばっくれるつもりか。ならば良い。やはり名前も知らないお前は、死んでも問題無いという事だ」
「ちょ、ま!」
心臓を一突きされた三木と名乗る高官は、その場で崩れ落ちた。
即死だろう。
得られる情報が無ければ、すぐに始末か。
なかなかドライな性格してる。
そして誰も居なくなったその場から、動かない狸ネズミ。
早く何処かに行ってくれれば、俺達も動けるのだが。
そんな事を考えていたのが、いけなかったらしい。
「阿久野くん!」
佐藤の呼び掛けにふと目を下に戻すと、目の前に槍が飛んで来ていた。
その声に反応して咄嗟に槍を掴み、奴へと投げ返す。
佐藤の声が無かったら、ちょっと危なかったかもしれない。
「悪い。気を抜いてた」
しかし、槍を投げ返した後によくよく考えると、俺は怒りが湧いてきた。
この槍、誰に当たっても構わないというような感じだった。
それは子供の姿の俺だけじゃなく、チカに当たっても構わないという事だ。
向こうからしたら、此方の人数や年齢など確認出来なかったのかもと思った。
それでも、敵か味方か分からない相手にいきなり投げたのだ。
それは中立の者であっても、敵対しても良いという判断だろう。
「ちょっと良いか?アイツ、ぶっ飛ばしてくる」
「魔王・・・キャプテン!冷静になってください。今そんな事をして、城の者に見つかったらどうするのです!?」
「猫田さんよ。さっきの槍、目隠ししたチカに投げられたら、避けられたと思ってるのか?それとも、アンタなら確実に止められたって言うのか?」
「それは・・・」
「別に敵でも味方でも、どっちでもいいんだよ。ただ、自分がした事に対してのケジメくらいはつけてもらわないと」
猫田はそれ以上、何も言わなかった。
俺は下に降りて、狸ネズミに対して話し掛けた。
「お前、何したか分かってるんだよな?」
「ワテでっか?ワテが何かしたんでっか?」
「ふざけてると死ぬけど、文句は言わないよな?」
「おいらがふざ・・・何!?」
身体強化したその足で目の前に移動し、奴の腹を思いきりぶん殴った。
「がはっ!」
血を吐く狸ネズミ野郎は、此方を睨み返す。
さっきまでの適当な反応から一転、目つきが変わり本気になったようだ。
「お前、ただのガキじゃないな。そんな速さ、今まで見た事無い。いや、居たかもしれない」
「油断してると死ぬよ?」
今度は左右から揺さぶりを掛けて、攻撃を開始する。
目の前の死体から再び槍を拾った奴は、目で俺を追ってしっかりと対応していた。
「ハッハッハ!楽しいでござるな!やっぱり死闘を繰り返してこそ、強さの先が見えるでござる!」
捌き切れていないので、幾度か殴られているのにも関わらず、ハイになっているからか笑っている。
「完全にバトルジャンキーってヤツだね」
「あの言葉、何処かで?」
「猫田さん?」
あの笑い声とセリフに、何かを思い出そうとしている猫田。
横では何かあっても即座に対応出来るよう、佐藤がピタリとマークしていた。
「強い!強いでござるよ!かつての兄者にやられた時と、同じ絶望感があるでござる」
少しずつ冷や汗が流れている。
俺の対応に追いつけなくなってきたようだ。
「このまま死ぬか。それとも知っている事を全て話すか。どっちが良い?」
「ハッ!拙者の言葉を使うとは、なかなか肝が座っているでござる。しかし!拙者も曲げられぬ信念があるのでな!」
そんな事言っていたが、腹がガラ空きになっている。
拳を握り、思いきり叩き込んだ。
「ん?ゴムみたいな感覚になった」
よく見ると、しぼんだ風船のような物が下に落ちている。
中身が抜け出て、脱皮したような・・・。
「子供に対して本気にならないと勝てないなんて。拙者もまだまだでござるな」
何処からか声が聞こえる。
喋り方は同じだが、さっきよりハッキリと聞こえるようになった。
「お主、名前を聞いてもよろしいか?」
「俺は阿久野、阿久野真王。真の王と書いて、マオだ」
「阿久野殿か。良い名だ。拙者の本気でお主を仕留めてみせよう」
槍を持った人物が、柱の陰から出てきたのが確認出来た。
その姿は、でっぷりした腹をしたネズミ族の男とは全く違う。
身体は程良く筋肉質だったが、さっきより背は少し低く感じる。
顔を見ると、少し眠そうな感じだが、今はやる気に満ちているといった様子だ。
さっきまでの狸ネズミとは、まるで別人だった。
というよりは、別の種族だった。
「犬の獣人?」
上からその様子を伺っていた猫田が、本当の姿を現した相手に対して、驚愕の声を上げる。
「あの姿!まさか!?」
「猫田さん!?」
チカの目から手を離し、食い入るように見る猫田。
チカも目を覆っていた手が離れて、瞬きを繰り返す。
「いや、少し違うような気もする」
「猫さん先生?」
「チカちゃん。猫田さんは何か忙しそうだから、少し静かにしていようね?」
一人ブツブツと呟く猫田さんに対して、チカが何か言いたそうにしていた。
「は〜い。アレ?あの太ったネズミさんは?」
「あの戦ってる人がそうだよ。中にあの人が入ってたんだ」
「え!?」
「そりゃ驚くよね。まさかキグルミ着ながら戦ってるなんて」
佐藤のその言葉に、チカは見当違いの返事をした。
「あの人、前田さんだよ!わたしを助けてくれた、前田慶次さん」