潜入開始
召喚者である二人が、魔法を習得して十日ほど経った頃。
ようやく初めての人里が見えてきた。
その間にチカは、影魔法をほぼ使いこなせるようになっていた。
ちなみに僕も四属性魔法や他の特殊な魔法を教えたのだが、やはり影魔法ほど相性が良くなかったらしい。
少し使うと魔力切れを起こしていた。
「影魔法が使えるから良いもん!」
僕も知らなかったけれど、魔法は相性が良くないと魔力を多量に使うらしい。
だから無理矢理使おうと思えば、使える魔法はある。
燃費は悪いけど、走れる車みたいな感じだろうか?
それとも、サイドブレーキを引きっぱなしで走っている車か?
とにかくそんな魔法は実用出来ないので、諦めて他の魔法を覚えた方が得なのである。
「俺は才能無いのかなぁ?」
佐藤さんもチカと一緒に教えたが、やはり使いこなせるといった魔法は無かった。
強いて言えば火魔法がギリギリ、四属性魔法だと他は皆無だった。
やはりヒト族は、そこまでの適性は無いのかもしれない。
「でも、身体強化は覚えましたよね?」
「これは確かに便利だとは思った。短時間なら戦えそうだし」
結局、基本の身体強化だけは習得出来た。
それでも魔力量の問題から、短時間のみという形ではあるが。
【イッシー(仮)も覚えるのかな?】
どうだろうね。
使えそうな気もするけど、元々は戦闘が得意な人じゃないし。
補助系の魔法の方が覚えるかもね。
居ない人を気にしても仕方ない。
「お喋りはそこまで」
猫田さんの指示で立ち止まり、村の様子を外から伺った。
「あの村はあまり大きくないので、私が単独で潜入してきます。皆は悟られない場所で隠れていてください」
「猫さん先生!わたしも行きたいです」
影魔法を教えてもらったチカは、いつのまにか猫田さんを先生と呼ぶようになっていた。
ただし、猫さんから猫さん先生になっただけだが。
「チカなら大丈夫でしょう。私から離れないように。ではお二人は此処でお待ちを」
そう言うと二人とも、村の近くまで走っていった。
塀の壁を駆け上がる猫田さんに対し、チカは壁に手足を吸い付かせ、そのまま上へと這い上がっていった。
「なんかアレ、爬虫類みたいな動きだな」
「ですよね。もう少し違う移動の仕方があるだろうに」
佐藤さんはあの動きが、蜥蜴とかに見えたようだ。
僕もあんな動きが出来るなら、もっと見映えが良い動き方があると思う。
ハッキリ言えば、気持ち悪い。
本人に言ったら泣きそうだから、この話は二人だけの内緒だ。
「中に入りましたね」
「俺達は何か食べ物でも確保しておこう。二人が帰ってきたら、すぐに食べられる方が嬉しいだろうし」
「此処からはあまり喋らないように。見つかりそうになったら、すぐに影魔法で入りなさい」
「分かりました」
小声で話す二人は、塀の上から村の様子を伺っていた。
思ったより、戦時下といった様子は無い。
平時と変わらず、普通に働いている。
ただし村に居るのは、ネズミの獣人だけだ。
彼等なら見つかっても、対処は簡単ではあった。
元々は非力で、小人族とそう変わらない扱いだったネズミの獣人達。
しかし、その中から一人の英雄が現れた事で、彼等の立場は激変した。
その英雄こそが、初代魔王である織田信長に仕えた木下藤吉郎秀吉だった。
先程も言った通り、非力で魔力量もそこまで多くはなく、弱肉強食の世界においては底辺に位置する部類に居た種族だ。
しかし信長は、多種多様な種族から使える人材を発掘していった。
その中には戦闘が強いだけでなく、力の無いネズミの獣人も入っていた。
勿論、最初は周囲からは戦えない弱い種族。
使えない存在といった罵りがあった。
だがその類稀な頭脳と知識で、気付けば様々な功績を残し、気付けば周りからは罵りから称賛へ。
そして信頼へと移っていった。
秀吉という名を貰ったネズミの獣人によって、彼の種族は一目置かれる存在へと変わったのだった。
しかし、それも後衛であればの話。
いざ戦うとなったら、先頭切って戦える力は無い。
だから最悪の場合、見つかってもどうとでもなると猫田は思っていた。
「この村は情報が来ていないのか?」
「なんか安土と変わらないね。辛いとか苦しいとか、嫌な感じはしないよ」
この子は何か妙な察知能力がある。
その能力を持ってしても違和感を感じていないという事は、
やはり隠しているというわけではなさそうだ。
「もう少し探りたい。村長や兵長のような、詳しく知っていそうな者を調べたいのだが」
「村長は分からないけど、兵長なら詰め所とかに居ないかな?」
「あまり大きくない村だからな。そう言った軍で用意するような類は無いだろう」
「じゃあ、この村で一番大きい家は?」
「それが賢い選択だ。確実ではないが、村長ではないにしろ、外部と関わりのある商人の家の可能性があるからな」
「他の町とかでお金稼いでるから、大きい家なのかな?」
「そうだ」
何でもかんでも指示を聞かない。
自分で考えて、その考えが合っているか確認する。
間違っていれば、また次の選択を考える事が出来る。
ビビディ殿の教えなのか、それともこの子が変わっているのか。
チカは子供っぽい面もあるが、ビビディ殿の役に立ちたいと言ったり、案外自分で行動出来る大人なのかもしれないな。
「では、あの大きな家に行ってみよう」
「分かりました。猫さん先生」
佐藤さんが何処からか釣ってきた魚を焼いていると、二人が戻ってきた。
「只今戻りました」
「ただいま〜!」
「おかえりなさい」
疲れた様子も無く普段と変わらない二人だったが、お腹だけは減っていたようだ。
焼き魚を用意しておいて正解だった。
だが、僕も食べてから思った。
「これ、おいしくない・・・」
「何でこんなに美味くないんだろう?」
「俺、泥抜きもしたよ?」
マズイとハッキリ言うチカに、それに便乗する僕。
慌てて下拵えはしたと説明する佐藤さんだったが、どうしても理由が分からなかった。
「昔、猫田さんに能登村に連れてって貰った時も、魚だった気がする」
「あの時もそうでしたか。アレも同じ淡水魚なんですけど、この魚と比べると全然違いますね」
そういえば川魚ばかりで、海水魚って全然食べてないな。
たまにはシャケとかマグロみたいな、そういう魚も食べたい。
【俺はイクラが食べたいな。ウニとか鯛とか、寿司食べてぇ!】
高いネタばっかりだな!
まあそれも、おいおい考えよう。
「マズイのは仕方ないとして、猫田さんの方は収穫ありましたか?」
「それが、特には。この村は領内でも辺境なので情報が出回っていないのか、戦に関する情報が一切出回っていなかったのです」
「それ、おかしくない?普通の村民が知らないなら未だしも、村長が知らないのは変ですよ」
「最初は隠しているのだと思っていました。しかし、この村で一番の商人ですら、戦に備えていなかったのです」
「普通、商人は戦争になれば儲かるよね。戦争特需だっけか。うーん、どういう事だろ?」
この村全体で隠している可能性もある。
それでもこの二人が、全く気付かないのはおかしい。
「チカの聞き間違いって事は?」
「聞き間違いじゃない!そんな大事な事、絶対に間違えないから!」
「でも実際にこうやって、誰も知らないわけだし」
「しかし、本当に知らないだけだという可能性も捨て切れません。だから」
猫田さんが、懐から大きな地図を出してきた。
「商人の店から頂いてまいりました。この村は領内でも外れ。だからこのまま、城のある長浜に行きましょう!」
「秀吉の領地は長浜というのか。城の名前も小谷じゃなくて長浜?」
「小谷というのは存じませんが、長浜城はあります」
信長は此処の名前を長浜にしたのか。
【先生、どういう事ですか?】
秀吉は信長が生きてる間に、浅井長政の居城だった小谷城を貰ったんだよね。
その後に今浜っていう色々と便利な土地に移ったんだけど、今浜の名前を信長の名前から一文字を貰って、長浜に変えたって言われてるんだ。
【ほう。じゃあ違う名前の可能性もあったわけだ】
むしろ信長なら、最初に与えた小谷城と北近江って変えると思ってたけど。
浅井長政の関係もあって、嫌だったのかな?
【なるほどね。先生ありがとうございました】
どういたしまして。
「わたしも猫さん先生の意見に賛成。何か妙な感じがするから」
「俺も皆がそういうなら。阿久野くんはどう思うの?」
「僕はまだこの情報だけだと、判断しかねますかね。だけど、後悔先に立たず。行かなくて後悔するよりは、行った方がいいかなとは思ってます」
「では、食べたら長浜へ行く事にしましょう」
地図を見る限り長浜まで行くとなると、この潜入調査も意外と長期間になりそうだな。
「アレが長浜か」
「遠いと思ったけど、これ乗ってるとそんなに遠くないね」
そりゃ運転しないで、ずっと後ろで寝てればね。
僕と猫田さんは、長時間の運転でしんどいんだよ。
「俺も運転出来れば良かったんだけどねぇ」
魔力がある事が分かったので、どうせなら使えるんじゃないかと試しにグリップを握らせてみた。
少しは進んだのだが、適性なのか魔力量なのか。
短時間、ノロノロ進んだだけで終わった。
これなら歩いた方が早い。
チカに運転させるのは流石にこの世界が日本とは違うと言っても、僕の中の倫理観が躊躇ったので、運転させなかった。
そういう理由もあって、やはり二人だけで運転したのだった。
「やっぱり大きいな。今回も二人だけで潜入?」
「今回は最初に、私だけ行きます。チカも留守番だ」
「分かりました」
随分と聞き分けが良くなったな。
猫さん先生は厳しいのだろうか?
「戻りました」
早いな。
何を調べたんだろう?
「ネズミ族だけではなかったので、私達も普通に城下町に入れそうです」
なるほど。
僕やチカなら背の高さも誤魔化せそうだが、猫田さんと佐藤さんの背の高さはネズミ族ではあり得ない。
多種族が町中を歩いているのなら、二人が長浜に居ても違和感が無い。
「しかも、予想外の連中まで見掛けました」
「予想外の連中?まさか、帝国兵か?」
「違います。ドワーフです」
「ドワーフ!?滝川の連中が木下領に居るっていうのか!?」
木下領の連中が戦を仕掛けるのは、ドワーフじゃない?
でもドワーフはかなりの可能性で、帝国と繋がっている。
普通に考えると、秀吉も滝川と同じ?
木下も滝川も、帝国と繋がっている?
「魔王様もその考えに至りましたか。しかし、ヒト族は流石に見掛けませんでした」
「それって、帝国とは完全に繋がってないって事かな?」
佐藤さんも同じ考えに辿り着いたようだ。
木下領は滝川よりも、重要視されていないのか?
普通なら、帝国も守備兵を派遣するだろう。
「木下領って、ミスリルが産出されるんだよね?それなのに、帝国が守備固めしないのはおかしくない?」
「私が見ていない場所に居るのかもしれません」
見ていない場所?
「城か!」
猫田さんは首肯した。
準備も無しに城に潜入なんか出来ないか。
でもその前に、城下から調べるべきだろう。
「やっぱり四人で城下町へ行こう。ただし佐藤さんとチカは、フード付きのマントでもしてもらいます」
「町中をヒト族が、普通に歩くわけにはいかないか」
「誰か歩いているのを確認出来ればいいけど、帝国兵の人数も分からないし。顔バレの危険もありますから」
まだ滝川木下が繋がっているという確証は無い。
もしかしたら、木下側が滝川が帝国と繋がっている事を知らないだけかもしれない。
帝国が長浜に攻めてきていないなら、ミスリル装備の帝国兵なんか見ていないわけだから。
「とにかく長浜へ行ってみよう」