ヒト族と魔法
大穴中の大穴を当てた男。
それは俺達がよく知っている奴だった。
「あ、二人とも。僕当たったよ!」
見る人が見たら、惚れてしまうその笑顔。
我等がイエメン、違った。
イケメン代表のハクトだった。
「僕、大金持ちになったらしいよ?」
その顔には戸惑いがある。
白々しい男だ。
俺達二人は捕まると思っていたクセに。
「ところで、何の勝負してたの?」
「は?何も知らないのか?」
「蘭丸くんが何か面白い事やってるからって、皆が集まってる会議場前に来ただけだから。賭け事してるって言われて、マオくんの名前見えたから参加したんだ」
こ、コイツはもしかして!?
「なあ、何でコレにしたんだ?」
「数字が一番大きかったから?僕、賭け事とかよく分からないんだよね。目についたのがコレだっただけで、適当に選んじゃった!」
まさかの適当発言だった。
これが世に聞く、ビギナーズラックというヤツだろう。
「この金、何に使うんだ?」
「そうだなぁ。ラーメン屋の店舗拡大と、完成してない塩ラーメンへの投資かな?」
発言が立派な社長なんですが。
俺の中のハクトが、どんどん遠くなっていく。
「ハクトはそんなに塩ラーメンを完成させたいの?」
「勿論だよ!味噌ラーメンを食べて思ったね。赤味噌ベースのちょい辛めもあれば、白味噌ベースのまろやかな優しい味もある。味噌だけでコレなんだ。塩ラーメンなんか、塩で変わるんだよ!?ラーメンがこんなに奥深いなんて思わなかった」
物凄く熱弁している。
このままだと、屋台から始めた若手敏腕ラーメン社長になってしまいそうだ。
「ところで気になったんだけど。人形はあの子にあげたの?」
「いや、代わりに猫を作ってあげたはずだけど」
「じゃああの人形は、貸してあげてるだけなんだね」
あの人形?
アレ?
アイツ気付いたら居ない。
会話に参加してこないから、随分静かだなとは思ってたけど。
「わーい!勝った!お人形さんよりわたしの方が凄い〜!」
人形を引きずるチカが、前の方に居た。
やめろ!とか、手を離せ!とか聞こえるけど、気のせいだな。
見なかった事にしよう。
それよりも俺は一刻も早く此処から離れて、早々に捕まった事が話題に上らないようにしないと。
「まお〜さま〜!ありがとねー!」
忍び足で去ろうとしていたら、チカが大声で此方に向かって手を振っている。
振り返さないと、また白い目で見られかねない。
顔は引きつっているだろうけど、向こうからは見えないはずだ。
「わたしが一人で寂しくならないように、一緒にかくれんぼしてくれたんでしょ?」
チカの盛大な勘違いに、周りがざわつき始めた。
もしかして、上手い方向に転がるかも!?
「そ、そうだとも!チカ一人に頑張らせるのは、可哀想かな〜って思ってね」
「やっぱり!」
「それにチカに華を持たせる為に、最初の方で捕まったからね。まあチカの頑張りを見たら、そんな事は必要無かったかな〜?」
「五分は早過ぎるよ〜。隠れるのがあんなに下手だと思わなかったって、勘違いするところだったし」
「そそそそ、そうか!?あちゃ〜、もう少し上手く隠れるべきだったわ〜。次があったら頑張るわ!次があったら!」
どうだ!?
この見事な誤魔化しに、皆は気付くか?
「なんだ。アレはわざとだったのか」
「そうだよね。あんなにすぐ捕まるの、おかしいと思ったのよ」
「子供に気を利かせる魔王様、デキルな!」
よおっしゃあぁぁ!!
皆、勘違いしてくれたようだ。
俺の言い訳も、馬鹿に出来ないじゃないか。
「そうですか。じゃ、次は本気でお願いしますね?」
肩にポンと置かれたその手は、何故か冷たく感じた。
軽く青筋が見えている気がしないでもないが、猫田さんはそんな事で怒ったりはしない。
きっとしない。
そう思いたい。
ようやく、出発をする日となった。
今回の参加者は僕等を除いて三人。
前田さんの忍でいいのかな?
一人目は猫田だ。
潜入に関してはプロだろう。
主な作戦は、この人に出してもらうつもりだ。
二人目は佐藤。
能登村で前田利家とガチでやり合って、骨を折った事もあるボクサー。
俺は、不意打ち気味の身体強化ビンタで失神させたが、あの頃から更に強くなっているらしい。
三人目、色々と揉めた人選だった。
召喚者だけども、まだ子供のチカ。
猫田とのかくれんぼ勝負に勝ち、見事に同行の権利を得た。
そして揉めた原因が、猫田ビビディの二人だった。
ビビディは、チカに行ってほしくなかった。
危険だし、子供が付いていくような案件じゃないから。
しかし猫田は、チカの同行を認めた。
理由は単純に、それだけの力があるから。
戦闘という面では戦力皆無だが、あの猫田から逃げ切る第六感のような力がある。
潜入という面では、物凄く役に立つはずだろう。
猫田は当初、負けるつもりはないとビビディに宣言してしまっていた。
それが掌返しで、同行を認めた。
それに怒ったビビディが、猫田に詰め寄った。
結局は敗北した事もあり、猫田がビビディに謝罪。
そして戦闘等の危険な行為には参加させない事を約束し、チカの同行の許可を得たのだった。
ちなみに俺達は、この二人の揉め事を止めなかったのかと言われると、一切関与していない。
その間俺達は、魔力操作の訓練をひたすら行っていたからだ。
主には魔力隠蔽の為だが。
ヒト族なら見過ごしてもらえる事があっても、同じ魔族なら魔力探知で発見される可能性はかなり高い。
大きな魔力であればあるほど、バレやすいというわけだ。
その点俺達の魔力は、常人をはるかに超えていた。
ちょっと魔力を使おうとしたら、音量が一気に最大になるようなものらしい。
だから少しずつ上げられるように。
そしてミュートみたいに、消音に出来るように訓練をしていたというのが、ここ最近の出来事だ。
「そろそろ行きますか」
「そうだね」
猫田の合図で、佐藤とチカは後ろのキャリアカーへと乗り込んだ。
ちなみにトライクの運転は猫田と俺、というより弟の交代制。
木下領の近くまで行ったら、トライクは小さくしてバッグにしまう事になっている。
そして其処からが、潜入調査の本番だった。
「ビビおじさん。行ってきます!」
「風邪には気を付けるんだよ?魔王様の言う事は・・・、猫田殿の言う事はちゃんと聞くんだよ?怪我しないようにね」
おい!
途中で言い換えただろ!?
何で俺達じゃなくて、猫田限定なんだよ!
「僕達、そんなに信用無いですかね?」
「あ、いや・・・。そういうわけではないのですが」
ビビディの目が泳いでいる。
明らかにそういうわけだろう。
まあね。
見た目が見た目だから。
仕方ないな。
「佐藤殿。貴方の拳ならミスリルにも損傷を与えられるはず。頑張ってきてください!」
「前田さん!ありがとうございます!」
めっちゃ熱血してるのだが。
ただね、潜入調査で戦う展開は、その時点で失敗だと思うんだけど。
これは俺の間違いではないよな?
「ところで猫田さんって、トライクの運転の練習したんですか?」
「能登村から出る際、私も乗っております。ただ、私の場合は走った方が速いので、特に乗車機会が無かったのも事実です」
ペーパードライバーってヤツになるのか?
大丈夫なのかな。
「とりあえず最初は猫田さんの運転で、お願いしますね」
「じゃ、行ってきま〜す!」
チカが手をブンブン振りながら、俺達は旅立つのだった。
トライクで走り始めて半日。
森の中で、小休憩を取っていた。
「この三輪車、速いね」
「三輪車って言うなよ。確かに三輪車なんだけど、これはトライクって言うんだ」
「へぇ〜。わたしも運転出来ないの?」
「ヒト族には無理だな。魔力が無いから」
「わたしも運転したかったな」
チカは自転車感覚に考えているのか。
トライクの運転に興味を持っていた。
しかしヒト族には魔力が無いので、運転は無理だと断った。
「厳密には、ヒト族にも魔力はあるのですよ」
「あるの!?」
「ただし、魔力が極微量なのと、使い方が分からないという事らしいです」
あるんだ。
正直初耳だった。
「使い方が分からないって、どういう事でしょう?」
「何と説明すればいいのか。例えば我々は、普通に歩いてますよね?意識せずとも歩く事が出来ます。魔族である我々には、魔法は歩く事と同じような感覚です」
そういえば、身体強化も苦労せずに使えたわ。
火魔法とか他の魔法は全然駄目だったけど。
今思えば魔法自体を使える事に、深く考えてなかったな。
魔王の身体が、使える理由だと思ってたくらいだし。
「対してヒト族ですが、赤ん坊に近い感じですかね。歩くまでに至らないというか。足はあるけど、二足歩行出来ないみたいな?」
「うーん、よくわかんない」
俺もその説明は分からない。
「要は、佐藤さんとチカは日本語を話している。それは考えて話してないだろ?でも同じ事をいきなり、英語で話せって言われたら?話せないだろ?」
「話せない。ハローとかサンキューなら言えるけど」
「同じく。マイネームイズサトーレベルだね」
「ちょっと待て。その説明だと、英語を勉強すれば話せるって事だろ?じゃあ魔法も練習すれば、ヒト族でも使えるのか?」
弟が英語で説明を始めたが、俺には納得が出来なかった。
だって、めっちゃ勉強すれば話せる人もいる。
それこそ駅前留学しかしてなかった人が、頑張って通訳になりましたって話もあるかもしれないし。
それならヒト族だって、頑張り次第では魔法の使用も不可能じゃないって事だろう?
「猫田さんはどう思うんです?」
「私!?そうですね。ヒト族が魔法を使用したという記録は、ハッキリ言ってございません。だから無理だと思っています」
「じゃあ、何で赤ん坊に例えたんだ?赤ん坊はいつか、立って歩く事が出来るじゃないか。それなのにヒト族が魔法使う事に関しては、それを否定するのか?」
俺は強い口調で聞いた。
正直な話、使えようが使えまいがどっちでもいい。
でも、頭から決めつけで使えないみたいな言い方が気に食わなかった。
説明の仕方が悪かっただけなのかもしれないが、それでもあの説明だと納得出来ない。
「これは私の言葉ではありません。私の師の言葉なのです」
「師匠がそう言ってたのか?」
「そうです。先程言った通り、今までにヒト族で魔法を使えた者は存在しません。しかし、極微量の魔力を持っているのは事実であり、使えないとは言い切れないのも事実なのです。それに極微量と言いましたが、魔族同様の量を持つ者も存在したという記録はあります。そういった特異なヒト族は、特別な力があったと聞きます」
「特別な力ねぇ。なんか召喚者みたい」
「確かに。じゃないと、自分みたいなチャンピオンでもない人間が、前田さんの槍を避けた事の説明が出来ないし」
「それなら俺は、ヒト族でも魔法が使える奴が出てくるのを期待したいね。可能性はゼロじゃないんだから」
そう。
元は向こう側の人間だからか、使える事を期待したい。
ヒト族だって、いつかは魔法使いが出てもおかしくない。
そんな進化する夢があったって、いいじゃないか。
まあ、敵でそんな奴が現れたら、勘弁だけどな。
「ねえねえ。じゃあわたしも魔法使えるの?」
「使えるかもしれないぞ?例えば、こうやって手を前に向けて、火の玉が出来るイメージをしてみてよ。それでこうやって唱えるんだ。出でよ火球!みたいに」
フンフンと頷きながら、見よう見まねでポーズを取っている。
なんか小さい妹が居たら、こんな感じなのかなぁ。
「出でよ火球!」
「そうそう。そうやって唱えて出たらせいこ・・・え?」
パスン。
「え?え?何か出たよ?」
「使えるのかよ!」