木下家と滝川家
「慶次ぃぃぃ!!」
名前を聞いた前田さんが、何やら怒り始めた。
何がどうしてこうなった。
「この前田さん、怖い・・・」
「おい、怯えてるから落ち着いてくれ」
「申し訳ありません。取り乱してしまいました」
怒った理由を聞いてみたところ、あまり子供には聞かせたくないというので、少し離れた所で小声で話してくれた。
「どの町で出会ったのかは知りませんが、子供と仲良くなっているという事は、おそらく仕事をサボっていたはず。今や敵となっておりますが、恩のある滝川殿に仕えているのであれば、サボるなど言語道断ですよ」
何故サボっていたと決めつけているのだろうか?
休憩中とかその日は休みとか、そういう可能性があると考えないのかな?
「それに今思い返せば、私の愛馬も勝手に連れ出してますからね。思い出してきたら、段々腹が立ってきた!」
【それ、松風じゃね?漫画でも出てきた馬だろ】
アレか!
その辺は史実に近いんだな。
でも勝手に連れて行かれた後の前田さんを想像すると、ちょっと笑える。
「そういえば、此処に居るのは内緒だよって言ってた。あ、内緒なのにバラしちゃった」
振り返ると、チカが真後ろに立っていた。
内緒話の意味が無い。
子供は、この辺の空気は読めないのか。
「アイツめぇぇ!やっぱりサボっていやがった!」
「だから、その顔をやめろと言っている」
犬歯をむき出しで唸る姿は、怒っている犬と変わらない。
近寄りたくないのである。
そんな姿を子供の前で見せたって、怖がられるだけで得なんかありゃしない。
「ところで、何処で会ったかは覚えている?」
「うーんと、あんまり大きくない町だったよ」
「どんな人が居たか覚えてる?」
これはどの領地で会ったか、ある程度の指針になるから聞いてみた。
もしドワーフが多い町なら、滝川領だろう。
でも獣人だったら?
エルフの可能性は?
ミノタウロスやオーガの可能性だってある。
「人?人なのかなぁ」
「そうか。ヒトじゃないのか」
この子が人じゃないって言う事は、おそらくエルフとかじゃない可能性が高い。
見た目はヒトに近いから、エルフなら人って言うだろう。
【お前、今日は冴えてるな】
フッフッフ。
バックにあの音楽を流してもらいたいくらいだな。
てれてーてーてれてーてーててー。
名探偵阿久野、復活!
【自分で名探偵って言う奴は、名探偵じゃないフラグでも立ててるのか?】
そんな事はない。
とりあえず続きを聞こう。
「毛深いとか羽があるとか、そういう印象に残ってるのある?」
「ある!ネズミさんだった!」
オイィィィ!!
答え言ってるじゃねえぇかぁぁあ!!
名探偵は?
名探偵の活躍は?
【無いなあ。もうネズミの獣人って分かりきってるし】
空気読めよ!
僕の活躍を皆に知らしめる為、もう少し遠回しに言うとかさぁ?
【お前、そんな事言ってたらヤラセじゃないか】
ヤラセでもいいじゃない!?
バラエティだってさ、ヤラセって分かってても面白いモノは面白い。
その辺は周りも空気読めば、分かるって事だよ。
【それをこの十歳ちょいの子に求めるというのか?】
・・・ごめんなさい。
それは無理があったね。
【とにかくだ。前田さんが認めるくらい強いなら、仲間に引き入れるのが先決だ。場所を確定させて、会いに行くくらいはしても良いと思うんだが】
それはそうだ。
なによりも、帝国に捕まっていないのも大きい。
滝川一益が帝国と手を組んだとしても、ドワーフじゃない慶次の身の安全なんか保障されてないからね。
「ネズミの獣人達が何をしていたか、分かる?」
「それが、戦うの準備って言ってた。もうすぐ大きな戦いをするって・・・。隠れてその話を聞いてたんだけど、途中でネズミの人達にバレそうになったの。それで逃げてる時に犬の人、前田さんに会ったの。何でか分からないけど助けてくれて、代わりに此処に居るのは内緒だよって言われた」
おいおい。
大きな戦いをするって、戦争か!?
そんなの聞いてないぞ!
【ネズミの獣人って、木下だっけ?秀吉だよな?】
そうだね。
しかもネズミの獣人が戦争するって言ったら、隣の滝川か帝国のどちらかだろう。
「魔王様。今の話が本当であれば、この世界の支配図が大きく変わります」
「前田さん。いや又左。明日の朝、代表者を会議場に集めてくれる?」
「かしこまりました」
「ビビディさん。今の話、前から知ってましたか?」
そう。
チカが知っていたなら、保護者のビビディが知らないわけがないのだ。
何故それを話さなかったのか。
場合によっては、手を借りるのはご遠慮願いたい案件でもある。
彼はその話を聞いて、顔色を変える事は無かった。
やましい気持ちなど持っていないとでも、言うかと思ったんだけどな。
「正直な話、私にも打算というものがあります」
「打算?」
僕等に手を貸して、何か利益を得るという事だよな。
そんなの王派閥の復興くらいしか、思いつかないんだけど。
「ズンタッタは既に魔王様に傾倒しているようですが、私は違う。私の王はただ一人!」
「ドルトクーゼン国王だけって言いたいのか」
「その通りでございます。私の願いは王を助け出し、ドルトクーゼンを以前の国に戻す事。今の帝国は、全く別の国と言っても過言ではない!」
王子は認めない。
王はただ一人か。
もし王が病死でもしたら、どうするつもりだったのだろうか。
「それで、その打算の中に僕等はどんな力があるのかな?王を助けろというなら、今は難しいと思うけど。いつかは助けたいとは思ってるよ」
「王を助けるのは我等が役目。しかしその力が足りません。今はまず、王派閥の集まる場所が欲しい。その為に安土を、私達の拠り所とさせていただきたい」
やっぱり図太い奴だな。
魔王が住む城を作る代わりに、この城がある都を集合場所にさせてくれって言ってきた。
【別にいいんじゃないか?それくらい】
なんとも言えないんだけど。
元々、帝国は魔族を捕らえる為に襲ってきているのだから、いつかは此処も危ないかもしれない。
でもそれは、今すぐの危険ではないかもしれないんだよね。
それなのに王子派閥からしたら厄介な王派閥の人間を、わざわざ集まる場所が魔族が集まる都だって言ったら、攻め込んで一石二鳥で済むから今から行っちゃうか?って話にもなるかもしれない。
【そんな事は、起きてから考えればいいじゃない。逆に言えば、今は王派閥の連中とは敵対する事は無いって事だろ。敵の敵は味方ってね】
そこまで簡単に考えていいものなのか、ちょっと疑問には思うところもあるけど。
確かに疑わしいと言って行動しなければ、先に進む事も出来ないか。
だったらやる事は決まったかな。
「その案を飲んでもいい。しかし、この安土に居る間は、僕達の支配下に入ってもらう。もし王を助けに行くと言っても、勝算も無いようなら僕は許可しないからな」
「それでよろしゅうございます。私達を受け入れてくださり、誠にありがとうございます」
跪くビビディ達と、そのご一行。
周りの人達が一斉に同じ行動を取った事で、チカは凄いと喜んでいた。
別に組体操とかしてるわけじゃないから。
ただ跪いただけだから。
「明日、魔族の方で今後の事を決める会議がある。だからビビディ達も参加してくれ」
「かしこまりました。魔王様」
「さて諸君。今回から新たな仲間が加わる事になった。ヒト族ではあるが、城作りでは帝国一らしい。ズンタッタの知り合いだから、仲良くしてやってくれ」
ビビディ達を紹介して、今後の話を進めた。
「今回の会議だが、木下領での動きについてだ。どうやら戦争の準備をしているらしい」
「戦争ですか!?相手はもう分かっているのですか?」
「いや、そこまでは掴んでいない。しかし普通に考えれば、相手は帝国かもしくは隣の滝川領との戦だろうね」
それはほぼ確定だと思う。
何しろ彼等が戦う理由なんか、襲撃してくる帝国。
それに協力している滝川くらいしか居ないからだ。
ただし、何故周囲に助けを求めないのかが気になるところではあるけど。
「我々もそれに介入しろと?」
「うーん、どうした方が良いと思う?」
僕的にはそれこそ打算的に動くのであれば、様子だけを伺い何もしないのが得策だと思っている。
木下勢が不利になるようなら、手を貸して恩を売る。
木下勢が有利ならば、木下滝川両軍の戦力を把握出来るだけでも大きい。
だけどこの案は言えない。
この案は、同じ魔族を見捨てているようなものだから。
敵ならば構わないと思うが、実は味方でしたってなるとね。
それに発案者が僕でしたなんてバレたら、気まずくて顔なんか合わせられないし。
「行きましょう。ただし今回は潜入捜査という形を取り、本当に極少数のみで向かうのがよろしいかと」
前田さんが珍しく、率先してマトモな意見を言ってきた。
そう。
マトモな意見を。
「今回の件、私は少なからず関係しています。安土の防衛任務を甘く見ているわけではないですが、私も参加させていただきたいと思います」
うーん、これは迷うな。
理由としては、前田さんの武器にある。
あの人の槍、長過ぎなんだよね。
軽く五メートルを超える長さの槍を、潜入捜査でどのように持ち込むつもりなのか。
言っている事は理解出来るのだが、流石にそれを考えると即決しかねるんだよなぁ。
「潜入ならば、私が行きましょう」
お?
前田さんの影から猫田さんが出てきた。
そうだよ。
この人の方が向いてるじゃん。
「そうだね。前田さん留守番で猫田さんは参加にしよう」
マジかーって顔やめなさい。
だってアンタ、潜入とかよりも対多数で槍ぶん回せる防衛の方が向いてるもの。
諦めておくれ。
「あとは誰が良いかな?」
個人的には太田とゴリアテは不可。
デカ過ぎて潜入に向かない。
ネズミの獣人という比較的小さめな部類の中で、二メートルもあるのが歩いていたら、目立ってしょうがない。
「だからお前等は駄目ね」
「え!?ワタクシ何も言ってませんが!?」
言う前に釘を刺してるんだよ。
「俺も行こう」
え!?
まさかこの会議に来てると思わなかった。
てっきり、子供達と一緒に居るものだと思ってたから、頭の中から存在を忘れていたよ。
「佐藤さん。あんまりこういうのに、参加したがらないと思ってたんですけど」
「確かに俺は、もう帝国と関わるのは避けたいと思っている。今では子供達に野球を教えている方が楽しいしね」
「じゃあ何で急に参加すると決めたんですか?」
「さっき前田さんが、少なからず関係しているって言ってたじゃない?でも前田さんは参加出来ない。まあ理由はなんとなく分かるんだけどね。あの槍じゃあ潜入には向かないわな」
あぁ、なるほど。
みたいな顔を本人はしている。
今更気付いたのかよ!
「俺は能登村で、前田さんに助けられたと思っている人間だ。勿論キミには更に感謝している。だから俺は、前田さんが関係しているというなら、是非とも力になりたい」
「佐藤殿・・・」
「それに俺も前田さんとの手合わせで、かなり強くなったと思ってるのもあるよ?」
なるほど。
ボクサーなら手ぶらでも行けそうだ。
どうせだからミスリルで手甲でも作って渡せば、コンクリくらいは簡単にブチ抜いてくれそうな強さはある。
参加してもらおう。
「よし!じゃあ佐藤さんと猫田さん。それと僕で行こう。あまり多くても危険が伴うし」
そんな時、思わぬ声が上がった。
「ハイ!わたしも行く!」
え?
チカちゃん?
「だって、わたしが喋ったから行くんでしょ?だったらわたしが行くのが普通じゃない?」
普通ではないと思うんだけど。
「それにわたし、帝国のブラックキャットって呼ばれてるんだからね!」
「ちょ、ちょっとチカちゃん!?」
ビビディが慌てて止めに入るが、既に遅い。
それとブラックキャットって、誰が呼んでるの?
「ブラックキャットねぇ」
チラッと猫田さんの方を見たけど、全く興味を示していなかった。
猫の獣人の前でブラックキャットって名乗るのも、なかなか肝が座ってると思う。
まあ子供だから、深く考えていないだけとも言うが。
「それにわたししか、前田さん会ってないじゃん!顔分からないじゃん!」
「私は知っている」
猫田さんがその言葉に反論した。
「むぅ!猫さん卑怯だぞ!ブラックキャットの方が凄いんだから、わたしも行く!」
何が卑怯なのか分からないが、どうしよう。
何か良い案はないものか。
「子供が私達について来れるものか」
「魔王様だって子供じゃないの!わたしはブラックキャットなんだから、大人より凄いのよ!?」
「魔王様とお前を一緒にするんじゃない。だったら、私達について来れるか、その力を示してみろ」
なんか、猫田さんの言い方がボスっぽい。
僕より魔王みたいな言い方だな。
「力を示すって何をするの?」
そうだね。
潜入捜査だから、戦闘能力よりも違う力が必要だけど。
戦うってわけじゃなさそうだな。
何をさせるんだろ?
「かくれんぼだ」