帝国のブラックキャット
いつ以来ぶりだ?
久しく見ていなかったこの猫。
もとい幻獣。
自分に縁のあるモノと出会う?呼び寄せる?という不思議な性質を持った幻獣だった。
しかも呼びたい時に出てくるわけではなく、完全にランダム出現というレアキャラ扱い出来る猫だった。
それが良い時もあれば悪い時もある。
制御も出来ないその力が怖くて、出てこなくていいよ!と、久しぶりに見た僕は心の中で叫びたい気持ちで一杯だった。
「何ですか?この猫は」
長可さんの足元まで寄ってきたので、彼女にも見える事が分かった。
大半の人は見えるらしいが、見えない人には見えない。
「それは招き猫って言って、僕の魔法で召喚出来る幻獣なんだけど」
「何故、この時に召喚したんですか?」
「それが、ツムジと違って制御も出来ないんだよね。勝手に出てきて勝手に消える。縁のある人物やモノ等を招くらしいんだけど。ちなみにツムジは、招き猫が出てきた時に出会ったんだよ。今回は何が出るやら・・・」
僕が説明をしていると、ビビディ達の方では異変があった。
「だから、彼女の足元に猫が居るんだって!」
「何を寝ぼけた事を言っているんだ?何も居ないじゃないか」
見えている人と見えていない人が居るらしく、軽く騒動になっていた。
僕が勢いよく立ち上がったせいで、何かあったのだと思ったらしく周囲を警戒していたところ、招き猫が出てきたというわけだ。
だけど招き猫が視認出来る人と出来ない人で分かれてしまった為に、揉めてしまっているようだ。
「ビビディさんは見えてる?」
「白黒の猫ですか?」
その返事で見えているという事だ。
そうすると、彼が招き猫が呼び寄せた人物?
それにしては出てくるのが遅い気がするんだけど。
【おい、招き猫が消えたぞ】
は?
「猫が消えた!」
「だからマボロシ〜!」
ちょっとオネエな兵が幻だと言い張ったが、違うから!
そんな否定をする時間も惜しいので、とにかく招き猫を探す事にした。
「長可さん!後の細かい調整は任せていい?」
「かしこまりました。ビビディ殿もよろしいですか?」
首肯してくれたので、問題無い。
それを見て僕は、この大きな部屋から出ていった。
まずは招き猫を探さないと。
部屋を出たはいいが、全く手掛かりが無い。
【まずは会議場の中を見回ってみれば?】
そうするつもりだけど、鳴き声も聞こえないんだよなぁ。
会議の内容が外に漏れるといけないから、防音対策として壁は厚みがあるんだよね。
扉が閉まっててもアイツすり抜けるし、一部屋ずつ開けて調べるしかないか。
思っていたよりも面倒だった。
部屋を覗いて居ないなって確認だけなら楽なんだけど、人じゃないから机の下や見えない陰になっている所まで、見に行かないといけない。
狭い部屋ならいいが、これが何十人も入る部屋だと本当に嫌になる。
【手分けして探してみるか?】
それだ!
魔王人形の背なら、下を覗き込む必要も無い!
いつも背負ってるバッグから人形を取り出した。
「僕が広い部屋を担当しよう。わざわざ覗き込むのも面倒でしょ?」
「それは助かる。代わりにこっちは部屋数を沢山回るから」
お互いの分担を決めて、招き猫捜索へと向かった。
俺は比較的小さめな部屋を探す事になった。
扉をいきなり開けるのはマナー違反だ。
だからノックをして、数秒返事が無ければ開けていく。
室内へ入り入り口から見渡すも、招き猫が居る気配は無い。
ただし、それだけでは判断出来ない。
アイツはハクトにも足音を気付かせないし、俺ですら気配が感じない、特異体質なヤツだ。
「やっぱり居ないな」
机の下を覗き込み、ボソッと呟く。
次の部屋だ。
更に次。
ハイ、ネクスト〜。
「なんなんだ!全然見つからん!嫌がらせか!?」
「駄目だね。そっちは・・・って、その様子だと同じか」
目の前の大きな部屋から出てきた人形が、声を掛けてくる。
トコトコ歩き、こっちに向かってきた。
「探してない部屋って、残りは何処?」
「俺は小さめの部屋はもう無いと思うけど」
「そうなると、じゃあ此処だけか」
案内板を見ながら、人形の手で触れた部屋は一つ。
でも、気まずいんだよな。
「此処か。そりゃそうだよなぁ。誰かに会わせたいなら、人が居る所に行くわな」
「ズンタッタの仲間の中に、僕等と関係してる人が居るって事か」
残された部屋。
それはズンタッタと同じ王派閥である、ビビディ達一行の待機している部屋だった。
代表者であるビビディさんは、今最も大きな部屋で長可さんとの交渉の最中だ。
そして残された人達が、この部屋に居るわけだが。
「入りづらくない?」
「入りづらい。だって本来なら交渉しているはずの僕等が、何しにこの部屋に来たの?って話だよ」
「しかも、すいません猫探してます。って、言うのもなぁ」
俺だけが、気まずいと思ったわけじゃなかったようだ。
流石に魔王が交渉の席に着かずにフラフラ出歩いてるのも、この部屋に居る人達からしたら、馬鹿にしてんの?って気にもなりそうだし。
あ、俺じゃなきゃいいんじゃね?
「その顔、悪い事考えてるだろ?」
何故バレた!?
俺、そんなに分かりやすいか?
「いや〜、お前がその姿で行けば、誰か分からないんじゃないかって思って。誰かが作ったゴーレムとか思うかもしれないじゃん?」
「結局はバレるでしょ。だってこれからは、ビビディさんが城を作るんだよ?一日や二日なら分かるけど、数ヶ月とか半年とか。もっと時間掛かるかもしれないのに、いつまでもこの人形が誰だかバレないようになんて、そんなの無理だよ」
むぅ、正論で返されるとぐうの音も出ない。
でも、俺は気まずい。
行きたくないのである。
「じゃあジャンケンで決めようぜ」
「嫌だ。身体強化して視力上げると、何出そうとしてるかバレるの知ってるから」
「じゃあどうするんだよ!」
「こうなったら、二人で開ければいいじゃんか!」
「二人で行く必要無いだろ!?」
そんな言い争いをしていると、目の前の扉がガチャっと開いた。
「あ・・・」
「え?」
「こ、こんにちは。部屋の居心地はどうですか?」
扉を開いた男の人に何を言っていいのか分からず、変な事を口にしてしまった。
「そうですね。この人数なのに狭くもないですし、快適ですよ」
「そうですか。それは良かった。それじゃ」
「それじゃ、じゃない!」
「おわっ!人形が喋ってる!?これも魔法ですか?」
「魔法です。失礼ですが、中に猫とか入ってきてませんか?」
コイツ、適当に返しやがった。
お前が乗り移ってるんだから、魔法じゃないだろ。
いや、魔法で乗り移ってるから合ってるのか?
「猫ですか?私には分からないですね。ちょっと待ってください。おーい、この部屋の中に、猫が入ってきたの見た奴居るか〜!?」
この人、良い人だな。
わざわざ確認してくれたよ。
「は〜い!」
「え!?」
返事が俺にも聞こえたぞ?
女の人の声、というより女の子の声だったな。
シーファクと比べても、もっと子供っぽいような?
部屋の奥からタタタッという音を立てて、走ってきた。
「わたしが来た!」
なんだ?
この元気っ子は?
見た目は俺達と背があんまり変わらない。
小学生に見えてもおかしくない小ささだな。
でも、兵士に紛れて子供が来るわけないから、これでも大人なんだよな。
「なんだ、ただの子供か」
「人形が喋ってる!?すご〜い!」
大人じゃない気がしてきた。
人形が動いてるのを見て、かなりの速度で抱き上げている。
その辺の大人より、はるかに速かった。
「うわっ!やめろガキンチョ!僕を抱えて走るな!」
「ガキじゃない!わたしはもう十二歳だゾ!」
「やっぱり子供じゃないか。とにかく下ろせ」
俺の予想はあんまり当たらないな。
やっぱり子供だった。
何で子供が一緒に来てるんだ?
「こら!チカちゃん!この人形は魔王様のなんだから、返しなさい!」
入り口を開けてくれた男の人が叱っている。
名前はチカというらしい。
帝国の名前っぽくないのは気のせいかな?
「ヤダ〜!この人形欲しい!」
「やめろ!僕は物じゃない!人形が欲しいなら、作ってやるから!」
そう言うと、俺の中に戻ってきた。
「アレ?人形動かなくなっちゃった」
「仕方ない。僕の人形を取り返す為にも、何か作ろう」
【お前、意外と子供に好かれるタイプなのか?】
そんなわけないだろ!?
人形が目当てなわけであって、僕が目当てなわけじゃないだろうし。
「どんな人形が欲しいんだ?」
「これ!」
「それは駄目!何か別の作るから、好きな動物とかいないのか?」
「動物?うーん、猫!」
「猫か。つーか招き猫は何処行ったんだろ」
そう言いながら、木で作った猫の人形を渡した。
「あんまり可愛くないね」
【ワハハハ!あんまり可愛くないだって!わざわざ作ったのに、嫌われてやんの】
うるっさい!
せっかく作ってやってんのに、何でこんな事言われなきゃならないんだ。
「要らないなら返せ!もう作らないから」
「イヤ!これも貰う。」
「猫はやるから、そっちは返せ」
「こっちも欲しい」
「ワガママ言うな!そんな事言うと、親に言いつけるぞ!」
「親は・・・。もう会えないんだよ・・・」
途端に泣き出してしまった。
【うわっ!泣かした!コイツ、子供泣かしたよ!】
あわわわ。
ど、どうすればいい!?
泣かすつもりなんか無かったのに!
「分かった!その人形はあげるから!泣き止みなさい!」
「やったー!ありがとう!」
嘘泣きか?
どっちか分からんけど、これはもう諦めるしかないらしい。
新しい魔王人形を作るしかないか。
「こら!チカ!魔王様に返しなさい!」
交渉が終わったのか、あの部屋に残っていた人達が全員此処に来ていた。
長可さんも来ているが、泣かしたのを見てクスクス笑っていた。
「ビビおじさん!だって、くれるって言ったよ?」
「この人形は魔王様の大事な人形なんだよ。代わりに猫を作ってもらったんだろう?」
そこまで見てたのか。
だったら最初から止めろよ。
「ちゃんと魔王様に自己紹介はしたのかい?」
「してない。はじめまして。わたしはモトチカ・キャメル。帝国のブラックキャットよ!」
「ブラックキャット?」
なんじゃそりゃ。
アレか?
早めの厨二病か?
「わたしの事、馬鹿にしてるでしょ!」
「してないよ。フッ」
鼻で笑ってしまった。
すまない。
やっぱり馬鹿にしてるかも。
「ムキーッ!見てなさい!」
そう言うと、彼女は華麗に三回転ものバク宙をした。
どうやってるのか分からないけど、壁に手を添えてピッタリとくっ付いている。
「凄いな。まるで映画の蜘蛛男みたいだ」
「え?映画?」
そういえば、この世界に映画なんか無いんだった。
むしろテレビみたいなモニターも無い。
映画という言葉を、不思議に思われてもしょうがない。
「何で映画を知ってるの?」
「は?」
「だから、何で魔王が映画を知ってるの!?」
【なあ。もしかしてだけど、この子って】
だろうね。
何でこんなに小さい子が来たかは、分からないけど。
「僕の名前は阿久野真王。真の王と書いて、マオだ」
「あくの?苗字があくの?」
「そうだ。ちょっといい?」
手招きして、彼女を呼んだ。
壁から手を離し、降りてきたところを耳元で小声で話した。
「訳ありでこの身体だけど、僕の中身は日本人だ」
「やっぱり!」
声が大きい!
小声で話した意味が無い!
ん?
足元に何か居る。
「ニャー」
「猫だ!」
何処からか現れた招き猫を抱き上げて、嬉しそうに頬ずりをしている。
「わたしはモトチカ。本当の名前は遠藤元親。起きたらこの世界に居たの」




