安土の開墾
ノームとノーミード、そして右顧左眄の森で採れた野菜や果物を持って、俺達は安土へと向かっていた。
若狭から派遣される妖精族が増えたので、全員は乗り切らないと考えていた。
しかし長可さんの交渉で、若狭から妖精族が安土へと来る代わりに、オーガや一部の獣人が若狭の防衛任務へと就く事になったのだった。
その任務には第三部隊の面々が強く希望したおかげで、特に揉める事も無くすぐに決まった。
何故あんなに希望者が殺到したのか、俺達には謎だった。
そのせいもあり、人数的にはほぼ変わりはない。
むしろガタイの良かったオーガ達から、身体の小さな妖精族になった事で、その分人数が少なく見えるようになったのだが。
「なんか久しぶりに感じるなぁ」
「そうだね。僕等が出て結構経ってるし、どんな風になってるか気になるよ」
オーガの町は今、大多数の魔族が集まっている。
多種多様な者達が集まり、既にオーガの町と呼ぶと疑問を感じてしまうほどの人数だ。
それに伴って、若狭へと向かう直前に名前を変え、オーガの町から安土と変更した。
そして安土という名前に相応しくなるように、今は大きな都へと作り変えている最中だった。
「デカイな!」
「随分と高い塀だね」
長い旅路を終えて、ようやく戻ってきた安土。
そこで見た物は、十メートル以上はあると思われる大きな塀だった。
おかげで、中の様子を知る事は出来ない。
塀の上には守備を担当している者だろう。
何人もの弓兵が遠見をしている。
安土へと向かう一団を発見した弓兵の一人が、鐘をカンカンと鳴らしていた。
「帰ってきたぞー!」
塀の近くまで行くと、頭の上から大声で叫んでいるのが聞こえる。
木製で出来た門が徐々に開き、中からオーガの町の町長だったオグルと、能登村の村長だった前田利家が出迎えてくれた。
「魔王様!御役目お疲れ様でした。その様子だと、万事上手くいった様子ですね」
「ただいま。近くまで来たらこの大きな塀が見えて、間違えて違う所に来たのかと思ったぞ」
「ただいま帰りました。ほぉ〜。中はもう区画整理までされてるんだ。早いなぁ」
俺達が帰ってきた挨拶を言うと、すぐに弟が中へトテトテと歩いていった。
「魔王様。お帰りなさいませ」
今まで見慣れた鎧姿ではなく、作業着のような格好をしたズンタッタが来てくれた。
都市開発のほとんどを彼に任せてしまったのだが、よくもまあここまで立派に作ってくれたものだ。
「ズンタッタって凄いんだな。此処まで綺麗に作られているとは思わなかったぞ」
「ありがとうございます。しかしこのような街、我々も初めてだったので手探りで大変でした」
砦作りや開拓のようなものは、兵士や貴族なら経験している場合がある。
でも街づくりに関して言えば、このような碁盤目状に作られた街は、この世界の何処にも存在しないという話だった。
じゃあ、誰がこんな入れ知恵をしたかというと・・・
「流石だよ、ズンタッタ。僕は知識だけしか教えてないのに、こんなに分かりやすく作ってくれるなんて」
そう。
俺の弟だった。
若狭へと旅立つ前に、ズンタッタから何か要望があるかと聞かれて、コイツはこんな事を言ったのだった。
「京都みたいに分かりやすいと、便利かもしれないね」
京都なんかこの世界で誰も知らないのだから、何だそれといった反応だったのだが。
碁盤目状に作られた街はとても分かりやすく、住み分けもしやすいという理由から採用されたのだった。
「まさか、神の国はこのような街があるのでは!?」
などと太田が大きな声で言ってしまった為に、この街は別名神の街とも呼ばれているらしい。
帰ってきてから知った俺達は、どうしてそんな名前が付いたんだという気持ちで、軽く混乱したのは皆には知られていない。
ちなみに弟の話だと、札幌とかもこんな感じらしく、日本では碁盤目状に作られた街は珍しくないらしい。
俺も学生時代に修学旅行で京都奈良行ったけど、全然覚えてなかった。
だから知ってるフリして、ずっと頷いていただけだったのは内緒だ。
「今日は帰ってきたお祝いという事で、パーっと楽しくやるか!」
帰ってくる時に仕留めた魔物の肉も大量にあるし、一日くらいは飲んで騒いで楽しんで。
それくらいは許されるだろう。
明日からまた頑張ればいいんだよ。
「まだ全ての住宅地や商業施設が完成したわけではないですが、六割から七割は出来ていると思われます。問題はやはり、農作業用の開墾作業ですかね・・・」
翌朝、皆酒を結構飲んでいたと思ったのに、早くから仕事している。
俺達も呼ばれ、青空会議といった感じで、太陽の下で集まって話し合っていた。
ズンタッタの説明だと、遠征隊が出て行った為に住居はなんとかほぼ全員の分が出来ているとの事だった。
それに合わせ、各町村で商いをしていた人達は地べたで商売を開始。
金銭面で余裕が出来た人が、優先的にお店を作ってもらったという。
そして最後の最後まで残った問題。
それが開墾作業だった。
流石に畑作りのノウハウなど、帝国の貴族であるズンタッタが知るわけもなく、知っている農民が各自でやってもらうしかなかった。
しかし畑を作ったとしても、いきなり農作業に適した土かと言われたらそうではない。
だからほとんどの者達は、農作物が以前のように出来上がるまで、何年も掛かると思っていた。
この万に近い人数、そんなに待つ事は出来ないのである。
だからこそ、若狭へと助けを求めに行ったのだが。
「そっちの方は任せてくれ。と言っても、俺達じゃ何するか分からないんだけど」
そう言って、長可さんがノームやノーミードと言った、土魔法を得意とする妖精族を紹介していた。
彼等は土のスペシャリストらしく、農業に適した土も簡単に作れるらしい。
「オラ達の出番ですな!」
ノームの代表者が会議で発言した。
土作りは作物によって多少は違いがあるものの、そこまで苦労するわけではないらしい。
よって、米に適した土や野菜作りに適した土。
それと右顧左眄の森で出来た果物の木に適した土など、用途に分けて作ってもらった。
「魔王様。オラ達は土魔法は使えるだが、草魔法は使えませんで。草魔法と水魔法が使えれば、収穫時期が早まるんだで。頑張ってくだせえ」
要は、草魔法を早く覚えた方がいいよって事らしい。
若狭で伝書をスマホで写メを撮って、既に勉強はしている。
主に弟が。
「安全性を確保する為、出来れば遠くに田畑を作りたくありません。しかし既に都市を塀で覆ってしまった為に、今から作り直すとなると・・・」
「分かった。じゃあ僕がその辺はなんとかしよう。塀の一部を作り変え、その先に新しく小さな塀を作る。開墾地を指定して、その広さに合わせた岩が大量に必要だから、その準備をさせてくれ。遠方まで行くようなら、トライクとキャリアカーも使用していい」
俺が大変そうだなぁと思っていたら、弟がどんどんと話を進めていった。
コイツ、なんだかんだでちゃんと魔王やれそうじゃね?
そんな事を思ったけど、じゃあ俺は?って考えると少し凹むので、そこから先は考えなかった。
「先に開墾作業だけ進めてくれない?どれだけ広いか知りたいから」
ノームやノーミード達は、どんどんと開墾をしていく。
都市よりもはるかに広い範囲だった。
俺は、農業というものを甘く見ていたのかもしれないな。
ぶっちゃけドームが百個くらいは入るんじゃないか?
それくらい広かった。
」
「これで完成ってわけじゃねえですが、広さ的にはこんなもんです」
「こんな広かったのか・・・。俺の考え、かなり甘かったかもしれない」
同じような感想を述べた弟だったが、それでも出来ないとは思ってない様子だった。
「兄さん。そろそろ身体に戻るから。創造魔法使って、塀作りの準備だよ」
半日掛けて集めた岩を、創造魔法で綺麗に箱状に作り変えていく。
何万、いや何億個あるか分からないくらいの量を作ったところで、僕の魔力は尽きた。
「うぅ、しんどい・・・」
「お疲れ様でした。明日の朝、お迎えに向かうのでよろしくお願いします」
箱状の石を積み上げていた獣人が、そんな事を言って去っていった。
簡単に言ってくれるなよ。
僕は歩くのもしんどいので、ツムジを呼んだ。
「あらら、随分とお疲れのようで」
「家まで運んでくれ〜。もうご飯食べて風呂入って寝たい」
「アタシ、魔王がこんな仕事してるなんて思わなかったわ」
「そりゃ同じ意見だ。ふんぞり返って座ってるだけのイメージだったのに」
ツムジに愚痴りながら、家に帰った。
今は一人暮らしというか、兄と二人暮らしなのでちょっと寂しい。
ハクトは能登村から両親が此方へ来たので、今は一緒に住んでいない。
・・・彼女とかと同棲するのって、どんな気分なんだろう?
【俺達もいつかは・・・。ん?その場合、どっちの彼女になるんだ?】
確かに!
こりゃ、身体を取り戻さないと無理な案件だな。
しばらくは兄さんと二人暮らしって事か。
「さあ今日も、頑張っていきましょう!」
朝から迎えに来た獣人の一人が、そんな事を言っている。
元気だなぁと思いつつ、朝の挨拶をして開墾地へと向かった。
「来てから思ったんだけど、僕は何するの?」
昨日作った何億もの石。
流石にこれだけあれば、しばらくは作らなくても大丈夫なはず。
なんて思っていたのだが、子供も含めかなりの人数が導入されていた。
そのおかげで作った分は数時間で並べ終え、更に箱状へと作り変える羽目になった。
「仕事って言うから大変かと思ったけど、積み木みたいで楽しいね!」
無邪気な子供の声を聞きながら、僕は一心不乱に作っていく。
というより、急がないと足らなくて急かされた。
僕、魔王なんだけど!?
早くしろや的な大人の声に、そう思いつつも手を休める事はない。
魔王って、かなりブラックな仕事だと思った。
「お、終わった!」
まさかまさかの二日での完成。
大勢の人達が手伝ってくれたからっていうのもあるけど、それでも早い。
早過ぎだろ!
また壊れるとは思わないけど、最後に石の隙間に接着剤とか付けた方がいいかな?
そう思った僕は塀の上に乗り、水魔法で溶剤を作り中へと染み込ませていった。
「魔法とは凄いですな!ヒト族の力だけなら、半年は掛かる作業ですぞ」
現場監督ズンタッタが、そんな事を言っていた。
「だからこそ王子は、魔族を従えたがっているのですが」
小声で僕にだけそう聞こえるように話した。
おそらくは聞こえている獣人も居ただろう。
それでも皆は、ズンタッタを信用しているみたいで、何も文句は言わなかった。
こうやって魔族もヒト族も一緒に働けるって分かったのは、大きな収穫だったと思う。
「開墾の方も終わりましたで。収穫が終わった後、また土魔法を使って栄養を与えれば、すぐに次の準備も出来るはずだべ」
「そうなんだ。魔法って便利だなぁ」
心からそう思った。
そして悪魔の声が聞こえる。
「開墾作業はひとまず終わりでしょう。では、次の仕事に参りましょう」
「次の仕事!?」
「はい。次は畜産についてですな。牛や鶏といった食に関する動物は確保してあるのですが、綿羊なども欲しいと思っております」
「それはどうするの?」
「捕まえていただけると助かります」
それ、僕じゃなくてもいい仕事!
だからもう休む!
「誰か別の人に頼んで。僕しか出来ない仕事じゃないし」
「魔王様しか出来ない仕事ですか。ありますよ」
「あるのかよ!」
今現在、僕しか出来ない仕事なんか思いつかない。
何があるというのか。
「それはですね・・・」
「それは?」
「城作りです」