カミの導き
俺達が丹羽さんの私室で極秘会談を行なっていた頃、城内の一室でも別の極秘会談が行われていた。
部屋の中は薄暗くしており、扉を開けただけでは室内に誰が居るのか分からない。
この扉が外から開く事は無いと思われるが、特に開かれても問題は無い。
ただ、集まっているとしか思われないからだ。
そして、この集団のリーダーである男が口を開いた。
「皆、昨日までの戦闘、ご苦労だった。魔王様と丹羽殿の間にあった軽い亀裂も無くなり、今日から交渉が始まっている」
暗い中で周りを見渡すリーダー。
その顔は暗くて確認出来ない。
しかし周囲の者達は、声だけで彼が自分達のリーダーだと理解していた。
「隊長。それでは私達は、本日よりあの作戦を開始するという事でよろしいのでしょうか?」
「うむ。交渉担当の森殿に確認したが、我等の仕事はほぼ無い。他の部隊との持ち回りで、守備を交代制で行うのみとなった」
「おぉ!それでは本来の目的である例のアレを!」
「そうだ。これから安土に戻るまでの期間、我々は城下町の探索に出掛ける」
その言葉に、周囲の者達も喜びの声を上げた。
先日までの戦闘で、多少の怪我を負った者も居る。
それでも本来の目的の為なら、負傷者だろうがやる気は十分だった。
「行くぞ、お前達!我等がカミの為に!」
バァンという派手な音を立て、薄暗い扉は開かれた。
薄暗かったその部屋は、外の明かりを取り込み室内の様子を見る事が出来る。
そこにはホウキやモップ、大きなバケツに雑巾などが置いてある。
そこは掃除用具を置く為の物置部屋だった。
そんな部屋の中に居たのは約五十人ほど。
日本であれば、そんな大きい掃除用具入れなんかねーよ!と言われてしまうだろう。
しかし此処は異世界。
誰も違和感を感じていなかった。
部屋から出てくる一行。
掃除用具入れに使っている部屋から、大勢出てくるのを見た城で働く人達。
何故こんな場所から?という疑問を抱くものの、お客人という立場から誰も突っ込んだりはしなかった。
「あの〜、すいません」
「え!?あ、ははははい!ゴホン!何でしょう?」
近くに居た侍女をしていると思われる女性が、リーダーと思わしき人から声を掛けられた。
彼女は最初、とても挙動不審な態度を取ってしまい、自らの行動がこの城で働く者として相応しくないと恥じた。
そして冷静を装い、その問いを聞き返した。
「ポーションを売ってる店を教えてほしいんですが」
「ポーションですか?城下で薬か回復と書いてあるお店を探すと、売っているはずですよ」
「ありがとうございました。今から城下町に行ってみます!」
お礼を言った後、彼等は城から城下町へと消えていった。
「ねえねえ、さっき何聞かれたの!?」
異様な集団が城から出ていった後、声を掛けられた侍女に城で働いている者が集まっていた。
興味津々といった感じで、前のめりに聞いてくる。
「特に変な事は聞かれなかったよ。ポーションを売ってる場所が知りたかったんだって」
大した事無かったという落胆の声が聞こえる中、彼女達の彼等に対する印象が聞こえた。
「石の仮面被ってる不気味な隊長に、よくあんなに付いていく気になるわよね」
城下町へと繰り出した、第三部隊の一行。
部隊の全員というわけではないが、約半数の人員が集まっていた。
これも斎田さん改めイッシー(仮)のカリスマ性が、あっての事だろう。
「皆、聞いたな?薬か回復の看板を目指そう。俺達の明るい未来は、すぐそこまで来ているぞ!」
約五十人ほどの集まりが出来ているのを見て、城下の町民は流石に怪しんでいた。
あの辺りだけ、妙に明るくないか?
その頭、光を反射してるよね。
道行く人々の中には、そんな風に思った人も居た。
しかし、流石に誰も声を掛けたりしない。
遠巻きに見ているだけだ。
何故なら、不気味なくらい気合が入っていたから。
第三部隊の周りだけ、空気が戦場に近かったのだ。
いや、彼等にとってこれからが、戦なのかもしれない。
それくらいのやる気だった。
「隊長。私達は若狭ほど大きな町を知りません。どのように動きましょうか?」
「そうだな。俺も帝国・・・じゃなかった。とにかく、皆で一緒に探す必要は無い。だから分散して探して回ろう」
その言葉を合図に、五人一組の小隊に分かれた。
誰が言うでもなく、そのように動いたのだ。
何も言わなくても動ける部隊。
それは第一と第二には無いチームワークだった。
「若狭の中心を基点にして、東西南北で分かれて探していこう」
彼等は期待を胸に、街の中を四散していった。
「あったぞ!」
大きな通りを南の方へと歩いていると、教わった通りに薬と書いてある看板を見つけた。
此処にポーションが売っているらしい。
暖簾を潜り、店内へと入っていく。
表の作りは和風なのに、内装に関しては洋風だった。
棚に陳列されている瓶が大量にある。
これは期待出来るかもしれない!
瓶に貼り付けてあるラベルを読むと、確かにポーションの文字があった。
しかしながら、その効果については書かれていない。
なんとなく瓶の中を覗き込むと、無色透明な液体もあれば薄い青色、煎茶のような緑。
はたまた、これは飲めるのかといったようなどギツイ紫色など、様々な色の液体が入っていた。
素人には何が何だか分からない。
やはり店員に聞くしかないのだった。
「すいません」
「は〜い!何かご希望ですか?」
店内から出てきたのは若い女性。
しかも妖精族のはずなのに、身体が小さいわけでもなく、ヒト族や獣人達とほぼ同じ大きさの女性だった。
背中には虫のような羽も無く、ほとんど人と変わらない。
そんな店員さんが、笑顔で対応してくれていた。
「あ、あの!何でも元に戻せる薬があると聞いてきたんですが!」
「何でも元に戻せる薬?・・・あぁ!」
最初に考え込むような仕草をした店員さんだったが、思い出したかのように相槌を打った。
分かってくれたか!?
彼等は内心でガッツポーズ。
俺達の未来はこれからだ!と言うセリフが、頭の中でリフレインしていた。
しかし次の店員の言葉によって、天国から地獄へ落ちる事となった。
「申し訳ありません。それほどの高価なポーションは、私どものお店では扱っておりません」
「そんな!?」
顎が外れるのではというほどの落胆ぶりに、店員さんは再度謝ってくれた。
しかし無い物は無い。
彼等は下を向きながら、お店から出ていった。
次だ!次の店がある!
一度の失敗で諦める彼等ではなかった。
夕方になり、彼等は城下町の中心部へと歩いている。
その足取りは重く、誰も口を聞かない。
南から北上して中心部に着いた。
その心は沈みがちになっていたが、まだ全てを諦めたわけじゃない。
俺達には仲間が居るじゃないか!
南側の店舗が駄目だったとしても、東西、そして北側にだってお店はある。
そう。
四分の一が駄目だっただけだ。
確率的にはまだまだ余裕があるはずだ。
そして西側と東側もほぼ同時に、街の中心部に戻ってきた。
「ど、どうだった!?」
色良い返事を期待して聞いたものの、その顔から答えが分かってしまう。
駄目だったと。
「元に戻せるような薬は売ってないそうだ」
やはり同じような事を言われたらしい。
残るは北側のみ。
一縷の望みを託し、彼等は北側の探索に向かった者達を待っていた。
そして北側の探索組が帰ってきた。
少し小走りしているようにも見える。
その様子が彼等には、それが吉報を持ってきたからだと思った。
「北側にあったのか!」
皆がその答えを待っていた。
走ってきたうちの一人が息を整え、彼等に言った。
「駄目だった。売っていたとしても、俺達には手に入る可能性は少ないらしい」
その返事に、皆が落ち込んだ。
そして、隊長であるイッシー(仮)は泣いた。
仮面の中から涙が溢れているのが分かる。
「た、たいちょおぉぉぉ!!!」
石の仮面を着けた男に向かって、むせび泣く男の集団。
その異様さに、町民は避けた。
とにかく怪し過ぎた。
誰が通報したのか分からないが、衛兵まで来てしまったくらいだ。
「困りますよ。こんな所で大勢で泣かれちゃ。しかも男だけって」
「す、すいません」
イッシー(仮)は、仮面が赤くなっているのでは?と錯覚するほど恥ずかしかった。
こんな事で通報されるなんて。
日本だったら・・・いや、仮面着けてなかったら生きていけないところだった。
「ところで、何故大勢で泣いてたんです?」
衛兵の一人がイッシー(仮)に問い掛ける。
求めているポーションの事を話すと、彼等は真面目に答えてくれた。
「そりゃ、フルポーションだ。主に軍でしか扱わない、超希少ポーションだよ。そんな高価な物は、普通のお店には取り扱ってないと思うぞ?」
年配の衛兵が、詳しく教えてくれた。
軍で扱っているのか。
それなら、何故ズンタッタ殿は知っていたのだ?
イッシー(仮)は心の中でそのような疑問を抱きつつ、城へと戻っていった。
城に戻ると、既に交渉の大半は終わってるとの連絡が入った。
ポーション探しも、残り時間が迫っているという事だ。
しかし、今日一日という自由時間を使った結果、次の守備は第三部隊の受け持ちだった。
もはや時間の猶予は無い。
「一か八かの賭けに出よう」
近くに居た者だけが聞こえるくらいの声で呟いた、イッシー(仮)。
聞こえた者達は、賭けが何なのか分からなかったが、隊長のその志について行くと決めた。
イッシー(仮)は、城内を歩き回った。
しかも中層から上の階ばかりを狙って。
「隊長。何をされるつもりですか?」
「まずはあの人を探す。話はそれからだ」
隊長が言うあの人とは?
ついてきた数人も分かっておらず、とにかく城の中を歩き回った。
そして、ついに目的の人物を見つけたのだった。
「丹羽様!」
「ん?」
イッシー(仮)は失礼に当たらないくらいの速度で、急ぎ丹羽長秀の元へと歩み寄った。
そして跪き、こう言ったのだ。
「失礼を承知でお願い致します!フルポーションを売って頂けないでしょうか!」
本来であれば、許されない行為だろう。
自分の主君を差し置いて、城主に物を譲ってくれないかと頼むなど。
それでも彼は諦めきれなかった。
自分の為もある。
しかし、それ以上についてきてくれた第三部隊のハゲの為、薄毛の為に願ったのだ。
「魔王様はこの事をご存知で?」
「いえ。少し前から休んでいるとの報告が入って以来、会っておりません」
少し前から休んでいる。
それはおっちゃんの必要麻酔針と、人形のフリしてやり過ごそう作戦の為、そのまま寝てしまったからだった。
丹羽長秀はそれを知っていて、話をイッシー(仮)に振った。
もし知っていると言ったのなら、彼は嘘をついている。
報告は事前にしてあると言ったなら、起きるまで待ってみよう。
知らないと言ったなら、正直者の馬鹿だと思ったのだった。
ただし、馬鹿は馬鹿でも馬鹿正直な者は、そんなに嫌いじゃなかった。
だから、理由くらいは聞いてやろうと思ったのだった。
「何故、フルポーションが欲しい?」
「元に戻せる薬が欲しいと、城下町の薬屋で聞いて回りました。そして返ってきた答えが、フルポーションは軍しか扱っていないとの事でした」
「確かに軍でしか扱っていない。それだけ貴重な回復薬だからだ。それと、今の言葉では答えになっていない。何故欲しいのだ?」
イッシー(仮)は言葉に詰まった。
髪を元に戻したい。
本人には大真面目でも、他の人からしたらふざけていると思われかねない。
しかも相手はこの都市の城主。
下手な事は言えないと思った。
しかしイッシー(仮)のそんな気持ちを、ついてきた者達は分かっていた。
だからこそ、自分達が泥を被ろう。
そのような気持ちで、言葉を口にした。
「我々は、この頭を元に戻したいのです!髪を、若かりし頃にあった髪を取り戻したいのです!」
イッシー(仮)は、止められなかった自分を責めた。
下手をすると、彼等は無礼な振る舞いをしたと罪を背負うのではないかと。
恐る恐る丹羽長秀の顔を見ると、彼は驚いた様子だったが、怒っているようではなかった。
「ハッハッハ!そのような理由でフルポーションを求めるとは。髪を取り戻したいからという理由で欲しがった者は、お前達が初めてだ」
大笑いしながら答える丹羽長秀。
そしてその返答は・・・
「すまんが、その理由ではフルポーションを渡すわけにはいかない」
やはり・・・。
分かっていた事ながら、ハッキリと言われて落ち込んだ。
「だが、髪を増やすだけならフルポーションなど必要無いと思うのだが」
「え?」
「髪を増やすだけなら、育毛養毛のポーションが専用で売っておるぞ?」
その言葉を聞いて、皆言葉を失った。
じゃあ、何で俺達は売ってもらえなかったのか?
「お前達、城下町でどのように聞いた?」
「はい。無くなった物を元に戻せる薬が欲しいと」
「それではフルポーションと答えるだろうな。何故、育毛養毛のポーションが売ってないか聞かなかったのだ?」
そういえば、何故そうやって聞かなかったんだ?
イッシー(仮)は、店員とのやり取りを直接聞いていない。
皆、落胆して無いと答えたから、そのような物は無いのだと思っていた。
「あ!店員さんが若い女の人で、恥ずかしかったからだ!」
そんな理由かよ!
丸一日掛けて探して、そんな理由でフルポーションを探す羽目になったのかよ!
ついてきた数人も、東西南北ほぼ全ての店舗で、店員さんは若い女性だったと答えた。
故に、毛生え薬が欲しいなどと聞かなかったのだと。
「ふむ。その気持ちは分からなくもない。お前達の苦悩も分かるつもりだ。だからこそ、私がそのポーションを用意しよう」
「よ、よろしいのでしょうか!?」
「構わぬ。その悩み、分かるつもりだからな。私も使っておるぞ」
最後の一言は、俺達に聞こえるくらいの小声で話してくれた。
俺は丹羽長秀に、親近感が物凄く沸いたのだった。
しかも丹羽長秀の見た目は、全く薄い様子は無い。
この事から、効果が抜群であると証明されたのだった。
「丹羽様!誠に、誠にありがとうございます!」
そして俺達の旅は終わった。
後日、交渉によって若狭へ防衛隊を派遣する事が決まった。
そしてその先遣部隊として、第三部隊の大半が希望したのだった。
理由は分かるよね?