巨人とキレる妖精
阿吽は剣を持つ巨人に対して素手で対応していたが、予想外の腕前から徐々に劣勢となっていった。
そこに魔王の協力で武器を取り、五分五分までのところまで引き戻す。
しかしその背後で、王国が若狭へと迫っていたのは気付いていなかった。
気付いていたら、それはそれで巨人に集中出来ていなかったかもしれない。
「いきなり二刀流かよ!こんな事なら素手の方が良かったな」
「さっきまでの威勢はどうした?素手だなんだとゴチャゴチャうるせぇんだよ!」
先程とは打って変わって、自ら攻撃へと転じる阿吽。
左手にダガー、右手にスティレットを持っていたが、左手は主に剣を捌く為に使われていた。
そして受け流した後、スティレットで刺突を仕掛ける。
ダガーはたまに手首を滑らせるように狙っていたが、鎧が邪魔で手首を斬り落とすは無かった。
「鎧がウゼェェェ!!さっさと死ね!今すぐ死ね!そしてとりあえず死ね!」
「二刀流なんか相手にした事ねーよ!・・・しかし強い」
武器を持った事で攻勢に出ているが、思ったより苦戦していた。
本人達はもっと早く勝てると思っていた。
しかしこの巨人は、巨人でなくとも相当な腕前の持ち主だった。
「強いのは当たり前だ!俺達が弱かったら、若狭は守れないだろうが!お前等なんかと覚悟が違うんだよ!」
「そういう意味で言ったわけではないんだが・・・。覚悟ならこっちにもある!」
「いい加減、終わらせるぞ!」
巨人は阿吽の右手での連続刺突を左右に身体を振って避け、頭を狙って剣振るった。
しかしそれは罠であり、剣は引かれ肩を狙った突きへと変化していく。
不意を突き当たったかのように見えたが、ダガーで受け流され、そして思いもよらぬ行動に驚愕する。
剣を受け流され身体が少し泳いだところを、両手の武器を捨てた相手が接近してきた。
身体が泳いだその僅かな時間、両手首を掴まれ懐へと入られた。
次の瞬間、自分の視界が地面へと向いていくのが分かった。
ズドン!という音と衝撃、そして周りの木々がへし折れる音が響き渡る。
「な、投げられた!?」
その行動はとても早かった。
投げられた直後、すぐに拾ったのであろう刺突武器が、自分の肩を突いた。
「グッ!」
剣を手放し、馬乗りで見下ろす相手の姿が確認出来る。
巨人が、自分の敗北を悟った瞬間だった。
「あ?お前、巨人じゃねーな!?」
敗北を悟った直後、身体が徐々に小さくなる巨人。
「俺は巨人なんかじゃない。ただの人だ」
「小さくて何言ってるか聞こえねーよ!あぁ、俺達も小さくなればいいのか」
そうして自らも元のサイズまで戻った妖精。
「お前、こんなに小さかったのか」
「テメーには言われたくねーよ!」
小さかったと言ってくる男。
それはただの背の低い男だった。
おそらくは160センチ前後。
阿形吽形よりか、少し大きいくらいだった。
「ふう、完敗だ。俺はやり切った」
自ら兜を外し、清々しい顔を見せる。
「お前、帝国の人間じゃねーな!?」
阿吽の言葉は、ある意味間違ってはいなかった。
男は召喚者の一人で、日本人だったから。
日本に居た頃、彼は剣道部に所属していた。
部内での強さはそこそこ。
レギュラーになるかならないかと言われたら、それはあった方だろう。
実際に、三番手か四番手くらいには入るくらいの強さはあった。
しかし、彼はレギュラーに選ばれる事は無かった。
選ばれた人との決定的な違い。
それは身長が足りない事だった。
身長が低いという事は、リーチが短い。
リーチが短いと、それは面を打つ事が困難という事。
胴と小手、突きしか警戒しなくて済む。
そんな事実が、彼をレギュラーにする事は無かったのだ。
背が低いだけで選ばれない。
苦い気持ちを持ちながら、彼はこの世界へとやってきた。
そして、この世界でも同じ事を言われる事となった。
背が低い奴が、戦力になるわけがない。
そういう連中を訓練で叩きのめし、時には容赦無く殺した。
しかし、その評価は変わらない。
アイツは召喚者だから。
背が低くても強いのは召喚者だから。
そんな陰口がずっと付き纏う。
「じゃあ俺はいつになったら、認められるんだ!」
そんな怒りにも似た日々を送っていた時、試験だと言われ光る小石を渡された。
その石は、彼を新しい世界へと導いた。
巨大化。
それが小石の力だった。
その石は背の高さも調節が可能で、使えば本来の背の高さから、20センチは高くする事も出来た。
新しい視界。
新しい自分。
リーチが短いなど微塵も感じない身体。
今まで経験した事が無いだらけだった。
しかしそれは、違う陰口となるだけだった。
小石に選ばれたから強くなった。
背が高くなったから強くなった。
結局のところ、こいつ等は変わらないと悟った。
そしてある時、妖精族の都市を制圧するという作戦に参加する事になった。
妖精族はとても小さいと聞かされた。
それは、自分よりも小さい存在。
彼等なら自分が戦っても、背が低いからなどという言葉は出てこないはず。
楽しみにしていたが、そこはやはり軍事行動。
自分の役目は小石を使い、巨大化して都市を攻める事だった。
気持ちが乗らないが、それは仕方ない。
契約もあり、文句は言えなかった。
巨大化した自分は、奇妙な森の破壊を命じられた。
そして都市へと目指せと。
剣を足元で振りながら、木々を薙ぎ倒す。
大した事してないなと思いながら歩いていると、目の前に同じく巨大な妖精が現れた。
サイズはほぼ同格。
自分と同じような背の高さのはずの妖精が、何故か同じく巨大化して現れる。
それは自分にとって、とても幸運な事だった。
初めて、ある意味初めてちゃんとした戦いが出来る。
そう思った。
相手は素手、自分は剣。
少し申し訳ない気持ちもあったが、そこは真剣勝負。
容赦など出来るはずがない。
しかし地面から、二つの武器が現れた。
彼はそれを両手に持ち、自分へと攻撃を仕掛けてくる。
これだ!
このような勝負がしたかった!
ブチ切れてて相手が面倒な妖精だったが、強さは本物。
まさに自分の思い描いた戦いだった。
短剣によく分からない刺突武器。
今まで相手にした事が無い二刀流に、徐々に押された。
そして決定打が、その武器を捨てた事だった。
驚きを隠せず、身体が泳いでしまった瞬間。
自分の身体が宙に浮いたのが分かった。
刺突武器で肩を抉られ、最早剣を持つ事も出来ない。
しかしその痛みよりも、満足感が身体を満たしている気がした。
「お前、その姿が本来の姿か?」
「あ?ちげーよ」
阿吽は執金剛神を解き、元の姿へと戻る。
その様子に驚いた顔をしている人に、二人は満足していた。
「驚いたか!?」
「あぁ、驚いた。そしてお前は強かった。そんなに小さいのにな」
「小さいのはお互い様だろう!それを言ったら、お前は俺達二人がかりで戦ってたんだぞ!?お前も強いだろうが!」
「俺が・・・強い?フフ、アハハハ!そうか!俺は強かったか?もうそれが聞けただけで満足だ」
いきなり笑い始めた相手に、少し警戒する二人。
しかし剣には目もくれず、彼は違う物を差し出してきた。
「それが巨大化する石だ。俺にはもう必要無い」
「何故そんな物を渡す?」
「俺は小さいから、大きくなれば強くなれると思っていた。だが実際には妬み嫉みだけで、本当の強さなど見てくれない事が分かった。しかしお前達は、小さい事を感じさせない強さを持っている。それだけで満足したよ。お前達が、最初で最期の本当の相手だ」
「ふざけるな!小さいから弱い!?大きいから強い!?馬鹿にするなよ!俺達が強いのは、俺達だからだ!お前はそんな事を気にしてるから負けたんだ!」
「手厳しいな。だが、今回は言い訳も出来ない。お前達にこれを託す。使えるか分からんが、持って行ってくれ。・・・他の連中には渡したくないんだ」
阿形は彼の手から石を受け取り、後ろへと下がった。
「最期の望みだ。痛みなく頼む」
「本来なら聞く必要も無い頼みだが、今は気分が良い。心の臓をひと突きで終わらせる」
「一度、言ってみたかったんだ」
そう言うとヨロヨロと立ち上がり、拳を天に突き上げる。
「我が生涯にいっぺんの悔いなし!」
スティレットの心臓への一撃で、彼の人生は終わった。
本当に悔いを残していないのか、それは誰にも分からない。
それでも少し笑っているのだから、満足したのだろうと思う。
「ハァ〜、スッキリした!兄ちゃん、腹減ったよ」
「そうだな。もう魔力もほとんど無いし、歩いて帰るか」
「えー、飛んで帰ろうよ」
「敵に見つかるかもしれないだろ?だから歩きだ」
「チェ〜。でもさ、あのらぁめんっていうの。また作ってくれないかな!?」
「アレは美味かったなぁ。それとなく、魔王様に頼むか?」
「賛成だよ!」
双子の妖精は、喋りながら歩き続け、若狭へと帰っていった。
「アレ?お前等、歩いて帰るのか?」
王国兵を倒してから、負傷者やトライクの走行確認をしていると、二人の妖精が歩いてきた。
どうやら巨人を倒したが、疲労しているようだ。
「何故、魔王様の部隊がこのような場所に?」
俺達は重装騎兵の襲来を伝え、事の顛末を話した。
感情があまり豊かではない二人だったが、もう少しで若狭まで侵入されていたと分かると、流石に俺達でも分かるくらい表情が変わった。
「私共が居ながら、そのような始末をさせてしまい、まことに申し訳ありません」
「いやいや!お前達はあの巨人を倒しただろう!?あんなの俺たちじゃ無理だ。凄い働きだと思うぞ?」
何故あんな大物を倒しておきながら、逆に謝ってくるのか。
自分の功績の大きさに気付いてないのか?
「疲れてるんだろ?乗って行けよ」
二人の脇を抱え、後ろへと座らせる。
負傷者の確認も終わり、戦死者も重傷者も居ないと分かった。
「若狭へ戻るぞ!ヒャッハー!」
月桂樹に荊棘が巻きつく門で待っていると、ゴリアテを先頭に皆が戻ってきた。
少しボロボロになったトライクだが、それは勲章というモノだろう。
帰ってきた連中を見ていると、栄光を得るには痛みを伴うってヤツが、こういう事を言っているんだろうとよく分かる。
「重装騎兵の大半は壊滅させました。少数に逃走されましたが、戦死者や重傷者は居ません」
「よくやった!流石は選抜試験で選ばれた者達だな」
戻ってきた連中を労っていると、後ろからブツブツと言った声が聞こえる。
「ワタクシだって、言われれば出れたのに。一番の戦功を挙げる事だって出来たのに」
そう言いながら、太田が恨めしそうに部隊を見ていた。
お前は暴走しそうだから、目の届かない所では戦わせる気は無い!
先に説明してあるはずなのに、納得出来ていないようだった。
アレ?
よく見たら、阿形と吽形も乗ってるし。
一緒に帰ってきたのか。
「お疲れさん。魔力切れか?」
「はい。少々ハリキリ過ぎたみたいです」
「強敵だったもので、手加減は出来ませんでした」
疲れてはいるものの、それは態度には出さない。
その丁寧な言動は、出て行く前とまるで違っていた。
その様子に、周りも大きく困惑している。
「でもスッキリしたんだろ?」
「そうですね。えぇまあ、はい」
「ラーメン食べるか?」
「あるのであれば、いただきたいと思います」
「頼まれなくても、作るぞ?」
「え?」
俺はニヤニヤしながら、二人にラーメンを渡す。
「あっ!」
吽形が丹羽さんの顔を見て、何かを問いかけるような視線を送る。
その視線に根負けしたのか、苦笑いしながら丹羽さんはこう言った。
「彼処で素を出すお前達が悪い!」
全部聞いちゃった事をバラすような言葉に、二人は顔を赤くしてラーメンを食べていた。
「兄ちゃん。おかわりしないと割に合わないよ」
「三杯は食べような」