若狭の行方
右顧左眄の森と外の森の境付近。
そこでは、怪獣達も真っ青な戦闘が行われていた。
帝国側が準備していた秘密兵器である謎の巨人に対して、魔族側は妖精ツインズの二人がこれまた謎の合体?
巨大化した妖精が、帝国の巨人と対峙していた。
「テメー、ブチ殺される準備は出来てるんだろうなぁ?」
「何だ?このガラの悪いイケメンは。素手で俺と勝負しようとでもいうのか?」
喋るのかよ!
城まで聞こえるその声に、俺は驚きを隠せなかった。
そしてその巨人の一言で気付いた。
アイツ、素手じゃねーか!
「丹羽さん、アイツ何も持ってないけど。大丈夫なのかな?」
「うーん、どうなんだろう。相手の腕前が相当高ければ、マズイ気もする。あの姿で隠形法は、流石に使えないからな」
あの巨人の腕次第って事か。
俺達が手助けに行くのも、何か反感買いそうなんだよなぁ。
あのブチギレ具合、多分こっちにも向きそうで怖いし。
やっぱり様子見って事で。
「剣に鎧着た巨人かよ!いいねぇ、巨人族で剣を使う奴なんて、初めてだ!俺を楽しませて、そして死ねぇぇぇ!!」
「コイツ、戦闘狂かよ。さっさとくたばれや!」
お互いに会話などする気も無いんだろうな。
こっちは巨人に向かって死ね。
あっちは妖精に向かって死ね。
語彙力低いなぁ。
(兄さんには言われたくないだろうけどね)
だってそれしか言ってないぞ!?
俺だってもう少しは別の事言うって。
あ、戦闘始まった。
「お前を処理して、さっさと城落としたいんだよ!」
左肩を狙った袈裟斬りを避け、お返しとばかりに右のミドルキックをお見舞いする。
しかし、帝国兵をそのまま大きくしたような巨人には、一切効かなかった。
理由は一目瞭然。
鎧である。
流石にミスリル製とはいかなかったようだが、鉄より硬い鋼鉄製と思われる。
「かってぇな!」
「だから、素手で相手など出来るはずもないと言った!お前は馬鹿なのか!?」
「・・・馬鹿?」
「素手で金属製の鎧に殴りかかるなど、馬鹿のする事だろう?」
悪いが俺もそう思う。
殴りに行くのは馬鹿だろう。
だってコイツ、投げの方が強かったし。
つーかコイツの事、何て呼べばいいんだ?
「あの巨大化した奴、何て呼ぶの?阿形吽形?」
「あの姿の時は阿吽でいい。本来は別の呼び名があるが、長いから阿吽で通している」
なるほど。
とても分かりやすい。
阿吽は冷静さを取り戻したのか。
ジリジリと間合いを取り、相手へと掴みかかろうとしていた。
俺との戦いで見せたあのキレなら、相手が大した事ない帝国兵なら投げられるだろう。
そう。
大した事がなければ。
大した剣の腕だった。
あの阿吽が間合いを詰められない。
俺の時は、スッと入ってきて投げられたのに。
俺がこの巨人より、弱いみたいじゃないか!
(この人、確実に武道に精通してるよね。なんか構えが、剣道に似てるもん)
言われてみると確かに!
俺達の高校は、柔道と剣道の選択式だった。
体育とは別にどちらかを選ぶのだが、俺は柔道を選択。
そして弟は剣道を選択していた。
そのせいもあって、あまり見る機会は無かったから俺は言われるまで分からなかった。
(もしかして、日本人?)
いやいや!
こんなデカイ日本人居ないから!
昔来た人が、巨人族に剣術でも教えたんだろ。
信長以降に来た人も、江戸時代とかの人も居たはず。
何処かで侍とか武士が来てても、おかしくないんじゃないか?
(うーん、そうかなぁ?昔授業で、剣道と剣術は別物だって聞いたんだけどなぁ)
でもそれだけで判断するのは、ちょっと早くないか?
「チッ!厄介な剣術だ。しかも鎧に掴む所が無いから、組む事さえ困難だとは」
「これがあの噂に聞くアングリーフェアリーなのか。俺が大きくなれば、相手にもならんとはな。やはり俺の剣は、背丈が問題なだけで通用する!」
アングリーフェアリーって、佐藤さんが言ってた一人だよな?
(帝国が警戒してる要注意人物だっけ。阿吽の二人が、それだったとはね。初対面が全然起こってなかったから、気付かなかった)
今なら言える。
かなりキレてる。
「あんぐりぃだぁ?そんなもん知らねぇよ!人の事ごちゃごちゃ抜かしてると、その頭ねじ切るぞゴルァ!!」
うわぁ。
漫画で見るヤンキーみたいな言い方。
実際に言う人初めて見た。
(それどころじゃないよ!あの人、本当に強いみたいだ。徐々に下がってきている。その証拠に、阿吽の背中がさっきより大きく見えるようになってきた!)
本当だ!
それもそのはず。
手甲すらしていない状態では、剣を受ける術が無い。
受け流すにしても、相手の腕前がそれをさせてくれるとは思えない。
そうなると、距離を取る為に下がるのは必然の行動だった。
「むう。まさかあやつ等が苦戦するとは。私が出る時が来たか?」
丹羽さん、戦えるの?
この人、頭脳戦の方が得意なイメージなんだけど。
どっちかというと、長可さんタイプな気がする。
「クソが!せめて武器があれば、テメーなんざ相手じゃねーのに」
武器があれば、か。
(兄さん!)
分かってる!
「ツムジ!悪いがこっち来てくれ!」
目の前の空間が歪み、中から小さなグリフォンが出てきた。
「アタシが呼ばれてジャジャジャジャあぁぁぁ!!!」
目の前に大きな巨人が二人戦っているのを見て、言おうとしてたセリフが途中から叫び声になっていた。
ちょっと面白い。
「面白いじゃない!なんて時に呼んでるのよ!」
「グ、グリフォン!?」
丹羽さんはツムジを見て驚いているが、今はそれどころじゃない。
「ツムジ、あの武器を持ってない方の巨人に近付いてくれ」
「ハァ!?あんたバカァ!?巻き込まれに行くようなものじゃない!」
「武器が無くて苦戦してるんだ!足元で武器を作るから、早く行け!」
幻獣に馬鹿にされるとは。
俺、そこまで馬鹿な事言ってるつもりは無いんだがな。
(まああんな戦ってる巨人の足元に行けとか、自殺行為の他に言いようがないからね。馬鹿な事言ってると思うよ)
そ、そうか。
言い方が悪かったのかもしれない。
「とりあえず近くに行ってくれ。近くまで行ったら、俺が走って足元まで走るから」
「ムムム!?そんなにアタシが信用出来ないわけ?良いわよ!行ってやるわ!代わりに、アタシの本気の飛行にビビるんじゃないわよ?」
「言ってくれるじゃないか。流石はツムジだ。頼んだぞ!」
俺は城の上階の窓からそのまま飛び立ち、阿吽の足元へと急いだ。
「おわあー!ジェットコースターよりすげーぜ!」
(これは確かに迫力がある。3Dアトラクションで見るみたいな動きを、そのまま体験してる感じだね)
後ろから近付くとはいえ、急に動く巨体。
見えない場所から剣が振り下ろされたりして、とてもスリリングだ。
アクロバティックな動きをして避けてはいるが、一撃でも食らえば僕等の命の保障は無い。
乗り物酔いしやすい人なら、ものの数秒で吐くであろう動きだ。
「この辺でいい?」
「あぁ、助かった。流石はツムジだ!申し訳ないが、また安土で待っててくれ。若狭で何か美味い物、貰って帰るからな」
「絶対にだよ!負けないでね!?」
そう言うと、また異空間の中へと消えて行った。
さて、お前の出番だ!
足元まで来たのはいいが、武器って何を作ればいいんだ?
昨日の様子だと、好みの武器のタイプが違うみたいだし。
分からないから、直接聞いてみるか。
「おーい!おーい!!阿吽聞こえるか〜!?」
「あぁ!?何で足元に来てんだよ。踏み殺すぞボケがぁ!!」
僕、ボケ呼ばわりで踏み殺すとか言われるの?
魔王扱いしろとは言わないが、せっかく来たのにそれはあんまりでしょうよ。
「お前ふざけんなよ!苦戦してるから武器作りに来てやったのに、帰るぞこのクソが!!」
【おおぅ!口調が引っ張られてるな。お前のそんな言い方、久しぶりに聞いたぞ】
うるさい!
あの野郎、負けたらこっちが迷惑なんだ。
とっとと勝ちやがれってんだ!
「お前の為の武器を作るなら、何がいいか聞きに来たんだ!早く言え!」
「そんなの決まってんだろ!」
「ダガーだ!」
「スティレットだ!」
あ?
コイツ、どうやって言ったんだ?
ステレオに声が被って聞こえたんだが。
「ふざけんな!ダガーの方がいいだろうが!」
「テメーこそ頭わりーのか!?スティレットでブッ刺せば楽だろうが!」
なんだなんだ!?
声がおかしな感じで聞こえるぞ?
どうやって喋ってんだ?
「幻聴か!?巨大化の反動?アイツから変な声が聞こえる!」
何故か幸いな事に、この状況を怪しいと思ったのか。
帝国の巨人は距離を取り、わざわざ若狭から遠ざかった。
つーか、本当にどっち作ればいいんだ?
「おい!どっち作るんだよ!?早く決めろ!」
「うっせーぞ、クソガキが!だったら両方作りやがれ!」
「そうだ!両方持てば二倍ブッ殺せるだろ!お前良い事言うな」
良い事なのか?
というより、両方持てるのか?
「本当に両方使うのか?」
「くどい!さっさと作れ!」
やっぱり扱いが酷い気がする。
ちくしょー!
こうなったら同時で作って、見返してやる!
オラアァァァ!!
「な、なんだ!?地面から武器が出てきただと!?」
右手でダガー。
左手でスティレット。
それを同時に作っている。
しかも長さは約三メートル。
僕等の身体の倍以上の大きさだ。
「どうだこの野郎!これで文句無いだろ!!」
「やれば出来るじゃねーか!流石は魔王様だ。俺達が守るに値する野郎なだけはある!」
うん?
褒められたのか?
う、嬉しくなんかないぞ?
この野郎!
【たまに褒めるとは。アイツもイケメンだし、モテそうなタイプだよなぁ】
それは否定しない。
だけど今はそれよりも!
「ハッハー!魔王謹製の武器だ。これからお前をブチ殺すから覚悟しておけ!」
どうやらアレで正解だったようだ。
左手にダガーを、右手にスティレットを持ち、巨人へと対峙した。
二刀流という事らしい。
よし!
僕等のやる事は終わった。
兄さん、身体強化最大で城までゴー!
「お疲れさまでした。わざわざ危険を冒してまで手を貸していただき、ありがとうございます」
深々と礼をされてしまった。
この急な態度の変わりようは何なんだ?
(さあ?若狭の危機を救う手助けをしたからかな?阿吽に武器を作らなければ、ジリ貧で負けてた可能性もあるし)
それか。
でも、それだけで此処まで急変するかなぁ。
とりあえずは置いておこう。
阿吽の戦いを見て、駄目そうなら俺が救援に行く。
「報告です!現在、門まで数キロの距離に王国兵が出現!重装騎兵その数500と思われます!」
「なんだとぉぉぉ!?監視は何をしておったのだ!」
丹羽さんが初めて怒気を強めた。
数キロまでの至近距離になるまで、一切気付かなかったのは失態だ。
しかし、何故気付かなかったんだろう。
「おのれ、王国め!隠者の魔道具を温存していたという事か!」
「あ、そういう事ね。ところで、重装騎兵って何?」
「重装騎兵とは、馬に武具を装備させた重装備の騎士が、その突進力で敵を撃破する部隊です」
横に居た側近さんが教えてくれた。
丹羽さんはそれどころではないらしい。
「なるほど。その突進力で門を突き破って、そのまま若狭へと侵入するって魂胆かな?」
「おそらくはそうなるかと」
「ええい!守備隊は何をしておる!」
「守備隊はその突撃に耐えられず、ほとんどが負傷もしくは戦死。前線へと防衛隊を派遣している為、現在この重装騎兵隊を止められる者はおりません!」
報告に現れた兵も傷だらけだ。
命掛けで戻ってきたというところか。
「私が出る!お前達、城下の者達を逃す準備を進めておけ」
「その必要は無いだろ」
ようやくと俺達の出番だろう。
この為にトライクも戦闘仕様に変えてある。
キャリアカーの一部も幌部分を取り払い、槍や剣、弓の取り回しが出来るように改造済みだ。
「お前等、やっと出番だ!重装騎兵がナンボのもんじゃい!!トライクの破壊力、見せつける時が来たぞ!」
「行くぞお前達!俺達の忠誠を、魔王様に示す時が来たのだ!」
「俺はトライクの運転は出来んが、指示は出せる。お前達の武勲は、俺に任せておけ!」
「行くぞ!我等が髪の為に!」
一人は忠誠の為に。
一人は武勲の為に。
一人は髪の為に。
最後だけおかしいだろ!
神じゃないよな?
髪って言ったよな?
「流石は魔王様。部下から神と崇められるているとは」
丹羽さんには神と聞こえたらしい。
間違っているから!
ヘアーの方だから!
「よーし!王国の重装騎兵隊に、トライクの恐ろしさを見せつけてこい!」
「ヒャッハー!野郎ども行くぞ!」
水でも奪いに行くかのような雄叫びだな。