我慢比べ
虫は苦手ですか?
そのままの意味です。
僕はゴキブリや蛾なんかは当たり前だが、今はセミとか蝶もそんなに好きではない。
正確に言えば、昔は好きだった。
子供の頃ってセミとかバッタとか、普通に捕まえられたと思うんだよね。
それが大人になったら、触る事に忌避感を感じるようになった。
いつからというのは覚えてないけど、大学時代にはセミに触りたいなんて気持ちは無かったな。
子供の頃なんかは兄と一緒に、自然公園でザリガニなんかを駄菓子のイカを糸で巻いて、釣りとかしていた。
結局釣れなくて、池の中とか入っては泥だらけで手掴みで捕まえてたなぁ。
今じゃアリすら触ろうと思わないのに。
大人になると、子供の頃に出来た事が出来なくなる。
経験によるものもあるだろうし、失敗を恐れる気持ちもあるんだろう。
でも、虫を触るっていうのはそういうのとは違うと思う。
どうして触れなくなったんだろう?
別に嫌いとかじゃないんだけど、嫌なんだよね。
よく見ると、見た目が気持ち悪いから駄目なのかな?
そういう経験、皆も無いですか?
トキドの性格が出ていた。
最初は少し言葉を濁していたが、上手い言い回しが思いつかなかったんだろう。
結局ストレートに、気持ち悪いと言ってしまった。
それを聞いた黄色いモールマンは、身体が震えている。
「もしかして、怒った?」
「怒ってないですよ。所詮は下等な地上人。美的感覚が劣っているのは、分かっていましたから」
「あ、そう。あ、でも青いのはなんかクールなアサシンって感じで、カッコ良かった」
「お前ふざけんな!青より私が劣って見えるとか、目が腐ってんじゃねぇか!?」
「えぇ・・・」
見下していた相手に、青いモールマンの方が良いと言われた黄色いモールマンは、急に態度を変えた。
怒っていないと言っていたのに怒られたので、トキドはドン引きである。
激怒した黄色いモールマンの口は、蛇口を全開に回して手放しにしたホースのように、暴れ回っている。
「うん、やっぱ気持ち悪いわ」
「お前ぇぇぇ!!絶対に普通には殺してやらんからな!」
「怒ってないって言ったのに・・・」
無意識に煽るトキド。
もはや許してくれそうにない。
だがトキドは、この黄色いモールマンが一番弱いと感じていた。
赤いモールマンのような回復力も無ければ、青いモールマンのような姿や気配を感じないといった恐怖も無い。
一番倒しやすいのではと侮っていたのだ。
「お前達は許さない。身体が硬直し、恐怖を感じながら地面に叩きつけられるが良い」
黄色いモールマンは四枚の翼を動かすと、今までとは違い、目に見える程大量の鱗粉を撒き散らす。
それを見たトキドは、ワイバーンに指示を出した。
「国江、翼を動かして鱗粉を撒き散らせ」
トキドの命令に応じたワイバーン。
少し下がりながら、風を起こして鱗粉を反対へと追いやった。
だがしばらくすると、ワイバーンの様子がおかしい事にトキドは気付く。
「どうした、国江?」
ワイバーンは段々と弱々しくなり、徐々に降下を始めている。
顔は青く、血色は悪い。
「お前、何をした!?」
「フフフ、ハハハハ!馬鹿め、全ての鱗粉を飛ばすなど不可能!どうしても吸い込むに決まっているだろう。本来の力を出せば、麻痺程度ではなく呼吸困難さえ起こすのだ」
「国江!お前は安全な所へ移動しろ。魔王様なら治してくれるだろう」
ワイバーンは振り返りトキドを見ると、指示通りに城の方へと戻っていく。
それを見逃さない黄色いモールマンは、口から大量の酸をワイバーンに向かって吐き出した。
「やらせるかよ!」
炎を纏った太刀が、酸を全て蒸発させる。
すると黄色いモールマンは舌打ちをした後、煽るようにトキドに言った。
「逃げるのですか?所詮は地上で飛び回る猿。空まで来るべきじゃありませんでしたね」
「あ?」
トキドは振り返り、そしてワイバーンから飛び降りる。
それを見たモールマンは、笑いを噴き出した。
「アハハハ!自殺ですか。馬鹿ですねぇ」
「馬鹿はお前だ!燃え上がれ紅虎!」
トキドは紅虎の力を解放すると、身体全体に炎を纏った。
足裏から炎を出すと、再び黄色いモールマンの居る空域まで上がってくる。
「馬鹿な!?どうやって飛んでいる!」
「オレも詳しくは知らんが、魔王様とタケシに教わったんだ。全身を機械で纏ったコメリカのヒーローが、手のひらを使って飛ぶから、足裏でも出来るだろってな」
「機械?コメリカ?」
「あー、その辺は俺も知らん。とにかく、あの二人が教えてくれた」
説明するのが面倒になったトキドは、モールマンの言葉を受け流す。
トキドは空を飛ぶ事は以前から出来たが、エネルギーの消耗率が半端なく大きかった。
そんな時、地底で仲良くなったタケシと魔王の会話から、映画という娯楽に出てくるヒーローの話を聞いた。
彼等が話す内容はトキドの好みにヒットし、時間があると二人から様々な映画の内容を聞いていた。
そんな二人からアドバイスされたのが、エネルギーの省エネ化だった。
全身を炎で纏ってそのエネルギーを移動に使うよりも、一部だけに集中させて使うべきだ。
それはタケシの好きなヒーローの飛び方から取ったやり方で、タケシはそれを試すのに快諾。
何度か失敗したが、イメージが湧いていたからかすぐに出来るようになったのだった。
「俺もキャプテンと呼ばれたかったんだけどな。魔王様が既に使っているし。だから俺は赤いスーツに身を纏った、もう一人のヒーローになる事を選んだのだ!」
タケシの好きなヒーローは、たまたまトキドと同じ赤い色をしていたらしい。
だからかタケシは、トキドがケモノを宿す度にカッコ良いと興奮していたのだった。
「ワケの分からない事を!どうせお前も動けなくなる」
大量の鱗粉を撒き散らすモールマン。
トキドはそれを見ても、一切動かない。
「どうだ、もうすぐ呼吸が辛くなってくる頃だろう」
「・・・」
頑張って呼吸を止めるトキド。
鱗粉を撒き続けるモールマンと、口を開かないトキド。
見る人が見れば何をしているのか分からない戦いだ。
口から入れなくても皮膚から入り込むという可能性もあるので、トキドが呼吸を止めたところで無駄なのだが、二人ともそれに気付いていない。
「・・・そろそろ息苦しいだろう?楽になってしまった方が良いのでは?」
「・・・んぐぐ!ブハァ!しまった!」
我慢を続け顔は真っ赤になり、とうとう口を開けたトキド。
それを見たモールマンは、勝ち誇った言葉を口にする。
「ハハハハ!馬鹿な男だ」
「グワ〜!マズイ〜!息が〜息が〜!」
「さらばだ、失礼な男よ。そのぐちゃぐちゃになった死体は、私が食べてやろう」
「ぬあ〜ぐわ〜むほほ〜!」
苦しむトキドだが、一向に落ちる様子は無い。
それを見たモールマンも、少し苛立ちを感じ始めた。
「・・・早く落ちなさいよ!」
「ぐわ〜!え?そういえば、全く落ちてないな。というか、全然苦しくなかった」
「え?」
「理由は分からんが、普通に呼吸出来るわ」
トキドはおもいきって深呼吸をするが、肺に鱗粉が入り込んだ感覚は無い。
トキドは気付いていなかった。
自分の身体から発せられている炎の熱が、鱗粉を押し返している事に。
勿論それは、モールマンも同じであった。
「クソッ!本当に苦しそうじゃないな。だが、まだ酸がある!」
口から勢いよく、トキドに向かって酸が吐き出される。
動かなかったトキドは、モールマンの接近を許していた。
避けられないと判断したトキドは、両腕で顔を隠す。
目と鼻、口さえ無事なら戦えると思っての事だった。
しかし、それは杞憂に終わる。
「あら?」
「な、何いぃぃぃ!!」
口から吐き出された液体は、トキドへ届く前に炎の熱で蒸発してしまった。
目を閉じて防いでいたトキドだったが、何も来ないので恐る恐る目を開ける。
「な、なんでぇ。何もしてこないなら、ビビらせんなよ」
トキドが目を閉じている間、モールマンは何度も酸を吐き出していた。
それに全く気付いてない彼は、無意識にモールマンを煽ったような言葉を口にしていた。
「き、貴様ぁ!」
激昂するモールマンは、トキドへ向かってくる。
そのスピードは、赤いモールマンとは比にならないくらい遅い。
それを見ていたトキドは、どうしようかと迷った。
迷っている間に、トキドは黄色いモールマンに掴まれてしまう。
「熱っ!だが捕まえたぞぉ!」
「しまった!」
四本の腕がガッチリと身体を掴み、脚も太ももへ絡み付かせる。
トキドは完全に押さえ込まれ、身動きが取れなくなった。
「クハハハ!これだけ近ければ酸も掛け放題!鱗粉は・・・」
「鱗粉は?」
「とにかく!このまま握り潰してやる!」
余裕のある言葉を返すトキドに、モールマンは話をすり替える。
その態度が気に入らないモールマンは、四本の腕に力を入れ始めた。
「ぬおっ!?」
「いつまで堪えられるかな?」
「フ、フフフ!ワハハハ!」
「何がおかしい!」
気が狂ったのか、押さえられているはずのトキドが笑い始める。
モールマンはトキドの顔を見ると、彼の目に力が入ったのを見逃さなかった。
「ならば、我慢比べと行こうじゃあないか!燃えろ!紅虎ぁ!」
「なっ!?全力じゃなかったのか!?」
「すまんな。俺はスロースターターってヤツでね。これからもっと熱くなるぞ」
「熱っ!」
炎の勢いが増し、モールマンにも余裕が無くなっていく。
「くっ!俺の身体が砕かれるのが先か、お前の身体が燃え尽きるのが先か。どっちが先に根を上げるかな?」
モールマンが力を入れると、トキドも熱量が上げる。
トキドの鎧の一部は既に砕かれ、モールマンもホースのような口は萎びていた。
「ちょ、調子に乗るなよ!」
「燃えろ!燃えろ!俺、燃えろおぉぉぉ!!」
「ぬあぁぁぁ!!」
バキッという音が聞こえ、モールマンはトキドの顔を覗き込む。
痛みに苦しむトキドを見て、気持ちに余裕を持とうという考えだった。
しかし砕けたのは、鎧の胴体部分だけで、トキドの骨が折れたわけではなかった。
「仕方ない。俺も気合いを入れるしかないな」
「ま、まだ余裕があるのか!?」
「トキド、バアァァァニイィィィング!!」
大きな火柱が地上へ向かって立つと、トキドを拘束していた腕が緩んだ。
腕に力を入れると、炭となった黄色いモールマンが落ちていく。
「ブハァ!太田殿に教わった言葉だけど、ホントに気合い入るなぁ。こんなに一気に炎が強くなったのは、久しぶりだった」
落ちていく黒い塊を見ながら、トキドは独り言を呟く。
身体を動かしてみると、肩が上がらない事に気付く。
「イテテテ!あ〜、意外とガタが来てるっぽいな。あっ!脇腹にアザが出来てるじゃねーか!しかしアイツ、バカだよなぁ。飛んで火に入る夏の虫って言葉、知らんのか?」
トキドは呆れたような声で言うと、下の二人も残っているのを確認する。
そのまま降下してタツザマと合流すると、その下からベティも上がってきた。
「おう、お疲れ!」
「アンタ、ボロボロじゃないの!」
「ナハハハ!我慢比べしちゃった」
我慢比べって何だ?
そう思った二人だったが、タツザマとベティはそれよりも言いたい事があった。
「アンタねぇ、あんな火柱出すなら、下の事を気にしなさいよ!危うくアタシ達も燃やされるところだったわ!」




