こういう人ほど怖い
外の森の守備に当たっていた兵達が、若狭へと戻ってきた。
森の大半は燃え、妖精兵も戦死もしくは捕虜として捕まった者も出ている。
かなり疲弊はしているが、彼等は何処か誇らしく見えた。
それは最終防衛線である、右顧左眄の森への侵入を防いだからだろう。
右顧左眄の森が燃え落ちれば、若狭は丸裸に近い。
それを考えれば、彼等が成した事はとても大きいのだ。
そしてそれは、僕等も見習うべき点でもあった。
僕等は今、オーガの町を安土という都へと拡大している。
拡大するだけなら簡単だろう。
しかし、その後の防衛は今までと違う。
町という規模から、都という未知の規模に変わる。
誰も都仕えなどした事は無い。
半ば手探りでやるしかないのだ。
そんな中で今回の騒動。
彼等の働きは、僕等にとってとても参考になる事だった。
だからこそ、僕は彼等に敬意を表したいと思った。
僕自身が労っても、彼等からしたら誰だ?このチビで終わる。
でも、そこに疲れた身体に染み渡る料理ならどうだろう?
そこで出番なのが、ラーメン屋台なのだった。
「ハクト、準備出来てる?」
「任せて!今回は一人じゃないからね。沢山用意してあるよ」
そう。
彼は今、ハーレムに居るのだ。
間違えた。
料理部門のトップに居るのだ。
どちらも変わらん気しかしないのだけど。
遠征試験の料理担当者だが、実は女性しか居なかった。
僕は料理が下手だから、全て任せたのが失敗だったのかもしれない。
僕の中では当初、大勢の人数分を作るには力が必要。
だから料理担当も、男性が大半になるだろうと思っていた。
しかし、それは間違いだった。
だってこの世界、魔法で身体強化出来るんだもの。
そうすると、料理が上手な女性が選ばれるのは必然だった。
だが、まだ懸念は残っていた。
ハクトはまだ若い。
若い年下の上司の指示など、年上の女性が聞くのだろうか?
その考えをハクトにぶつけたところ、むしろ皆よく聞いてくれると答えられてしまった。
それは何故だ!?
【イケメンだからさ】
ちくしょおぉぉぉ!!!
これが現実かよぉぉぉ!!!
年下の可愛い系イケメンに料理を教わる。
彼女達にとっては、苦どころか甘美な時間になるのだろう。
けぇぇぇ!!
イケメンは良いよなぁ!!!
というわけで、彼は苦労もせずに部下からの信頼を得ている。
全くもって、うらやまけしからん!
今度から試験の時に、料理担当は男性のみって記載しようかな・・・。
いかん。
かなり愚痴ってしまった。
早く丹羽さんに食べてもらわないと。
「何ですか?この料理は」
「これはラーメンと言います。おそらくは食べた事の無い料理だと思いますよ?」
そこまで言うと、太田が僕の前へと出てきた。
どうやら説明の続きをするらしい。
僕等は今回、若狭の入り口で待機していただけだった。
何もしていないから、仕事が少しでも欲しいのかもしれない。
「これはラーメンという、神の国の食べ物です!その麺はうどんや蕎麦とは違い、その食感も楽しめます。そしてスープ!ひと口飲めばその味に感動し、ふた口飲めば止まらずに、気付けば器の中が空になる事間違い無し!一言で言えば、凄く美味しいです」
とても大袈裟な説明をありがとう。
怪しい行商人みたいでした。
「そこまでの料理とな?ではひと口」
箸を受け取り、麺を食す。
その後に器に直接口を付け、そのままスープを飲み込んだ。
カッ!と開いたその目は、戦闘時よりも鋭かった。
「うーまーいーぞー!何だこれは!」
何処かで書いたようなセリフを吐き、一心不乱にラーメンを食べる。
その様子を見た兵達は、疲労も忘れ我先にとラーメンを受け取っていった。
その味に箸が止まる者、美味くて叫ぶ者、感激して涙する者等、三者三様な反応を見せた。
「只今戻りました」
そして火炎放射隊を蹴散らした、阿形吽形の二人が遅れて戻ってきた。
その姿は僕等と相撲を取った時よりも大きく、ハッキリ言ってイケメンだった。
ハッキリ言って、イケメンだった!
またイケメン枠が増えたわ!
なんだーこれ!
双子のイケメンとか、何?
僕の事を崖の下に突き落としたいわけ?
邪魔よ!って女性から突き飛ばされる事多数の僕達を、崖の下に突き落としたいわけ?
二時間ドラマの帝王に犯人探してもらうぞ、このヤロー。
ハッ!?
また愚痴が長々と出てしまったようだ。
【お前、イケメンに対して物凄く厳しくなってきたよな】
気付いたらイケメンだらけなんだよ?
魔王なのに影薄いとか、そんなの悲しいだろうが!
それに背が高くなって、羨ましいし。
それはさておき、この二人は疲れた様子は見えないが、一応ラーメンの差し入れをしよう。
そのクールな顔が、どう変わるか見せてもらおうか。
「二人ともお疲れさまでした。これ、僕達が作ったので食べてってください!」
ハクトが二人にラーメンを差し出す。
他の料理担当者は、その姿にキャーキャー言っていた。
イケメン三人も並べば、そりゃ騒ぎもするよね。
ハイハイ、分かってましたよ。
蘭丸を置いてきて、正解だったな。
「私達が頂いてもよろしいのですか?」
「食べておきなさい。私が初めて食べた料理だ。これほどの感動は久しく味わっていない」
「そ、それほどまでとは。ありがたく、いただきます」
二人ともラーメンを口にする。
フッフッフ。
そのクールな仮面、剥ぎ取ってくれるわ!
「美味しい!これ凄く美味しいね兄ちゃん!」
「ホントだ!すごーくおいしーい!」
え?
そういう感じ?
【なんかめちゃくちゃ子供っぽいな。小学生くらいの反応じゃないか?】
そんな感じだね。
これは、もしかしなくても・・・。
女の子のキャーキャー言う声が増えた。
これぞまさしく、イケメンなのにギャップ萌えというヤツか。
「ゴホンッ!とても美味しいですね。私、感動しました」
「そうですね。これほどの料理を口に出来て光栄です」
途中で気付いたのか、また丁寧な口調に戻ってしまった。
今更遅いよ!
その姿に可愛い!言われてるからね!
僕達だって、双子なんだけどなぁ。
何でこうも差があるのか。
【言うなよ。それを認めたら、俺達はもう・・・】
分かっているとも。
いつか必ず、僕達にもキャーキャー言われる日がやってくるはず!
それが今ではないだけだ。
きっとそうに違いない。
そしてラーメンを振る舞った夜は更け、翌日の帝国の侵攻に備える為に休みを取った。
「天気が良いなぁ。絶好の防衛日和だな」
【絶好の防衛日和ってなんだよ。そしたら向こうからは絶好の侵攻日和なんじゃないか?】
確かにそうとも言う。
そんな事はどうでもいいか。
流石に帝国も、夜の森に入るような愚かな選択はしなかったようだ。
夜襲などは無く、普段通りの朝を迎えた。
「魔王様。領主様がお待ちしております」
侍女っぽい人が案内に来てくれた。
朝食を済ませ、そのまま丹羽さんの待つ城へと向かった。
「魔王様。足を運んでいただき、ありがとうございます」
昨日よりも更に丁寧になった。
ラーメンが神の国の料理って、本気にしたのかもしれない。
冗談っぽく聞こえるけど、この世界で食事は大きなアドバンテージになると思った。
「早朝に確認したところ、外の森は六割が焼失。右顧左眄の森付近以外は、ほとんど焼け野原となっておりました。そして帝国軍は、その焼け野原跡に陣を移した模様です」
若狭の側近の人が、地図を広げて説明をする。
このままだと、右顧左眄の森も火炎放射器の餌食になるらしい。
そうなる前に、先手必勝という事で打って出ようという話になった。
「でも右顧左眄の森から出るには、僕等は大変なのでは?」
意識を強く保っていないと、僕等でも迷ってしまう。
彼処はそういう森なのだ。
「一部の商人などに与えている道具があります。迷わずの鈴です。誤った道を行けば鈴が鳴るので、迷う事はありません。人数分は準備してありますので、問題無いでしょう」
魔道具の一種かな?
やっぱりそういうのも準備してあるんだな。
「僕等は遊撃隊として動きます。おそらく、まだ何かしらの秘密兵器があると思うので」
「火炎放射器以外にも、あると思われますか?」
「本来ならすぐ近くの王国が、帝国に同調して侵攻に参加していないのが怪しいんですよね。それは火炎放射器より、もっと確実な方法があるからじゃないかと思ってるんですが」
「なるほど。分かりました。元は若狭には存在しない戦力です。魔王様の遠征隊の指揮は、其方でお願いします」
なんと!?
僕が指揮とか取れるわけないじゃないか。
だから丸投げしたというのに。
こういう時に役立ちそうな人は・・・。
ギリギリ長可さんくらいか?
交渉担当だけど、無理かな。
こんな大勢、どうやって指揮すればいいのよ。
【代わるか?戦闘指揮なんかした事無いけど、部活でなら似たような事やってたぞ?】
うーん、部活と一緒にしちゃ駄目な気もするけど。
でも、もう頼れる人も居ないし、駄目元でやっちゃって!
「お前等!いいか?俺達の安土の未来は、此処を守り切った先にある。絶対に守り切るぞ!」
俺の声に皆が応える。
戦意は上々。
後は俺がやらかさなければ、問題は無いだろう。
「報告します!右顧左眄の森防衛隊から、謎の巨人が現れたとの連絡が来ました!」
「なんだと!?巨人族が攻めて来たのか?」
「それが、巨人はたった一人。その者は帝国に与しているとの事です」
巨人族が帝国に手を貸している?
ありえない話ではないけど、じゃあ今まで何処に居たんだ?って話になるな。
「丹羽さん。巨大化する魔法なんかあるの?」
「無い事もない。しかし、そんな魔法はほとんどの者が使えません。若狭には一人、いや二人だけですな」
「追加情報として、巨人は帝国の鎧を装着しているとの事。剣も装備していて、ハッキリと帝国の人間だと分かるようです」
剣と鎧も、巨人用の大きい物を用意したのか。
帝国凄いな。
「私達が行きましょう!」
阿形と吽形が揃って前に出る。
姿を大きく出来ると言っても、巨人サイズは無理だろ。
「お前達しか居らんな。阿形!吽形!制限を解除する」
制限を解除?
本来の姿を見せてくれるって事か?
「よろしいのですか?」
「良い!本気でやれ!」
二人ともその言葉に、口元が歪んだ。
そして俺達は、見てはいけないモノを見た気にさせられるのだった。
「フフフ・・・」
「フハハハ!!!」
「ブチ殺してやらぁ!!」
「いつもいつも同じ事ばかり言いやがって」
「小さい可愛い小さい可愛い。お前等の口はそれしか言えねーのか!!」
「どいつとこいつもクソばっかりだ!」
「若狭へ攻撃してくるクソも」
「俺達におべっかばかり使うクソも」
「どっちもクソだ!」
「まずは帝国は死ねぇぇぇぇ!!!」
・・・なんだアレは?
皆も何が起きたのか分からずに、ポカーンとしているじゃないか。
それくらいの衝撃だぞ!
(悪夢でも見てるかと思うくらい、信じられない変わり様だったね)
死ねと叫びながら、右顧左眄の森に一直線に入っていった。
目の前の木は避けずに、そのまま薙ぎ倒しながら。
さっきまでの様子を見てたら、あんなの信じられねーよ。
「さてと。もう殲滅するまで止まらんし、城へと戻りましょう」
丹羽さんは軽い口調で話し掛けてくる。
さも当たり前のように言ってくるが、俺達は初めて見たからね?
あんなの二重人格レベルだろ!
でもどうやってあの二人、巨人と戦うんだ?
(分からん。丹羽さんに聞けば?)
「丹羽さん。あの二人だけで巨人と戦えるんすか?」
「戦えますとも。巨人族とサシで戦えるのは、あの二人くらいでしょう」
ふーん。
じゃあいいか。
(いいのかよ!)
あんなの絡みたくねーよ。
普段怒らない奴が怒ると、めっちゃ怖いヤツだよ。
城で見てようよ。
「でけーな!」
「右顧左眄の森まで入られてんじゃねーか!」
「あの野郎、森を若狭へ一直線に突き進んでやがる」
「その後ろを帝国兵が通るわけか」
「ふざけんな!巨人もコイツ等も、まとめて死ね!」
「兄貴、やるぞ!」
「分かってらぁ!護法善神、執金剛神!」
阿形の右手と吽形の左手を重ね、叫んだ。
その手は徐々に重なっていき、身体も半分ずつ重なっていく。
真ん中から綺麗に髪の色が金銀で分かれている以外は、さほどの変化は見当たらない。
しかし、それからが大きく変わっていく。
「なんだありゃ?」
某星雲から来た宇宙人のように、森の中から突然巨大化してきた。
そんな事出来るのは、あの二人だけだろう。
「テメーは殺す!若狭の仁王がぜってーぶちごろしてやらぁ!!」
かなり離れているはずなのに、大きな声が地鳴りと一緒に聞こえてくる。
(怪獣大戦争みたい)
怪獣呼ばわりか。
バレたら殺されるな。
つーか俺、気付いちゃった。
あの時の事考えると、マジで調子乗ってたと思う。
二人がかりでもいいぞ?とか言って、ホントすいませんでしたぁぁぁ!!!