帝国の新兵器
森が焼かれている。
それは森の中にある若狭にとって、死活問題のはず。
それなのに、丹羽さんの様子はほとんど変わらない。
「分かった。いつものように対処を」
いつものように。
という言葉から、これは毎回起きている出来事のようだ。
しかし、此処からがいつもと違った。
「それが今回の軍ですが、王国とは違うようです」
中庭にあるベンチに腰掛けようとした丹羽さんは、その声に振り返った。
「帝国か?今まで静観を決め込んでいたのに、今になって何故だ?」
(それは侵攻する準備が整ったからでしょうよ。もしかしたら、王国との連携もあるかもしれないし)
って、言えばいいのか?
(ちょっと代わろうか。相撲の疲れもあるだろうし、休憩でもしててよ)
「帝国の中で、若狭を落とせるという確信が出来たからでしょう。帝国は重工業が盛んと聞いています。おそらくは新兵器が投入されるかと」
「なるほど。言われてみると確かに。大軍という事は、王国兵も合流しているのか?」
「そこまでは確認出来ておりません!」
僕の予想では、帝国の新兵器に苦戦して部隊を投入。
その隙を突いて、王国の伏兵が若狭へと侵攻。
その路線が強いと思うんだけど。
「伏兵に対する警戒も厳にしておけ。おそらくは王国も挙兵しているはずだ」
流石は出来る領主。
ちゃんと考えているらしい。
「ところで、王国じゃないという根拠はなんですか?」
「装備が違います。前線のほとんどの者が、ミスリル製のフルプレートメイルを着用しているようです」
それはほぼ確定だろう。
これは大量のミスリル獲得のチャンス!?
「分かりました。僕達が対処しましょう」
周りから、え?というような声も聞こえたけど、気にしない。
500人で何人なのか分からない大軍の相手。
普通に考えると、無謀な賭けに見えるだろう。
しかし僕等も、ミスリル製の装備で固めた精鋭部隊だ。
ちょっとやそっとの事で、負けるはずがない。
「そのお言葉は嬉しいが、遠慮してもらおう。此処は我が領地。若狭へと侵攻してきた輩は、私達の手で払うのが道理」
うーむ、正論だ。
しかし、そのミスリル対策は出来ているのだろうか?
下級の魔法ではほとんど通用しないし、武具も鉄製程度ではほとんど歯が立たないのだが。
その心配が顔に出ていたのか、丹羽さんがフッと笑う。
「安心して良い。ミスリルを直接攻撃しなくとも、やりようはある」
僕の予想出来ない対策が、あるという事かな。
しかし、そこまでの自信があるのなら、僕等が口を出す事じゃない。
「万が一に備え、城下の者達は衛兵が避難所へと誘導しろ。守備防衛の為、軍を配置せよ」
街の人達に対しても、避難誘導している。
これはもう僕は何も言う事は無いな。
見ているだけで・・・あ!
「見せてもらおうか。妖精都市若狭の防衛の強さとやらを」
決まった・・・。
一度は言ってみたいセリフランキングの中でも、上位に君臨するこのセリフ。
くぅぅ!
僕は今、赤い人と同じようなセリフを言ってしまった。
【それは分かったけど、そこまで感動する事なのか?】
このバカチンが!
いいか!?
こんなセリフ、日本で言ってみなさいよ。
めっちゃ浮くからね。
それか鼻で笑われる。
「フ、フハハハ!見ていてもらおう!我が領地の防衛の強さを!」
鼻では笑われなかったけど、普通に笑われた。
むしろ機嫌は良さそうだ。
「阿形、吽形。お前達は後方にて待機しておけ。もしもの場合、お前達も投入する」
「仰せのままに」
跪くツインズ。
その姿は小さいながらも、ピッタリと合った動きがカッコ良い。
しかし僕は見た。
下を向くその顔の笑みが、いつもと違う事を。
森の前線では、既に攻防が始まっていた。
ミスリル製の武具で固めた帝国兵は、接近戦では妖精に勝ち目はない。
しかし妖精達は、自分達の身軽さと森の中という地の利を使って、帝国兵を翻弄している。
「全然見つからねえ!」
「森の中だと尚更見づらいな」
「お前達、後ろへ下がれ。アレを投入すると連絡が来た!」
森の奥へと入っていた帝国兵が、徐々に下がっていく。
妖精達は撤退の様子を見ていた。
結局、王国兵と変わらぬ嫌がらせだと思っていた。
しかし帝国は違っていた。
下がった帝国兵の代わりに前に出てきたのは、ミスリル製の武具を着ていない風変わりな連中だった。
背中には樽のような物を背負い、その樽からは長い管が付いている。
連中が何をしようとしているのか、理解が出来なかった。
そして次の瞬間、彼等は逃げ場を失う事となった。
管の先から、とてつもない勢いで火が噴き出したのだ。
それは火魔法でも、上位の階級にあたるくらいの炎だった。
木々の陰に隠れていた妖精達も、物凄い勢いで燃えていく森に絶句した。
隠れる場所を失い、姿を現す事となった妖精達。
「見つけたぜ!お前達には選択肢が二つある。このまま捕まり服従するか、命の限りに俺達と戦うか」
ある者は戦い、そしてある者は潔く捕まる。
どちらが正しいか、それは分からない。
城を出て、いつでも駆けつけられるように城下で待機する阿形と吽形。
丹羽長秀と僕は、それを城から眺めていた。
「いやはや、お話を聞こうとした矢先にこのような事態になってしまい、運が悪いですな」
昨日より態度が軟化した気がする。
心持ち、言葉にトゲが無くなった感じがした。
「それはお互い様ですよ。しかも僕等が来た時に帝国が来るなんて。僕等が疫病神みたいじゃないですか」
「ハッハッハ!言い得て妙ですな」
こんな時なのに、会話が弾む。
やはり阿形に勝ち、認めてもらえたのが大きかったのだろうか?
「報告します!帝国兵が新たな兵器を用いて、森を炎で焼き払っております。上級の火魔法に匹敵する兵器で、かなりの被害が出ている模様です」
やっぱり新兵器を投入してきたか。
上級の火魔法に匹敵するって事は、かなり大きな炎だな。
そんな物を何人も持っていたら、この森はすぐに焼け野原になってしまう。
「どのような兵器か分かるか?」
「背中に樽のような物を背負い、樽から管が出ていると聞いています。その管が大きな炎を噴き出すとか」
「火炎放射器だ!それ、背中のタンク、何本かあった!?」
「え!?そ、そうですね。予備なのか分かりませんが、複数本見えたと連絡が来てます」
【なんでそんな事聞くんだ?】
この火炎放射器、多分僕等の世界の知識が使われていると思われる。
確実じゃないけど、近代兵器として戦争でも使われてた物と似ている。
【そんな物がこの世界に作られているのか!?時代を先取りし過ぎじゃないか!】
帝国の召喚者に、科学者もしくは化学者が居るんだろう。
しかも、僕等みたいな学生じゃない。
本格的な人だと思う。
「その火炎放射器という物を、ご存知なのですか?」
丹羽さんが僕に尋ねてきた。
少しでも情報を得たいのだろう。
「えぇ、知っています。火炎放射器は後ろのタンクに燃料が入っていて、その燃料を噴き出して炎を燃やす兵器です」
「ほう?そこまで詳しいとは。もしや弱点まで知っていたりは?」
「知ってますよ。まずは燃料が少ない。後ろのタンクがどの程度の大きさなのかによりますが、相当な重量になるはずなので、長時間使用は出来ないはずです」
時間まで分かればいいんだけどね。
友達の兵器マニアから、ゲームやってる時に聞いただけだから、そこまで詳しくない。
「そしてもう一つの弱点が、そのタンクです。可燃式の燃料なので、タンクに衝撃や被弾をすると、引火して爆発するという欠点があります」
「おぉ!そこまで知っているとは。魔王様は、先代とは大きく異なるようだ」
脳筋の先代だっけか。
別に脳筋じゃなくても、おそらくは知らなかったと思う。
この時代では、あり得ない兵器なのだから。
【なあ、今の弱点だけどさ、問題があると思うんだけど?】
どんな問題?
【もしタンクがミスリルで作られてたなら、そう簡単に傷もつけられないんじゃないか?】
あ・・・。
ミスリルの存在を失念していた。
そうなると、ミスリル製の武器で被弾させないと、駄目って事だよね。
「丹羽さん、ミスリルの武器とかありますか?」
「ある事にはあるが、全員が装備出来るほどではないな」
「もし、そのタンクがミスリル製で出来ていたなら、さっき言った二つ目の弱点は克服されているかもしれません。だからミスリル製の武器で攻撃を加えないと、引火して誘爆させるというのは難しいでしょう」
「なるほど。そういう事か」
流石にタンクが何で出来ているかなんて、逃げるのに精一杯で確認なんか出来ないだろう。
それなら最初から、ミスリルの武器を持っていた方が確実だ。
「それにタンクに攻撃が出来る人が居ないと、成り立たないですね」
「それは問題無いだろう。城下へ二人に説明をしに行く」
あの二人の隠形法か。
確かにそれなら出来そうな気がする。
「阿形、吽形。お前達に指令を与える」
先程の話を説明し、二人にタンクへの攻撃を命じる。
ただし、此処で問題が発生した。
「困ったな。ミスリル製だと剣や槍しか今は手元に残っていない」
確かに隠形法で行動するなら、ナイフや短剣、刺突出来るような武器の方が確実だろう。
城の兵に装備させるのに、あまり使わない武器でもある。
無いのも仕方がない話だ。
そして、無いなら作ればいいのである。
「太田!予備のミスリルのインゴット、キャリアカーに積んであったよな?」
「インゴット?あの塊ですね。少々お待ちを」
数分後、街の入口付近に駐車してあるキャリアカーから、ミスリルの塊が運び出された。
「魔王様。流石にミスリルがあっても、今から武器を作るのは無理かと・・・」
丹羽さんの側近っぽい人が、僕に苦笑いをしながら言ってくる。
無理じゃないから持ってきたというのに。
「阿形、吽形。持つなら何が良い?」
「え?それなら私はダガーが使いやすいですね」
「私はダガーよりスティレットですね。斬るより突く方が得意なので」
ダガーとスティレットね。
はいはい、分かりません。
ダガーって、ナイフと何が違うんだ?
そしてスティレットも、聞いた事ない単語だし。
ドヤ顔で何が良いか聞いておいて、それって何?と聞き返すのはダサい。
魔王としての威厳が許さない。
というより、僕が恥ずかしいだけとも言う。
だからこそ、こんな時のあのアイテム。
てれててってて〜!
スマホ〜。
猫型ロボットちっくに言ってみようと思ったのだが、今更調べていると思われるのも恥ずかしい。
なので、陰でコッソリと調べる事にした。
なるほど。
もう分かったよ。
今なら写真も見たし、綺麗に作れちゃうからね。
そして画像で見たダガーとスティレット、両方そっくりに創造魔法で作ってみた。
「さて、こんな形で良いかな?」
「これは!?今まで見た事もない形のダガーです。しかも美しい・・・」
「このスティレットも、既存の物とは全く違う美しさがあります。魔法でこのような物が作れるとは・・・。私共、感激致しました!」
二人に手渡すと、予想を反した言葉が返ってきた。
美しさなんか求めてなかったんだけど。
でも喜んでいるので、良いとしよう。
「私も昨日創造魔法を初めて見たが、今回のは格別に凄い!このような素晴らしい物まで作れるとは、恐れ入ったな」
丹羽さんも、この二つの武器に驚いている。
写真の武器が凄かったという事かな?
今後、何かを作る見本とする時は、注意して作らないと駄目かもしれない。
「お前達、良いな?背中の樽を狙い、誘爆をさせてこい。怪我をする事なく戻ってくるのだ」
「魔王様の作ってくれた武器があれば、問題無いかと。お任せを!」
武器に対する信頼が半端ないな。
僕より武器の方が信頼されている気がするのは、気のせいだよね。