妖精ツインズ
振り返ったが、姿が見当たらない。
声は間違いなく聞こえたのだ。
この年で、というより魔王の身体で幻聴は、まだ早いだろう。
「こっちですよ。こっち」
こっちって、どっちだよ!
たまに友人との待ち合わせで、駅前のような混雑している場所に行く時がある。
電話でこっちに居るとか、違うそっちじゃないとか言われるけど、だったらもっと正確に言えよ!って思ったものだ。
僕が神経質なのか?
「下です。下」
目線を足元にやると、何とも小さい妖精が居るではないか!
手乗りサイズと言ってもいいだろう。
ギリーや門番、ズモさんとは違う種族だろう。
明らかに大きさが違う。
しかも肩甲骨辺りから、小さい羽が生えている。
これぞまさしく、僕等が知っている妖精オブ妖精だ。
金髪の妖精と銀髪の妖精。
そんなのが二人も居る。
ニコニコ笑顔でめっちゃ可愛い。
「あら、可愛らしい方がお迎えに来られましたね」
長可さんもその姿に目尻が下がっている。
他の皆も急な来客に、ちょっと驚いたようだ。
ん?
ギリーは少し不機嫌そうな気がする。
知り合いではないのかな?
「勝手に入っちゃってすいません。ちょっと五郎左衛門尉様の用事が長引いてまして」
【五郎左衛門尉?誰の事?】
多分丹羽さんの事だと思うよ。
信長は丹羽長秀の事を、鬼五郎左とか米五郎左って呼んでたから。
【鬼は分かるが、米ってどういう事?】
米五郎左は、どんな食べ物とも合うとか、なくてはならない主食とか。
そんな意味だったと思う。
【それだけ重要って事か。そんな人なのに、秀吉とかより知名度低くね?】
まあそれは、色々あるんだよ。
信長からは重用されたけど、本能寺の変以降はあまり表に出てこなかったから。
歴史の教科書じゃあ、そこまで出てこないのはそのせいじゃない?
【なるほどね。なんか勿体ない】
まあそれは史実だから、本当か分からんけど。
おっと、そのまま放置してしまった。
「どれくらい掛かるか分かりますか?」
「ハッキリとは言えないです。もしよろしければ、下でお待ちいただいている方々にも、長引いている事を説明していただきたいのですが」
それもそうか。
いつまで掛かるか分からないのに、下で気を張らせておくのと可哀想だ。
少しくらいは緊張を解いて、ノンビリ休んでほしい。
他人の城だけど。
「それは構わないけど。あの蔓のエレベーター?みたいなの、どうやって動かすの?」
「私も一緒に行きます。城の中には立ち入り禁止区域もありますから」
そう言って空を飛ぶと、僕達と同じ目線まで上がってきた。
飛んでる姿を見ると、更にファンタジーって感じがする。
「そろそろいきましょう。お手数ですが、よろしくお願いします」
行きとは違う蔓に捕まり、下までと戻る。
道順は覚えてたつもりなんだけど、皆が待っている部屋が全然分からなかった。
今通り過ぎた部屋だと思ったんだけどなぁ。
【俺も何番目の部屋か数えてたつもりだったけど、違った。お前が間違うなら、俺なんか分かるわけないな】
そう?
僕は今の話聞いて、ちょっと違和感を覚えたけどね。
二人とも同じだと思ってた部屋が、全然違った。
手品でも見せられてる気分だよ。
【そういう考えもあるのか。もしかして俺達、また別の場所に移動させられてるとか?】
あながち間違ってもいないかもしれない。
変な話、丹羽長秀がまだ味方とは決まっていない。
用心する事に越した事はない。
「どうされましたか?」
僕の頭の周りを飛びながら、二人がハモりながら聞いてくる。
あぁ、なんか癒される。
「ちょっと自分が皆が待っていると思ってた部屋と違ったんでね。記憶力はそこまで悪くないと思ってたけど、少し反省してたところです」
僕は素直に、思っていた事を口にした。
「そうでしたか。まもなく着きますよ」
肯定も否定もせずに、到着するとだけ答える。
チラッとギリーの様子を伺ったが、やはり不機嫌そうだ。
何か事情を知っている感じだな。
「此方の部屋で皆さんお待ちしています」
扉を開けると、体調不良で倒れていたラコーンとイッシー(仮)が起き上がっていた。
どうやら、意識はハッキリと取り戻したようだ。
「魔王様、申し訳ありませんでした。私達の為に尽力してくださったと聞き、とても恐れ多い気持ちで一杯でございます」
ラコーンがそう言って跪くと、イッシー(仮)も同じ姿勢を取った。
「魔王様?どういう事ですか?」
後ろに控えていた小さな妖精二人が、僕に尋ねてきた。
「僕、実は魔王なんだよね。後で話そうと・・・」
続きは言えなかった。
突然、女エルフと女性獣人の集団に押し出されたからだ。
「キャアァァァ!!!可愛いー!!」
「何この可愛らしさは!ありえないわ!」
僕はその勢いに負け、太田の立っている所まで投げ飛ばされた。
えっと、魔王なんですけど?
僕は魔王なんですけど。
なんか懐かしい気持ちになった。
懐かしついでにハクトを探したけど、何やら違う女性集団が見える。
あの中心か!?
彼処にも妖精に負けない奴が居るのか!?
【クッソー!魂の欠片を取り戻して、ちょっとは人気出たと思ったのに!結局は負けてるじゃんか】
あの二人の妖精は仕方ないよ。
僕等だって、可愛いと思ったもの。
だがハクト、テメーは駄目だ。
何でそんなにモテてるんだよ!
僕等だって可愛さだけなら負けてないぞ!?
小さいし、多分ダークエルフだし。
顔だって悪くないはずなんだけどなぁ。
【言うな。冷静に分析すると、泣きそうになるぞ】
それもそうだ。
しかし妖精の二人は人気あるなぁ。
僕もあんな風に、揉みくちゃにされたいよ。
「あの!やめて、やめてください!」
どうやら困っているらしい。
あんな風に囲まれていたら、さりげないボディタッチなんかし放題なのに。
お尻タッチアンドおっぱいダイビング!
【お前、たまに馬鹿になるよね】
エロスの前では、男は誰もが馬鹿になる。
仕方ない事なのだよ。
「そろそろやめてあげたまえ」
僕は女性陣を押し除けるように、妖精二人の所へ向かった。
高さ的にお尻を押し除けたりしたのは、わざとではない。
決してわざとではない。
【ズルイぞ!そういう時は半分ずつにしろよ!】
おっと!
こりゃ失敬。
わざとではない。
躓いておっぱいに飛び込んだのは、決してわざとではない。
「すまんね。俺の背だと、この人混みで足元見えなくてさ」
「魔王様、最低ですね」
蔑みの目を向けられた。
何故だ!?
わざとじゃないって言ったのに!
(わざとらし過ぎたんだよ。もっと上手くやらないと)
うるさい!
このムッツリスケベが!
偉そうな事言うな!
(ムッツリとはなんだ!この下手くそエロガキが!)
ガキはお互い様だろ!
って、何で喧嘩しないといけないんだ。
(それもそうだ。それもこれも、あの妖精ツインズのせいだ。アイツ等ばかり良い思いをするから)
ホントだよ。
まったく、羨ましいったらありゃしない。
「お前等、そろそろやめてやれよ。困ってるだろうが」
「魔王様、僻んでいるんですか?カッコ悪いですよ」
女性獣人の一人が、ジト目で言ってくる。
僻んでないと言えば嘘になるが、そういう話ではない。
「迷惑だって言ってんだ!お前等のせいで今回の交渉がポシャったら、責任取れんのか?」
「それは・・・」
真面目口調になったからか、段々と冷静になってきたようだ。
あと一押しかな。
「それにだな。可愛い可愛いって言うけど、この二人、意外と肉付き良いからな?よく見ると、アスリート体型だぞ。服装で誤魔化してる所もあるけど、なかなかの筋肉だからな」
「え?」
その声を上げたのは、女性陣の方ではなく妖精ツインズだった。
一瞬だけニコニコ顔が崩れたような気もするけど、気のせいだったかもしれない。
静まり返ったそんな時、扉がノックされる音が聞こえた。
「長らくお待たせしました。代表者の方々は、私とご同行願います」
今度は年配の妖精が、案内をしてくれるらしい。
さっきの四人と一緒に部屋を出ようとしたが、ある事に気付いた。
妖精ツインズが消えた。
扉は一つしかないのに、知らぬ間に居なくなっていたのだ。
狐に化かされた気分でもあるけど、今は狐の獣人しか居ない。
一体どういう事なんだろう?
「此方でお待ちください。五郎左衛門尉様がお越しになります」
今度の部屋は小さいながらも、ゆったりとした洋室だった。
調度品は落ち着いた雰囲気で、なかなか渋みを感じる。
長可さんは興味あるようで、案内役の妖精が居なくなったのを機に近くに寄って見ていた。
太田も近付こうとしたので、無理矢理止めた。
コイツは何も言わなくても、壊す予感がしたからだ。
弁償出来ないくらい高い物だったら、流石に困るのでね。
五分経ったくらいで、扉がノックされる音が聞こえた。
「丹羽五郎左衛門尉長秀様が到着しました」
席から立ち上がり、皆が入ってくるのを出迎える。
「魔王様は、そのような事しなくてもいいです」
小声で長可さんが言ってきたけど、一応しておいた方がいいんじゃないかなって思うんだけど。
太田も座っててくれ的な感じの視線を送ってくるし、なんか礼儀として間違ってる気がするけど、仕方なく座ってみた。
俺、座りっぱなしでいいのかな?
(長可さんが良いって言うんだから、良いんじゃない?僕等の判断より、正確だと思うよ?)
まあ俺達みたいな若造よりは、長可さんが言う事の方が正しいよな。
このままでいっか。
扉が開き、一人の男性が入ってくる。
「お待たせしてすまない。私は丹羽五郎左衛門尉長秀。この若狭を取り仕切っている」
妖精という割には普通の体格。
背中に羽があるわけでもなく、正直ヒト族との見分けがつかないくらいだ。
着物を着ているが、髭があんまり似合ってない。
こういうのなんて言うんだっけ?
(カイゼル髭だね。昔の軍人だか皇帝がしてるイメージだけど、着物だと違和感あるね)
だろ?
なんか微妙に詐欺師っぽいよな。
(そこまで酷くはないけど、確かに似合ってはいない)
「初めまして、丹羽様。私は森長可。海津町という南にあるエルフの町の町長をしておりました」
「私はミノタウロスの太田牛一。信長公記に続く、新たな魔王様の伝記を書く者です」
そんな事言ってこっちを見てくる。
言ってやりましたよ!みたいな目で見るな。
「ほう?魔王様の伝記ですか。それは面白そうなお話で。そしてギリー、久しいな。お前が若狭を出てから、文官達は大変そうだぞ?戻る気は無いのか?」
「お久しぶりでございます。ありがたい御言葉ですが、私は自分の目で世界を見てみたいのです。まだまだ未熟な者達かもしれませんが、いつか私などより立派な文官になってくれると思います」
え!?
ギリーってそこまで偉かったの!?
しかも世界を旅して回ってたのか。
コイツ、そんな強そうに見えないけど、よく魔物とかに襲われなかったな。
「そして、そこのヒト族と座っているエルフの童。お主等は何者なのだ?」
今までと空気が変わる。
王国も帝国も、等しく敵という認識なのだろう。
何故、魔族の中にヒト族が居るのか?
そして、一人だけ偉そうに座っているクソガキ。
まあ俺だけど。
そりゃ印象悪いよな。
「ラコーンについては俺が説明します。まず俺は阿久野真王。帝国の王子じゃない、真の魔王だ」
ピクッと眉が動いたのを、俺は見逃さない。
そして話を続ける。
「俺は魔王であり、神の使徒でもある。信じられないのなら、ギリーにでも聞いてくれ。そしてラコーンは敵ではない。帝国の兵ではあるが、魔王を名乗る王子とは別の派閥の人間だからだ」
「なるほど。そこのヒト族に関しては了承した。しかし、キミの事は流石に聞き捨てならないな」
「丹羽様、少しよろしいでしょうか?」
長可さんだ。
俺より話を上手くまとめてくれるはず。
頑張ってまとめてくれ。
「この子が魔王たる由縁は簡単です。創造魔法の使い手だからですよ」
「なるほど。創造魔法ね。それで?」
それでと来たか。
別に創造魔法が使えようが使えまいが、関係無いという言い草だな。
「それだけではありません。魔力量も我等よりも多く、そして我等よりも強いです。そして神の使徒である証拠に、我らでは到底知り得ない情報もお持ちです」
「エルフより魔力量が多くて、ミノタウロスより強い童という事かな?そして、私達の世界ではない情報を持っていると?」
「その通りです」
「信じられんな。と言いたいところだが、信長様の由来する名前をお持ちの森殿の意見だ。無碍には出来ん。一つ試験を課そう」
試験とか、俺は嫌だぞ!?
(筆記とは言ってないからね?戦闘なら僕より兄さんの方が良いよ)
「そうだな。試験内容は明日に発表する。今日は長くお待たせし過ぎた。城の部屋を自由に使っていいので、ゆっくりと休まれよ」
抜き打ちテストじゃなくて良かったけど、どっちにしろテスト範囲も分からんのか。
テストとかマジ勘弁。