イッシー(仮)の目的
「ハゲで何が悪い!」
誰だコイツ的な騒めきの中、響くハゲの魂の叫び。
しかしその喧騒は更に増す。
「誰だか分からない奴に、部隊長なんか務まるのか!」
そう。
石仮面の人は、誰も正体を知らないのだ。
一部の人を除いてね。
試験の答案用紙にすら、名前は石仮面としか書いてない。
彼は僕との約束で、過去に迷惑を掛けた人達に償いをする旅をしている。
その途中でこの召集に巻き込まれ、半ば拉致されるようにオーガの町に来たのだった。
「得体の知れない男よりも、前田殿の方が相応しいのでは?」
そんな声が出て、周りへと伝播していく。
しかしその前田さんだが、部隊長になる事は出来ない。
「受験番号100番、前田利家。彼はこの試験に落ちているから、部隊長は無理だよ?」
「えっ!何故、前田殿ほどの強者が落ちているのですか!?」
聞きたいの?
その理由が聞きたいの?
聞いたら、マジかぁってなっちゃうよ?
本人も村の代表として居るのに。
仕方ないなぁ。
「え〜、受験番号100番の試験結果だが、戦闘力は申し分なく最上位に入った」
「おぉ!流石は前田殿!」
「信長様に所縁のある方は伊達じゃないな」
など、称賛の声が聞こえてくる。
フッフッフ。
その称賛の声、今からガラッと変わるけどね。
「では、何故落選したのか?それはこのトライクの運転技術にある!」
横にあったトライクを指差し、大きく叫ぶ。
これの運転の何処に落選要素があるのか。
ビッグスクーターをモデルに作ったので、捻れば走るのである。
そこまで難しくはない項目のはずだった。
だからこそ、彼等の疑問は増した。
「又左!試しに走ってみてくれ」
「し、承知しました」
トライクに跨り、走り始める。
普通とは違う乗り方で。
「あの〜、何で前田殿は左手に槍を持って走ってるのでしょう?」
やはり疑問に思ったか。
しかしそこが問題ではない!
「止まれ!」
その声に反応して、アクセルを離す。そして両手で槍を振り回し始めた。
「えぇぇぇぇ!!!」
近くにあった木に槍を打ち込み、その槍を持って無理矢理止まった。
そう。
前田式停止術である。
要は、ブレーキ握るの忘れるから、槍で止まっちゃえみたいな考えなのだ。
「ご覧の通りだ。このやり方で停止する場合、周囲の者は巻き込まれるだろう。しかも部隊長になったら、先頭を走るんだぞ。お前等、この後ろを走れる奴居るのか?」
一同、皆絶句している。
誰も首肯すらしない。
彼等の中で、前田さんの評価が下がったのは間違いない。
だから良いのかって聞いたのに。
「でも戦闘力はずば抜けているから。町の防衛には大いに期待しているよ?」
「御同行出来ないのは残念ですが、魔王様の期待には応えてみせます」
トライクから降りて跪き、皆の前で宣誓した。
そして石仮面さんの方だが、やはりあの止まり方には驚いたようだ。
ちなみに石仮面さんは運転出来ない。
ヒト族に魔力が無いからね。
だからキャリアカーに乗るか、聖帝のような玉座を用意するかだな。
これに関しては賛否両論出そうなので、まず選ばれた理由を教えようと思う。
「さて、本題に戻ろう。何故、この石仮面の人が選ばれたかだ。百聞は一見にしかず。見てもらいたい」
前田さんと佐藤さんが出てきて、模擬戦を行った。
佐藤さんはこちらに来てからも、前田さんとちょくちょく戦っている。
召喚者は強い人と戦うとレベルが上がっていく。
前田さんも何故か似たような事が起きていて、ドンドン強くなっていた。
双方メリットがあるわけだ。
そして、この二人と関係無い石仮面の中身、斎田さん。
この人、旅に出ている間に何があったのか。
何故かとても強くなっていた。
「この二人の強さは、この町ではもう知れ渡っている。では、この二人と同レベルの人が居たら?」
槍持ちの前田さんとは槍で。
手甲で固めた格闘術の佐藤さんには、剣で戦っていた。
そう、この人武器を選ばないのだ。
「見てもらって分かったと思うが、石仮面の人は剣も槍も使える。そして弓も一流だ。トライクの運転は下手だから乗れないが、それを補って余りある能力だと思って選ばせてもらった」
トライクの運転が下手というのは、ただの嘘。
運転が出来ないので、下手だからという理由に変更しておいた。
「何故、仮面を取らないのですか?」
「それは亡国を乗っ取った者達への、復讐の為だ。彼は仮面を被り軍に潜入し、上層部へと復讐の機会を伺っている。彼の乗るトライクは赤くしておこう。そして最後に言っておく。全部嘘だから、本気にしないように」
嘘なのかよ!というツッコミが少し聞こえたが、流石に魔王に突っ込める人は少ないらしい。
身分を超えたツッコミを待っていたのだが・・・。
「本当は、仮面を取るタイミングが今ではないだけだ。僕は彼を知っている。いつかは取ってくれる日が来るから、それまでは待っていてくれないか?」
石仮面が誰だか分からないから、慎重になっていただけみたいだ。
僕が誰だか知っていると言ったら、それだけで受け入れてもらえた。
空気を和らげようとして言っただけだけど、前フリの赤い人は必要無かったらしい。
「でもまあ、誰だか分からない人が多いので、自己紹介をしてもらおうかな」
「部隊長に任命された、えーと・・・」
「石仮面だからイッシーでいいよ。斎田改めイッシー(仮)ね」
横から小声で伝える。
「第三部隊長のイッシー(仮)だ。俺は中間管理職として、長年会社に貢献してきた自負がある。この頭は使えない部下と文句しか言ってこない上司の板挟みで出来た辛さの証だ。部隊長が部長クラスって考えると、俺も随分と出世したなぁと思うが、そんな無能な上司にはならないように頑張るつもりだ。改めてよろしく頼む」
なんか日本での出来事を、トラウマにしているような?
大半の人達が、中間管理職?とか会社?部長?みたいになっていて、話が頭に入っていないっぽい。
それよりも(仮)まで言うと思わなかった。
「それと最後に、頭が薄い事を気にしている奴等。俺の所に来い。俺達と共に、また扉を開けよう」
どういう意味?
何を言っているんだ?
よく分からないけど、極一部の者からは受け入れられたようだ。
まあ薄毛の人なんだろうけど。
ヨーロッパとかだと、薄毛とか男性ホルモンが多いとかでモテるって聞いた事あるけど。
この世界にも、そういう人達は居ないのかな。
「部隊編成もあるので、それまでは準備をして待機。以上、解散!」
各自、自分の準備や料理、交渉担当で集まる為に、散り散りになっていった。
選抜隊に入ったからか、自信に満ち溢れている。
でも、選ばれてない人の方が強かったりするんだけどね。
だって僕が居なくても、守れるくらいじゃないと困るから。
それを含めて、防衛組の方にも話をしないと。
そんな事考えていると、隣に立っていた石仮面の人、もとい斎田さんが話し掛けてきた。
「ちょっといい?相談があるんだけど」
「何でしょう?ちなみに、僕も聞きたい事がいくつかあるんですけど」
お互いに聞きたい事があったらしい。
まずは斎田さんの用件から済ませよう。
なんか目が怖いから。
「その前に、俺を遠征隊に選んでくれてありがとう。本当にありがとう!」
何故そこまで感謝されたんだ?
ちゃんと選抜試験で合格したから選んだよ?
「あそこまで強くなってるとは思いませんでしたよ。それで相談とは?」
「それなんだが。妖精の都市に行ったら、薬師を紹介してほしい!」
「何で?」
「覚えてないのか!?あの人の言った事を!」
誰が何言ったんだろ。
全然思い当たる節がない。
【さっき言ったじゃないか。妖精族が作る、なんちゃらポーションの話じゃないの?髪が復活するんだか養毛するんだか、どっちか忘れたけど】
あぁ!
ズンタッタの言ってたっていう、あの話か。
頭の片隅からも消えていた。
「まさか、忘れたんじゃないだろうな!?」
怖い!怖い!
その石仮面で顔を寄せてくるな!
「お、覚えてますよ。なんちゃらポーションでしょ?忘れませんって!」
「覚えてるなら分かるだろ!?俺が遠征隊に入ったのは、妖精の都市に行きたいからだ。そして髪を、髪を取り戻したい!」
「でもそんな私事の為に、僕が動くのはちょっと・・・」
「もしそのポーションを手に入れたなら、俺はキミに忠誠を誓う!」
そ、そこまで!
そんな怪しい忠誠、すぐに裏切られそうだよ。
「僕からはそういう計らいは出来ないけど、向こうで自由時間作ります。だから自分で探してみてくださいよ」
「それでもいいか。もし髪が増えたら、俺早く仮面を外せるように頑張るんだ」
何その死亡フラグ。
初めて聞くわ。
「部隊編成に関しては、他の二人とも相談してください。そこは僕は関わらないので。ちなみに部隊に迷惑掛けた人が居れば、それはそれで償いをしやすいのでは?」
「それもそうだけど。それとは別に今回は頑張るつもりだよ。色々な所に行ったけどさ、皆良い人だった。こんな石仮面した怪しい奴を受け入れてくれて、償いのつもりだったのに、そんな気持ちもほとんど無くなったよ。俺は俺の出来る事をして、世話になった人に安心して生活してもらえると嬉しいと思う」
生きる為とはいえ、自分の事だけ考えてたのにね。
人は変わるもんだなぁ。
「それで俺に聞きたい事って何?」
「試験で見てて思ったんですけど。何でそんなに強くなったんですか?」
「それね。俺自身は特に何もしてないんだけど。独りで旅をしていたからか、魔物に狙われる事が多くてね。それが大変だったんだよ」
「魔物と戦って強くなったと。でも色々な武器が使えるのは何故?」
「それも魔物のせいだな。魔物によっては複数で襲ってきたし、奇襲を掛けてくる連中も居た。だから、その前に弓で攻撃したり、囲まれる前に槍で牽制したり。町や村で教わってたら、上手くなってたらしい」
やっぱり生きる為に強くなったのね。
色々と多才な人だなぁ。
佐藤さんも前田さんから槍を習ったみたいだけど、全然上手くならなかったのに。
教える人の差か?
それでも多数の武器が扱えるのは、凄いと思うわ。
「そのうち魔法まで使えたりして」
「使えたら便利だよね。それにファンタジーな世界に来たんなら、一回は使ってみたいし」
ヒト族は無理だって聞いてるから難しそうだけど、本当に使えたら凄い。
しかし、これはちょっとマズイ事でもある。
一部の召喚者は、何でも出来るんじゃないかって疑わなくてはならない。
それこそ、魔法を使える召喚者が居てもおかしくない。
どれだけの召喚者が来ているのか分からないけど、やっぱり防衛組に強い人を残したのは正解だなと思う。
「髪云々は置いといて、部隊長としての仕事は期待してますから。よろしく頼みますよ」
そして遠征出発の当日になった。
防衛の長はオーガの町の町長であるオグルが、名目上では筆頭となっている。
だが実際は、ズンタッタとアウラールさんの二人が指揮を取り、前田さんには守備の薄い部分を適時守るという遊撃の役割を担ってもらう形にした。
「では、この町の為に出発します」
「お待ちください」
オグルさんが珍しく、口を出してきた。
「これだけの多種族。既にオーガの町とは言えないでしょう。皆にもオーガの町ではなく、違う名前で呼ばせたいと思うのですが」
それもそうだな。
もうオーガの町というより、多種多様な魔族の町と言った方が正しい。
しかも町という規模の人数でもない。
これはもう新しい都市を作ると言っても過言ではないかもしれないな。
新しい都市か。
どうせだから、信長に関する都市とかにしよう。
【それなら俺でも覚えてるのがあるぞ。安土だ】
安土城か。
土地というより山の名前だった気がするけど。
でも天下布武の威容を知らしめるには、丁度良い気もする。
安土城なら、魔王の領土としても丁度良いだろう。
だから城じゃないけど、都として新しく作ろう。
「もう町の規模じゃないな。だから今後は此処を都にする。今から此処は魔王が支配する都、魔都安土だ」