集結
「アタシ、コイツ嫌いだわ!」
おまる呼ばわりされたツムジは、前田さんに向かって唸っている。
前田さんは前田さんで、犬呼ばわりでお怒りのようだ。
「幻獣の分際で俺を愚弄するとは!突き殺すぞ!」
「ハァ?空も飛べない駄犬が、アタシに歯向かうっての!?ナメた口聞いてると燃やすわよ!」
予想以上に険悪のような・・・。
これはマズイか?
「貴方達、魔王様がお困りですよ」
長可さんが、今にも掴みかかろうとしている二人の間に入ってくれた。
とても余裕がある。
これが大人の余裕というモノなのか?
「魔王様!申し訳ありません。クソ犬という一言に、つい頭に血が上ってしまいました」
「ごめんなさ〜い!アタシもトイレ呼ばわりされて、冷静じゃなかったかもしれない」
二人とも謝ってきたけど、俺に謝っただけでお互いには謝っていない。
今でもちょっと目を交わすと、危険な雰囲気がある。
「又左もツムジも、お互いに謝りなさい!まず又左。ツムジは俺の相棒だ。それをトイレ呼ばわりするのは、気分悪いからな」
「ハッ!ツムジ殿、申し訳ない。私の過ちを許してほしい」
ツムジは相棒という言葉に夢見心地で、半ば謝罪を聞き流している。
「ツムジもだ!ちゃんと聞けよ。この前田さんは、俺達がこの世界で初めてお世話になった人だ。ある意味恩人なのだから、失礼の無いように」
「はい。前田さん、ごめんなさい」
こちらもこちらで、魔王の恩人という言葉をずっと反芻していて、聞いていない。
「二人とも、いいね?」
「はい!」
相棒と恩人という言葉に気を良くしてか、二人ともニコニコで謝罪を受け入れた。
(うまい具合にまとめたね)
まあな。
伊達にキャプテンを経験してないって事だ。
あの頃も、衝突する部員が居たからな。
お互いを諫めるなんて、朝飯前よ。
(思った以上に、ちゃんとしたキャプテンやってたんだ。てっきり、押し付けられたとかそういう感じでやってたんだと思ってた)
押し付けられたって言えば、そうかもしれないけど。
先輩から指名されて、キャプテンになったし。
でも嫌々なったわけじゃないぞ?
やりがいはあったしな。
まあ、そんな話は置いといて。
結局は乗り物に関しては、ツムジが一番だって事だ。
いつかバイクにも乗ってみたいけど、それは今じゃなくてもいいと思う。
(それもそうだね。ツムジが成長すれば、大人姿でも乗れるようになるだろう。それまでは返信前に乗るって感じでいいんじゃないの?)
俺もそれがベストだと思った。
今出来る事は、これくらいかなぁ?
ヒーローに変身も出来るようになったし、後は町民の回復次第でオーガの町へ向かおう。
長可さんからの連絡で、町民の体力もほぼ回復したという連絡が来た。
既に回復していた人には、トライクの運転の仕方を教えた。
キャリアカーの数も余裕を持って作ったので、途中で体調不良の人が出ても寝られるくらいのスペースはある。
これならオーガの町へ向かっても、大丈夫だろう。
「又左、長可さん。そろそろオーガの町へ向かおうと思います」
「私の方は大丈夫です。アレからトライクも練習したので」
前田さんには一から練習をさせた。
流石に、誰か轢かれかねないと思ったから。
勿論、他の能登村の人も同じだ。
ハクトのおばさん以外は、運転出来ているとは言えないレベルだったからね。
これでキャリアカーに乗る人達も、安心して乗っていられるだろう。
佐藤さん曰く、何度も交通事故に遭っている気分だったという。
現代日本なら、余裕で免許取り消しだろうね。
「私も練習しましたよ?でも、後ろに乗っている方が良いですね」
長可さんも運転はしたらしい。
した結果、特に心躍る事も無く、キャリアカーに座っている事を選んだ。
運転が上手ければ、後ろへの衝撃も少ないしね。
それに長可さんのキャリアカーは、少し特別製にしてあるらしい。
弟が言うには、サスペンション?がどうとかで、ショックを吸収してくれるとか何とか。
分かりやすく言うと、乗り心地が良いとの事。
「それじゃあ、そろそろ出発しますよ。準備は良いですか?」
後ろの人達に声を掛けると、元々この町に住んでいた人達は、名残惜しむように町を見ていた。
戦争なんて起きなければ、こんな事をする必要も無かったのに。
こんな事が無いように、皆が住める場所があれば良いんだけどなぁ。
(それは難しいよね。むしろオーガの町へ集まって、食料問題をどうするかが難点だよ)
前途多難だな。
難しい事を考えていたら、長可さんが演説を始めた。
「海津町の者達よ。これは生きる為の旅である。私もこの町が惜しい。私が生まれた故郷とも言えるのだから。だが生きてさえいれば、また戻ってくる事もあるだろう。皆、頑張って生きようじゃないか!」
周りから歓声が上がる。
カリスマあるなぁ。
俺よりもよっぽどリーダーに向いてるよ。
(僕なんか部長とかですら、やった事無いからね。こうやって見ると、場違いだなと思うよ)
大半の日本人は、そうなんじゃない?
普通はこんな場面、見ないし。
「魔王様、行きましょう。しっかりと私達を導いて下さいね?」
とても良い笑顔で言ってくる。
綺麗だなと思う反面、圧力が凄い。
プレッシャー掛けないでくれよ。
数日後、特に何も無くオーガの町に着いた。
もっと魔物に遭うかと思ったが、流石の大人数での大移動。
多分、避けられたんだと思う。
オーガの町に着くと、すぐに蘭丸とハクトがお出迎えしてくれた。
「マオくん!無事で良かった。遅かったから、何かあったのかと思ったよ」
「久しぶり!それが、海津町で帝国の兵が色々やっててさ。長可さん達の体調を考慮して、出発を遅くしたんだ」
「え!?それって大丈夫なの!?」
「母上が!おい、ちゃんと無事なんだろうな!?」
長可さんの危機を聞いて、慌てる蘭丸。
既に解決はしているが、やっぱり何身内にかあったと聞いたら心配にはなる。
肉体面では何も無かったけど、精神面がね。
混乱はしていたし、気分が優れない時もあった。
そして何より、長可さんが変な奴に唆されて頭を撫でてたのは、内緒にしておこう。
あの姿は、息子としては聞きたくない話だと思う。
「後ろのキャリアカーに乗ってると思うぞ。自分で確認に行けば?」
「母上!ご無事でしたか」
町に着いたからか、キャリアカーを降りて此方に来てくれた。
前田さんと佐藤さん、そして因幡家の両親も一緒だ。
「蘭丸、逞しくなったわね。随分と活躍したそうじゃない」
此処までの道中、長可さんや因幡家の方には、二人の活躍をお話しした。
「お父さん!お母さんも!無事で良かった」
「ほの一!じゃ、なくなったんだよな。今はハクトか。とても良い名を頂いたな」
特にハクトは、ラーメンを開発したという点が大きく、両親はそれはもう驚いていた。
あんなに内気な子が・・・みたいな事を言っていたが、ラーメン作りで行き詰まった時のハクトは鬼気迫る感じだったけどね。
「五人とも色々と積もる話もあるでしょう。彼方に休憩所を作ってありますので、如何ですか?」
そんな事を言っているのは、ズンタッタだ。
町に残った部下達と、色々と建設作業に励んでいたらしい。
何で建設作業なんか出来るのか分からないけど。
(昔と同じなら武将って築城とかしてたから、もしかしたらそういう建築スキルも持っているんじゃない?)
異世界でもそんなの必要なのかな?
魔法とかで遠距離攻撃とか出来そうだし、城とか砦がそこまで重要には思えないけどな。
(でもこういう所で役には立ってるし、便利な事に違いない)
それもそうか。
それにズンタッタくらいの知識があれば、俺達もこの世界に来た頃の犬小屋も、ちゃんとしたログハウスになってたかもしれないな。
「ズンタッタ、ありがとう。ところで、アウラールさんやスイフトは?」
「あの二人は、町に迎え入れた魔族の確認を行なっております。特にアウラール殿は、魔法で変身されたという事が頭の中に残っているらしく、厳しく調べておるようです」
なるほどね。
あんな事はもう無いとは思うが、またそんな能力を持った者が現れないとも言い切れないし。
やらないよりはやった方が良いだろう。
「・・・王様。魔王様!」
ん?
なんか微妙に呼ばれているような気がするんだけど。
誰だろう。
「こっち!こっちです。俺ですよ。斎田です」
あ!
あの石の仮面は!
(僕の魂の欠片を使って悪さしてた、斎田さんか。そして僕の作った石の仮面、まだ使ってくれてるんだね)
「斎田さん!何でこんな所に?」
「俺もよく分からないんだけど。迷惑を掛けた村で、腰を痛めた人の代わりに畑仕事してたら、急に世紀末軍団が現れたんだよ」
世紀末軍団。
ヒャッハー号を先頭にあんなのが走ってきたら、確かにそう思ってもおかしくない。
日本人男性なら、大半は分かるだろう。
「その世紀末軍団に村が襲われると思って、皆を守ろうと警戒していたんだ。そしたら逆に、俺達を守る為に来たって言われちゃってさ。よく分からないまま村全体が世紀末軍団に組み込まれて、気付いたら此処に来てたってわけ」
「それは災難・・・とは言えないですね」
その過程で起きた話を斎田さんに説明をした。
「そんな事があったのか。じゃあ俺も村の人達とあのまま残っていたら、下手したら王国に襲われていた可能性もあったわけだ。でも俺、これからどうしよう。このまま此処に居ても良いのかな?」
それは俺には判断しかねるな。
ちょっと代わるから、説明してよ。
「そうですね。他の町村では、顔をあまり見られてないんでしたっけ?」
「多分ね。大体は変身して会ってたから」
「それなら石の仮面を着けたままで、そのまま参加してください。この周辺の魔族は、ほとんど集まっています。此処でも斎田さんが出来る事、沢山あるはずですよ」
おそらくは迷惑を掛けたという人達は、大半が此処に集まっているはず。
逆に償いをするなら好都合だと思う。
「僕の知り合いに、佐藤さんという知り合いも居ます。その人も似たような境遇ですから、後で紹介しますね」
「日本人が居るの!?それはありがたい。是非ともよろしくお願いします」
斎田さんも色々あるなぁ。
償いの旅をしているはずが、こんな所で再会する羽目になるとは。
よく分からないものだ。
「魔王様、お久しぶりですじゃ」
「オグル町長、お久しぶりです」
オーガの町の町長オグルさん。
お見合いの賭けに勝って、プロテインを大量に手に入れたはずなのに。
妙に年寄り臭くなったな。
「随分とお疲れのようですが?」
「魔王様。説明くらい、していただきたかったですぞ。知らない人達が大勢集まってきて、何が何やら分からないし。此方としては受け入れる準備くらい、させて欲しかったですじゃ」
精神的疲労から、年齢相応に戻ってしまったという事か。
やっぱり立ち寄って説明した方が良かったか。
でも、ナイスバルクとか言ってた人達に難しい話をしても、そんなに意味無いかなと思っちゃったんだよね。
その辺は申し訳ないなと思います。
「魔王様。おそらく、この辺りの魔族はほとんど集結したと思われます」
おぉ!
オーグさんに振られた筋肉馬鹿。
じゃなかった、ゴリアテじゃないか。
今では町長代理みたいな仕事してるとか。
「分かった。今日はまだエルフの人達が落ち着いていない。明日、大広場で各町長、村長を集めてほしい。今後の事を話し合いたい」
「かしこまりました。下の者に明日の準備をさせましょう」
「ところで、彼女出来た?」
「え!?いや〜、なんと言いますか・・・」
「ハッキリ言いなさいよ!」
「ハイ!つい先日、お付き合いを始めた方が出来ました!」
「あ、そう。・・・良かったね」
ちくしょー!
モテないと思ってたコイツが、彼女出来るとは。
羨ましいな。