アイアムアヒーロー3
「あの〜、ヒーローって何ですか?」
前田さんが恐る恐る聞いてくる。
横文字があまり使われない魔族には、ヒーローなんて言葉は通じないのかもしれない。
帝国や王国だと通じるんだろうけど、向こうからしたらヒーローどころか悪役だもんね。
「分かりやすく言うと、英雄です。魔王でもあるけど、子供達には英雄としての姿の方が馴染みやすいかなと思いまして」
「そうですか?魔王様の方が、皆は受け入れやすいと思いますよ」
前田さんの言葉に、長可さんに太田も賛同する。
そうなの?
魔王って為政者って感じじゃない?
王様より英雄の方が、一般市民からしたら近しい存在な気がするんだけど。
勘違いなのかな。
「そもそもの話、魔族にとっての英雄は信長様です。信長様は初代魔王でしたからね。魔族には魔王も英雄も同一視されると思いますよ?」
あぁ!
そういう事か。
この世界で魔族を率いて統一した信長は、確かに魔族からしたら英雄だよね。
俺、最初からヒーローだったんじゃん・・・。
(この際だから、変身したら両方名乗れば良いんじゃないの?ヒーロー魔王だろうが魔王ヒーローだろうが、どっちでも良いけどさ)
ヒーロー魔王、キャプテンストライク!
まあ悪くはない。
決めポーズに魔王っぽさを組み入れれば、別に違和感無く受け入れられそう。
(ヒーローと魔王が同一人物って、なんか主人公とラスボスを一人二役でやってるみたいだね。なんか忙しそう)
魔王やってるだけで英雄視されるなら、忙しくもなんとも無いんじゃない?
しかしこの世界で変身ってあるのかな?
子供達はカッコ良いって言ってくれたけど、そんなに驚きはしなかったよな。
(言われてみるとそうかも。でもハーフ獣人の人達も、ある意味変身だったからね。そういう意味では見慣れてるんじゃない?)
そっか。
変身ヒーローとか、この世界ならもっと驚いてくれると思ったんだけど。
ちょっとアテが外れた感じがする。
「ところで魔王様。そのヒーローが乗る乗り物とは、どのようなモノなのですか?」
前田さんは太田と違って、俺と弟の区別がつかない。
だからずっと魔王呼びのままだ。
別に困る事もないから構わない。
「そうですね。有名なのはバッタのヒーローかな?」
「バッタ?バッタに乗るのですか?それなら森で探せば、すぐに見つかりますよ」
バッタを模したヒーローなわけで、バッタに乗るわけじゃないんだが・・・。
人の話を聞かずに、トライクで外へと出て行ってしまった。
仕方ない。
このまま外へ向かおう。
どうせ外で試すつもりだったし。
「魔王様、バッタを捕まえてきました」
人間の背よりも高い。
全高にしたら、2メートルは超える高さだ。
森に生息する魔物だが、そこまで危険があるわけじゃないので、捕まえるのも容易。
ただし魔物というか、昆虫がそのまま大きくなったような姿なので、顔を見るとちょっと怖い。
虫って、よーく見るとグロいからな。
俺はちょっと苦手だ。
ちょっとだけ。
(嘘つけ!カブトムシとか蝶すら触らないのに、バッタなんかもっと無理だろ!)
そんな事は無い!
魔物だと思えば、そこまで怖くは・・・。
大丈夫だ俺、コイツは凶暴じゃないぞ。
(自分に言い聞かせてる時点でお察しだよ。でも変身して乗るなら、直接触れるわけじゃないし。大丈夫なんじゃない?)
直接じゃないにしろ、触るんだぞ!?
俺は虫が嫌いなんだ!
「どうしましたか?今ならおとなしいですし、乗れると思いますが」
前田さんは、空気を読まずに勧めてくる。
ここであたふたと慌てても仕方ない。
気持ちを鎮めれば大丈夫。
変身すれば、直接触れるわけでもない。
「よし!行くぞ!」
バッタの脚をステップ代わりにして、サッと上に飛び乗った。
「乗った!俺はバッタに乗ったぞー!」
乗れた事に気持ちを良くし、大きな声で叫んだ。
「流石です!魔王様!」
「キャプテン!凛々しいですぞ!」
前田さんと太田は拍手しながら賞賛してくれたが、長可さんはニコニコしているだけで何も言わない。
何故だ!?
(あんまりカッコ良くないからでしょ。それ以外無いと思う)
馬鹿な!?
だって俺、バッタに乗ってるんだぜ!?
イカしてるでしょうが!
「キャプテン。前に進んではどうです?」
それだな。
これに乗って動けば、長可さんも見直すに違いない。
「はいよーシルバー!」
自分で言ってて思ったけど、はいよーシルバーって意味が分からん。
馬じゃないし、名前もシルバーじゃないし。
しかも動かねぇ。
「キャプテン?」
「動け!動けよ!動け動け動け!」
(なんか某主人公みたい)
茶化すなって。
生き物な挙句に意思疎通も図れないから、どうにも難しい。
「動けってーの!」
足でバシッと脇を蹴り飛ばしたら、ようやく動き始めた。
「動くぞ。気を付けろ!」
「お、おっ?おぉ!」
凄くゆっくり歩き始めた。
これ、自分で歩いた方が速いんだが。
「乗ってる意味あるか?」
「でも魔王様がバッタって・・・」
前田さんの勘違いなのに、何で俺のせいになってんの?
乗りたくもない虫に頑張って乗ったのに。
「降りようかな・・・。ん?気を使ってくれたのかな?姿勢が低くなったぞ。なんだ、頭良いじゃないか」
降りようかと中腰になると、思いもよらぬ出来事が。
「うわぁぁぁぁ!!!」
ピョーン!!
ピョーン!!
ピョーン!!
「ま、魔王様!?」
バッタが跳ねた。
姿勢が低くなったのは、ジャンプする前の予備動作だったのかもしれない。
ただ、これは思った。
(めちゃくちゃダサいな)
・・・俺もそう思う。
これ、どうしようか?
ハッキリ言っていい?
乗りたくない。
(断った方がいいんじゃない?)
「俺、バッタは・・・」
「ちょおぉぉっと待ったあぁぁ!!」
空から声が聞こえる。
見上げると、急降下してくる何かが襲ってきた。
バッタ目掛けて突撃してきたが、俺はその間に入った。
「ちょっと!何で邪魔するのよ!」
「いや、だってお前、コイツを殺そうとしただろ?」
ツムジが威嚇するように、鳴き声を上げる。
バッタはそれを聞いて、森の中へと消えて行った。
「何でアタシに乗らないのよ!バッタの方がそんなに良いの!?」
「だってお前、大人乗せられないでしょ」
「何でわざわざ大人になるのよ!小さいままで良いじゃない」
めっちゃ怒ってるな。
むしろバッタに乗るなら、ツムジの方がはるかに良い。
乗り心地も良かったし、話も出来るし。
「俺、バッタに乗るつもりは無いぞ?」
「え!?」
「だって、元々バッタに乗るなんて言ってないし」
「え?だって魔王様、さっきバッタって言いませんでしたっけ?」
ツムジはプリプリ怒ってるけど、乗るなんて言ってないって言ったら少し落ち着いた。
逆に前田さんがおかしな反応をしている。
え?じゃねーし。
「そもそも、バッタに模したヒーローって言ったんだ。それを前田さんがバッタに乗るって勘違いしたから、こんな事になってるんじゃないか」
「な!?私の早とちりだったと!?」
「なあんだ。じゃあアタシも早とちりだったのね」
「そうだぞ。そんなに妬かなくても、俺はツムジの方が良いと思ってたんだから」
「べ、別に、嫉妬なんかしてないんだからね!」
ツムジ、その反応はツンデレというのだ。
可愛いから教えないけどね。
これからも、ツンデレ幻獣として活躍してもらいたい。
「それとは別に、試しにバッタヒーローの乗り物も乗ってみたいかな」
(え!?バイク作るの!?仕方ないな)
「じゃあ僕が覚えてる範囲で、似せて作るから」
やっぱりフルカウルのレーシングタイプかな。
子供の頃のテレビでやってた方になると、何故か普通のバイクとかが増えたんだよね。
アレはアレで、主人公が乗ってるバイクが買える!ってなるからいいのかもしれないけど。
僕はやっぱり、ヒーローには特別な仕様のバイクに乗ってほしい。
欲を言えば、ロボットに変身するのはカッコ良かった。
何でロボ?って気にもなったけど。
「色々と考えているうちに完成した!やはり僕は天才だ」
まずは試乗を兼ねているので、小さく作っている。
見た目はポケバイかな。
「魔王様、よく二輪しかないのに走れますな。私なら転ぶ事間違い無しですよ」
「前田さんが転ぶのも仕方ないですよ。蘭丸も何回も転びましたから。それから試行錯誤して、トライクというその形にしたんです」
「あら?蘭丸はこの三輪馬車の製作に、役に立ったのですか。それは良かったです」
ずっと見てただけの長可さんが、蘭丸の名前を出して反応した。
そういえば、長可さんからは蘭丸の様子を聞いてこなかったな。
既に一人前と認めているって事なのかも。
「うん、走る事は出来る。これなら大丈夫だろう」
少し大きめに変更して、大人バージョンでも乗れるようにしてみた。
【完成したか!コレはなかなかカッコ良いぞ!俺にも似合ってるんじゃないか?】
プロテクターとか着ける捕手形態なら、似合うかもね。
じゃ、乗ってみてよ。
「いざ、キャプテンストライク!やってやるぜ!」
ガッ!プスン!
何で止まったんだ?
もう一度やってみよう。
アレ?
エンジン掛からないんだけど。
(何してんだよ。ギアをニュートラルにしてないからだよ)
ギア?
何処で変更するんだ?
(へ?あ!もしかして、マニュアル車は乗れない!?)
マニュアル車?
アクセルを捻ればいいんじゃないのか?
(あ・・・駄目だこりゃ。完全に失敗だね)
何がだよ!
バイクが失敗作って事?
(そうじゃない。このバイクは兄さんじゃ乗れないって事)
どうして!?
完成したんだろ?
さっきまで走ってたじゃないか。
(そういう意味じゃない。コレはクラッチとギアがあるんだよ。あのヒーローが乗ってるのはこういうバイクだから、てっきり着けないといけない気になってたけど。教習所にも行ってない人が、いきなりマニュアル車は難しかったかもしれないな)
クラッチ?
何それ?
(ほら、知らないでしょ。この左レバーがクラッチ。クラッチを握ってから左のペダルを踏む。それからクラッチを少しずつ開くんだよ。それと同時に少しずつ、アクセルを回していけば走れるよ)
なるほど。
なんとなく分かった。
これを握ってから左のペダル。
それからアクセルを捻る。
・・・走らん。
(クラッチを少しずつ離すんだよ)
これを離す。
(馬鹿!いきなり離したら!うわあぁぁ!!)
「おわあぁぁぁ!!!」
アクセルを回した状態からいきなりクラッチを繋いだから、ウィリーしながら急発進を始めた。
「こえぇぇぇ!!!」
ブレーキとクラッチを目一杯握った。
今度は前のめりになって、身体が前方に放り出された。
「アイタタタ。まさか自分が吹っ飛ぶとは思いもしなかった」
これが日本だったら、俺は後ろから来た車に轢かれてると思う。
「キャプテン!大丈夫ですか?」
「魔王様!大丈夫ですか?」
2人が心配して駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。そしてコレは、俺には乗れないという事が分かった」
教習所並みにずっと練習していれば、いつかは乗れると思う。
けど、それは今じゃない。
「残念ながら封印だな。バイク本体を小さくして弟が乗る分には可能だけど、俺には特訓が必要だと思う。やっぱり俺にはツムジだよ」
「でしょ!でしょ!やっぱりアタシが一番なのよ!」
頭を擦りつけながら、自分が一番だと言い張る。
なんか猫のマーキングみたい。
(どうせだからツムジの背中の鞍に、バイクのハンドルでも取り付けようか?そしたら気分だけは味わえるんじゃない?)
それはグッドアイディアだ!
うん、なかなか思ったよりかは良い。
これなら気分も乗るだろう。
「太田、どうだ?」
「凛々しいですぞ!キャプテン」
そうかそうか。
だったらこのまま着けておこう。
(うーん、そんなに気に入ったならいいけど)
どうかしたか?
(いや、なんとなくだけど。これさ、公園にあるバネが付いた遊具に似てない?バッタンバッタン動かすヤツ)
あぁ!
言われてみると確かに!
それ考えちゃうと、ちょっとダサく思えてきちゃったな。
「魔王様。そのお姿だと、おまるに座ってるみたいですな」
「おまる?」
「おまるを知りませんか?幼い子がトイレを覚える前に使う、排便用の道具なんですけど」
おまるってアレかよ!
お前、それ言ったら・・・
「アタシはトイレの代わりだって言いたいわけ!このボケ犬が!!」