襲われる本陣
これが島津の退き口か。
焦りも焦ったあの突撃。
まさか本陣目の前までやって来るとは。
ウケフジ達も頑張っていたけど、僕達の予想を超えていた。
ホノヒサなんて人物の話は知らなかったし、頭脳派だなんて思いもよらなかった。
彼の立てた作戦に翻弄されたウケフジとマオエの二人だけど、文句は言えないな。
もし下手な騎士を相手にしていたら、何も出来ずに振り切られていただろうし。
いや、むしろ瞬殺されてたかもしれない。
彼等だからこそ、対応出来たと言っても良いだろう。
それになんだかんだで、ホノヒサという核となる人物を倒してくれたし、ウケフジ達は仕事を果たしたと言える。
マオエのおかげで、スマジ達が本陣にたどり着く事も無かった。
ただ、本人達は不本意なんだろうね。
ウケフジ達は本陣からオーサコ城へ向かったスマジを追って、離れていったし。
有言実行。
トキドに言った、勝負を着けるという話を、是が非でもしたいんだと思う。
ようやく形勢はこっちに傾いてきた。
これなら安心だと思っていたんだけど・・・。
僕は自分の頭に刃が落ちてくるのを、スローモーションで見ていた。
このままだと死ぬ。
そう思った瞬間、僕の意識は遠のいた。
「ふっざけんな!」
「何だと!?」
オイオイ、マジで死ぬかと思ったぞ。
半分諦めモードに入っていた弟を、無理矢理引っ剥がして交代したのは正解だった。
頭の上に落ちてきた太刀を、目一杯身体を捻って転がったのが良かったらしい。
子供の姿だったのも幸いしたか?
太刀は俺の肩を掠めただけで、特に大きな怪我は無かった。
(ご、ごめん!もう駄目だと思った)
馬鹿野郎!
そういう時はさっさと代わりやがれ!
身体も魂も取り戻さないで、こんな所で死んでたまるかよ。
(そうだね。本当にごめん)
それよりも、問題はコイツだ。
「お前、誰だ?どうやって、ここま・・・」
俺が馬上の男に話し掛けた時、それはまたやって来た。
一人で突入してくるはずが無い。
そう思って警戒はしていたが、まさか狙いが俺じゃないとは思わなかった。
慌てて振り向いた俺が見たのは、一直線にある男を狙っていた騎士だ。
「官兵衛!」
もう一人の男は、俺を飛び越えて官兵衛の首を狙っていたのだ。
今から全力で庇いに向かっても間に合わない。
だけど、俺はすぐに思い出した。
「オラァ!」
「よくやった!」
「ありがとう!長谷部くん」
官兵衛の護衛である長谷部が、身体ごと間に入り、奴の剣を制したのだ。
木刀二本で剣を弾くと、騎士は目を丸くしている。
「何故だ?木刀が斬れないぞ」
「俺の木刀は特別製よ。テメー等のナマクラ刀じゃあ、一生斬れねーよ」
「うおぉ!パンの兄ちゃん、カッケー!」
頭からパンを生やす男、長谷部。
その啖呵は、ムサシにもカッコ良さが響いていた。
パンの人という扱いだけは、残念だが。
「お前等、誰だよ?」
「拙者はサネドゥ・ヤバスィゲ」
「私はサネドゥ・トブユッキーだ」
「サネドゥ?聞いた事あるな」
誰だっけ?
(真田だよ!真田幸村だ!)
おぉ!
ドラマ見ました!
感動しました!
お父さんに主役食われてた感がありました。
(違うよ!ドラマじゃないんだよ!)
そ、そうだよな。
で、もう一人は誰?
息子にしてはデカイけど。
(僕も分からない。お父さんにしては若いよね)
全然思いつかないな。
なんて思っていたら、まさかの長谷部が気付いていた。
「アンタ等、兄弟か?」
「えっ!?」
「え?そこ驚きますか?顔、似てませんか?」
長谷部の言葉に、二人の顔をマジマジと見てみた。
うん、あんまり似てると思わない。
鼻筋とかは似てるのかな?
でも、俺だけが驚いたわけじゃなかった。
(えぇぇぇぇ!!なんで!?どうして!?兄貴も豊臣方なの!?)
うるさい。
興奮し過ぎでしょ。
(だって、信之が西軍なんておかしいでしょ!ん?おかしくない?徳川家康であるドムダワは、トキドに滅ぼされてしまった。その為に、信之が東軍側に居る理由も無くなったのか)
勅命には従ってないみたいだけどな。
真田ってドラマ見てる限り、言い方は悪いけど権力が強い方に傾くと思ってたんだけど。
実際にはそうでもないのかな。
「それで、ヤバユッキーだっけ?」
「ヤバスィゲだ」
「トブユッキーだ」
混じってしまったらしい。
悪い事をしてしまった。
「で、二人は俺の命が狙いかな?」
「そうだ。それとお前だな」
やはり官兵衛も狙われているらしい。
しかし、何処から俺達の情報が漏れたんだ?
「オイラ達を監視していたという事ですね」
「え?どゆこと?」
「手ぬるい戦いを続けていたのは、誰が出てきて誰が出てこないか探る為。戦力が粗方分かったところで、オーガや火柱を使って見知らぬ戦力を誘き出し、本陣の戦力を削いだところを狙ったという事です」
「あーなるほど」
あんまりよく分からないけど、頷いておこう。
ちなみにこっちにも、戦力はまだ残っている。
「フハハハ!甘いな!まだ佐藤さんと爺さんが残ってる!お前等二人くらいなら、囲んで倒せるぞ。二人ともカモーン!」
・・・誰も来ない。
どうして?
俺、ドヤ顔で言ってたのが恥ずかしいんですけど!?
「孫市様、佐藤殿と水嶋殿は壁の外です」
「何故に?」
「さっきのスマジ隊を抑えようと、外に出ていたようです」
ノオォォォ!!
そうだったのか!
何してくれてんのよ!
いや、むしろ仕事熱心お疲れさまです。
じゃなくて、そうなると二人が来るまでは、俺と長谷部で対応しろって事か。
「んぎぎ!やっと登れた!」
「佐藤さん!?」
佐藤さんが壁をよじ登ってきたらしい。
ちょっと苦しそうだけど、大丈夫だろ。
「いや〜、ケルメンの馬って凄いな。この壁を飛び越えるんだぞ!?俺なんかよじ登るので精一杯だったのに」
「佐藤さん、コイツ等がサネドゥだ!」
「どっちが?」
「どっちも」
「二人とも!?一人じゃなかったのか!」
知らなきゃそういう反応になるよね。
いや、思っていたのと違う反応だな。
「マジか!信繁と信之が共闘かぁ。なんか感動するなぁ」
「感動してる場合か!狙ってきたのは俺と官兵衛だぞ」
「なんと!いきなり大将狙いか。流石は信繁」
流石とか要らんから。
「ちなみに水嶋の爺さんは?」
「外に居る敵と戦ってる。数で負けてるけど、多分大丈夫だと思う」
年寄りに無理をさせるのは、あんまりよろしくないな。
俺も手伝おう。
「ムサシ、イノリさんと官兵衛の三人で、隠れてろ。二人を守るんだ」
「分かった」
「佐藤さんと長谷部は、この二人の相手を。俺は壁の上から、爺さんを援護する」
「了解!」
「おっしゃ!」
二人とも気合十分だな。
というのも、多分今までは出番が少なかったのもあると思う。
佐藤さんは対個人戦に特化している方だし、長谷部も護衛という立場から、自ら斬り込む事は出来ない。
こういう少人数戦にならないと、あまり活躍する場が無いもんね。
(ちょっと!ちょっとだけ良いかな?)
あん?
どうした?
(僕、この二人に聞きたい事があるんだけど)
何よ。
さっさと聞いて。
(どうやって官兵衛にもバレずに、ここまで来たのか。それが知りたいんだけど)
なるほど。
それは俺も興味ある。
「ハイハイ、ちょっとゴメンよ」
俺は佐藤さんとサネドゥ達の間に、割って入った。
いきなり攻撃されるかとも思ったけど、そんな事は無いらしい。
「何だ?」
「アンタ等、どうやってバレずにここまで来たんだ?」
トブユッキーの方がヤバスィゲの顔を見ている。
いや、逆だっけ?
どっちがどっちか分からん。
「良いだろう。教えてやろう」
「ありがとう、ヤバスィゲ」
怒ってこない。
ヒゲが無い方がヤバスィゲだな。
忘れないうちに覚えておこう。
「拙者達は普通に真っ直ぐやって来た」
「・・・は?」
「普通に丘を登ってきたと言っている」
こ、コイツ!
教える気が無いな!
「も、もうちょい詳しく」
「・・・フゥ」
この野郎!
絶対馬鹿にしてるだろ!
俺を見て、やれやれみたいな顔したもんよ。
馬鹿に説明して分かるんですか?
理解出来ますか?
みたいな顔してたもんよ。
「中央に騎士達を寄せた理由は、それですか」
む?
官兵衛の一言で顔つきが変わったぞ。
俺の時とは違って、話が分かる奴が居るじゃないかみたいな雰囲気だ。
って、誰が話が分からない奴やねん!
「少しは頭の回る奴も居るじゃないか。そうか、だからお前もターゲットに選ばれていたのか」
ターゲットに選ばれていた?
それって、コイツ等が決めたんじゃないって事か。
ハッシマーが決めたのかな。
官兵衛は俺の事を見てきた。
多分、そこは突っ込むなって感じなんだろう。
低い位置で、手でバツ印をしていた。
「お褒めに預かり、ありがとうございます」
「そこまで理解しているなら、既に分かっているのではないか?」
「では、答え合わせを致しましょう」
官兵衛の余裕ある声に、サネドゥ兄弟は話に乗った。
俺の予想では本陣への奇襲から、サネドゥ達はすぐに撤退すると思っていたんだけど。
何か待っているのか?
「まず帝国兵を、中央から真っ直ぐにこちらへ向かわせた。そこに騎士達が集まっていく。すると、中央で帝国兵対騎士の構図が出来上がります」
「それは分かる」
実際に俺も、弟が見ていたのを確認したし。
馬鹿みたいに帝国兵が突っ込んでくるから、餌に群がる蟻みたいに思えた。
「その後に起きたのは、火柱です。火柱を使って、再び騎士と帝国兵を中央へと寄せていく。火柱の混乱から、帝国兵達は更に本陣の方へと寄ってきました」
「そうなの?」
「おそらくですがね」
サネドゥ丸の砲撃の為に、俺達は確認が疎かになっていた頃だろう。
知らぬ間に秀吉が誰かを倒して、火柱は無くなったけど。
それでもあの火柱のせいで敵味方両方とも、混乱していたのは確かだった。
「帝国兵と騎士達が本陣に寄ってきただけで、どうやって来たんだ?」
「その後は単純ですよ。彼等は騎士王国の騎士ですから。味方の騎士のフリをすれば、オナキギャワ殿達から攻撃を受ける事は無いでしょう」
「あっ!なるほどね」
「彼等は味方のフリをして戦場に紛れ込み、機を見て本陣へと駆け上がる。それが彼等の道筋ではないでしょうか?」
ふむふむ、そういう事か。
でも、そんな面倒な事をしなくても、簡単に来る方法はあった気もするけど。
「俺もちょっと良い?あのサネドゥ丸って戦車に乗ってくれば、話は早かったんじゃないの?」
「佐藤さん!それ、俺も聞きたかったところ!」
「だよね!二人くらいなら戦車に乗って、他の騎士達に護衛させて本陣狙えたんじゃない?」
佐藤さんは分かってる。
俺もそれが手っ取り早いと思っていた。
「お前等は馬鹿か」
「何だと!」
呆れた顔で馬鹿呼ばわり。
コイツ等、性格悪いぞ。
「佐藤さんはあの戦車というのを知っていますね?」
「おぉ、知ってるけど」
「あの戦車という兵器は、騎士王国の物ではないと思われます」
「やはりお前は分かっているな」
なになに、俺と佐藤さん置いてけぼりだよ。
ムサシなんか、もう飽きてアクビしてるよ。
長谷部は頑張ってついてきてるけど、俺よりも理解してるか微妙なラインだな。
「佐藤さん、あの兵器は帝国製なんです。佐藤さんが信用出来ない人から、これ使っていいよとグローブを渡されたら、それを使いますか?」
「あぁ!」
「彼等はサネドゥ丸を、オトリとして見せたのです。アレだけ派手な攻撃ですから、オイラ達の目も釘付けとまではいかなくとも警戒しますよね?」
「確かに」
「火柱もサネドゥ丸も彼等の作戦の一つで、オイラ達の目を欺く為だったんですよ」
言われてみて、初めてしっくり来た。
クソー、全く気付かなかった。
「やはりお前は危険だな。このガキは大した事無さそうだが、お前は違う。拙者達の目論見を看破し、しかも次なる狙いにも気付いている可能性がある。お前だけはどうしても、ここで排除する必要がありそうだ」




