捨て奸
馬鹿と天才紙一重。
考えは素晴らしい。
確かに発想は良いのだよ。
壊れた槍を使って、クリスタルの魔力でジェット噴射のように推進力を得る。
又左や太田では、思いつかない作戦だ。
佐藤さんやイッシーでも、やらないんじゃないか?
スピードはホノヒサが反応出来ないくらい速くて、作戦は成功したと言える。
真っ二つにされた彼は、自分がどのようにしてやられたかなんて、想像も出来なかったんじゃないかな?
でも、攻撃をした後の事も考えておこうよ。
ホノヒサを倒す事は出来ても、止まらないくらいの魔力を使うってのはどうなの?
気付いたら何処か行っちゃったし。
ただ、兄はアレを見て楽しそうだと言っていた。
スキー板を履いて滑るも良し。
羽を着けて飛行機のように飛べないかとも、考えているらしい。
安土の新しい遊びとして、導入出来ないか。
僕の頭の中で、そんな事を興奮気味に話してきたよ。
僕としては止まる方法が無いから、まだ危険だと思うけどね。
そんな事を考えているのは分かったけど、兄の中で慶次の安否に関しての声が、一切無いのはどうなのかなとも思った。
慶次は星になった。
嘘です。
死んではいないと思います。
多分ね。
僕達が見たのは、悲鳴なのか楽しいからなのか。
あー!という叫び声と共に遠ざかっていく、慶次の姿だった。
「孫市殿、その・・・ご愁傷様です」
「殺さないで!勝手に死んだ事にしないで」
オケツのネタなのか本気なのか分からない言葉に、僕とイノリはちょっと引いた。
ムサシだけは本気にしていて、飛んでいった慶次の方向へ拝んでいる。
「しかし、何処まで飛んでいかれたのか」
「分からない。完全に戦場からは離れていってしまったな」
「兄ちゃん、助けには行かないのか?」
助けかぁ。
余裕があれば捜索隊を出すのもやぶさかではないのだが、現状では本陣の守りすら薄くしているくらい、余裕は無い。
ここは泣く泣く、彼の捜索は諦めるしかないだろう。
・・・どうせ勝手に戻ってくるでしょ。
「慶次殿は失ったが、代わりにマオエ殿が活躍し始めましたね」
オケツの言う通り、ホノヒサという要を失った隊は、一気に瓦解していく。
今ではマオエも部隊を他の者に任せ、ウケフジとスマジ本隊を挟撃しようという考えのようだ。
「上手くいけば、討ち取れるんじゃないか?」
「どうでしょう。あのウケフジ殿が手こずる相手ですから」
ウケフジ隊と戦っているスマジ隊だが、一進一退の攻防が続いている。
そんな中、ホノヒサがやられた事は、ウケフジスマジの両者にもすぐに報告された。
それは、慶次という未確認飛行物体のおかげでもあった。
「そうか。マオエを助ける為に・・・。後で孫市殿に詫びなければ」
「何だと!?ホノヒサと相討ち!?あの男に傷付けるだけでなく、倒すとは。敵ながら、惜しい男を亡くしたな」
一つ間違っているのは、両者共に慶次も死んだと報告されている点だった。
しかしその報告は、両者に明暗を分けたとも言える。
「行くぞ!彼の死を無駄にしない為にも、ここでスマジを討ち取れ!」
「ホノヒサ様がやられたのです!一時撤退しましょう!」
慶次の弔いとばかりに、勢いに乗るウケフジ隊。
それに対して、作戦参謀も兼ねていた副官のホノヒサが負けた事に、スマジ隊の士気は急低下している。
そんなスマジ隊の中で、一人だけ冷静な男が居た。
「バカモンが!ホノヒサが死んだくらいで狼狽えるな!まだおいが残っている。おいが死なない限り、スマジの魂は消えん!」
「しかし!」
撤退を申し出る騎士達に、スマジは考えた。
そして、思いついたあの作戦。
彼は騎士達の思いを受け取り、次の一手へ打って出るのだった。
士気の低下が顕著に見える。
だったら彼等の意図を汲もう。
スマジは挟撃を逃れる為に、再び戦場から離れていった。
「皆の気持ちは分かった。撤退する」
「おぉ!」
「このままオーサコ城に引き戻るぞ。おいの背中を見て、真っ直ぐについて来い!」
「ウオォォォ!!」
撤退と分かった途端、気合が入るスマジ隊。
ホノヒサの存在は、それだけ大きかったようだ。
「周りを見るな!宿れ、巨猪!突っ込むぞ!」
茶色い鎧に身を包み、両肩には大きな角が前へ突き出ている。
スマジ隊の速度が、全体的に上がった。
後ろから追っていたウケフジ隊はスマジがケモノを宿したのを確認すると、ウケフジも対抗する為にケモノを宿す。
反転したスマジが、ウケフジ隊に真正面からぶつかってきた。
その勢いは凄まじく、このままぶつかると両者に大きな被害が出る事は免れない。
「正気か!?スマジの奴、捨て身の攻撃を仕掛けてきたぞ!」
「フハハハ!者共、行くぞ!」
一際大きな長い太刀を持ち、先頭を猛スピードでひた走るスマジ。
後ろから続く騎士達も、同様のスピードでついて来ている。
正面から当たる事を躊躇ったウケフジ達は、少し右へと逸れた。
「総員、左へ太刀を出せえぇぇ!!」
スマジの指示を聞くと、騎士達は一斉にすれ違うウケフジ隊へと太刀を向ける。
ウケフジ隊はそれに当たらないように右へと避けていったが、無傷とはいかなかった。
「フハハハ!進め!進めぇ!」
「奴等、何を考えている?」
ウケフジ達とすれ違ったスマジは、そのまま直進していく。
既にウケフジ達の事など、眼中に無かった。
「そのまま直進じゃあ!」
被害報告の為に立ち止まり、離れていくスマジ達を見送るウケフジ隊。
彼等はしばらくして、ある事に気付いた。
「しまった!」
「どうしました!?」
「急いで追うぞ!奴等の狙いは、本陣だ」
「サネドゥ丸、本当にうるさいな」
オケツの一言にムサシも頷いている。
僕が作った土壁を壊す為なのか、ひたすら壁に向かって撃ってくるのだ。
被害は全く無いものの、とにかく衝撃音が響く。
敢えて被害を訴えるなら、騒音被害だと僕は口にするだろう。
「兄ちゃん、気のせいか?」
「どうした?」
「何処からか、騎馬が走ってくる音が聞こえる気がするんだけど」
ムサシは目を閉じて耳を澄まして、そんな事を言ってきた。
僕には何も聞こえない。
イノリの方を見ると、横に首を振っている。
「オレの気のせいか?」
「いや、勘違いじゃないかもしれない。見てみな」
穴から地面に顔を出すと、地面の小石が跳ねているのが分かった。
「本当だ!」
「私が周囲を見てみる。ちょっと待っててくれ」
オケツは外へ出ると、壁にピタリと張り付いた。
砲撃が当たった直後、すぐに顔を出した。
「おかしいな。下から上がってくる騎馬隊は居ないぞ」
「違う方から来てるんじゃないのか?」
もしかしたら勅命を聞きつけた、味方の騎馬隊かもしれない。
それならオーサコ城の方からではなく、後ろから来る事も考えられる。
「いや、見当たらないな。ん?来た!向こうだ!」
オケツが示した方向は、壁に垂直の方向だった。
全く予期していない方向からの騎馬隊に、僕達は味方だと思い込んでいた。
「兄ちゃん、アレ本当に味方か?」
「え?」
「止まる気配が無いぞ」
「まさか!」
確かに地面が揺れるくらいの勢いだ。
やって来る騎馬隊は意気揚々としているものだと、そう思っていたのだが。
やはりムサシの言っていた事は当たっていた。
「す、スマジ隊だ!」
「えっ!?ウケフジ達は!?」
「振り切られたっぽい」
オケツがこちらへ走ってきて、再び中へと入ってくる。
残った騎士達も慌てている事から、相当な勢いで向かってきているのだろう。
「全員、中へ入って!」
残った護衛の騎士達用に、新たな防空壕を作った僕は、スマジ達の場所を確認した。
「速いな。本陣へ突っ込むつもりか」
「どうする?」
オケツは意外にも落ち着いた声で、僕に尋ねてきた。
慌てた様子を見せなかったからか、イノリもそこまで心配そうな顔はしていない。
これならムサシも、何も考えずに飛び出さないだろう。
「大丈夫だ。騎馬隊なら単純な方法で回避出来る」
「どういう方法だ?」
「こういう方法だよ!」
僕はスマジ隊が走ってくる方に、土魔法で大きな穴を掘った。
幅にして十メートルくらいか?
どんなに優れた馬でも、これくらい距離が離れていれば、飛び越えられまい。
「馬鹿!あんなの飛び越えられるぞ!」
「え?そうなの?」
「騎士王国の騎馬をナメるな!」
オケツがそう言うと、本当にその通りだった。
「ガハハ!甘い、甘いわ!」
先頭のスマジがスピードを落とさず、そのまま騎馬はジャンプする。
続く騎士達も同様に飛ぶと、誰一人脱落する事なくこちらへ向かってきた。
「か、壁を!」
慌てて土壁を作ろうとしたその瞬間。
横から飛び出してきた一団がいた。
「スマジ!覚悟!」
「ぬぅ!」
数は少ないものの、先頭のスマジにピンポイントに横から攻撃をしている。
横からの攻撃を防いでいるせいか、徐々に斜めに進んでいくスマジ。
「マオエ殿!」
「よし!」
マオエが作ってくれた隙を、無駄には出来ない。
僕はすぐさま土壁で道を塞ぐ。
「チィ!邪魔だ!」
肩の角を食らってバランスを崩すマオエ。
だが彼も負けてはおらず、スマジに一太刀浴びせている。
「ホノヒサ同様に、お前も冥土へ旅立つが良い!」
「ガハハ!甘くみるなよ」
スマジは長い太刀を振り回すと、力でマオエを弾き飛ばした。
彼等はそのまま本陣の横を通り過ぎて、丘を下っていく。
「足音が遠ざかっていく。助かったみたいだ」
「ちょっと危なかったね」
「あのおっちゃん、すげーな。笑いながら戦ってたぜ」
確かにスマジは、終始笑っていた。
豪快な笑い声が、こっちにも聞こえてきていた。
「死を覚悟してたのかな」
「分からない。でも、それくらいの勢いで来てたのは確かだ」
スマジは死を覚悟して突っ込んできていたのは、事実だった。
しかし部下達は違う。
それを悟らせないように、スマジはずっと笑いながら戦っていたのだった。
そんな彼も約束は守る。
本陣への奇襲が失敗した今、彼は撤退という約束を守る為に、オーサコ城へと走り去っていく。
「いや〜、緊張したね」
「私も騎士が見えた時は、ちょっと怖かったです」
「ゴメンね」
目の前まで迫ったスマジ隊は、僕達でも目視出来た。
それは僕より背の高いイノリなら、当然見えていた。
一般人の彼女からしたら、猛スピードで笑いながら突撃してくる騎士隊は、恐怖の対象でしかない。
「大丈夫だ!ねーちゃんくらいなら、オレ守れるぞ」
ムサシは強気にそう言うと、イノリは安心したのか笑顔を見せる。
「大丈夫。私も貴女を守ってみせよう」
え?
オケツくん、キミは何をしているの?
ナンパ?
どうしてイノリの手を握ってるのかな?
馬鹿なのかな?
そんでもって、こっち見てくるのやめてくれ。
「孫市殿は守ってくれないの?」
あ、なるほど。
彼女を安心させる為の話ね。
コイツ、ボブハガーの仇よりもナンパ選んだのかと思ったよ。
「勿論、僕も守るよ。僕に掛かれば、どんな敵が来たって余裕だからね」
「どんな敵でも?敵の将軍が来てもか?」
「当たり前だろ。だって見ただろう?その証拠に、ほら。僕が作った壁は、あの砲弾も破れてないし」
ん?
そういえば、さっきから砲撃が来てないような。
スマジに当てないように、気を遣った?
それとも権六達が、壊してくれたのかも。
「そういえば砲撃が来ないね。ちょっと見てみよう」
僕が外へ出ると、皆も出てきた。
砲撃が無い事に気付いて、安心したのかもしれない。
その瞬間だった。
影が僕を覆ったのは。
「え?」
「その命、貰い受ける」