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虎の攻防

 戦場に戦車が出てくるのはおかしくない。

 もしそう言うのであれば、この世界で声を大にして言ってみてほしい。

 まさか、あんな物まで用意されているとは思わなかった。

 帝国との戦闘であれば、その可能性は考えていなくもなかった。

 だって戦闘機が出てきたんだもの。

 戦車やヘリだって作られても、おかしくないと思っている。

 だけど、それを騎士王国内での戦いで出してくるなんて、誰が予想出来るよ?

 予想出来たのは、性能は落ちていないという点くらいで、やはり射程も短くなっていたりはしなかった。


 そんな戦車と大きさが変わらないのは、権六が戦っているオーガだ。

 むしろこっちの方が大きいか?

 魔族の中でも強い部類に入るであろう。

 特にその身体は筋肉隆々で目立つし。

 でも頭は悪そう。

 遠くから見てても、脳みそ筋肉なんじゃないの?と聞きたくなる。

 それくらい力に自信があるんだろうね。


 なんて思ったのも束の間。

 片手で権六が放り投げられてしまった。

 馬鹿力にも程があるだろ。

 持っていた棍棒は粉々になるくらいだし、こりゃ勝てないかな。






 そのボロボロの姿には似つかわしくないセリフ。

 権六の言葉を聞いたゴットゥーザは、挑発だと知りつつもその案に乗る。



「クハハハ!それは良い。その身体で何が出来るか知らんが、そこまで言うのなら良いだろう」


「では、少々時間を下さい。今から準備しますから」


 腰布の中から、ある物を取り出す権六。

 最初は飛び道具でも取り出したのかと少し警戒したゴットゥーザだが、ある物が何なのか分かって嘲笑する。



「プッ!お前はそんな物を使うのか?」


「そうですけど、何か?」


「そんな物を何に使うのだ。まさか、踊ったりしないよな?」


「その通りです。踊りますよ」


「そうだよな。そんな事しない・・・え?」


「踊りますよ。その為に必要な扇なので」


 権六が取り出した物。

 それは鉄扇だった。

 かなりの重さを持つその鉄扇を二つ取り出し、彼は何を思ったのかゴットゥーザの前で舞い始めた。



 最初は馬鹿にしていたゴットゥーザだったが、気付くと素直に魅入っている。

 しばらく権六が舞っていると、汗だらけの身体から蒸気が沸き始めた。



「な、何だ?」


 ゴットゥーザは自分の目を疑った。

 権六の身体の色が、変わっていくからだ。

 目を擦りながらも何度か見直してみるも、やはり肌の色が黒く、そして髪が赤くなっていた。

 舞い終えた権六は、ゴットゥーザにお辞儀をする。



「羅刹の舞、終演です」


「羅刹の舞?」


「私は舞を通じて、自らの身体に鬼を宿します。騎士王国の方々の、ケモノに近いモノと考えて下さい」


「なるほど。それがお前の本気か。ならば俺がその力、受け止めてみせる!」


 そう言うとゴットゥーザは、権六が舞っている間に部下に運ばせた、新たな棍棒を手にした。

 権六の手には金棒は無く、持っているのは鉄扇だけだ。



「悪いが貴様の脳天、かち割らせてもらうぞ」


「私も貴方を斬らせてもらいます」


「行くぞ!ぬおぉぉ!!」


 鉄扇如きで、自分の棍棒を受け切れるはずが無い。

 ゴットゥーザは袖が裂けるくらいに両腕に力を込めて、棍棒を権六の頭へと振り下ろした。



「せいぃぃや!」


 両手で鉄扇を振り上げると、すぐさま振り下ろす権六。



「ば、バカな!?」


 権六の頭に当たる前に、棍棒は真っ二つに切られている。

 信じられない光景を目にしたゴットゥーザは、鉄扇に何か仕掛けがあると読んで、権六の手を見た。



「け、剣になっている!?」


「羅刹が司るは破壊と滅亡。羅刹の剣はいかなる敵も断ち切る。いかに大きな貴方でもね」


「な、何を言っている!俺の頭にその剣は届いていない・・・ぞ?」


 自分の視界が左右でズレていくのに気付いたゴットゥーザは、棍棒を投げ捨て自分の顔を触った。

 顔の位置が左右で違う。

 彼はその時、ようやく自分が真っ二つにされた事に気付いた。



「み、見事也・・・」


 前のめりに倒れていくゴットゥーザは、最期に初めて権六の事を褒め称えた。

 異様に大きなオーガが倒れるのを見た騎士達の士気は、再び大きく上がっていく。



「フゥ、ひとまず私の仕事は一つ終わったところですかね。・・・早くお市に会いたい」


 戦場の中で呟いた本音は、敵味方誰にも聞かれる事は無かった。






 中央の戦場に現れた大きな魔族が、また二つにされて倒れていく。

 それを見た中央の騎士達の声は、更に右側で戦っていたトキド達にも影響を与えていた。



「誰かが大物を倒したみたいだな」


「アレはゴットゥーザ殿か!?まさか、あのような剛力無双の者が倒されるとは」


 自分でも勝てるか分からないと思われたゴットゥーザが、誰かに倒された。

 信じられない光景を見たタツザマに、動揺が走る。



「敵と対峙している時に隙を見せるとは。俺も甘く見られたものだ!」


 その動揺を読んだトキドは、タツザマへと猛攻を開始する。

 反撃する暇を与えないように、トキドの連撃がタツザマを襲った。



「くっ!」


「どうしたぁ!」


 圧されるタツザマは、トキドの猛攻を辛うじて防ぐ。



 しかし隙を見せたのは、やはり失敗だった。

 致命傷にならない傷が、タツザマに増えていく。

 そんな傷も沢山増えると、血を流す量が増えタツザマの体力を奪う。

 それでも耐えるタツザマに、ようやく好機が訪れた。

 猛攻を仕掛けたトキドは、疲労が溜まって腕が鈍ってきたのだ。



「ブハァ!」


 大きく息を吐くトキド。

 その隙に距離を取ったタツザマも、ようやく息を吐く事が出来た。



 お互いに大きく肩で息をしている。

 先に呼吸を整えたのは、タツザマだった。

 やはり守るより攻めていた方が消耗は大きい。



「スーハー、スーハー。よし、行ける」


 手に力が戻った事を確認したタツザマは、向こうが初めて見せた疲労を見逃さなかった。



「手負いの虎を放置した貴様の負けだ。拙者の奥義を食らうが良い」


「お、奥義・・・」


 トキドの頭に風林火山が過ぎる。

 だが、タツザマの口から出たのは、全く違う言葉だった。



「奥義、騎虎」






 知らない奥義。

 同じ虎を宿す者として、トキドはどんな技なのか興味はあった。

 だが、そんな事を考えている余裕は無い。

 トキドは今、見えない四方八方からの攻撃に耐えるしか無いからだ。



「な、何なんだコイツ」


 時折聞こえてくるのは、虎の鳴き声のような音。

 猛スピードで、頭上からも足下からも刃が狙ってくる。

 一瞬でも気を抜くと、斬られてしまう。

 トキドは集中して、今度は自分が耐える番だと心に決めた。



 トキドは待った。

 タツザマが自分と同じように、疲労から動けなくなるはずだ。

 そう信じていた。

 だが既に五分、十分、いやそれ以上経ったかもしれない。

 一向にスピードが落ちない事に、トキドは初めて焦りを見せ始める。



「チクショウが!」


 食らい続けた攻撃の中で、いくつかパターンを感じたトキド。

 その動きに合わせて剣を振り、あわよくばカウンターを狙おうとした。



「グハッ!」


 やっぱり駄目だったか。

 頭の中でそんな都合良くいかないよなと思いつつ、自分の脇腹から流れる血を見た。



「チッ!まだ止まらないとか。化け物め」


 舌打ちしながらも耐えるトキド。

 しかし脇腹のダメージが、徐々にトキドの余裕を奪っていく。



 どれだけ経ったか分からないトキドだったが、思わぬ形でその攻防が終わりを告げた。



「ぬあっ!?」


 脇腹から流れる血で、足を滑らせたトキド。

 片膝をついてしまい、いよいよ無防備な姿を曝け出してしまう。

 死を覚悟した瞬間、何故か頭の横を大きな物体が通り過ぎていった。

 それは地面へと叩きつけられ、ようやく動きを止めたのだった。



「イタタタ。失敗した」


「た、助かったのか!?」


 居るはずの場所にいないトキドに、パターン化された攻撃は当たらなかった。

 自分から地面に転げ落ちたタツザマは、頭を横に大きく振っている。



「アレだけ動いて、息が乱れていないだと!?」


「拙者、心肺能力が他人の数倍らしいのでな」


「化け物め!」


 トキドが悪態を吐くと、タツザマは笑った。



「かの有名なトキド殿に言われるとは。拙者、光栄の極み」


「嫌みか」



 トキドは違和感を感じていた。

 さっきの猛攻では、同じく呼吸が乱れていた。

 しかし今は、更に長時間動き続けたにも関わらず、呼吸は乱れていない。

 何故なのか?



「・・・あー、分からん!」


「何がだ?」


「お前の呼吸が乱れない理由だよ」


「秘密である」


 そりゃそうだ。

 トキドは心の中で当たり前だと思いつつ、再び剣を構えた。



「では今度こそ、その命頂戴する」


「手負いの虎は、危険だと言ったのはお前だ。俺がお前を食い破る!」


「奥義、騎虎」


「疾きこと風の如し!」






 タツザマはトキドの姿を見失った。

 それは、奥義が失敗に終わる事を意味していた。



 タツザマの奥義騎虎は、四方八方から超スピードで猛攻を仕掛けて、相手を不動にさせる事が前提とされている。

 そしてことわざである騎虎の勢いのように、虎が走り終えるまでに降りたら、食い殺される事を意味する。

 タツザマが止まるまで耐えられなければ、それは殺されるのと同意だった。


 しかしこの奥義は、初手で攻撃を当てなければ相手をその場に留めておく事が出来ない。

 トキドの姿を見失ったタツザマは、奥義が発動出来ずにいた。



「なるほどな。速く動く事は出来ても、動体視力に優れるわけではないらしい」


「ど、何処だ!?」


「侵略すること火の如し!」


 タツザマの周囲を、炎の渦が取り囲む。

 タツザマは中から逃れようと、渦の中へ飛び込んだ。



「ガハッ!」


 何かに弾き飛ばされ、渦の中に戻るタツザマ。

 同じ事を何度か繰り返すも、やはり失敗に終わってしまう。



「うぅ・・・」


 炎のせいで空気が薄くなってきた。

 タツザマは手で口を覆うも、抜け出す手段が思い浮かばない。

 そして悪あがきとして思いついたのは、奥義の存在だった。



「お、奥義、騎虎」


 何かにぶち当たるなら、奥義を当てれば良い。

 炎の渦に向かって、騎虎を放つタツザマ。

 しかし奥義は不発に終わった。

 当たらなかったのだ。

 思わぬ形で炎の渦をすり抜けるタツザマは、バランスを崩して前のめりに倒れ込んでしまった。



「チェックメイトだ」


 炎を纏った太刀を、タツザマの首元に向けるトキド。

 タツザマは剣を手放し、トキドに向かって尋ねた。



「どうやって拙者の奥義を見破った?」


「秘密だ!」


 大きな声で答えるトキド。

 実のところ、全く見破っていない。

 ただ、食らうと止まらないから当たりたくなかっただけだった。



「ハハ、そりゃそうだ。分かった。拙者も騎士。覚悟は出来ている」


「は?何の覚悟だ?」


「何のって、殺される覚悟だ」



 トキドは思った。

 自分の判断で、タツザマほどの男を殺して良いものなのか?

 帝国という外敵が迫ってきている以上、無闇に強者を斬り捨てるのはどうなのか?

 トキドはそう思っただけで、それを決めるのは面倒だと考えていた。



「今は殺しはしない。というより、殺さないんじゃないか?」


「何故だ!?」


 覚悟を決めたのに、それを無碍に扱われる。

 タツザマはトキドの返答次第では、自らその刃に首を突きつけるつもりだった。



「うーん、お前強いし」


「は?」


「この戦の後ってどうなる?」


「どうなるって、それは・・・」


 答えに詰まるタツザマ。

 ハッシマーを勝たせる以外は特に何も考えていなかった彼は、帝側が勝った先の話など気にもしていなかった。



「俺の考えだけど、今のままは無理だと思うんだわ。多分、魔族や帝国、他国とも広く関係を持つんじゃないか?」


「・・・なるほど」





「こうやって戦争をして強い奴が居なくなると、どうなる?俺が怖いのは、他国からの侵略だな。俺達だって、騎士団が弱い領地へ攻めるだろ?だからこそ、強い奴は生き残る必要があると思うんだ。だからお前は必要となる。今は生き残れよ」

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