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稽古

「稽古?勇者殿が稽古を付けてくださるのですか?」


 ちょっと目がキラキラ輝いている。

 そこまで嬉しい事なのか?


「勇者ならそれくらいしてくれるだろ。勇者なんだから」


 自分で言っててどういう理屈か分からないけど、前田さんには通じている。

 何故通じるのか分からないけど、あの魔王信奉ぶりを考えれば、変な勇者信奉になってもおかしくない。


「そうですよね!勇者様なんだから、それくらいしてくれますよね。魔王様は流石言う事が違う!」


 勇者様に魔王様って、この人の頭はどうなっているんだ。

 混乱してるんだろうけど、自分の中で違和感とか無いのか?

 そのうち僕は魔王呼ばわりになりそうだけど、今なら話がまだ通じる。


「ちょっと待て!何故僕が、誰だか知らない獣人と戦わないといけないんだ!?」


 いきなり変な流れになってきたせいか、狼狽している。

 でも前田さんは話を聞かない。


「よろしくお願い致します!」


「ちょーっと!待て、待つんだ!キミは十分に強い。それは僕と匹敵するだろう。だから稽古など必要無いんじゃないか?」


 ほほぅ。

 言いくるめようという作戦か。

 この話を聞かない前田さん相手に、それが通用するかな?


「またまたご謙遜を。私など勇者様の足元にも及びませんぞ」


「いやいや!強いぞ?お前は十分に強い。どうせなら魔王に見てもらったらどうだ?」


 コイツ、こっちに押し付けてきやがった!

 しかしそれも対策済みよ。


「別に僕でもいいけどさ。ただ能登村で、僕は前田さんの槍捌きを見てるからなぁ。前田さんも僕の戦いを見てましたよね?だったら勇者に見てもらった方が良くないですか?」


「なっ!?」


 そう、僕にはアドバンテージがある。

 前田さんとの付き合いが長いという、アドバンテージがな!

 その分、僕の方が前田さんの事を理解している。

 言っちゃあ悪いが、前田さんも脳筋だ。

 村を出る直前から態度が変わって、隠していた脳筋ぶりが垣間見えた。

 だからこそ、戦いに持っていくと乗り気になるのだ。


「そもそもの話なんだが、お前達も勇者の強さを知りたいと思わないのか?お前はどうなんだ?お前も、お前も勇者の戦いを見た事あるのか?」


 ハーフ獣人の連中に指を指していき、どうなんだ?と聞いて回る。


「え?」


「私達は・・・」


 皆、疑問にも思わなかったようだ。

 洗脳されてるから、そういう事を考えもしないんだろう。

 でも、誰かから指摘されれば聞く耳くらいはある。


「僕はお前等より強いぞ!」


「ですよねぇ〜。だったら、尚更その強さを証明するべきでは?」


「いや、それは・・・」


【お前も嫌らしいよな。アイツ、めちゃくちゃ慌ててるぞ?】


 褒め言葉と受け取っておこう。

 馬鹿に馬鹿と言われる屈辱、ここで晴らさせてもらう。


【根に持ってるなぁ。まあ自業自得って事で。残念だが、前田さんにやられてもらおう】


「ほら!お前達も声援を送りなさい。能登村の皆も。勇者様が前田さんとの立ち合いで、実力の一端を見せてくれるぞ?あっそれ!ゆ・う・しゃ!あっそれ!ア・ン・ト!」


 手拍子に乗せて掛け声を出す。

 周りも乗ってくれれば、ほぼ勝ちだな。


「だから待てって!何で僕が戦うんだ?魔王が戦ったっていいんじゃないか?」


「じゃあちょっと聞くけど、勇者って何?」


「勇者は勇者だろ!」


「だから、勇者は何をする人なのさ。魔王は魔族を統べる王だよ。王様なわけであって、そんな簡単に戦うような存在じゃないと思うわけ。じゃあ勇者は?勇者って何者なの?勇気がある人?勇ましい人が勇者?そんな人、その辺に沢山居るよ」


 魔王の存在意義なんか知らないけど、多分そんな感じだと思う。

 でも勇者って、何者だかよく分からない。

 ゲームでもそうだけど、誰の観点で見て言ってるのかが不明。

 勇者様だ!って民衆は言うけれど、何を基準に勇者って決めるのだろう。

 旅をしていくにつれて、周囲から言われるのなら分かるんだよ。

 知らない人を助けたり、困っている事を解決したり。

 でも最初から勇者って言われる人達。

 それと自称勇者は、別に何も成し遂げてないよね。


「そこんところ、どう思ってるの?」


「だから何がだよ!勇者って言えば、皆が敬う存在だろ!僕は皆から勇者だって言われてるじゃないか」


「それはその石の力だよね。キミの力じゃない。それと言わせてもらうけど、勇者なら魔王と戦う気はあるんだよね?」


「べ、別に勇者本人が、魔王と戦わなくてもいいじゃないか。そんなものは手下がやればいい事だろ」


「それって勇気ある人が言う事?勇ましくも何とも無いよね。キミ、本当にそれで勇者名乗れるの?」


「うるさいな!僕は誰がなんと言おうと勇者だ。それはお前みたいな奴が決める事じゃない!」


 子供みたいな屁理屈だ。

 もう意固地になってるだけみたいに感じる。

 長く周りに居た連中は違和感を感じてないのかもしれないけど、能登村の人達からすると苦笑ものなんだろう。

 顔を背けて笑いを堪えている人も見える。


「あの〜、私はいつ稽古付けてもらえるんですか?」


 長い話に飽きたのか、話に割って入ってきた。


「僕は稽古付けるとは言ってない!」


「前田さん、勇者と一緒に旅したいですか?」


「そうですね!してみたいです」


「だったらこの場で魔王を倒せ!そしたら連れていってやる」


 この期に及んで、まだそんな事を言っている。

 もう前田さんと戦うのは、避けられないというのに。


「前田さんは魔王に仕えるのは諦めますか?」


「それは諦めませんよ!私は魔王様の右腕になる為に槍を振るうつもりですから」


「じゃあこうしましょう。勇者と戦って、その強さを実感してもらう。勇者が強いと認められれば、旅に行けます。それに魔王である僕も、前田さんの強さを見る事が出来ます。なかなかやるなと思えば、右腕にするのも考えなくもないですよ」


「なるほど!それは良い考えです」


「どこが良い考えだ!」


「強さを知ってもらうには、前田さんも本気でやらないと駄目だと思うんですよ。下手に手を抜いて、やっぱりお前使えないな・・・なんて言われたらどうします?」


「それは自分が許せませんな!分かりました。本気の本気で行かせていただきます」


 前田さんは自分の槍を持ち出した。

 5メートル以上は軽くある、とんでもなく長い槍だ。

 槍を勇者に向けただけで、軽く威圧感がある。


「前田さんの全力、期待してますよ?」


「魔王様、お任せください!勇者様に認めてもらい、魔王様の右腕になる為に、この前田又左右衛門利家、全力で参ります!」


「ちょっと!待って!まだ駄目だって!」


「流石は勇者。剣を構えなくても、前田さんの槍くらいはどうとでもなるって事かな?」


「何でそういう考えになるんだ!」


 慌てて剣を構えるが、どうにもへっぴり腰だ。

 人の事が言える方ではないけど、僕は魔法がメインだからね。

 剣が下手でもそこまで問題があるわけじゃない。

 それに対して、彼は勇者だからねぇ。

 剣の扱いはそれなりに出来ないと。


「では勇者様。本気で参ります。いざ!」


 前田さんは長い槍を前に構えたまま、ドン!と前へと踏み出す。

 鋒が勇者に届くか届かないかという距離に近付いた時、勇者は剣を振るった。

 初めて剣を振るった光景を見たのだろう。

 周りの女兵達も声を上げる。

 その剣を軽く弾き飛ばし、長い槍が一閃。

 正中線に合わせ、腹、喉、そして頭を突く。


「アレ?勇者様?」


 その槍の一撃、ではなく三撃で、勇者アントの命は散った。

 最後の頭の一撃の威力は凄まじく、身体から千切れはるか後方へと吹き飛んでいる。

 ミスリルの鎧も、同じミスリルの槍ならならほとんど意味が無さないらしい。

 僕は彼の死体から、欠片を取り返した。

 しかしそれよりも・・・


「・・・速くね?」


 やべーな。

 僕じゃ槍の軌道が見えなかったんだけど。

 腹に一撃突いたと思ったら、頭が無かった。


【前田さん、以前より速くなってない?この速さなら、佐藤さんにも通用しそう。って、そういえば佐藤さんは一緒なのかな?】


「前田さん、佐藤さんはどうしたんですか?」


「佐藤さん?後ろに乗ってるはずですよ。でも走ってる時に何回かぶつかってから、吐き気が治らないみたいでねぇ。今は寝てると思います」


 そうか。

 事故に何回も遭ってるのと同じだもんな。

 そりゃ酔いもするわ。

 ご愁傷様です。

 それよりもこっちが問題だ。


「貴女達が勇者って呼んでいた男は、呆気なく死んでしまった。ハーフとはいえ、獣人の貴女達とは戦いたくはないんだけど」


「・・・勇者様が死んだ?私達はどうすればいいのでしょう?」


 欠片の力は永続的ではないはず。

 混乱が治らないってところかな?


「帝国に戻りますか?」


「帝国には私達の居場所なんかありません。実の親にも見捨てられ、兵士になるしかなかっただけです。軍でもハーフというだけで蔑まれる始末でしたから」


 これだけ強いのに、蔑ろにされるのか。

 彼女達は優先順位が低いのだろう。

 武装も鉄や革の物が多い。


「魔王様、勇者様は手を抜かれていたのですかね?」


 呆然としていた前田さんが、急に話し掛けてきた。

 自分で仕えようとしていた勇者の息の根を止めたのだから、フリーズするのはしょうがない。

 でもタイミングってものがあるでしょう。


「手を抜いたんじゃなくて、アイツが弱かっただけですよ」


「まさか!だって勇者ですよ?」


「借り物の力で得ただけだから。それに、身の丈に合った力でもなかったし」


 あ、そうだ。

 前田さんに任せちゃうか。


「帝国に戻らないのであれば、僕達と一緒に来ますか?この通り獣人の人達も多いし、貴女達を差別するような人達は居ないですから」


「敵だった私達を、受け入れてくださるんですか?」


「敵と言っても、ほとんど操られていたようなものだし。帝国と敵対する事にはなるだろうけど、それでも良ければ」


 代表者なのか、強者のうちの上位数人なのか。

 何人かで集まり、話し合いを始めている。

 別に急ぎではないので、納得いくまで話し合ってもらおう。


【結局、勇者って何だったんだ?】


 勇者なんて居ないんだよ。

 勇者って誰かに認められてなるんだから、それは事を成し遂げた後に言われる人の事のはずなんだから。

 何も成していない奴が勇者とか、おこがましいにも程がある。


【今回は厳しめだな。でも、女兵達をまとめたのは認めても良いんじゃないのか?】


 あんなのまとめたとは言えないでしょ。

 借り物の力で強制的に言う事を聞かせただけだ。

 あんなのリーダーでも何でもないよ。


【でも、差別されてた女兵達を選び出したのはアイツの成果じゃないのか?】


 自分と似た境遇の人を選んだだけじゃないの?

 それも違うって、さっき自分で言ってたじゃない。


 結局、アイツはリーダーの器でも何でもなかったんだよ。

 頭脳担当とか言ってたけど、大して何も出来なかったし。

 天才が才能に胡座をかいて努力しないのは、その人の判断だからいいと思う。

 じゃあ凡人が努力しなかったら、どうするの?

 自分の事を悲観して終わり?

 それとも諦観する?

 自分は天才だとか特別だとか言って、現実から目を背けるのが正解なの?

 そんなのどれも間違ってるでしょうよ。


 僕は自分が凡人だと思ってるよ。

 国立の大学に行けたのは、僕がそれだけの勉強をしたからだとも思ってる。

 兄さんだって、自分が天才だからドラフトに選ばれると思ってたわけじゃないでしょう?


【そうだな。それだけの練習を積み重ねたという自信はある。なるほどね。何もしてない奴が、自分が勇者とか言うな!って事か】


 そういう事。

 彼が弱くても、もし何かの努力をしていたなら、何かしらの結果が出ていたんじゃないかなと思う。

 それが良い結果とは言えないかもしれないけど、それでも多少は周りから見られる目は違ったんじゃないかな。

 そうすればあの欠片の力も、もっと凄い力を発揮していたかもしれない。

 そしたら本当に、英雄の力を手に入れられて、僕等もヤバかったかもね。


【変な奴が拾ってくれて助かったって事か。これでもし、実力も人望もある奴が使ってたら、負けてたかもしれないな】


 そんな人は欠片を見つけられなかったんじゃない?

 欠片の力なんか使わなくても、そのうち勇者とか英雄って呼ばれるようになっちゃいそうだしね。


【一理あるな。でもこの欠片、何が出来るんだろう。俺達が皆を洗脳するって事か?それは嫌だなぁ】


 確かにね。

 その場合は封印かな。

 そんな事考えている間に、どうやら話し合いが終わったらしい。


「魔王様、私達も配下に加えて頂けますでしょうか?」


 跪く彼女等に向かって、僕は優しく返答する。


「勿論だ。貴女達くらい強い人達なら大歓迎だよ。前田さんもそうでしょ?」


「へ?私ですか?私は彼女達の戦いぶりを見ていないので、何とも返事に困りますが」


「じゃあ前田さん。彼女達の指揮を取ってよ。皆も前田さんなら文句無いでしょ?」


「あれほどの槍捌きを見せられたら、私達など到底敵いません。是非ともよろしくお願いします」


「えっ!?あ、よろしくお願いします?」


 よし!

 想定通り!

 これで戦える人の少ない、能登村の戦力補強にも成功した。

 後は長可さんが目を覚ましたら、話が進められるだろう。


「イタ!イタタタ、私のお腹が痛いですわ」


「長可さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないですね。魔王様にお腹を叩かれて、とても痛いです」


 とても良い笑顔で答えてくれている。

 正直、怖い。


「すいません!回復魔法を掛けますから」


「そんな必要ありませんよ。私達の町を、これからも守ってくれるならね」


 耳元でそっと囁かれる。

 めっちゃゾクゾクするわ。 

 兄さん、アレが本当のリーダーとしての資質だよ。





 ただし、真似しちゃいけない怖いリーダーだけど。

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