ハッシマーの一手
一皮剥けたか、イッシー。
まさかの騎士達の総大将に選ばれたイッシーは、オナキギャワの為の演説を行なった。
イッシーが小早川秀秋という人物を知っているのかは、定かじゃない。
知らないから、このような演説が出来たのか?
それとも知っていて、なおこういう話をしたのか?
もし後者だとしたなら、僕はイッシーに親近感が湧いたかもしれない。
僕に似た考えの持ち主だからね。
ムサシの話だとオナキギャワは涙を流していたようだが、彼は一番槍に相応しい活躍を見せてくれた。
正直なところ、戦力としてはそこまで期待していなかった。
それでもイッシーの言葉に奮起した彼等は、敵陣中央まで穴を空ける事に成功。
取り残されて潰されると思ったけど、蔑むような目で見ていた他の騎士達が彼等を守ってくれていた。
熱い友情に助けられるオナキギャワ。
映画版のジャイみたいで、素敵ですなぁ。
しかしそんな事を言ってられるのも、今だけだ。
官兵衛の予想だと、今回の騎士達の活躍が、今後の戦いに大きく左右されると言っているからだ。
ならば彼等を援護する為に、僕達も賭けに出る必要がある。
雑賀衆も出撃だ。
官兵衛も認めた通り、彼等は自分達の騎士団を超えて連携が取れている。
イッシーの指示が良いとも言えるだろうが、反対側の騎士達の動きも悪くない。
明らかに自分達で考えて行動している。
対して帝国兵の動きは悪い。
僕がミャーモー村で見たような、ハグレと呼ばれる脱走兵も現れるくらいだ。
多分、ハッシマーの為に戦うつもりなんて、サラサラ無いんだろうな。
だからここまで、戦意の高さで負けてるんだと思う。
「騎士達はもう安心だな」
「このままならそうですね」
このままなら。
確かにその通りだ。
しかしそうもいかないと思うのは、昨日とは陣容が違うからだ。
向こうが意図的にそう考えて守っているのか分からないが、現状はオーサコ城の四方のうち、三方向から攻勢を仕掛けている。
正面には帝国兵達が、わんさか待ち構えているのは変わらない。
だが左側では、タツザマがトキドと戦っている。
昨日まではタツザマの騎馬隊が、トキドのワイバーン隊を振り切ろうと、縦横無尽に動き回っていたらしい。
それが打って変わって、今日はタツザマが最初から城の左側に陣取っていた。
そして反対の右側では、ウケフジが相手をすると公言していたスマジの一団が構えている。
彼等も誰かを待つように、右側から動かなかった。
「絶対に何かある」
「そうですね。しかしそれが何なのか、オイラもまだ分かりません」
官兵衛も全てを把握しているわけじゃない。
それにまだ、ハッシマーの兵達は出ていないのだ。
帝国兵だけを使い潰すように前線に出しているが、やはり何が目的かまでは分からなかった。
「うん?帝国兵達の動きが妙だな」
「こっちに間延びしてきてますね」
攻撃をされながらも、数だけは圧倒的に多い。
その帝国兵が何を血迷ったか、どんどん僕達が居る方へ近付いている。
しかも不気味なのは、攻撃をされながらも分断されずに前だけを見て突っ込んでいる事だ。
「何か策があるんだろうな」
「それが何なのかまでは、あっ!」
オナキギャワ達を守っていた後方の騎士達が、転身を始めた。
時間も経った事で、彼等の体力が回復したと考えたのだろう。
騎士達を突き抜けてこちらに迫る帝国兵に、背後から攻撃しようとしている。
「あのままなら背中からバッサリだよな」
「だと思います」
いよいよ帝国兵の背中に届くかと思われたその時、それは起きた。
「な、何だ!?」
「魔法!?」
転身した騎士達の背後で、火柱が立った。
その火柱は風に煽られて、騎士達へと倒れるように巻き込んでいく。
「科学の力じゃないですよね!?」
「アレは魔法だろう。だけど、何処から現れたんだ?」
全く予想出来ない場所から、急に炎が現れたのだ。
騎士達は騎馬ごと、炎に飲み込まれてしまった。
あの辺り一帯から、肉の焼ける臭いがしてくる。
「背後を取るつもりが、逆に取られた」
「しかしどうやって」
城から遠隔で魔法を使用するにも、距離が遠過ぎる。
しかもその炎は、また違う地点から急に上がっているのだ。
このままだと騎士達が全滅してしまう。
だが、それに気付いた者が居た。
「あの方も魔法による攻撃だと、気付いたみたいですね」
「秀吉か。居場所まで分かるかな?」
魔法には魔法で対抗する。
秀吉は水魔法も使えるから、消火だって出来る。
何より、何処から唱えているか分からない敵を見つけ出す事が先決だ。
だが今は、火柱が上がると水魔法で消火をするべく、戦場を駆け回っているように見える。
味方のフォローを優先しているみたいだな。
本来なら広範囲魔法で、帝国兵を蹴散らしてもらうつもりだったのだが、これはこれでかなり助かっている。
秀吉なら自分で、どうするべきなのか判断してくれる。
まずは騎士達を助けるという判断は、官兵衛も僕も間違いではないと思っていた。
「段々と火柱に近付いているような」
「敵の行動パターンに気付いたみたいだな」
秀吉は味方を助けながらも、敵の方向へと向かっていたらしい。
こうやって見ると、本当に頼もしいな!
「孫市様!」
「どうした?」
官兵衛が大きな声で呼ぶので、彼が見ている方に目をやると、再び騎士達が押されている場所が出来ていた。
正面左寄りの場所である。
「また何かが現れたようです」
デカイ!
何かと言うのは間違いじゃない。
馬に乗っている騎士達よりも、頭二つくらい抜け出しているのだ。
しかし遠くて、何なのかまでは分からない。
官兵衛は双眼鏡を取り出すと、首を傾げながら言った。
「オーガ、ですかね?」
「オーガ!?あんなに大きいのに!?」
「顔はオーガに見えるのですが」
そう言って双眼鏡を渡してきたので、僕も覗いていた。
確かにオーガと似ている。
違和感があるとすれば、角が三本もある事だろう。
普通のオーガなら、一本か二本なのだ。
「突然変異?」
「上位種族かもしれません」
どちらにしろ、ただのオーガじゃないみたいだな。
騎士達は自分の身体くらいある棍棒で、騎馬ごと吹き飛ばされている。
奴が棍棒を振るう度に、血飛沫が舞っていた。
「マズイな。あんなの騎士達の力じゃ、対抗出来ないだろ」
「それに気付いた者が、向かっています」
それには僕も気付いた。
同じく派手に、帝国兵を散らしているからだ。
「もうすぐオーガと会敵します」
「頼むぞ、権六」
中央の戦場が混沌としてきた。
帝国兵と騎士団が戦っていたのだが、思わぬ反撃でこちらの攻撃も勢いが無くなっている。
誰かの魔法で焼死していく騎士達に、馬鹿でかいオーガの棍棒でミンチのようになっていく騎士達。
左右の戦場ではトキドとウケフジが戦っているが、ウケフジ側の方が移動を始めている。
段々とオーサコ城からもこちらの本陣からも離れ、明後日の方向へと向かっていた。
こうなると僕としては、唯一戦場になっていない場所を攻めたい。
「城の裏側から攻撃出来ないかな?」
「オーサコ城は大きな堀に囲まれています。騎馬隊ではまず突入出来ません」
むう。
大坂夏の陣では、堀を埋められたんだけどな。
秀頼や淀君ならまだしも、流石に秀吉ならそんなアホはしないか。
しかもよく見ると、この堀かなり大きい。
深いだけかと思いきや、十メートルくらいは幅があるんじゃないか?
「ワイバーン隊なら行けそうだけど」
「既に試しております」
僕の考えは浅はかだったらしい。
実は僕達が戻る前に、既に試していたとの事。
タツザマ隊をイッシーに任せて、ワイバーン隊で空爆を仕掛けたという。
その結果は、大失敗。
やはりワイバーン隊の危険度は向こうも分かっていたようで、対空攻撃の準備が万全だったようだ。
僕の中で、ワイバーン隊ならタツザマ隊を倒せると思っていた。
しかし、その空爆失敗の際に、半数のワイバーン隊が戦線離脱したらしい。
甘い考えをしていた事で、大きなしっぺ返しを食らった結果となった。
「慶次なら行けそうじゃない?」
「単騎でですか?」
そういえば、慶次はトライク隊を率いていない。
一人で突っ込んでも、返り討ちにされそうだ。
せめて堀が無ければな。
「堀が埋められれば、慶次でも活躍出来そうなんだけど」
「それです!」
「どれです?」
「堀を埋めるんですよ!」
誰が埋めるというのよ。
慶次が槍からスコップに持ち替えろと?
「これは少々危険な賭けになりますが、どうされますか?」
「危険とはどういう意味で?」
「オイラ達が危険に晒される可能性があるという話です」
僕達が危険にか。
官兵衛には長谷部も居るし、ここにはまだ佐藤さんと水嶋の爺さんも居る。
ムサシとイノリから目を離さなければ、問題無いだろう。
「僕達を危険に晒して、誰が向かうんだ?」
「滝川殿です」
なるほど。
一益達ドワーフ隊なら、そういう作業も苦じゃないな。
むしろドワーフの中には、土魔法を使える人も多数居る。
短時間で堀を埋めるというのも、無理な話じゃない。
「よし!それで行こう」
「本当によろしいので?」
一益は僕に何度も確認を取っていた。
本陣が手薄になるというのを、極力避けたい考えがあるようだ。
「危険を冒さないと、この戦いは勝てない。なに、僕達が帝国兵なんかに負けるとでも思ってるのか?」
「帝国兵には負けないと思ってますよ。問題は、ハッシマーの騎士達です」
ハッシマーの騎士達。
おそらくは謎の魔法使いと巨体オーガは、ハッシマーの部下だろう。
そういえば以前に聞いたコーヤギの話に、数人名前を聞いた気がするけど。
すっかり忘れていたな。
「大丈夫。ここには佐藤さん達も居るから」
「ならば良いですが。あまり慢心されぬように」
心配してくれるのはありがたいが、さっさと勝負を決めないと、騎士達の被害が拡大していく一方だからね。
「ドワーフ達の活躍次第で、この戦いは長期戦になるか短期戦になるか。決まると言っても過言じゃない。だからこそ僕達の身よりも、オーサコ城の落城が優先なんだ」
「承知しました。では、我等は別行動で向かいます」
一益達ドワーフ隊は、どの戦場にも当たらないように向かっていった。
まずはウケフジ達が居なくなった右側である。
中央の戦場から少し敵が向かってきたが、それは騎士団が回り込んで制してくれていた。
「やはり戦闘を行わずに抜けるのは、時間が掛かりそうだな」
「しかし中央の騎士も、オイラ達の考えが分かってくれているみたいですね」
騎士達が分かっているというよりは、イッシーが分かっているんだろう。
トライク隊が比較的右側に寄っているのは、そのせいだと思う。
「これなら・・・な、何だアレ?」
「中央で何かが動いている?」
何処からか現れたモノ。
奴は主砲を騎士団に向けて発射した。
「マズイ!」
「何ですかアレは!」
着弾した辺りの騎士団が吹き飛んだ。
土と肉片が空へ舞い上がる。
間違いなく、それは戦車だった。
「帝国め!あんなモノまで作っていたのか!」
「な、何なんですかアレは!」
何なんですかと聞かれたら、僕はこう言おう。
「パンツァーだ!戦車ともタンクとも呼ぶ。だけど僕はパンツァーだ!クソー、いつかは欲しいと思っていたけど、先に出されるとは。しかし帝国に居る召喚者め、戦闘機にパンツァーと現代のメカをどんどんと投入してきやがる。一体誰が作ってるんだ?」