悪童
ウケフジ達がどうにかなったのは良かった。
しかしあの惨劇は、他の武将に堪えられるのかどうか。
そっちの方が心配だ。
ウケフジ達と同行していたところ、ある地点で煙が上がっていた。
彼等と別れた僕はある村に着いたんだけど、いや〜この国も不思議だね。
田舎だと情報が回ってないみたいだ。
鎖国同然の国だと、帝国兵を知らないのも無理はない。
でも僕は気付いた。
それって、どうして帝国兵が居るのかすら知らないって事だよね。
密入国して村を襲っているとも考えられるけど、少人数で小さな村を襲ったところで、何の意味も無いと思う。
だから彼等は、ハッシマーが帝国と手を組んで、この国を変えようとしているという事を知らないというわけだ。
ムシャシという少年は、父親を殺されたらしい。
オケツと同様、帝国兵に大切な人を殺されたんだ。
仇を討とうとするのは分かる。
しかもゲリラ戦法で帝国兵を倒すとは、子供のくせにそこそこ強いみたいだし。
なかなかやるじゃない!
なんて思ってたのも束の間。
まさか僕にまで牙を剥くとは思わなかったよ・・・。
僕は振り返って、ムシャシを見た。
思ったよりも小さい。
中学生くらいかなと思っていたのだが、小学校高学年くらいに見える。
身長は僕達の身体よりも、少し高いかな?
体格は普通だが、身体中に傷がある。
山でも駆け回ってるんじゃないか?
しかし、殴っておいて逆ギレするとは。
しかも爺さん見捨ててるし。
更に言えば、親父が殺されたのはどうでも良くて、家が燃えたのはムカつくと。
お姉さんには悪いけど、ちょっと僕が想像してた子供と違うんだけど・・・。
「オーケーオーケー、よーく分かった。お前はとんでもない奴だ。まあ今はお前よりも爺さんだ。怪我は無い?」
「わ、わしゃ大丈夫じゃ。人形に命を救われるとは思わんかったがな」
軽口叩けるなら大丈夫だな。
というより、かなり元気っぽい。
ムシャシに対してガチギレしている。
「お前はわしをなんだと思っとる!人形に助けられていなかったら、今頃は死んどったぞ!」
「ジジイが一人死んだって、特に困る事なんか無いだろ。むしろ食い扶持が減って、家族からは喜ばれるかもしれないぞ?」
「この悪ガキが!」
爺さんは拳を振り上げたが、ムシャシは木刀を爺さんに突きつけている。
目を見る限り、手を出すなら本気で殴りかねない勢いだ。
「ちょいちょいストップ。お爺さん、助かったならもう良いでしょ?ところで、他に捕まってる人は?」
「むう、確かに。今は他の者達を助ける方が先決じゃな」
拳を下ろすと、ムシャシも木刀を引いた。
禍根が残ってるような気もしないでもないけど、それでも僕の言う通り、他の人達を助けるのが優先だと分かってくれた。
「女は村の外に連れ出された。残った子供と老人は、この村と一緒に焼き殺すつもりらしい」
「チッ!誰が死のうが構わないが、オレの住む家が無くなってしまう。村を焼くのはオレが許さん」
「え?お前の家、焼かれたんでしょ?」
「死んだ奴の家に住むから問題無い」
こ、コイツは・・・悪ガキ通り越して、ヤバい奴じゃないか!?
「あ!そうするとマズイな。お姉さんがあの家の床下に隠れてる。全部の家を焼かれたら、お姉さんも死んじゃう」
「あの女は美味いメシを作る。死んだら駄目だ」
「お前の価値観、結構偏ってるなぁ」
親より家。
そしてご飯。
衣食住は大事だけど、子供なんだから親は大切なんじゃないの?
「マズイぞ。帝国兵がお前さんを炙り出す為に、どんどん火をつけて回っている」
「チッ!隣の家の床下だな?行ってくる」
「おいっ!今出て行ったら」
話も聞かずに、飛び出していってしまった。
それだけ彼女は信用されてるのか。
「お爺さんは、村長とかそんな感じ?」
「村長はあの子の親じゃった」
じゃあ村長不在になってしまったわけだ。
「ちなみにこの村の名前は?」
「此処か?ミャーモー村じゃ」
ミャーモー村・・・。
ミャーモー村のムシャシ。
宮本武蔵だよね。
あんな野生児が武蔵とは。
思ったのと違う。
とは言っても、武蔵を殺されるのは忍びない。
おそらくは火をつけて回っている時点で、帝国兵も躍起になっているんだと思う。
見つけたら痛めつけて殺すか、その場で始末するかのどちらかだろう。
「お爺さん、僕はムシャシを助けに行くから。一人で逃げてくれる?」
「無理じゃ。一人だと殺される」
元気なんだから、逃げられそうな気もするんだけど。
仕方ない、連れていくとしよう。
爺さんが遅れないように歩いていると、やっぱり帝国兵が襲ってきた。
魔法で一蹴していると、爺さんはめちゃくちゃ強気になっていた。
「馬鹿め!この人形様が目に入らぬか!」
人形様って。
半分黄門様が入っているけど、人形は目に入らないだろうね。
「居た」
どうやらお姉さんは、無事に助け出せたみたいだな。
燃える家から離れていっているのが見える。
「人形様、マズイですぞ。あの方向は女子が連れ去られた方向ですじゃ」
という事は、帝国兵が多く居るのね。
彼の言葉通り、剣を持った男達がウロチョロしていた。
ムシャシは帝国兵が多くなってきた事に、気付いたようだ。
しかしやる事が、やはりおかしい。
「ん?お姉さんと別れたよ」
「彼奴の事です。彼女をオトリにして、背後から倒すのでしょう」
爺さん、それはいくらなんでも・・・その通りだった。
帝国兵が綺麗なお姉さんを目にして、飢えた獣のように近付いていく。
「死ね!」
ムシャシの木刀が、男の首の骨を折った。
この歳で殺す事に躊躇しないのか。
僕はそんな姿を見て、少しだけ感心してしまった。
僕達はこの世界に来た当初、人を殺す事を忌避していた。
後々になって海津町が襲われた時、弱肉強食ではないが、甘いところを見せると痛い目に遭うと、この世界の常識を大きく思い知らされたのだ。
それを考えると、彼はあの頃の僕達よりも大人に見える。
一人は倒したが、やはりまだ甘かったか。
もう一人、隠れていた帝国兵に見つかってしまった。
仕方ない。
「後ろだ」
「む?大人のくせに隠れやがって」
まだ燃えていない建物の陰に居た男を見つけたムシャシ。
勇敢なのか無謀なのか、真正面から木刀で向かっていく。
「爺さん、アイツは剣を誰かに教わってたの?」
「父親は多少使えましたが、そこまで強いとは。彼奴は勝手に強くなったと言って良いでしょう」
山で木刀を振って、強くなった感じかな。
我流の剣で、軍人に勝てるのか?
「馬鹿めが!」
やはり木刀で剣に向かうのは無謀だった。
木刀は半分斬られてしまい、帝国兵は勝ち誇った顔をしている。
だが・・・。
「馬鹿はお前だ!」
斬られた剣を拾うと、顔に投げつけるムシャシ。
それを左手で払うと、男はムシャシを見失った。
目一杯しゃがみ込んだムシャシは、男の視界から消えたように見えたようだ。
首を左右に振る男に、ムシャシはジャンプして半分になった木刀を首に突き刺した。
血が噴き出し、ムシャシは返り血で真っ赤になってしまった。
それを見た爺さんは、腰を抜かしている。
「悪鬼じゃ。恐ろしや恐ろしや」
拝むように手を合わせる爺さん。
ムシャシは返り血で真っ赤になった顔を、帝国兵の服で拭っている。
それを見ていた僕に気付くと、ムシャシはこっちへやって来た。
「お前の声が無くても、オレは倒した」
「あ、そう」
極度の負けず嫌い?
それともただのガキ?
どちらにしろ、僕への貸しだと言いたくないらしい。
「ジジイ、残りの兵は何処だ?」
「そ、外に居るはずじゃ」
森の中を指差す爺さん。
ムシャシはそのまま向かおうとするので、僕は呼び止めた。
「おい、武器が無いのにどうするつもりだ?」
「あ・・・。コイツの剣を持っていこう」
死んだ帝国兵の剣を拾ったムシャシ。
しかし木刀と本物の剣では、重さが違う。
その重さにバランスを崩すと、剣を引きずって向かおうとし始めた。
「使えない武器を持っていったって、逆にやられるだけだぞ」
「うるさい。オレは負けん」
「ハァ、仕方ないな」
僕はムシャシが先に倒した男の剣を拾い、それを創造魔法で作り変えた。
脇差くらいの長さにして、ムシャシの前へと投げつける。
「お、お前!何だ今のは!?」
「魔法だよ」
「魔法!?お前、魔族なのか?」
「今は人形だけど、まあ魔法使えるから魔族の扱いで良いのかな?」
「すげーじゃねーか!よし、お前はオレの物にする」
コイツ・・・。
いかんいかん!
子供の戯言なんだから、頭に来て手を出しちゃ駄目だ。
あ、良い事思いついた。
「持ち主と勝負して勝ったら、考えなくもない」
「持ち主?何処に居るんだ?」
「今はオーサコって場所でコイツ等と、コイツ等を引き入れたハッシマーって奴と戦ってるよ」
「そうか。じゃあオレもオーサコに行こう」
「は?」
「オーサコ行かなきゃ勝負出来ないじゃないか」
ああ、そういう考えにたどり着くのね。
いや、まだだ。
まだ何とかなるはず。
「とりあえず今は、外の帝国兵を片付けてからね」
「分かった。チャチャっとぶっ殺そう」
そんな掃除を終わらせるみたいな言い方・・・。
村の外には出たけど、山の何処に居るのか分からないな。
「ツムジ、合流出来るか?」
「オッケー」
一分足らずで僕の目の前に降りてきたツムジ。
流石のムシャシも、ツムジには驚いたようだ。
「な、何だ!?魔物に命令出来るのか?」
「失礼なガキンチョね。魔物じゃないわよ」
「魔物が喋った!スゲー!」
「話を聞かないガキね。燃やすわよ」
いかん。
ツムジとは合わないっぽい。
チカとは仲良かったから、子供が好きなのかと思っていたけど。
やはり生意気過ぎるのは駄目みたいだ。
「村の外に居る、帝国兵の居場所は分かるか?」
「勿論よ。十人くらいの女の人を連れて、騒いでるわ」
酒でも飲んでるのかな?
酔い潰れてくれれば早いんだけど、その間に何が起きるか分からない。
手を出されてる可能性だって否定出来ないし、それは羨まけしからんので許す事は出来ない。
「よし!僕とムシャシを乗せて、その場所の上まで連れてってくれ」
「このガキンチョも!?」
「オレも乗せてくれるのか!やったぜ!」
嫌がるツムジに喜ぶムシャシ。
別に連れていく必要も無いと言えば無いのだが、目を離した隙に僕達の邪魔になる可能性もある。
だったら最初から目が届く範囲に置いておいて、僕達がフォローした方が良いという考えに至った。
「炎を吐いたらその先に、このガキンチョが居ても困るしね。特別に乗せてやるわよ」
「うっひゃー!やったぜ!」
すぐに背中に飛び乗るムシャシ。
たてがみを掴むと、ツムジに激怒されている。
「アンタ、次に勝手に触ったら、本気で殺すわよ」
「お前じゃツムジに勝てない。ちゃんと謝りなさい」
「ふざけんな!どうしてオレが、ぐふっ!」
背中から振り落とされて、地面に落ちるムシャシ。
前脚で腕を踏みつけられ、剣も手放してしまった。
「ふざけんなよ!うがっ!」
「おいおい、やり過ぎじゃないか?」
ちょっと目が本気なツムジに、僕はムシャシがこのまま骨を折られるんじゃないかと心配になってきた。
「世間知らずのアンタに教えてあげる。世の中に絶対は無いと思ってるかもしれないけどね、絶対はあるの。このまま力を入れれば腕は折れるし、頭を踏みつければアンタは死ぬ。剣で攻撃したくても、空に上がってしまえば、アンタは何も出来ない。へりくだれとか言ってるわけじゃないけど、誰彼構わず噛みつくんじゃないわよ」




