ある村の剣士
モヤモヤが消えない戦いだった。
ヴラッド村長からは、なかなか面倒な相手だと言われたので慶次を呼んだわけなのだが。
慶次曰く、コイツはそんなに強くない。
結局は慶次の言う通り、めちゃくちゃ微妙だった。
血液中の鉄分を凝固させて、鋼鉄よりも硬く出来る男。
名前も聞かずに倒してしまったわけだけども、聞くまでもないとはこの事だろう。
でもさ、鋼鉄よりも硬いって何処まで硬いのよ。
鋼鉄よりもちょっとだけ硬いのか。
ミスリルを通り越して、もうそれ以上に硬いのか。
結論は、ミスリルには負けるという事でしたね。
考えてみれば足止め目的の帝国兵に、強い奴なんか配置するわけがないわな。
どうしてヴラッド村長は、面倒な相手とか言ったのか?
それは血を凝固されると集められないという、本当にどうでも良い理由からだった。
倒すのは簡単だけど、血を抜き取るのは不可能。
要は自分達にとって不都合な相手だから、面倒だと言ったらしい。
僕の中では、慶次は落胆するしウケフジの顔は引きつるし。
なによりも、トライクを破壊しただけな気がして、物凄くモヤモヤした気持ちで戦闘は終わったんだよね。
そっか。
ウケフジには太田が魔王に見えるんだ。
そりゃあね、自分のライバルであるトキドをぶちのめしたという結果もある。
トキドから太田は強いと、吹き込まれているんだろうさ。
でもさ、その太田に様付けで呼ばれている僕が、目の前に居るわけよ。
その太田がめちゃくちゃ敬語で話してくる、僕が目の前に居るわけですよ。
何処をどう考えたら、太田が魔王になっちゃうわけ?
もしかして僕、知らない間に更に上の存在である大魔王とかに格上げされちゃった?
「ウケフジ殿は面白い冗談を、え?何です?」
僕はヴラッドさんの腕を引っ張り、状況を説明した。
こんな事なら、ヤッヒローを出る前に話しておけば良かったよ。
「オホン!魔王なんて言いましたっけ?」
「え?今さっき、魔王って言いましたよね」
「そんなわけないですよ。私、魔王様に面識なんか無いですよ。私如きが魔王様を知るわけが、無いでしょうよ」
その三文芝居をやめてくれ・・・。
聞いてるこっちが恥ずかしい。
人形じゃなかったら、顔が真っ赤になってるところだった。
「聞き間違い、ですか?いやでも、ハッキリと聞こえたような」
「聞き間違いですよ。太田殿は魔王じゃないですし、魔王様は他にいらっしゃいますし」
「え?魔王と面識無いのに、誰か知ってるんですか?」
「の、ノンノンノン!知りません!私は何も知りません!」
だ、駄目だこの人!
このまま話し続けたら、絶対にボロが出る。
「ウケフジさん、早く行かないと。トキドさんも今、タツザマとかいう男とやり合ってて、大変なんだよね」
「タツザマですと!?西方一の猛将と呼ばれる男ですよ!」
「だからトキドさんしか、相手に出来ないんだよ。既にニラは討ち死にしてしまった。このままハッシマーに与する連中だけが集まれば、僕達の敗北は必至だ」
「そうですか。では急ぎましょう!」
よし、話は逸れた。
「僕はツムジに乗っていくから、早く向かって下さい」
「承知した!人形殿とレイ殿。本当に感謝する」
そういえば人形の名前は、教えてなかったな。
人形姿の時の名前か。
・・・康二で良いか。
今更だし、何か別の名前も考えておこう。
「それでは、今は孫市様でしたな。私達も彼に道案内を頼み、次なる会場へ向かうとします。夜になるまでは、しばし休憩ですが」
「東側は、この調子で武将を解放してくれるって考えて良いのかな?」
「そうですね。多くの経験を積めば、若い者も昼に活動出来るくらいにはなりますし。やれるだけやってみますよ」
「助かるよ。また帰りに寄るので、よろしくお願いします」
「ウィ、こちらこそ」
ちょっと顔色が悪い案内人を残し、僕はツムジに乗って空へと上がった。
案内人は、ヴラッド村長達が怖いんだろうな。
たった一人で吸血鬼の中に残されるとか、ウケフジも酷い男だと思う。
トマトジュースを飲んでる彼等は無害だから、慣れれば良い友になれるだろう。
祭りの彼等を思い出さなければ。
ツムジのスピードは、やはり騎士王国の騎馬よりも速いみたいだ。
先行していたウケフジの騎馬団を、軽々と視界に入れる事が出来た。
「下に降りた方が良いかしら?」
「大丈夫じゃないか?上を向いてる人が居るし、僕達が追いついた事は気付いてるはずだよ」
それに僕達の場合は空を飛んできたから、山や障害物はそのまま上空を素通り出来る。
地上を行く彼等に合わせていくと、どうしても遠回りが発生してしまう。
「僕達は周囲を警戒しておこう。帝国兵の伏兵が、まだこの辺りに潜んでいるかもしれないしね」
騎士王国に何人来てるか分からないけど、もうゴッキーのようにしか思えないくらいに湧いてくるイメージしかない。
奴等は何処に居てもおかしくないのだ。
「ねえ、あそこって何かあったかしら?」
ツムジが言う方向を見ると、煙が上がっていた。
山の向こう側なので、ウケフジ達からは見えないみたいだ。
「ウケフジ達に一言伝えてから、僕達は別行動しよう」
「分かったわ」
ツムジは下降すると、すぐにウケフジの横に位置付けた。
「ちょっと気になる場所があるから、先に向かってほしい」
「分かった。オーサコでまた会いましょう」
ツムジが再び上昇し、煙の見える方向へ飛んでいった。
煙の見える場所は、少し見づらい場所だった。
山の中にあり木々に囲まれていて、多分地上から行くと見落とす可能性があるような場所だ。
この辺りの山に詳しくなければ、皆素通りしていると思う。
「村だわ。村から煙が上がってるのよ」
「飯を炊いてるってわけじゃないだろうし」
「黒い煙なんだから、何かが焼けてるのよ。こんな空まで見えてるんだから、家とか建物じゃないかしら」
煙の下へと近付いていくツムジ。
彼女の言う通り、建物から火が上がっていた。
「見て!帝国兵よ!」
数は少ないが、明らかに鎧姿の男達が暴れている。
小さな村だからか、戦えるような騎士は居ないみたいだ。
「助けよう」
「どうするの?」
「まずは僕一人が降りる。ツムジは見えない場所で待機だ」
「アタシも手伝った方が、良くないかしら?」
「ツムジは目立つ。だから今は待機ね」
小さいと言ってもそれなりに人は居る。
まず僕達が村人を助けていれば、人質を取ってくる連中が現れるはずだ。
だったら僕がオトリになって、人質を取るような輩はツムジが急襲した方が良いと思う。
「じゃあ、僕が降りたら見えない場所を飛んでて」
そのまま上空から落下すると、やはりそこそこ重いミスリルの人形である。
ドスン!という音と土煙で、村で傍若無人に振る舞っていた帝国兵達は一斉に集まってきた。
「な、何だ?」
「金属で出来た人形?」
流石に空から落ちてきた人形は、不審物扱いだ。
誰も近寄ってこない。
動くとバレるので、人数が減ってから行動しようかな。
なんて思っていたのだが、何だ?
集まってこなかった帝国兵なのか、誰かにやられたような悲鳴が聞こえる。
「しまった!罠だったか」
「あのクソガキ!絶対にぶっ殺してやる!」
ガキ?
僕じゃないよな。
誰だか分からないけど、想定外の助けだ。
大半の連中が、散り散りに村の中を探しに行った。
気付けば目の前には、二人だけしか居ない。
というわけで、頭の上から土魔法で大岩を落として。
・・・やらかした。
ちょっと気絶させてから連れ出して、何をしていたのかを聞き出そうという作戦だったのだが。
二人とも首が折れてしまったらしい。
痙攣しているが、もう駄目だろう。
僕は土魔法で穴を空けて、彼等を埋めてあげた。
安らかに眠ってほしい。
「ツムジ、子供がこの村に居るみたいなんだけど。分かるか?」
「アタシの位置からでは見えないわね。でも帝国兵は、何かを指差してるわ」
子供が見つかってしまったっぽいな。
何をしているのか分からんが、可哀想だ。
帝国兵に抵抗している辺り、気に入った。
手を貸してやろう。
「僕も移動する。ツムジは誰か村人を発見したら、教えてくれ」
まずは家の中に入ろう。
予想通り、誰も居ない。
火をつける前に、連れ出されてしまったんだろう。
外へ出て辺りをウロウロしていると、ある家から物音がした。
誰か居るみたいなので、ノックをしてみた。
「すいません。誰か居ますか?」
予想通り反応は無い。
帝国兵から隠れているっぽいので、当たり前だろう。
だから勝手に入ってみる事にした。
鍵は掛かっているけど、そんなの関係無いですね。
創造魔法で、ちょっと自分が通れるくらいの穴を空けて。
「なっ!?魔法!?」
驚いた声を上げたのは、若い女の人だった。
身なりは普通だけど、それなりに綺麗な顔をしている。
こんな綺麗な人なら、捕まったらすぐにイタズラされるだろうね。
どうやら床板を持ち上げて、隠れる途中だったみたいだ。
「すいません、勝手に入ってきてしまいました。僕は敵じゃないので、攻撃しないでね?帝国兵は僕達の敵だから」
「帝国?あの連中、帝国の人間なの!?」
あら?
田舎だからなのか、彼女は帝国兵だと知らなかったらしい。
ここで話していると、バレてしまう可能性がある。
扉を元に戻してと。
「す、凄い」
「どうも、傭兵集団のマスコット人形の・・・」
名前どうしよう。
あ!
「ミツヒデくんだよ!」
「ミツヒデくん・・・」
明らかに警戒している。
そりゃ動く人形なんか初めて見るだろうし、当たり前か。
「ちょっと聞きたいんだけど、外で暴れている子供っていうのは?」
「子供!?まさか、ムシャシ!?」
「ムシャシ?」
「どんな子でしたか!?捕まって痛めつけられてるんですか!?」
「分からないから聞いたんだけど。お姉さんとの関係は?」
「隣の家の子よ。あの子の親父さんは殺されてしまったわ。仇を討とうとしてるのよ」
子供なのに、なんと凄い事を考える奴だ。
いや、待てよ。
やられた声を聞く限り、それなりの腕はあるのか?
「僕が助けに行こう。お姉さんはその床下に隠れてて」
「信じて良いのよね?」
「帝国は僕の敵だからね。利害一致と考えてくれれば良いよ」
「分かったわ。ムシャシをお願いします」
お姉さんが床下に隠れたのを確認した僕は、今度は普通に扉の鍵を開けてから外に出た。
しばらく歩いていると、時々帝国兵に見つかってしまったが、全て返り討ちにしている。
時々大人のやられた声が聞こえてくるが、毎回違う場所だった。
村の中を縦横無尽に移動して、ゲリラ戦法で倒しているようだ。
すると、帝国兵が動いた。
人質を出してきたのだ。
捕まっているのは老人だった。
僕は建物の陰に隠れて、その様子を伺う事にした。
「クソガキ!出てこなければお前の村の人間を、一人ずつ殺していく。殺られたくなければ、武器を捨てて出てこい!」
しばらく見ていたが、誰も出てこない。
爺さんは剣を首に突きつけられた。
「三つ数えるうちに出てこなければ、このまま刺し殺すぞ!」
周りを見回してみるものの、全く出てくる気配は無い。
このままだと、あの爺さんは殺されるだろう。
仕方ない。
「さ〜ん、にぃ、うごっ!」
すまんな。
ケツの穴から岩で出来た槍を突き出してもらった。
多分心臓まで達していると思うけど、生きてても痔は確定だ。
「爺さん、こっちだ」
僕が手招きすると、かなり驚いた顔をしていたが、声を上げずに来てくれた。
その瞬間だった。
「死ね!」
「うおっ!?」
僕の頭に誰かが、木刀で殴りかかってきたのだ。
当たり前だけど、木刀程度では傷が出来るだけ。
痛くも痒くも無い。
「嘘だろ!?」
「お前がムシャシか。隣の家のお姉さんから、お前を助けてやってくれって言われたのに。普通、いきなり殴ってくるか?」
「そんな事頼まれてるなんて、知るわけないだろ!村に居る知らない奴は、全員敵だと思ってたんだから。それにオレは、あのクソ軍人達を全員ぶっ殺すと決めたんだ。クソ親父を殺してくれたのは、ぶっちゃけどうでも良い。だが、オレの家に火をつけたのは許さん!」




