終わらない祭り
大血惨祭りはトラウマを作る祭り。
こんなのホラーやスプラッタ好きな人じゃないと、見るに堪えないよ。
ハッキリ言って僕があの時人形じゃなければ、盛大に吐いていた自信はある。
そしてその吐瀉物は、帝国兵の頭に降り注いだに違いない。
それはそれで、とても素晴らしい嫌がらせにはなったんだろうな。
そしてこの大血惨祭りの全容だけれども、もはや虐殺の現場にしか見えないくらいの酷さだった。
ただし一つだけ、気になる点があった。
基本的に切断攻撃か、もしくは吸血をするといった攻撃が主なのだ。
何が言いたいかというと、帝国兵の死体はそこまで汚くなかった。
叩き潰したり引きちぎったりした形跡は無く、辺りを埋め尽くすのは綺麗な状態の死体と血の池くらいなものだ。
これは吸血鬼達のポリシーか何かなのかな?
僕がそんな様子を上空から見ていて思ったのは、両者正反対の反応だという事。
片や悲鳴に阿鼻叫喚。
片や嬉しそうな笑い声と、楽しそうに祭りを楽しむ様子。
こんなの見せられたら、そりゃ皆から追われる立場になるよ・・・。
僕の電話に、慶次はすぐに反応した。
「すぐに行くでござる!」
「相手は壁に覆われた中で暴れているから。早くしないと逃げられるかもしれない」
「すぐに行くでござる!壁の強化を!壁の強化をお願いしたいでござる!」
「今は他の事で手一杯だからなぁ。夜明け前に倒さないと、逃げられる事は確実だね」
別に手一杯どころか、この壁を破壊している男を見張る以外の用件は無い。
むしろホラー映画よりも怖い現場から少し離れたここの方が、ちょっと居心地が良く感じる。
あの首をちょん切られた死体だらけの場所よりも、叫びながら壁を殴ってる男の方が、可愛げがあるからね。
「ウケフジに説明しておいてよ」
「承知!拙者、ちょっと戦ってくるでござる。じゃ!」
電話が切れた。
え?
説明、今ので終わり?
「アレ、慶次じゃない?あの光、トライクじゃないかしら」
猛スピードで走ってくるトライクを発見。
たまに帝国兵にぶつかっているけど、知ったこっちゃないと言わんばかりにそのまま素通りしている。
「魔王様、壁はどうするの?」
「そうだね。慶次の突っ込みそうな場所を脆くして、あー!」
ツムジの問いかけに答えている最中に、慶次はやらかしてくれた。
あの馬鹿、自分の兄の真似をしたのだ。
ノーブレーキで壁に突撃する慶次。
急いで壁を脆くしたものの、完全に間に合わなかった。
「と、トライクが・・・」
ライトは割れて前輪はひしゃげている。
勿論そんな状態で走る事は出来ず、トライクは明後日の方向へ走っていった。
慶次は中に入った直後に飛び降りていて、トライクはそのまま反転。
壁に再びぶつかりようやく止まった。
「こ、こらー!コバには自分で謝れよ!」
「おかしい。兄上なら出来ていたはず。はっ!拙者、まだまだ修行が足りないのか!?」
馬鹿なの?
トライクでぶつかる修行って何よ。
僕はもう、何も言う気が起きなくなっていた。
コバには一緒に謝りには行かないと、固く誓ったけどね。
「何だお前は!?」
「コイツでござるか?」
異様な程に太く赤黒い腕の男が、突入してきた慶次を見て驚いている。
しかし気持ち悪いな。
普通の体格に腕だけが太いって、バランス悪過ぎでしょ。
「ソイツがそうだ。血を固まらせて、身体を硬化させるらしい」
「なるほど。面白い能力でござる」
慶次は興味を持ってくれたけど、相手はそうでもなかった。
自信満々な男は、慶次を小馬鹿にし始めた。
「こんな獣人如きに、俺の相手が務まると?俺様はあの空を飛んでいる化け物達からも、避けられるくらいの強さを持っている。ただの獣人が、俺様に勝てるわけがないだろう!」
「・・・ふーむ」
「恐怖で何も言えなくなったか」
確かに慶次は何も言わない。
警戒をしているのか、妙に男の事を見ていた。
「ま・・・孫市様、本当にこの男で合っているでござるか?」
「どうして?」
「拙者の勘違いでなければ、この男弱いでござるよ」
男を無視して上を向く慶次。
その言葉と態度にキレた男は、慶次へと突っ込んでいく。
「馬鹿め!勘違いしたまま死ね!」
おぉ!
あの異様に太い腕が萎むと、今度は足が急激に太くなった。
そのおかげなのか、佐藤さん並みのダッシュ力で近付いていく。
だが慶次は、槍の柄で男の頬を横から叩いた。
数メートルは飛んだだろうか。
男は涙目だ。
「ハヒィ!ハヒィ!ま、マグレ当たりで喜ぶなよ。今からがホントの本気だ!」
もう一度同じ事をする男はだが、今度はフェイントを織り交ぜている。
慶次の前でステップ・・・反復横跳びかな?
そんな事をしている。
だが・・・
「あぁぁぁ!!俺の腕、腕があぁぁ!!」
慶次は槍で、細くなった腕を斬り落とした。
男は痛みで倒れ込むと、地面を転がり回っている。
「ハヒィ!ハヒィ!俺の腕が!」
「やっぱり期待外れでござる」
「こ、この!血が巡っていない所を狙いやがって!俺の腕はなあ、血液の中の鉄分を固めて、鋼鉄よりも硬くなるんだぞ」
んん!?
鋼鉄よりも?
そうなると、もしかして・・・
「あ、足が!痛いぃぃ!!ど、どうしてぇぇ!?」
太くなった足を斬り落とす慶次。
やっぱりそうなるよなぁ。
「鋼鉄よりも硬いって、この槍はミスリル製でござるよ。ミスリルが防げないなら、ちょっと硬い手足と変わらないでござる」
「こ、このぉ!」
残った腕を太くすると、その辺にあった石を投げてきた。
確かに槍を防ぐ手立てが無い今、遠距離攻撃は有効的だとは思う。
でも、所詮は寝ながら投げている。
コントロールも悪ければ、そこまで強く投げられていない。
むしろその石を、慶次はキャッチしてしまった。
「それっ!」
「うげっ!」
慶次は男に投げ返すと、額に命中。
そのまま意識を失ってしまった。
予想外の攻撃で終わった戦闘に、慶次は呆然としている。
「魔王様」
「・・・ゴメン」
「帰るでござる・・・」
強い相手だと言われて呼ばれたのに、明らかに残念な結果になってしまった。
肩を落として壁の外に歩いていく慶次。
「あっ!」
「まだ強者が居るでござるか!?」
「コバにトライク壊した事、自分で謝ってよ」
「・・・はい」
僕は壁を元に戻し、野営地の他の場所を確認した。
もはや残っている連中の方が少ない。
逃亡に成功した帝国兵は、居るのだろうか?
「ヴラッド村長、もうすぐ終わりそう?」
「夜明け前には、確実に終わるはずです」
「逃した兵は?」
「大血惨祭りですよ!最後の一滴まで残さないのが、我々のモットーです」
最後の一滴って、最後の一人って事かな。
チラッと見てたけど、逃げ出した兵の周りに黒いモヤがまとわりついていた。
しばらくすると両足を切断された帝国兵が、こちらに戻されていたのが分かった。
それに死んだフリをしている人も、血液で作った剣で心臓をひと刺しされている。
どうやって判断しているのか分からないけど、生死は分かってしまうようだ。
「むむ!空が白んできましたね。この辺りで祭り一日目は終わりですね」
「い、一日目!?」
「皆!今日のお祭りは終わりです。回収は終わりましたか?」
聞くまでもないでしょうが!
立ってる人、皆無なんだから。
「そこ、怪しいですね」
ヴラッドさんが指した方を見ると、死体が山積みになっている。
一人の吸血鬼が黒いモヤに変わると、その死体の隙間へ入っていった。
「う、うわあぁぁ!!」
死体が崩れ始めた。
どうやら中に生き残りが隠れていたみたいだ。
「ラシュテですねぇ」
「ラシュテ?」
「卑怯者です」
うーん、少し同情をするかな。
生き残る為には、卑怯もへったくれも無いと思うんだよね。
僕も同じ状況なら、土を掘ってでも隠れるよ。
「皆は一度、近くの森へ退避。夜までお休みです。私は魔王様に、第二会場を教えてもらいに行きます」
「だ、第二会場・・・」
ヴラッド村長は、ウケフジに他の武将の場所を教えてもらうつもりなのだろう。
この惨状を見て、素直に教えてくれるかは甚だ疑問ではあるけど。
そして陽が上り、明るくなってきたところで、ウケフジが動き始めた。
「ななな、何ですかこれは!?」
そういう反応になるよねぇ。
彼等が武装してやって来た場所は、もう誰も生き残っていないのだから。
僕からすると、血の池から海と格上げしても良いと思う。
太陽の光が真っ赤な鮮血を、更に赤く照らしている気がした。
「え〜、何と言いますか。援軍を連れて来ました」
「え、援軍とかそういうレベルじゃないでしょう!一晩で万の軍勢を全滅させるなんて、聞いた事無いですよ!」
しかも彼等が手こずっていた相手に、百人にも満たない人数でね。
なんて、そんな事は口が裂けても言わないけど。
「貴方がウケフジ殿ですか?アンシャンテ!ヴラッド・レイです」
「あ、あんしゃんて?」
「はじめましてって意味だよ」
「そ、そうですか。はじめまして、ウケフジです。貴殿等がこれを?」
「ウィ!」
ウケフジはちょっと、ビクビクしている気がするな。
あぁ、初めての外人に驚いてる感じかな。
「絶対に違うわよね」
ツムジ、そういう事にしておこうよ。
天下のウケフジさんともあろう人が、怖くてビクついてるなんて。
誰にも言えないよ?
「分かったわ」
「何が分かったんですか?」
ツムジの返事にウケフジが振り返る。
何でもいいから話をこっちに振って、助けを求めているような気がするのは、僕だけだろうか?
「こっちの話だよ。まあちょっとだけ、彼等について説明をしておこう」
僕はウケフジに、彼等が吸血鬼であるという事を話した。
その種族上、鮮血を求める為に首チョンパして血を集めてたという、半分は本当で半分はデタラメな話を教えておいた。
太陽の光に弱いとか、そういう弱点的な話は一切していない。
今後何かあった時に、フェアじゃないからね。
「一晩でこれだけの事をやってのけたんだ。今はその疲労から、他の吸血鬼達は休んでもらっている」
「そうですよね!一晩でこんな人数を相手にしたんだから、それは疲れが溜まるに決まってます」
本当は違うけど、彼等はそれを信じてくれたみたいだ。
というよりも、信じたい一心なのだと思う。
「ところでウケフジ殿」
「何でしょう?」
「他にもお困りの方々が、いらっしゃると聞いたのですが?」
「えっ!我々以外にも、手を貸してくれるので?」
「ウィ!」
「だったら私の部下を、連れて行って下さい。ウケフジの者だと分かれば、受け入れてくれるはずです」
彼は一人の男に、家紋入りの太刀を渡した。
深々とお辞儀をする男。
ちょっと手が震えているけど、見なかった事にしよう。
「メルシィ!ウケフジ殿のおかげで、大血惨祭り二日目も楽しみです!」
「は?決算?祭り?」
「だあぁぁ!!何でもない!何でもないよ。それよりも、場所は遠いのかな?」
「そんなに遠くないですよ。馬で三日もあれば、隣の領に着きます。おそらくは我々同様に、帝国兵が暴れているはずです」
危ない危ない。
話を逸らす事に成功出来て良かった。
「ヴラッド村長、僕も一緒に行った方が良い?」
「場所が分かれば問題無いです」
「そっか。そしたら僕はウケフジさんと一緒に、オーサコに向かうよ」
「分かりました。久しぶりの大血惨祭りの開催に協力してくれて、本当にありがとう。助かります」
別に祭りの開催はどうでも良いのだが・・・。
「程々に。怖がられないようにね。キミも彼等の事を、他の武将にちゃんと説明をよろしく!」
使者役のウケフジの部下に、強く言っておいた。
じゃないと、逆に敵視されかねないからな。
「ヴラッド殿、本当に助かりました。この恩は忘れません」
「気にしないで下さい。私も助かってます。全てのお礼は、魔王様によろしくです」
あっ!
馬鹿!
「魔王様?魔王がヴラッド殿を派遣したというんですか?一体、何の為に・・・。いやしかし、柴田殿達も魔族だった。まさか、あの中に魔王が!?そうなると、トキド殿を圧倒したという太田殿が魔王か!」