止まらない男
欠片の持ち主と拾い主、拮抗したレベルに笑いが堪えきれない。
「何故笑っている?」
「いや、偶然じゃないよなと思っただけ。にしても、英雄の力が洗脳?とはね」
僕の場合は変わりたいという願望だった。
そして今回は英雄。
兄が考えそうなモノは・・・
「ヒーロー願望か」
【そういうのは思ってても、口にしないでくれよ。めっちゃ恥ずかしいじゃないか】
やっぱりね。
でもヒーロー願望って、随分と子供じみた願いだ。
正義の味方を気取りたいって、もうそんな考えはしないと思ってたけど。
【ヒーロー願望って、そういう意味じゃないんだな】
違うの?
てっきり、弱気を助け強きを挫く的なモノが好きなのかと思ってた。
【それも嫌いではないけど。どちらかと言えばダークヒーロー系の方が好きだし。それと多分だけど、その願望はお立ち台だな】
お立ち台?
野球の?
・・・あぁ!ヒーローインタビューか!
【それ!プロになったらさ、完封した投手と勝ち越し打を打った捕手で、お立ち台に上がるのが夢なんだよ】
何でピッチャーと一緒に?
別に1人でも良くない?
【完封っていうのはさ、投手だけの力じゃないと思うんだよね。リードをしたキャッチャーも貢献したと言えるから。そういう意味では、キャッチャーが投打に活躍したって考えられるだろ?】
なるほど。
分からん。
【分かんねーのかよ!】
別に野球やってたわけじゃないし、そういう考えなんだ程度にしか分からんよ。
僕はそこまで、野球の知識に深いわけじゃないからね。
「おい、急に黙り込んでどうした!?僕の賢さに言葉も出ないのか?」
いかんいかん。
敵を前にして深く考え過ぎていたようだ。
「キミの頭の悪さに、言葉も出なかったというべきかな。英雄のゆうは、オスって書くんだよ。ちょっとは勉強したら?」
「オス?」
ずっと横で聞いていただけの長可さんが、紙に書いて教えていた。
しかしエロい。
年上の色気とはこういう事を言うのだと、ガツンと教えられた気分だ。
【女性のタイプが変わりそうなくらい、色気があるよな】
蘭丸の母親だと知らなかったら、絶対に子持ちだと信用しないと思う。
おっ?
字を教わって恥ずかしくなったのか、また顔が真っ赤になっているぞ。
顔色を面に出すなんて、投手失格だね。
【よくそんな事知っているじゃないか。まあその通りだと思うけど】
「字が書けるとかどうでもいいんだよ!つーかお前何者なんだよ!」
「仕方ないなぁ。聞いて驚け!見て叫べ!僕の正体は」
「魔王様ですよね」
「え?」
長可さん?
そこは奪っちゃいけないセリフですよ?
僕の見せ場なんですけど。
「魔王?帝国の王子、ヨアヒム・フォン・ドルトクーゼン殿下の事・・・ではないな。どういう事だ?」
帝国の王子って、そんな名前なんだ。
覚える気は無いから、どうでもいいけど。
「魔王様は魔王様です。帝国の王子などでは決してありません」
「殿下を愚弄するのか!エルフの分際で!」
手を振り上げ、長可さんを平手打ちにする。
帝国兵の本性が出てきたな。
怪我をさせるようなら、容赦はしない。
「やめろ。結局は力に頼るんじゃないか」
「うるさい!殿下を愚弄するような奴は・・・って子供?ダークエルフか。連れて帰って損は無さそうだな」
「子供相手だと強気なのかぁ。やっぱり程度が知れてるね。キミは下の下だ」
「僕を見下すな!僕は、僕はこの力に認められた勇者だ。今までとは違う。今までとは」
ん?
何かやる気スイッチ入れちゃった感じか?
急に雰囲気が変わったんだけど。
「今までって何?勇者になる前は、弱くていじめられてた感じかな」
「お前が何故知っている!」
「図星だったのか。それはちょっと申し訳ない事を言った」
「この力に認められるまで、僕は周りの奴等の程のいいカモだったよ。何かある毎に殴られ蹴られ、帝国の面汚し扱い。兵士になんてなりたくてなったわけじゃないのに、一般市民からも弱そうって言われるし」
「一般市民からも言われるって、余程だね。でもキミ、身体を鍛えてる様子が無いよね。そりゃ言われても仕方ないんじゃない?」
「僕は頭脳担当だ!身体を鍛えてどうするんだよ。そんな無駄な事に時間を費やすなら、別の事に使うね。僕には予想していた通り、この力を扱うだけの特別な存在だった。あんな奴等と一緒にしないでほしい」
あぁ、そういう考えね。
自分だけは特別、周りとは違うんだ系の勘違いくんか。
よく言えば厨二病。
悪く言えば、ただの現実が見えていない馬鹿。
ただの馬鹿とは違うのは、英雄が書けない馬鹿とシンクロしちゃった所かなぁ。
【おい、またディスっただろ?ちょいちょい毒入れてくるの、やめてくれません?】
事実だから仕方ない。
「でもその力、ただの借り物でしょ。持ち主に返したら?」
「馬鹿め!持ち主など居ないわ!拾った者に所有権はあるのだよ」
馬鹿に馬鹿って言われると凹むわぁ。
無駄に所有権を主張してくるし。
「子供1人を捕まえるなど、造作もない。お前達、賊だ!捕まえろ!」
周りの部屋から、屈強な女兵士が出てきた。
中には裸の人も居るけど、ハッキリ言って色気なんか無い。
剣やクリスタル付の杖、棍棒を持ってこちらにジリジリと寄ってくる。
長可さんが居なければ、手を出すんだけど。
ある意味人質だから、そういうわけにもいかない。
「どうした?怖くて手も出せないか?」
コイツ、分かってて言ってるな。
自分の前に長可さんが居て、何かすれば手を出すのが見え見えだ。
【変身しないなら、一旦変われ。身体強化で壁を突き破って、外に出よう】
「悪いけど、俺はお前の魂胆には乗らないよ」
横の壁を蹴り飛ばし、外へと出た。
外に出てみると、少し日が傾いていた。
どうやら、結構長い時間中に居たようだ。
決して覗きに時間を割いたわけじゃない。
「見た目と違って、随分と力強いじゃないか。だが、うちの精鋭と大差無いな」
精鋭って、この女兵士か?
そんなに強そうには見えないけど。
「力を見せろ。お前達!」
え?
体毛が凄い事になってきた。
もしかして獣人?
「驚いたか?コイツ等は獣人とのハーフだ。僕と同じく、迫害されていたところを助けたんだ。今では良い駒として使わせてもらっている」
「同じく迫害って、お前とは違うだろ。お前は努力しなくて弱いからいじめられた。彼女達は生まれが元でいじめられた。それを同じにしちゃあ駄目だろ」
「うるさいな。お前には分かるはずがないだろう」
「分からんね。俺は努力してドラフト候補になった。努力だけじゃないと言われればそうかもしれない。それでもお前みたいに何もしないで、俺は特別なんだ!みたいな言葉を口にする奴の事なんか、分かるわけがない」
自分が特別とか、そんなのは自分が決める事じゃない。
誰かに決めてもらうものだろう。
大勢の特別になるには、それ相応の努力が必要だ。
でも限られた誰かの特別になるだけなら、それはちょっとの努力でなれると思うんだけどな。
(それは経験からの言葉かい?)
そんな大層なものじゃないけど。
なんでもかんでも人のせいにして、自分は〜みたいな事を言っているのはおかしいと思っただけ。
自分で頭脳担当って言ってるのに、俺と同じくらい漢字書けないって。
もうその時点で駄目だろ。
(自分で漢字書けないのは認めちゃうのね。まあ愛すべき馬鹿と、愛せない馬鹿の違いだな)
馬鹿って言うなや。
「どうした?怖くて声も出ないか?」
「長可さんの後ろに隠れて、俺が何かしたら人質にしようとしてるんだろうなぁって。それ考えたら、俺どうしようか迷ってるところ」
自分のやろうとしてる事がバレバレだったからか、隠そうともせずに堂々としてきた。
「なるほど。ただの馬鹿ではないようだ。だが、それが分かったところでどうする?」
「いや、だからそれを考えてるんだって。お前、馬鹿なの?」
呆れて言う俺に、怒りを露わにする。
「そういう態度がいつまでも取れると思うなよ!」
剣を片手に長可の後ろに立つ。
何か怪しい行動を取ったら、突き刺すつもりだろう。
真後ろに立っているから、前みたいに何かを投げて牽制は出来ない。
どうしたもんだろう。
「馬鹿が!何も出来ないくせに、そういう事を口にするからだ。お前達、やれ!」
ハーフ獣人の女兵士達が、一斉に突っ込んでくる。
高みの見物とは良いご身分だな。
しかし人質が居る限り、避けるくらいしか出来ない。
しかもこの人達の動き、かなり速い。
多分、前田さん以外の能登村の人達より全然強いと思う。
これはマズイ。
かなりジリ貧だ。
「どうしたどうした!さっきまでの威勢は何処に行った!?」
クソムカつく!
言ってる事がマジで雑魚なのに、言い返せないのが悔しい。
「すばしっこいガキだな。早く死ねよ。ん?何だあの土煙は?」
土煙?
耳に聞こえたからちょっと意識を外にしたら、何か走ってくる音が聞こえる。
というか、コレってバイクか?
バイクじゃなくてトライクだっけか。
(それじゃ、能登村の人達だね。予想よりかなり早いな。そんな早く、皆乗れるようになったのか)
「おい、何か来るぞ!警戒しろ」
勇者アントの声に、ハーフ獣人達も音のする方へ振り返る。
ガキ1人よりも、大きな音を立ててこっちに向かってくる土煙の方が、危険だと判断したんだろう。
だけど、その一瞬が命取り。
「あ!」
長可さんの腹に掌底を放ち気絶させた。
目の前には、へっぽこ勇者。
コイツをぶん殴れば終わりだな。
「お前いつの間に!」
その声に反応した1人の女兵士が、すぐに魔法を放ってきた。
避けたら勇者に当たりそうになってたけど。
「あぶっ!危ないな!お前気を付けろよ!」
その間に距離を取り、長可の安全を確保する。
トライクの走ってくる音が、もうすぐそこまで来ていた。
そこまで来ていたどころか、通り過ぎた。
「止まらん!」
ドーン!
「な、な、何だ今のは!黒い大きな魔物が建物に突っ込んだぞ!?」
音は止まっていない。
そのまま建物内を走っているようだ。
壁を突き破り、反対側から出てきた。
「ぶれえきを握るのを忘れていた!アッハッハ!」
なんと!
運転していたのは前田さんじゃないか!
アッハッハ!って。
アンタ、熊が怖くて運転出来ないんじゃなかったのか?
(あー!僕の作ったトライクが!)
ボロボロである。
ライトは割れミラーはひん曲がり、色んな所に擦り傷やヒビが入っている。
しかも後ろに続いたトライクも、1人を除いて全部が似たような状況だ。
「お前!何でそんなボロボロなんだよ!」
前田さんに対して、お前って言っちゃったよ。
だってこの人おかしいだろ。
「習うより慣れろと思いまして。とりあえず乗って出発しました。男は止まってはいかんのですよ。私も乗れるようになりましたし、案外簡単でしたな!ハッハッハ!」
ハッハッハ!じゃないよ!
とりあえず運転してみたって、とりあえずでする事じゃないだろ。
「人?獣人が魔物を従えている?見た事の無い魔物だ」
流石に急に村に突っ込んできた魔物に、人が乗っている事に驚きを隠せていない。
それよりも、よく此処まで来れたものだ。
「それはアタシのおかげだから」
「ん?ツムジか」
空からツムジが降りてきた。
何かげっそりした感じがするのは、気のせいじゃないだろう。
「あの人達、とにかく真っ直ぐ走る事しかしないわけ。だからこっちまで誘導するのに、苦労したわよ。あのおばさんだけが上手かったけど」
目を向けると、手を振ってくるおばさんが居た。
ハクトのおばさんだ。
あの人も言ってた事は酷かったが、センスがあったんだろう。
皆はボロボロなのに、この人だけ身綺麗だ。
「お前達、気を付けろよ。アイツ、俺の魂の欠片を持ってやがる。光を見ると洗脳されるぞ!」
「魂の欠片?何やら分かりませんが、光に気を付ければよろしいのですね?」
「絶対に見ないようにしろよ」
「食らえ!」
俺が皆に警告をしていると、有無を言わさずに欠片の力を使ってきた。
しかし皆、目を閉じたり手で塞いだりして防いでいた。
1人を除いて。
「ま、眩しい!」
「お前は何をしてるんだ!」
前田さんだけが直視したらしい。
アンタが一番見ちゃいけないだろうが!
「魔王様、今のは一体?」
「アレ?あまり効いていない?」
「ちっ!まだ早かったか」
そういえば、時間が何ちゃら言ってたっけ。
もしかして自分と関わる時間が短いと、効力が薄いのかな?
(僕もそう思う。でも時間が経つと徐々に効くかもしれないから、あまり楽観視は出来ないね)
じゃあ早めにやらないと、俺が前田さんと戦うハメになりそうだな。
それはそれでちょっと楽しみだけど、真剣はお断りしたい。
「これはこれは勇者殿!勇者殿が何故、魔王様と戦っておられるので?」
「アイツは敵だ!お前の敵でもある」
「敵?それは異な事を仰る。魔王様は私が仕えるべき御方。勇者殿は・・・勇者が私の仕える人?」
マズイな。
ちょっと混乱してきてる。
これはどうすればいいんだ?
(その前に勇者を排除しよう。そうすれば全員元に戻るはず)
「とりあえずお前は寝てろ」
鉄球を勇者に向かって投げた。
しかし女兵士によって防がれる。
普通の人なら反応出来ないのに、ハーフ獣人は流石だ。
「よくやった!あのガキ、あんな攻撃を持っていたとは」
「魔王様、勇者殿に攻撃しては駄目ですよ。私が仕えるべき人なのですから」
あぁ、もうコイツも駄目か。
前田さんを気絶させるのは、骨が折れそうだなぁ。
(いや、まだ大丈夫そうだ。ちょっと交代して)
「又左!勇者殿に稽古を付けてもらえ」