ハッシマーとウケフジ
ケモノの力か。
修行しても必ず得られるわけじゃないのは知っていたけど、まさかケモノの方が気に入らないと駄目だったとはね。
上位のケモノは尚更難しいのは、それは想像出来る。
でも、一子相伝で伝わるケモノも居たとは。
もうそういうケモノは、一族の守り神と同じ扱いだも思う。
でも、この話は僕にとって、かなり大きかった。
だってそれって、別に強さを示せば良いんだから、騎士じゃなくても振り向くケモノも存在するって事じゃない?
魔族には無理だったとしても、僕達には佐藤さんやイッシー、長谷部達が居る。
彼等なら短期間の修行でも、その力を会得出来るんじゃないか?
そんな可能性を示してくれた。
狙うなら上位のケモノだけど、やっぱり上位になればなるほど競争率は高いと思う。
他人が既に修行してても、近くで修行してるのかな?
後から来た人が会得しちゃったら、一番最初に来た人とか凹むだろうな。
とは言っても、今はそんな心配してる場合じゃない。
結局ハッシマーとの戦いが終わらないと、修行に行く事すら出来ないからね。
弟は強気だな。
オケツは死なせないし、俺達が勝つと宣言するとは。
帝もちょっと驚いた顔を見せたけど、すぐに元に戻った。
他領を抜けてここまでたどり着いた事は、帝も知ってるからな。
そりゃ、こんな大言吐いても信用してくれるってわけか。
「自信過剰ではないでおじゃるな。最後に言っておく。ハッシマーの部下、特にサネドゥには気を付けるでおじゃる」
「サネドゥ?」
「サネドゥは、元トキド家臣の一族の一人でおじゃる。あの屈強なトキド家の中で、祖父は有名だったらしい。その血を侮ると、痛い目に遭うでおじゃるぞ」
「フーン。誰か知らんけど、俺なら負けないよ」
「・・・え?誰か分からないの?」
真顔になった帝が、急にごじゃるから普通の口調になった。
アレ?
普通に有名な人?
「真田信繁だね。分かってるよ」
「そ、そうでおじゃるか。それくらいは知っているよなと、少し心配になったでおじゃる」
た、助かった!
そんな有名人だったとは。
弟が言ってくれなかったら、白い目で見られるところだった。
(真田幸村の事だよ。お爺さんが武田家で、有名な武将だったんだ。大河ドラマの主人公もしてるし、知ってるかと思ってた)
歴史はうろ覚えなんだよ。
まあ、良いや。
サネドゥに気を付けろって事ね。
「対戦相手は違うが、大坂の陣で徳川家康に最大の危機を与えたのは真田だ。だからこそ、徳川の代わりに戦う旗頭のキーくんには、気を付けてくれ」
「分かった。でおじゃるよ」
「真似するなでおじゃる!」
余程心配なのか、日本史も交えてその危険を教えてくれた。
元々やる気はあったけど、帝にここまで言われたらね。
ハッシマーと直接対決させるまでは、意地でも怪我はさせられないな。
時は遡り、雑賀衆一行がキョートに着いた頃。
オーサコではハッシマー達が、オーサコ城の守備を固めていた。
「ワシに謁見を求めている?誰だ?」
「ウケフジ殿です。何やら急な用件があるようでした」
「通せ」
上座で膝を崩して座るハッシマー。
そこに半壊した鎧姿のウケフジが、仰々しく入ってきた。
ハッシマーの目の前で跪くと、ウケフジは頭を下げた。
「ハッシマー殿におかれましては、その」
「長い話は良い。その姿だ。何かワシに急ぎの用件があるのであろう?」
前口上を途中で止めたハッシマーは、ウケフジを扇子で指してすぐに言うように促す。
それを見たウケフジは、軽く咳払いをしてから本題へ入った。
「コホン、それでは。我が友であるトキド・カズナリが、オケツ軍に敗北しました」
「な、何だと!?トキド軍だぞ!あのボブハガーですら勝てなかった、トキド軍だぞ!?」
「私も遅ればせながら援軍に向かいましたが、このような有り様」
「ぐぬぬ!」
ボロボロのウケフジを見て、唸るハッシマー。
その様子からは、ハッシマーが大物であるとは到底思えない。
「トキド殿は戦局を読み、途中で私を戦線から離脱させました。そしてハッシマー殿に連絡をと言って、そのまま戦線に」
「トキドは、し、死んだのか?」
「おそらくは・・・」
涙目で語るウケフジ。
勿論、嘘泣きである。
しかしその涙を見たハッシマーは、立ち上がり辺りの物を蹴り始めた。
「クソがっ!せっかく騎士王国有数の強者、トキドを仲間に迎え入れられたのに!クソッ!クソッ!クソッタレ!」
「ハッシマー殿。ここは急ぎ、オーサコへ味方を集結させるべきかと」
「そうだな。・・・いや、問題無いか」
ウケフジは不審に思った。
さっきまでアレだけ荒れていたハッシマーだが、トキドが敗れたと聞いても慌てなかったからだ。
ウケフジ自身はオーサコに守備隊として吸収されるのは、予想はしていた。
しかし、他の有力な武将をオケツ対策に呼ばないのは、どう考えてもおかしいと思ったのだ。
「どうされるおつもりで?」
「ワシにはとても優秀な配下が居る。今の彼等の力は、トキドと遜色無いと自負しているよ」
「配下、ですか?」
トキドと同等の力を持つとなれば、自分に匹敵する力を持っていると言える。
そんな人物達が、ハッシマーの配下に収まっているはずが無いと、ウケフジは高を括っていた。
「そういえば、会っていなかったな。お前、呼んできてくれ」
近衛の一人に声を掛けるハッシマー。
彼は部屋から去ると、五分後には数人の者達が入ってきた。
「彼等がワシ自慢の配下だ」
ウケフジに対して膝をつくと、彼等は恭しく挨拶を始める。
「あの有名なウケフジ殿に挨拶出来る機会を頂き、誠に感謝します。俺、いや私はゴットゥーザ・ナサゼー」
「わ、私はカトッティ」
「ミスタ・イスナリと申します」
「は、はじめまして。皆さんは魔族なんですね」
ゴットゥーザ達はハッシマーに認められた、魔族の者達だった。
ゴットゥーザはオーガ。
カトッティはエルフ。
ミスタはなんと小人族だった。
「ミスタ殿は戦えるのですか?」
「多少は、というところです」
多少というミスタだが、ウケフジを前にして気後れしていない。
ウケフジはそれを、自信の表れだと思った。
「最後に、そちらの方は?」
「拙者はサネドゥ・ヤバスィゲ。よろしくお願いするでござる」
「サネドゥ・・・」
ウケフジは彼の名前を知っていた。
トキドの配下に居た者と、同じ名だからだ。
今はトキドとは良好な関係だが、先代の時はバチバチに戦っている。
先代ウケフジと共に戦場に出ていた事もあり、彼はトキド配下でサネドゥという人物と戦った事があったのだ。
サネドゥはウケフジからの視線に気付くと、フッと力を抜いた。
「そんなに睨まなくても、逃げないでござるよ」
「す、すまない!睨んでいたつもりはないのだが」
「分からなくもないですがね。祖父がお世話になったと思いますし」
物腰柔らかな対応で話すサネドゥに、ウケフジは肩透かしを食らったような気分になった。
戦場にて出会ったサネドゥの祖父は、もっと怖い印象があったからだ。
そのくせ頭脳戦も仕掛けてきて、厄介な相手だと覚えていた。
それが孫になると、こんなにも丁寧な対応をしてくるのだ。
性格は遺伝しないものだと、強く感じていた。
「なんだ、知り合いだったのか」
「彼とお会いしたのは初めてです。でも、彼のお爺様とは過去に戦っていたので」
ハッシマーが二人が話し始めた事で、少し興味を持った。
「トキド家か。サネドゥ、元主君を倒した男、狙ってみるか?」
「祖父や父はトキド家に世話になっていましたが、拙者はそこまで。恩義を感じるとしたら、ハッシマー様に他なりませんから」
「そうか。じゃあ無理強いは良くないな」
「しかし命令とあらば、拙者の方から行かせていただきます」
遠回しに、トキドの仇を倒すと言っているサネドゥ。
ハッシマーもそれを聞いて、苦笑いしている。
「分かった。ではサネドゥよ。お前はオーサコ城の一角の守備以外に、トキドの仇を倒す役割を任せる」
「承知しました」
「皆の者、下がって良い」
ハッシマーの言葉により、サネドゥを含めた四人は部屋から退室していく。
残されたウケフジは、少し焦りを感じていた。
サネドゥの強さが祖父譲りなら、間違いなく強敵である。
そしてゴットゥーザ達三人は魔族だ。
つい先日、魔族に負けたばかりのウケフジは、彼等の強さを初めて知った。
今まではケルメンの中でだけで戦っていたので、魔族と戦う機会すら無かったのだ。
国内では屈指の強者と自負する自分でも、魔族には負ける。
そう思った彼は、ゴットゥーザ達の強さを長秀達と同様だと判断していた。
「ウケフジ殿」
「はい」
「貴殿はどうする?」
「そうですね。あのような方々が居られるのなら、私はオーサコ城から出て戦おうかと。その為にはまず、自領に戻り軍勢を率いて戻ってこようかと考えております」
「そうか。では頼む」
「は、はい!」
まさか自分が解放されるとは思っていなかったウケフジは、少し拍子抜けしていた。
絶対に引き止められると思っていたのだが、やはり自分の予想は正しい。
ゴットゥーザ達のような強者が居ると分かった彼は、すぐにオーサコを離れる決意をする。
「では、失礼いたします」
部屋から出ると、ウケフジはすぐに城を出る準備を始める。
トキドと合流する為だ。
それを易々と見送るハッシマー。
しかし、それはタダでというわけではなかった。
「気付かれないように後をつけろ。ウケフジ領に戻らないようであれば、始末して良い」
「承知」
黒装束に身を包んだ、怪しげな男。
彼はウケフジを殺すと言われても、即答した。
「始末した場合は、ウケフジ領へ向かえ。奴の配下を根こそぎ奪ってくるのだ」
「承知」
黒装束は、スッと影の中に消えていく。
「魔族とは凄いだろう?」
「ああ、お前の言った通りだった」
何処からか聞こえる声に、ハッシマーは返答する。
すると、隣の部屋から男が現れた。
「ハッシマー殿、彼は使えますか?」
「使える。だが、お前さんの方が強いと思うぞ」
「私のような存在は稀ですからね。でも、皆さんも強かったですよ」
現れた男は、とても地味な服を着ている。
しかし胸には勲章がいくつもあり、そこだけ見ると立派な服に見えなくもなかった。
「謙遜はやめてくれ。事実、ワシの軍はお前一人に負けた。そう言われると、嫌味にしか聞こえないからな」
「でも、面白いものですね。ちょっと戦い方を教えただけで、魔族の彼等は大きく強くなりました」
「ああ、それは感謝している。元から強い連中だとは思っていたが、トキドやウケフジと同等以上になるとは思いもよらなかった」
男の手には、いつの間にか太刀があった。
それを軽く振ると、すぐに太刀は彼の手から消えてなくなった。
「魔族には太刀が合わなかったんですね。だから違う武器を、分け与えただけなんですけど」
「でも、その扱い方も教えたのだろう?」
「それはまあ」
「あの三人は、ある意味アンタの弟子だな」
弟子と言われて、少し困った顔をする男。
彼はこう言った。
「魔族の弟子が居るなんて言われたら、俺は本国で何と言われるか分かりませんよ。大将から降格させられるかもしれませんね。まあそれも悪くはないけど、今はハッシマー殿を王にしないとね」




