彪とは
太田に暴走の兆候がある。
僕でも分かったのは、身体が大きくなっている事だ。
ただ、少し変なんだよなぁ。
大きくなったと思ったら、また少し小さくなって。
三歩進んで二歩下がる的な?
暴走しないように、堪えているのかもしれない。
でも、問題がある。
太田が暴走した場合、止められそうなのは兄だけなのだ。
それなのに兄は、空で時間を食っていた。
何してんだよ!って思ってた矢先、兄からの連絡が来ると、ようやく状況を理解した。
兄は足止めされていたのだ。
多分、一人ならどうとでもなったと思うんだよね。
問題はコルニクスだろう。
ちょっと動くと炎を吐いてくる。
これがグリフォンであるツムジなら、無理してこの包囲網を突き抜ける事も出来たと思う。
しかし八咫烏であるコルニクスは、ツムジほどの炎耐性は無い。
確かに喧しいカラスではあるが、だからといって兄はコルニクスを無碍に扱わなかったみたいだね。
そう考えると、足止めされてた事に文句を言っていた僕が、申し訳なく思ってしまった。
太田の様子もおかしいし、ここはもしも暴走した時の為に、さっさと空の戦いを終わらせる必要があるね。
叫ぶヤヤの言葉を聞いていた蘭丸だが、疑問があった。
「赤豹なのに、斑点みたいな模様じゃなくて縞模様なのは何故なんだ?」
「もしかしたら豹ではなく、彪なのかもしれないぞ」
「彪?」
「彪は虎の縞模様の事を指す。斑点ではなく縞模様なのは、それが理由なんじゃないか?」
「へぇ、流石は爺さん。物知りだな」
「別にジジイだから物知りってわけじゃないのだが」
水嶋に豆知識を教わった蘭丸。
それは正解だったのだが、水嶋はそれを見て違う疑問が湧いてきた。
豹ならばどのような力を持つか、少しは予想が出来る。
しかし、彪は縞模様の事である。
どんな力を得るのか、サッパリ想像がつかないのだ。
「やっぱり虎の力なのか?」
「流石は年の功とでも言っておこう。確かに虎の力と言っても過言ではない。だが、ただの虎とは違う。俺の赤彪は、お館様の力を備え持つのだ!」
「ぬおぅ!」
「身体が燃えた!?」
ヤヤの赤い鎧が発火した。
あの余裕の態度は、焼身自殺などではない。
蘭丸と水嶋はその炎から離れるように、少し下がった。
「見よ!トキドは赤く燃えている!」
「な、何!?」
「な、何だ?後ろで火柱が上がったぞ!?」
ヤヤの力に呼応するように、離れた場所でも炎が上がった。
それはヤヤの炎よりも大きく、場所的にトキドのワイバーンが落ちた辺りだと分かった。
そして水嶋は、赤彪の力をようやく理解した。
「なるほど。トキドが虎でお前が彪か。虎の力が凄いほど、彪の模様もハッキリと表れる。そんなところか?」
「ジジイ!よく分かったな。褒めてやるぞ」
まさかの正解にたどり着いた水嶋。
蘭丸だけは理解出来ず、水嶋は再び蘭丸に説明する。
「分かりやすく言えば、光と影だ。トキドが光でヤヤが影。光が強くなればなるほど、影の濃さも増すというもの。それはトキドの力が強ければ強いほど、ヤヤも強くなるという事だ」
「なっ!それじゃコイツは、トキドと同じくらい強いって事か!?」
「うーむ、それはどうかな?同じ力を持っていても、基礎能力に違いはあるだろ。背の高さや体重だって違う。足の速さや腕力に、差があってもおかしくない」
「なるほど。という事は、トキドの劣化版?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
水嶋の予想は、ほとんど当たっていた。
しかし、ほとんどである。
彼が間違えた点は一つ。
それはヤヤの方が、能力を使いこなしていた事だ。
「分かっていないな」
ヤヤは太刀を軽く振ると、刀身にも炎が移る。
そして今度は、蘭丸達に向かって太刀を振った。
「避けろ!」
左右へ飛ぶ蘭丸と水嶋。
二人が立っていた場所へ、火が飛んできた。
刀傷を残して火は消える。
二人はようやく、ヤヤが余裕のある態度を取る意味を理解した。
「ちなみにこの技は、今のお館様には使えない」
「では、何故お前は使えるのだ?」
「先代の技だからな」
「・・・あっ!」
「理解したか?」
余裕のある笑みを浮かべるヤヤ。
水嶋だけでなく、蘭丸も理解した。
トキドは力を継いだが、ヤヤは先代からずっと副官だった。
ならば二代に渡るトキドに仕えているヤヤは、今のトキドよりも能力を使いこなせるという事だった。
「確かに俺の力は、お館様に依存する物だと言わざるを得ない。しかしお館様が居る限り、俺の力は不滅だ!」
脇差を抜いたヤヤは、両手で二刀流で蘭丸達に向かって振り続けた。
二人に向かって炎の刃が、何本も飛んでいく。
「ど、どうするよ!?」
「どうするもこうするも無い!俺達も応戦するしかないが。お前の弓は・・・無理だな」
「俺の後ろに入れ!」
蘭丸の弓は強弓なので、基本的に射る為には大きな力が必要になる。
更には構えてから集中しなくてはならないのに、炎の刃を掻い潜りながら射るなんて芸当は、到底不可能だった。
その為に蘭丸が取った行動は、水嶋の身を守る事。
槍に持ち替えて、前方で槍を回転させて炎の刃を防ぐ事にしたのだ。
幸い、炎の刃は直線的な動きしかしてこない。
もしもの場合に備えて、曲がる軌道も想定しつつ、守備に徹する事にした。
「貴様等は分かっていないな」
「何がだ?」
「その鉄砲も、俺には通用しない!」
今までは避けていたヤヤだったが、本気を出していなかっただけだったようだ。
水嶋の弾は基本的に急所しか狙っていない。
普通ならば当たれば即致命傷なのに、ヤヤは避けようともせず、それは心臓へと飛んでいった。
だが当たったと思った瞬間、その銃弾は胸の前で蒸発してしまった。
「何だと!?」
「生身の剥き出しの部分だ!顔を狙え!」
蘭丸の言葉と同時に、引き金を引く水嶋。
それは蘭丸の頭上から弧を描いて、ヤヤの顔へと飛んでいく。
しかし、それも同じ結果になってしまった。
「クソが!」
「オイオイ、こんなのアリかよ!」
怒る水嶋に、呆れ気味の蘭丸。
倒す手立てが見つからない二人は、そのまま徐々にヤヤから距離を取るように下がっていく。
それを見たヤヤは、勝ち誇りながら怒りの言葉を口にした。
「他愛もない。所詮は少し腕に覚えがある程度の、ただの凡人よ。その凡人がトキドに喧嘩を売った事。後悔しながら死んでいけ!」
ヤヤは左手で炎の刃を放ちながら、蘭丸目掛けて走ってきた。
右手の刀で蘭丸に斬りかかってくると、蘭丸はそれを槍で受け止める。
しかしその瞬間に左手の脇差が蘭丸の腹を貫こうとしていた。
「ナメるなよ!」
「ぬぅ!何だそれは!?」
水嶋は蘭丸の脇の下から銃口を突き出すと、それをヤヤの腹目掛けてぶっ放した。
ヤヤは余裕の笑みを浮かべていたが、水嶋の銃弾を受けて急に強張った。
思わず後ろへと飛び退けるヤヤ。
「散弾銃だ。とっておきを隠してるのは、お前だけじゃないんだよ」
水嶋の持つ銃の形が、少し変わっている。
ヤヤはそれに気付くと、再び距離を取り始めた。
「爺さん、助かった」
「礼は良い。だが、少しだけ気になる点が出来たぞ」
水嶋はさっきのヤヤの様子から、不自然な点を感じ取っていた。
散弾銃を警戒して離れたのを機に、水嶋はそれを蘭丸へ説明し始める。
「さっきまでは、避ける仕草すらしなかった。しかし、散弾銃には驚いた後に下がった」
「いきなりだから、驚いたんじゃないのか?」
「だったらすぐに攻撃を再開するだろ。アイツ、散弾銃を警戒しているんだ」
「どうして?」
「そんなの俺が知るか!そういうのは、官兵衛に調べさせろ」
質問を逆ギレで返す水嶋。
更には官兵衛というここに居ない人物を頼れという始末で、蘭丸はため息を吐いた。
「散弾銃には警戒してるなら、それで攻撃を続けた方が良いだろう」
「ただ散弾銃は、距離が離れると威力も下がる。確かに遠くても誘導して当たるが、蚊に刺された程度の痛みだろうな」
「それは意味が無いか。結局、接近戦かよ」
槍による中距離戦なら、分はあると自負している蘭丸だが、二刀流の刀に接近戦は勝ち目は無いと悟っている。
彼は渋々、あまり得意ではない剣へと持ち替えた。
「本当に何も出来ないからな。頼んだぞ!」
「おうよ!」
蘭丸の少し不安げな声に、水嶋は気合の入った声で返した。
その頃空では、コルニクスに跨っていた魔王が、ようやく包囲網から脱出に成功していた。
「す、凄いっす!全員が魔王様を注意深く見ていたのを、逆手に取ったっすね」
「アレ?入れ替わったの分かってた?」
「そりゃ召喚は、魂で繋がった契約っすから。いや〜魔王様は凄いっすね〜。キャプテンと違って、クールに仕事するっす」
「え?そう?」
クールか。
あまり言われた事無いけど、言われると気分良いな。
コルニクス、良い事言うじゃないの。
【このバカラス!俺の時と、言ってる事がちげーじゃねーか!】
そうなの?
まあ彼の本音が、ここに出てるのかもしれないね。
【よく言うよ!コイツ、ただの八方美人の可能性あるからな。クソー、今度から話半分で聞いとこう】
それが良いかもね。
さて、それよりも上空の制圧をしないと。
今はトキドも居ないし、彼等を倒すには絶好の機会なはずだ。
「コルニクス、反転しろ。あの連中を落とす」
「アイアイサー!」
空を旋回するコルニクス。
彼等はまだ視力が回復した様子は無い。
むしろワイバーンも暴れていて、空中でぶつかり合って下降していく連中も居た。
こういう連中には、ワイバーンの翼を風魔法で切り裂くのがベストだろう。
そのまま地面に叩きつけられれば死ぬし、ワイバーンが頑張ったところで、地上にはドワーフや妖精族、他にもエルフや獣人達も居る。
どちらにしろ袋の鼠だね。
「おぉ!って、完全にはワイバーンの翼を切り裂かないんすか?」
「別に全員を殺したいとは思ってないから。ハッキリ言って、僕達の方が侵入者なんだ。悪者はこっちなんだから、命まで取るのはどうかなと思うよ」
「ふーん、前の魔王様と比べると甘々っすねぇ」
「何?」
「いや、何でもないっす」
何か言われた気がするけど、まあ今は気にしないでおこう。
順調にワイバーンの翼を一部切り裂いていくと、痛みからか鳴きながら降下していく。
それでも騎士を守ろうとしているのか、その速度は落下というより降下という言葉の方が相応しいと僕は思う。
「よし、こっちの連中は終わった。イッシーの援護に行くぞ」
「イッシー?あぁ、ヒト族の部隊の。アレっすね」
少し下で戦っていたイッシー隊を見つけると、上手い具合に鳥人族と連携を取っていた。
既に大半の騎士を倒しているみたいで、残りのワイバーンも少なく感じる。
あまり援護の必要も無さそうだが、時間を掛けて戦っている暇は無い。
「イッシー、風に気を付けろよ」
「あ?魔法か!総員、バランスに気を付けろ!鳥人族達もだ!」
流石はイッシー。
分かりやすく皆へ、風魔法の事を伝えている。
僕はその一言から数泊置いて、彼等が戦っている真上から旋風を起こした。
ワイバーン達はバランスを崩して、体勢を維持するのに精一杯になっている。
「今だ!ワイバーンを狙え!」
イッシーの指示に従ったイッシー隊と鳥人族は、ワイバーンを落としていく。
気付けば空には、ワイバーンの姿は無かった。
「イッシーが指示してからは結構早かったね」
「そうか?」
「そうですね。我々鳥人族は、もっと集団戦を学ばないと駄目だと、イッシー殿の戦いを見て思い知りました」
鳥人族の一人が、イッシーへ感謝の言葉を述べに来たらしい。
彼の言葉を聞く限り、僕もそれを感じた。
鳥人族は強い者が領主になる。
それを考えると、個人能力の向上に努める人の方が多いんだろう。
今度、ベティにそこを注意しないといけないな。
「なあ、あっちで上がってる炎は何だ?」
「あっち?」
真下では太田がトキドと戦っている。
離れた場所で戦ってる奴なんて・・・
「居た!蘭丸達だ!炎が上がってるって、誰と戦ってるんだろう?いやいや、そんな事を考えてる場合じゃないぞ。あの様子だと援護しに行かないと」
すると僕の言葉に、イッシーは思い出したかのように反応した。
「アレか。あの相手、多分強いぞ。あの男が居なくなって、かなり楽になったみたいだしな。そうだな、俺が援護に行く。今は孫市だっけか。孫市様は太田殿をよろしく頼むよ」




