エルフの異変
ハッ!?
面と向かって、言わなくてもいいですよね?とか言われたから、動揺してフリーズしてしまった。
「ま、まあ言わなくてもね、走れるんだけどね。なんというか・・・」
浪漫が無いな。
面白味が無い。
【そんな事に拘ってる場合じゃないって事じゃないか?】
アウラールさんは遊び心が足りないんだよ。
ハァ、別にいいけどね。
「魔王様。私も魔王軍の一員として、他の種族を乗せてオーガの町へ向かいます。まだもう少し乗れる人数を増やさないと、出発は無理ですが、急ぎたいと思います」
「魔王軍?」
「え?魔王様が皆を集めるのは、軍を編成するからでは?」
そんな話になってるの?
守りやすいからそっちの方が良くない?
っていう程度の考えだったんだけど。
もしかして小人族も同じ事思ってたりするのかな。
「それに関しては、オーガの町で集まってから考えたいと思う。まだ軍とか、そこまで大きな事は考えてないから」
「一番槍は、何卒私にやらせてください」
決まってないのに一番槍って。
しかも、前田さんがやりたがると思う。
「それは皆と話し合ってからね。これからエルフや獣人の町村に向かうから、オーガの町で彼等と相談してくれ」
「分かりました。是非、我が隊にお任せを」
トライクに乗ってから、少し人格が変わった気もするけど。
ハンドル握ると性格変わるとかあるし、それは置いておこう。
【ところでオーガの町には寄るのか?】
別にいいんじゃない?
ショートカットで南下した方が、能登村に行くのは早いと思うし。
【それなら別にいいんだけど。オーガの町に説明も何もしてないけど、大丈夫か?】
あ〜、そういえばそうだね。
でもあの筋肉馬鹿達なら、別に問題無いでしょ。
【お前のオーガに対する評価が、よく分かったよ。そこまで馬鹿ではないと思うけど、太田が居れば揉める事も無いだろう】
「町長、後の事はよろしく。ところでこの上着、睾丸は交換が必要だったりするの?」
「必要ありませんよ。暑くなったら、上着から抜いてくれれば大丈夫です」
玉を抜くって、響きが嫌だな。
「分かった。俺達は南に向かうから、オーガの町まで気を付けて行ってくれ。もし帝国や王国と出会っても、おそらくこのトライクなら逃げ切れると思うから。また会いましょう」
ツムジが空へと上がり、南へ向けて飛んで行った。
「眈々狸の睾丸ジャケットはどうなのよ?」
「笑いながら言うなよ。でも名前と裏腹に、かなり快適だぞ。手袋と耳当ても用意してくれたおかげで、今はほとんど寒くないな」
「魔王様、じゃあもう少し速度上げる?これくらいなら、もう少し出せるけど」
体感では、高速に乗ってるくらいには出てると思うんだけど。
もっと出るって事は、高速の制限速度以上には出せるんだろう。
この世界にそんなものは無いから、捕まる事は無いけどね。
「兄さん次第だよ。どうする?」
「よし!出せるだけ出しちゃえ!」
「ヒャッハー!魔王は高速だあ!」
うおっ!速いな!
ゴーグル持ってないと目が開けられないんじゃないか?
兄さん、予想通り涙と鼻水だらけだね・・・。
「とんでもない目に遭った。やっぱり程々が一番だよ」
「今度ゴーグル作りたいな。でも、プラスチック製品がねぇ」
「プラスチックって石油だっけ?石油なんか何処で出るか、分からないもんな」
正直、石油があるとかなり変わる。
それこそガソリンを精製すれば、ヒト族でも運転は出来る。
ただし、これは諸刃の剣にもなり得る。
ヒト族でも扱える物を作るという事は、襲われるリスクも高まるという事だ。
だからこそ、今は保留案件として扱っている。
わざわざ敵に有利な物を作る必要など無いからね。
「ねえねえ、石油ってなあに?」
「ツムジは石油を知らないのか。石油っていうのはな、アレ?何て説明すればいいんだ?」
詳しくないのに、知ったかぶりするからだよ。
僕もそこまで詳しくはないし、簡単にしか説明出来ない。
「見た目だけしか説明出来ないよ?簡単に言うと、地下から出てくる黒っぽい液体かな。長時間、地面が燃えてたら、もしかしたら原油が湧き出ている可能性もあるらしい」
「火山とは違うんでしょ?」
「そうだね。火山とは違って、マグマがあるわけじゃないからね」
「ふーん。黒いベトベトの池なら、何処かで見た事あるけど
」
え?
それ油田じゃない?
もしかして、求めていたモノじゃないですかね。
「それ、どの辺だか覚えてるか?」
「えーと、覚えてない!でもこの辺じゃないよ。確かもっと北の方だったと思う」
北かぁ。
何処だろうな。
「ヒト族の国の領地の近くだったかな?もう少し南?んー、行ってみないと分かんない!」
「そっか。でも、かなり重要な情報だったよ。ありがとな」
油田がこの世界にもある。
それが分かっただけでも大きい。
オーガの町が落ち着いたら、一度探しに行く事を考えてもいいかもしれないな。
「人里が見えてきたよ。これが獣人の村?」
「多分そうだね。僕達がお世話になった、能登村だ。ハクトの故郷でもある」
空から見るとちょっと変な感じがするけど、間違いなく能登村だ。
少しは変わった所もあるかと思ったけど、全然変わっていない。
故郷ってこんな感じなのかな?
「適当な所で降りてくれ。多分、誰かしら知り合いが居るはずだから」
ツムジは村の中心に近い、開けた所に降り立った。
グリフォンの出現に村民は騒めいたが、それはある人物の登場ですぐに落ち着いた。
「魔王様!お懐かしゅうございます!グリフォンで登場とは、とても驚かされました」
村長である前田さんが膝を突く。
槍の又左こと前田利家。
この人が居なければ、僕等はこの世界でまだボッチだったかもね。
「前田さん、お久しぶりです。ちょっと急ぎの用で帰ってきました」
他の町村と同じように説明をする。
ところがこちらが驚いた事があった。
「ドルトクーゼン帝国だけでなく、ライプスブルク王国が動いた事ですか?」
「知っていたのですか!?」
驚いてちょっと声が大きくなった。
周りの人も続々と増えてきている。
説明する手間が省けて、丁度良いかもしれない。
「猫田が動いて、情報収集していますからね。この村は最南端と言ってもいい。こちらから動かないと、情報なんて手に入りませんから」
なるほど、猫田さんか。
あの人が僕等を、この村に導いてくれたと言っても過言ではない。
情報は武器になるとはよく言ったもので、知っておくのと知らないでおくのでは随分と変わる。
「それならば話は早いですね。既に小人族の村が王国に襲われ、悲惨な状況となりました。これを踏まえて、魔族をオーガの町へと集結させています。この村の人達も、移動をお願いしたいんですけど」
「なるほど。魔王様がお一人で来られた理由はそれですか」
「移動手段もこちらで準備してあります」
目の前でトライクを作り出す。
黒い車体のそれを見て、前田さんの目の色が変わった。
「こんな物が人を乗せて走るのですか!?・・・熊の魔物に似てますね」
そういえば、この辺にも熊の魔物出るっけ。
それなら、魔物に乗ってると思えばいいだけで。
「乗り方は少し慣れが必要ですけど、すぐに乗れるようになりますよ。それとも他に何か問題でも?」
「いや、何と言いますか。実は私、熊が苦手でして・・・」
「でもこれ、熊に似てます?そんな事言われたの、初めてですよ」
小人族ですら、そんな事で恐怖を感じたりしなかったのに。
まさかの前田さんで引っ掛かると思わなかった。
「私、熊にはとても敏感でして。聞くも涙語るも涙。始まりは私が子供の頃」
「あ、別に興味無いのでいいです」
「え?」
そんなに驚くところ?
熊に対するトラウマとか、誰も聞く気無いだろ。
「それで、乗れるか乗れないか。どっちですか?」
「えーと、うーん・・・」
悩むのかよ!
「ててっててっ!ぷしゅー!時間切れでスーパー魔王くん没収となります。前田さんは運転要員から外して、後ろで座っててください」
魔王人形を地面に下ろし、残念なポーズを取る。
クイズでは時間も勝負なのだよ!
【さっきのってクイズにもなってないけど】
優柔不断は嫌いなのです。
別にヒト族が多いわけでもないし、運転出来なくても問題無い。
「真面目な話、襲撃に遭う可能性もありますからね。後ろで備えてくれていた方が助かります。前田さんの槍、長くて運転しながら振るうのは無理ですし」
「そういう事ならば!私も万全を期して、守備させていただきます」
運転しなくていいと聞いて、安心したような気がする。
そもそもこの村で戦えるのが一人って、おかしいと思うんだけどね。
辺境過ぎて襲撃とか無かったという理由もあるのかもしれないけど、それにしても不用心だ。
「誰か運転してくれそうな人を、選んでおいてください。この村の人数なら、5台もあれば十分でしょう」
5人の運転手を選び、練習のやり方を教えた。
「阿久野くん、私なんかが出来るのかな?」
自信無さげに答えるのは、ハクトの父である。
微妙に気弱そうなところは、父譲りだと思う。
母親の方は普通、というよりは豪快な性格だけど。
「ちょちょいって捻れば走るんでしょ。アンタも早くしなさいよ」
ものの数分で慣れてしまった。
センスなのか、ただ適当なだけなのか。
凄いおばさんだ。
「前田さん。5人が運転に慣れたら、すぐに海津町まで来てください。おそらくこの村が一番遠いので」
「かしこまりました。急ぎ修練をさせますので」
「長可さんの所で待ってます。また会いましょう」
「前田さんしか戦える人居ないけど、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。この辺の魔物なら、狩れる人も居るし」
「帝国も王国も此処まで来るなら、アタシ達とすれ違ってるんじゃない?」
「そういうものかな?俺、なんか嫌な予感するんだけど」
あまりそういうのは口にしない方が良いと思う。
信心深いわけではないけど、言霊っていうのがあるっていうし。
「久しぶりの海津町だぁ」
「長可さんは元気かな?蘭丸の事も伝えないとね。それにしても、町の様子ちょっとおかしくない?」
海津町の上を旋回してはいるが、誰もそんな事に気にも留めない。
普通は未確認飛行物体が見つかれば、騒ぎになると思うんだけど。
とりあえず町に行けば分かるはず。
「どういう事だろう?」
「わざわざ入り口から入ってきたんだけどな。久しぶりに戻ったにも関わらず、誰も出迎えが無い」
まあ蘭丸とハクトが居たから、あの頃は目に掛けられてたのかもしれないけどさ。
それにしても白状じゃない?
「いいよいいよ。こういう扱いには慣れてるよ。それにしても人が少ないな。入り口に見張りも居なければ、町の中に人も見当たらない」
「そういえばそうだ。これ、やっぱりおかしいよ。流石に町中に誰も居ないなんて」
帝国や王国に襲われた?
それにしても町の被害が見当たらない。
人だけが居ない町って感じだ。
「魔王様!大きい建物に人が集まってるよ」
ツムジが空から探してくれたみたい。
大きな建物というと、あの公民館みたいな所か。
何でそんな所に集まっているんだろう。
「え!?」
「どうした!何か異常か!?」
ツムジが何かを見て反応した。
困惑している様子から、かなり驚くような事なのだろう。
「この町って、エルフの町って言ってたわよね?」
「そうだぞ。蘭丸の母親が町長だ」
「その建物、ヒト族が出入りしてるんだけど」
「まさか襲われている!?」
「全然。むしろ扉から普通に出入りしてて、ビックリしたんだけど」
普通に出入りしてる?
商人とかか?
それとも長可さんの知り合いとか。
「あ、エルフも中から出てきた。え?裸!?」
「はだかぁ!?」
流石に驚くぞ。
裸のエルフが中から出てくるって、どういう状況だ?
これは異常事態だ。
「急いで行こう!」
別に裸を見たいから、急いでいるわけではない。
異常だと思ったから、急いでいるのだ。
スマホを片手に持っているのは、写真を撮りたいからではない。
そう、決してやましい事に使おうなどと思ってはいないのだ!
「着いた!裸の女性は!?」
「女性?裸で出てきたのは男性だったわよ」
なんだよ!
急ぎ損だろ!
兄さんの身体強化、多分全力だったぞ。
「それでも異常と言えば異常か。何故か帝国兵が建物の入り口に居るしね」
「戦闘を仕掛けてくる様子は無いけど、どうにも怪しい」
「小僧、この町の者ではないな!何者だ?」
見張りをしていた帝国兵に話し掛けられた。
いきなり斬りかかってこないだけ、マシなのかもしれない。
「俺はまお・・・じゃなくて阿久野。この町にちょっと前まで住んでいたんだ〜。長可さんにはお世話になってたから、挨拶しにきたの」
兄さん、グッジョブだ。
下手に魔王だって名乗るより、子供探偵の方が油断を誘える。
「長可?ああ、あのエロいおばさんエルフか」
「子供にはこの中は見せられんだろ」
見張りAと見張りBが、そんな事言っている。
これは是が非でも、中に入らなくてはならない。
エロい感じがムンムンなのだから。
「中には誰が居るの?」
「中には勇者様がいらっしゃる。他にも沢山の人が居るがな」
沢山だと!?
酒池肉林だというのか!?
むむむ!
子供の身体が恨めしい。
というより、今は人形だけど。
「僕も入りたいな〜。長可さんに会いたい〜!」
「子供は駄目だ!」
これはちょっと作戦を変えよう。
このまま行っても、多分中には入れないと思う。
だから一旦引くよ。
「ぶー!じゃあ帰る!」
「お前、何か良い考えがあるんだろうな?」
「子供が駄目なら、大人になれば良いじゃない。しかも長可さんと親しい人に」
「ん?どういう事?」
「まあ見ててよ」
再び建物の近くまで行くと、今度は少し警戒されながら同じ問いかけをされた。
「待て!お前、この町の者じゃないな!?」
「お前等こそ、この町の者じゃないだろうが!」
「貴様、何者だ!」
「名前を尋ねるなら、先に名乗れよな!」
ちょっと喧嘩口調になり過ぎたか?
でもこんな感じだよね。
「まあ帝国の者が俺の事知るわけないか。俺は成利。この町の町長の息子、森成利だ」