ウケフジの攻防
何をしてるんだろう?
兄はそれなりにやっているっぽい。
空でコルニクスとギャアギャアうるさかったけど、途中からは鳥人族の援護に徹し始めたみたいだ。
何を言ったか分からないけど、妙に盛り上がってるんだよなぁ。
ああいうの見ると、流石だと言わざるを得ないよね。
僕が言っても、あそこまで皆を鼓舞するような事は出来ないもの。
その辺は大人数の部活で、キャプテンをやっていただけの事はあると思う。
あまり言いたくはないけど、見習うべき点だな。
本人には絶対に言いたくないけど。
その点、あのベティとトキドっぽい大きなワイバーンの二人は、静かな展開だったな。
自己紹介っぽい感じで少しうるさくなったけど、その後はとても静かだった。
あのベティですら、慎重になる相手って事だよね。
間違いなく、相手は強いはず。
ちなみに地上の方は、大きな乱戦になっていた。
ただし、ある一角だけが空白地帯になっていて、土煙が立っていないんだよね。
あそこで何をしているんだろう?
お互いに見合ってるのかな?
流石に人形の目線だと、分からないな。
あ、ツムジに飛んでもらえば良かったんだ。
地上での一益長秀組とウケフジマオエ組の戦いは、空よりも先に始まっていた。
四人が戦うその空白地帯を守るように、示し合わせたわけでもないのに、ウケフジの騎士隊はある程度のスペースを作るように囲っていた。
それに応じたドワーフと妖精族も、同様に反対側を囲っている。
その広さは直径にして百メートル近い。
外では乱戦が起きているのに、そこだけはお互いが協力しているという、謎の空間だった。
「つえぇぇい!」
「甘いわ!ぬおぉう!?」
ウケフジの突進を、正面から受けようとした一益。
しかしあまりの速さに、振り上げた大鎚を一度手放して横っ飛びで逃げた。
間一髪だった。
一益の立っていた辺りを通過するウケフジ。
馬が大きく口を開けて、噛みつこうとしていた。
一益はその様子を見て、少し驚いた事がある。
馬の蹄の跡が、クッキリと地面に残っていたのだ。
それは馬の脚が、地面にめり込んでいるのがよく分かる。
相当な重さを有しているのに、それを感じさせない動き。
そして、それに耐えられる軍馬の身体能力にも、驚いたのだった。
「騎士王国というだけあるわい。たかが馬と思っていたが、我の知っている馬と一緒にしたら痛い目を見るのは我の方か」
「フフ、他国の者に褒められるのは、悪くありませんね。騎士王国の軍馬は、屈強かつ強靭。騎士は自分の馬と共に成長します。中でも、私の愛馬は凶暴です」
「噛まれたら耳や指くらい、軽く千切れそうだわい。最早肉食獣と変わらんわ」
一益の感想にウケフジは軽く笑い、そして再び突進を始めた。
今度は受ける。
一益は歯を食いしばり、正面からそれを待った。
「フン!」
「なんと!」
ランスを前に構えて、一益に突進するウケフジ。
それに対して一益は、猛スピードで迫ってきたランスを下から大鎚でかち上げた。
「うっしゃあ!」
攻撃の阻止に成功した一益は喜びの雄叫びを挙げた。
しかし、それは彼の驕りでもあった。
かち上げた大鎚を、頭で横から叩く軍馬。
大鎚がズレた事でバランスを崩した一益は、ウケフジの短い刀に肩を斬られた。
「チィッ!馬が本当に厄介だな」
「卑怯とは言わないですよね?騎士と騎馬は人馬一体。私の愛馬である国宗とは以心伝心。何も言わずとも先程のように、私の為に動いてくれます」
誇らしげに語るウケフジに、一益も負けてはいない。
「貴様が人馬一体なら、我は道具と一体よ」
「なんと!?どのような仕組みなのだ?」
一益の周りを小振りの鎚が覆っている。
空を浮くその姿は、騎士王国では見た事が無い光景だった。
「我が鎚四つでも、文句はあるまいな?」
「面白い!国宗!」
愛馬の名前を呼ぶと、すぐに突進を始めるウケフジ。
そこに空中を浮いていた鎚のうち三つが、ウケフジを狙ってきた。
それを短刀で弾くと、最後の一つを探す。
しかしそれは、ウケフジ本人ではなく、彼の馬である国宗の頭を狙っていた。
「国宗!」
ウケフジが名前を呼ぶと、馬はその鎚に向かって自ら頭を振ってぶつかりに行く。
普通なら脳震とうを起こして倒れるはずが、逆に鎚を弾いてしまった。
「何という馬だ。馬も防具を装着しているとはいえ、あんなのあり得んぞ!?」
「言ったでしょう。私の愛馬は凶暴だと!」
「それには当たらん!」
ランスを大鎚で弾く一益だが、噛みつき攻撃を避ける事は出来ない。
だが大きく開けた馬の口には、飛ばしてある鎚で対応していた。
二人と一頭の一進一退の攻防は、続いていく。
それに対して、横で対峙している長秀とマオエ。
二人はほとんど動かなかった。
張り詰める空気に、周囲を守っていた騎士と妖精族は一言も言葉を発しない。
それは二人の動きを、見逃さない為だった。
「シッ!」
長秀のレイピアによる鋭い攻撃が、マオエを襲う。
マオエもそのレイピアによる攻撃が、フルプレートの鎧と言えど防ぎきれないと分かっていた。
その為彼も、ランスではなくすぐに対応出来る刀に持ち替えている。
少しでも押されている流れを変えたいマオエは、長秀に話し掛けた。
「まさか、鎧の継ぎ目を的確に狙ってくるとは。その腕前で配下になるという事は、頭領殿は更にお強いので?」
「孫市様は私よりも強いですよ。魔法も使えて力もある。頭脳も明晰でありながら、身体能力も申し分無い」
「何ですか!そのパーフェクト人間は!」
長秀の説明を聞いたマオエは、思わず大きな声を出した。
長秀はマオエの狙いを読んでいた。
だからわざと、半分正解で半分は間違った情報を与え、マオエを少し混乱させようとした。
正確には、魔王二人を合わせればそうなるかもしれない。
だがそれをマオエは、知る余地も無かった。
「貴方も人が悪い。誤った情報で混乱させようとしたのでしょうが、そんな人間は居ませんよ」
「何故そう言い切れる?」
「それならば、傭兵の頭領などで収まる器ではないでしょう」
「・・・確かに」
そこは素直に認める長秀。
本当は魔王なのだから、彼の言っている事に間違いはなかった。
「そうですね。そんな偽りの話をするという事は、もしかして実際には強くないとか?」
「ならば私を倒して、試してみたらどうです?」
挑発に挑発で返す長秀。
しかしマオエは、その言葉に対してニヤリと笑った。
「貴方を倒さずに、試してみましょう」
「どういう意味ですかな?」
すると、背後から急に爆発音が聞こえた。
思わず振り返る長秀。
マオエはその隙に攻撃をと思っていた。
しかしマオエもその光景を見てしまった。
「な、何ですか、アレは?」
「・・・孫市様だ。私も知らない魔法を使っているようだが」
火球を連射するその魔法は、音も魔法も全てが派手に見えた。
しかも空を飛んでいるツムジに乗っている事で、地上からも何をしているのか丸見えだった。
「マオエ殿は何を狙ったのか分からないが、孫市様はあの通りだ。私などよりも強いぞ」
「そのようですね」
マオエは小声で想定外だと言ったが、それは長秀には聞こえていない。
兜の下では焦りを感じていたが、それを長秀が気付く事は無かった。
「さて、私達の方も孫市様同様、終止符を打つとしよう。今の君では、私には勝てない」
レイピアで攻撃する長秀。
刀で同様に弾こうとするも、レイピアの刃先がしなった。
レイピアで兜を弾き飛ばされるマオエ。
「ほう。女性でしたか」
「なっ!?」
マオエの顔を見た長秀は、初めて驚いた。
自らの顔を触り、兜が無い事に気付くマオエは、咄嗟に兜をランスで拾い上げた。
「その兜は、素顔を隠す為ですか?」
「女だと都合が悪い事もある。そういう意味が無いとは言い切れない」
「そうですか。ですが私は、男女平等でしてね。貴女が退くなら、私は見逃しますが」
「それは無い!」
「仕方ないですね」
そう言ってレイピアを構え直す長秀。
しかしマオエの雰囲気が変わった事で、気持ちを改めた。
「私の敗北は、ウケフジの敗北に繋がる。私も本気で行かせてもらう!宿れ!仁龍!」
「ほう!貴女もニラ殿と同じような能力をお持ちですか!」
身体から発する光に、長秀は警戒して距離を取った。
しかし、長秀はそれが誤りだったと動いてから気付く。
「甘い!」
伸びてきたランスが脇腹を掠める。
薄らと血が滲む脇腹を押さえ、長秀は少し顔を歪めた。
「形勢逆転のようですね」
「油断しました。だけど、この程度では!」
「無駄です」
ランスを持つ手とは反対側を狙う長秀だが、今度は刀が鞭のように伸びて、レイピアを弾いた。
金属音が鳴り響くのを聞いた長秀は、伸びてきたのが刀だと分かり、衝撃を受けている。
「馬鹿な!刀がそのように曲がるなど!」
「私の能力は、金属を伸縮自在に操る事。それすなわち、この地帯一帯が攻撃範囲なり!」
伸びてくるランスを避けると、左から鞭のようにしなった刀が飛んでくる。
防戦一方の長秀に対し、マオエは言った。
「どうやら防戦一方のようですね。それでは私はこのまま、あちらへ援護しに行くとしましょう」
伸びるランスと刀で攻撃をしながら、そのまま馬でウケフジの方へと歩いていくマオエ。
長秀も攻撃を防ぎつつ、少しずつ一益の方へと寄っていくが、そのスピードはマオエに遠く及ばない。
一方その頃、トキド本隊を止めるべく、上昇していく世紀末軍団。
そのうちの一台のトライクが、何故か遅れをとっていた。
「兄上、どうして速度を出さないのです?」
「やっている!これを見ろ!」
背後から前方を覗き込む慶次は、又左がアクセルをフルスロットルで回しているのを確認した。
「故障ですかね?」
「フライトライクは、まだ完璧ではないとコバ殿も言っていたからな。可能性は高い」
「だけど、よりによって兄上のトライクとは」
実はこのトライク、壊れたわけではなかった。
又左のトライクは特注である。
ブレーキを使わない走行をするので、その分ぶつかっても平気なように装甲を厚くしてあるのだ。
装甲が厚い分、それは重くなるという事。
それは空を飛ぶには、致命的な弱点でもあった。
「クソッ!皆が先に行ってしまう」
「兄上、どうしますか?」
「むう・・・」
フルスロットルにしていても、どんどんと他のフライトライクから離れていく。
前方を羨ましそうに見ていた又左は、ある事に気付いた。
「太田殿は一人なのか」
普通のトライクには、運転をする人と後部座席に攻撃をする人とで分かれている。
しかし太田は身体が大きいのもあり、専用のトライクは一人乗りとして設計してあった。
その分前方には、牛の角のような物が付いていて、突撃するだけで攻撃が出来るようにもなっている。
そして太田を見た又左は、とんでもない事を言い出した。
「よし!慶次よ」
「何でしょう?何か良い案が、思いつきましたか?」
「うむ!お前、降りろ」
「・・・は?」
「いやな、太田殿を見て思ったのだ。一人なら速いんじゃないかと」
「い、いやいやいや!何を言ってるんですか!?」
遅いと言っても、既に空の上。
地上からは相当離れていた。
「大丈夫!お前なら大丈夫!」
「な、何を根拠に!?」
「私に勝ったのだ。お前なら耐えられる」
「い、意味が分からない!」
意味不明な事を言い始めた又左に、慶次は落とされまいと反抗する。
しかし、どんどん置いていかれるのを見た又左は、とんでもない暴挙に出た。
「慶次よ、落ちろ!落ちるのだ!」
「ぬあっ!うわあぁぁ!!この馬鹿兄上ぇぇぇぇ!!」
又左は両手を離し振り返ると、力一杯慶次を押し出した。
フライトライクから離れ、落ちていく慶次。
又左は再びアクセルを握ると、叫んだ。
「ヒャッハー!速い!速いぜぇ!汚物は消毒すべきだあぁぁ!!慶次、お前ならこの乱戦でも生き残れる。良いか、前田家に後退は無い!慶次よ、生き残るのだ!」