行方不明者
お市がコーヤギを引き受けてくれたのは良かった。
正直なところ顔も幼いので、本当に子供っぽく見えてしまったから、あのまま放置していたら罪悪感が大きかった。
お市もあんな言い方はしてたけど、本当はちゃんと保護をしようと考えていたと思う。
いや、思いたい。
まあ彼よりも問題なのは、他の三人なんだが。
領主達は親近感が湧くからか、是非とも穏便に済ませてほしいと願っていた。
でもなぁ、僕もお市と同じで反対なんだよね。
罰は罰として受けるべき。
例えそれが、薬物による強制的な行動だったとしてもね。
そもそもの話、彼等もボブハガーの家臣なんだから、権六とお市の居る越前国と親交があったのは知っていたはずなんだ。
オケツのように、助けを求める事だって出来たはず。
シッチ達は薬漬けにされて、タコガマは勝利は皆無と諦めて軍門に下った。
視野が狭いというか、覚悟を決めてやるにしては考えが甘いと思う。
ただし、それはオケツにも言える事だ。
ボブハガーが死んだ今、いつまでも昼行灯で居られるわけがないのだから、三人を部下に招き入れると言えば良いのに。
グダグダしてから、やっとこさ覚悟を決めやがった。
面倒な男だなぁ。
タコガマは軽く頭を下げた。
「御大将、よろしくお願い申す!」
「後の二人には、目が覚めてから話をしましょう。まだ眠って、間も無いですから」
シッチ達もこっちに来てから、結構時間が経ってると思うのだが。
そんなに疲れてなかったのかな。
「長秀達の治療が長引いたんだっけ?」
「治療自体は、すぐに終わりましたよ」
「その割には、寝るまでが遅かったね」
僕の疑問に、テンジがバツの悪そうな顔をしている。
何かあったのは明白だな。
しかもそれを、お市も分かっていたようだ。
「何があった?」
「あまり悪く言うつもりは無いのですが、どうやら治療が拷問だと勘違いしたようで」
「拷問!?」
「おいおい、勝ったからってそういうのは駄目だろ!」
兄が領主達に怒声を浴びせると、違うと反論をしてきた。
代表として長秀から状況を聞き、お市はすんなりと納得した。
しかし、兄は微妙な態度を示している。
「もっとさ、優しく出来たんじゃないの?だって薬物中毒って事は、病人と一緒だろ」
「甘やかすでない。それこそアドの家臣という、名のある武将なのじゃ。それくらいで泣き言を言う方が、おかしい」
「だったらアンタは無理矢理水を飲ませられて、文句は無いんだな?」
「その前に妾が薬物中毒になど、なると思うてか?そもそも簡単に捕まる方が悪い」
「・・・確かに」
敵との戦力差も分からずに戦った事は、あまり褒められた話じゃない。
玉砕覚悟というのであれば、それこそ薬漬けにされる前に、切腹だって出来ただろうに。
倒せもしないし、自分も死なない。
要は、彼等は詰めが甘かったと思う。
「ハハ、手厳しいですな。私が会った時も、領主だからと拷問をされると勘違いしたようでして。落ち着いてもらうまで、とても時間が掛かりました。その為、お休みになられたのがちょっと前なのです」
「なるほどね。テンジも大変だったなぁ」
「こういう苦労なら、戦っていない私には向いてますから」
戦力としては低いテンジだけど、あまり自分を卑下してほしくない。
適材適所。
彼の戦場は、もっと別にあるはずだしね。
最近は連合に押されているし、僕達もこの戦が終われば、長浜の援護をしてあげようと思う。
「ささ、明日また戦いになるやもしれませぬ。今日は早めに休みを取りましょう」
「権六の言う通りだな。後の事は他の者に任せて、食事でもしようか」
翌日、ようやく僕達の援軍が到着した。
騎士王国を突き抜けるという話だったのだが、やはりそう簡単には行かなかったらしい。
西側の関所は、ほとんど機能していなかったというのだが、東側は別だったようだ。
やはり越前国と近いこちら側は、かなりの見張りが配置されていた。
「申し訳ありません。関所を抜けるのに、時間を多く割いてしまいました」
「官兵衛達が無事なら良いよ。でも、どうやって抜けたの?」
「それに関しては、私より話を聞いてもらいたい人が」
官兵衛が一歩下がると、一人の男が前に出た。
フードを外すと、そこには行方不明になっていたあの男の姿があった。
「秀吉!無事だったのか!?」
「おかげさまで、何とか生きています」
お市に越前国を追い出された秀吉。
彼はあの後、波瀾万丈な状況に巻き込まれたらしい。
「ここを追い出されてから、何があったの?」
「追い出されたと言われると、ちょっと寂しいですが。私はここを出た後、騎士王国を抜けて長浜に一度戻ろうと考えておりました」
「何と!では、領主に返り咲いていただけるという事ですね!?」
テンジがその話を聞いて、感極まっている。
だが秀吉は、首を横に振って否定した。
「本当はクリスタルを持っていきたかったのだが、上手くいかなくてな。長浜と連合の差を、もう一度目で確かめようと思ったのだ」
「長浜発展の為に、そのような事を。私、涙が止まりませぬ!」
感激のあまり、号泣するテンジ。
やはり秀吉は、長浜の事を考えていたのだとテンジは大いに喜んでいる。
「恥ずかしいので、その話は終わりにしましょう。お分かりの通り、戻れなかったわけです」
「という事は、騎士王国の国内に滞在していたと?」
「滞在というと聞こえは良いですが、ハッキリ言えば密入国ですね。そして、私もまんまと捕まりました」
「・・・えっ!?ハッシマーに捕まったの!?」
頷く秀吉に僕達は唖然とした。
とんでもない事をサラッと軽く言うから、聞き間違いかと思ったわ。
「もしかして、領主だから洗脳されたり・・・」
「本当の身分は明かさなかったので、ただの迷った魔族の商人と勘違いされました。幸い私は、妖怪ではなくネズミ族ですからね。すんなりと信じてもらえましたよ」
コイツ、なかなかに図太いな。
初めて会った頃の神経質な秀吉とは、大違いだ。
「それで捕まった後は?」
「商人ならば、変わった物は無いかとハッシマー殿から聞かれまして。持っていたミスリルの小剣等、数点を見せて売却しました。それから少しの間、ハッシマー殿に世話になってましたね」
「ハァ!?」
まさか、こっちはこっちで秀吉同士で繋がっていたとは。
騎士王国の連中と領主には、本当に驚かされる。
「世話って、向こうで何してたんだ?」
「衣食住の対価として、魔法について講義したりしていましたね。途中から見知らぬ連中も来て、少し驚きましたけど」
「見知らぬ連中?」
「それがですね、どうやら帝国の将校達だったみたいです」
「ハァァァァ!?」
駄目だ。
秀吉の話を聞いていると、頭がおかしくなりそうになる。
そんなに驚かなくてもみたいな事言ってるけど、帝国の人間なら、一度捕まえた秀吉の顔を知っていてもおかしくなかった。
バレたら捕まるか、もしくは殺されていた可能性だってあったのに。
コイツ、本当に危ない橋渡ってるなぁ。
「その後は?」
「魔法の講義がお気に召したようでして、気付いたら食客扱いに格上げされました。凄いでしょ?」
「す、凄いな・・・」
「ただ、途中から雲行きが怪しくなりまして」
「どういう事?」
「ハッシマーの食客から帝国の魔法講師へ、移行させられそうになったんですよ。世話になったハッシマー殿には恩を返すつもりでしたが、流石に帝国には恨みはあれど、恩も義理も無いですから。そこで騎士王国を離れる決意をしました」
なるほど。
秀吉がしばらく見当たらなかった理由は、ハッシマー陣内で働いていたからか。
ん?
もしかして、コーヤギに薬物魔法を教えたのは・・・。
「秀吉さ、若い子に魔法というか、薬とかの話をした?」
「おまっ!それは」
「秀吉様!?」
僕の疑問は、下手したら秀吉が裁かれかねない質問だ。
だからこそ、周りにはお市も他の領主も居ない、このタイミングで聞くしかなかった。
「薬ですか?生憎、私は薬の調合には無知ですよ。薬の販路を作るなら、出来ますけど。魔法と薬が、どうかしましたか?」
その答えに、ホッと胸を撫で下ろすテンジ。
兄も大きく息を吐いていた。
「なかなか興味深い話ですね。魔王様、オイラにも後程詳しくお聞かせ下さい」
「あぁ、そのつもりだからよろしくね」
官兵衛がその話に興味を持つという事は、今後に関係してくるのかも。
薬物魔法が厄介な事には変わりないし、色々と話を聞こうと思う。
「話が逸れてすまない。さっきの話だけど」
僕は秀吉と官兵衛に、薬物魔法というモノの存在を話した。
考え込む官兵衛に、驚く秀吉。
ただ秀吉は、魔法の可能性に驚いていたみたいだ。
「魔法と薬の融合ですか。面白い発想ですよ!」
「発想はね。ただ、やられた側はたまったもんじゃない」
僕がジト目で兄を見ると、兄は口笛という名の息を吐き始めた。
音が鳴らないから、ひょっとこみたいな顔で息を吐いているだけである。
「ちなみにこの薬物魔法、向こうで誰かに教えてもらって、完成したらしい。秀吉が関係してなくて、本当に良かったよ」
「良くはありませんな」
官兵衛が厳しい顔で答えてきた。
「官兵衛?」
「それは即ち、帝国側に魔法と薬にとても精通している人物が存在しているという証。おそらくは木下様の講義を聞いていて、思いついたのではないでしょうか?」
「なるほど!それならあり得るな」
「この話、ここだけの話にしましょう」
「どうして?」
兄は疑問に思っているが、答えは単純だ。
秀吉が魔法の講義を、もし帝国の魔法使いが聞いていたら。
そしてその魔法使いが、コーヤギにアドバイスをしていたとしたら。
それは間接的に、秀吉が薬物魔法を完成させたと言われても否定出来ないのだ。
もしこの事がお市の耳に入ったとしたら、彼女は秀吉を罰しようとするだろう。
例えそれが、自らが追い出した事で起きた話だとしてもね。
「それはかなりの確率である。全員、内緒だぞ!」
「何が内緒なのじゃ?おや?オヌシ、戻ってきたのか」
兄の大きな声が、お市にも聞こえたらしい。
自分で自分の口を押さえているが、おせーよ!
「援軍と合流したので、戻って参りました。戦となれば、私も出来る事があるので」
「そうか。それは頼もしい」
そう言うと彼女は、秀吉に頭を下げた。
「お市殿!?」
驚いた声で、秀吉は珍しく慌て始めた。
「すまぬ。妾の仕打ちを考えれば、戻ってこなくとも良かったのに」
「頭を上げて下さい。私も領主の端くれ。お市殿の考えている悩みは、理解出来ますから」
「本当にすまぬ」
頭を下げてくるお市に、バツの悪い秀吉。
さっきの話を聞かれていたら、頭を下げられるどころか、氷漬けにされて破壊されてもおかしくなかった。
秀吉本人もそれが分かっているからこそ、さっさとやめてほしいみたいだ。
「お市殿は他の者達にも、労いの言葉を掛けてあげて下さい。私はもう、この言葉で充分ですから」
「そうか?分かった。この戦が終わったら、以前の話を再考したいと思う」
「私の報酬は、その言葉だけでありがたいですね」
どうやらクリスタルの販路を、切り開いたという事だろう。
まあ、この戦いが無事に終わればだけどね。
「フゥ、緊張した」
「秀吉でも緊張するんだな」
「しますよ!あの方は特別ですからね」
お市と秀吉か。
確かにその関係性は、権六以外だと特別に感じるかもしれない。
緊張してもおかしくないかもね。
そう考えると、もう一人の秀吉はどういう人物なんだろう?
「秀吉はハッシマーと会ってるんだよね?ハッシマーってどんな人?」
「ハッシマー殿は、何て言うと失礼じゃないかな。本人は、そこまで強くないと思いますよ。ただし、有能な者を見つける眼力は凄いと思います。それと、顔は猿に似ていますね」