退行
凄いわ。
お市、ホントに凄い。
何が凄いって、自分の旦那を凍りつかせた挙句に、めちゃくちゃ高い壁の上から落とした事に決まってるでしょう。
彼女には確信があったのかもしれないけど、下手したら権六の身体、バラバラだよ。
もし氷が解けてきたら、完全にスプラッタなホラーが待っていた事になる。
それともう一つ。
兄も同じ目に遭ってるんだが・・・。
これは考慮してもらったのかな?
権六がバラバラにならなかったから、次は僕の身体でやったのかな?
もしそういう考えが何も無かったら、僕は一生人形の姿だったかもしれない。
さっきも言ったけど、人形が魔王やって領主達に命令するとか、想像したらそっちの方がホラーみたいに思えたわ。
そんなお市のおかげ?罰?
よく分からないけど、兄と権六は正気に戻ってくれたわけで。
その二人の協力により、ようやくコーヤギの薬物魔法という、謎の魔法について聞く事が出来たわけだ。
そう考えると、お市の手柄になるのかな?
戻っても、文句が言いづらくなってしまったなぁ。
とりあえず一つ、無事だと分かったから兄を落としたのか。
それだけは確認したいと思います。
えーと、ちょっと待て。
気になる点がいくつか出てきたぞ。
「その方法は自分で考えたの?」
「そうだよ。たまたま薬に詳しい人が来たから、話をしていて思いついたんだ。成功するまで、助言はしてもらったけどね」
コイツ、天才か?
自分でそんな事を思いつくなんて、普通じゃない。
しかし、参考になった点もある。
魔法を効きやすくする為に、薬を取り入れる。
これ、回復魔法でやれば、もっと効果的な気がする。
戻ったら、長秀と相談してみよう。
「効果範囲は?煙を吸った連中全員か?」
「そう考えてもらっていいかな。効きやすい人と効きづらい人が居るから、一概にそうとも言えないけどね」
土蜘蛛達は、本当に運が良かっただけだな。
もし薬物の入った煙が空気より重かったら。
今頃は壊れて転がってたかも。
そうなると、僕はどうなってたんだろ?
元の身体に戻って、正気な僕が表に出てくるのか?
それとも身体自体が煙を吸ってるから、僕も駄目なのか。
はたまた、元に戻れない可能性だってあった。
今思うと、土蜘蛛達には感謝しかない。
後で美味い物を食べさせてあげたい。
僕じゃなくて、ハクトが作るんだけど。
「じゃあ次の質問」
「何かな?」
「ハイブリッドって教えた奴は誰?それは助言した人物?」
「ハイブリッドって言ったのは、帝国の将軍。助言をくれたのも、帝国の人だと思うよ」
「思う?知らないの?」
「顔を隠していて、誰だか分からなかったんだよ。帝国の連中の方に居たから、多分帝国の人間だと思う」
気になるなぁ。
薬に詳しくて、魔法にも精通している人物か。
普通なら魔族って考えるけど、帝国側にそんな有能な魔族が捕まってるなんて報告、入ってきてないんだよね。
コーヤギと同じで、僕達が把握してなかっただけ?
「それじゃ、次が最後の質問だ。その魔法の解除の仕方は?それと薬の配合も教えろ」
「えぇ!それは秘密に決まってるでしょ。あ、答えさせていただきます」
「分かればよろしい」
僕の火球が彼の後ろへと飛んでいき、木に命中した。
バキバキという音と共に木は倒れ、パチパチと焼ける音がする。
水分を含んでいるから、煙が凄いな。
「解除方法は?」
「それは簡単。精神魔法で解除出来る。それに呼吸困難に陥ると、何故か解けるみたい」
呼吸困難に陥ると?
脳へ酸素が行かないからかな?
それとも、単純に苦しくて我に返るのかもしれない。
だったら、僕の火球で煙が蔓延しているこの状況、天狗達に良い方向に作用するかも。
「おっ?天狗達の動きが止まったぞ」
「煙で咳き込んでいるだけじゃないですか?」
「いや、俺達を襲ってこなくなった奴も出てきた。洗脳が解けたのか?」
兄達の会話から、多少は効果があったっぽい。
だいだらぼっちまでは煙が届いていないが、それは後で考えよう。
「さて、ラストだ。薬の作り方は?」
「それは・・・うっ!」
コーヤギが急に、頭を押さえて倒れてしまった。
いやいや、演技でしょ。
言いたくないだけだろうから、また脅して・・・。
「ここ、何処?」
「お前、何を言ってるんだ?」
「うわぁ!人形が喋ってる!凄〜い!」
「ハイハイ。芝居はそこまでで良いから。さっさと薬の配合を」
「薬は苦いから嫌いだな。ハッシマー様も、無理に飲まなくて良いって言ってくれるし」
「うん?」
会話が成り立たないんだが。
どうして子供のフリを始めたんだ?
「お前!そろそろいい加減にしろよ!ちゃんと言わないと、どうなるか分かってんだろうな!?」
「う、う、うわあぁぁぁん!!人形さんが怒ったぁぁぁ!!」
「えっ!ちょ!マジ泣き?」
どうなってるんだ!?
流石の僕も、おかしいと気付いてきた。
芝居じゃない。
本当に思考が、子供みたいになっているのだ。
「おいおい!お前、何泣かしてんだよ!」
「違うわ!僕は悪くない!」
ガチ泣きするコーヤギを見た兄は、茶々を入れてきた。
おそらくは冗談だと思っているんだろうが、意味が分からず混乱している僕の方が泣きたい。
「魔王様、もしかして彼も、魔法に掛けられているのでは?」
「こういう魔法は、精神魔法だと思うけど。幼児退行するなんて精神魔法、僕は知らないぞ」
権六の言う通りなら、精神魔法で解除出来るはず。
こんな魔法知らないけど、一応調べてみよう。
「は?なんじゃこりゃ!?」
試しに精神魔法を使ってみた。
使ってみたは良いのだが、まるで知らない物が見えたのだ。
佐藤さんに掛けられていた精神魔法は、契約だった。
契約書のような紙が見えて、それをどうにかする事で解除出来た。
しかし今回見えた物は、分厚い本だった。
それこそ辞書と言っても過言ではないサイズで、本物の本だとしてもあまり読みたくはない。
興味があるジャンルの本ならまだしも、これはまず違うだろう。
「何をしてるんだ?」
「彼の精神魔法を解きたいんだけど。んん!?」
天狗達の攻撃が止んだ事で、兄は手持ち無沙汰になっていた。
おかげで僕の横に来て、話し掛けるくらいの余裕は出来たらしい。
そして、僕が驚いた理由。
それはこの本が、鍵付きだった事だ。
どうやって開ければいいのか、分からない。
「ヤバイ。この魔法、全く解き方が分からない!」
「何だと!?お前が分からないって、相当だぞ!」
現に泣いているコーヤギの頭の上の本を、掴んでみせようとした。
しかし触れる事も出来ずに、鍵をどうすれば開くのか全く分からないのだ。
「鍵をどうにかしないといけないんだけど。鍵なんか持ってないし、触れる事も出来やしなかったわ」
「鍵?鍵が無いなら、パスワードじゃね?ネットでも、鍵マークにパスワードとか打ち込めとか、普通にあるでしょ」
「それだ!って言っても、もっと難しくなったぞ」
パスワードという事は、彼に対してそのワードを言えば良いんだと思う。
ただ、言葉なんか無制限にあるんだ。
正解に当たるなんて、ほぼ無理だろう。
「コーヤギ、バカアホマヌケ」
「うわ〜ん!この子が悪口言ってくる〜!」
「兄さん!何やってんの!?」
「テキトーに言ってたら、正解のパスワードにならないかなって」
「敵から言われるかもしれない悪口なんか、正解なワケないだろ」
「あ、そうか」
何だ、この場所。
カオスになってきたぞ。
片や記憶が無くなって、泣き喚く少年。
片や頭の悪い事しか言わない兄。
敵と戦っている最中だっていうのに、頭が痛くなってきた。
正確にはそんな気分なだけで、実際には痛くないんだけれども。
「駄目だ!思いつかねぇ」
「諦めよう。薬の中身が分からないのは痛いけど、風魔法で吸わないようにする対策は出来る」
「だったら、権六の手伝いして帰ろうぜ。気絶した天狗達も縛り上げて連れて帰れば、お市が治してくれるさ」
「うん、そうだね」
しかし問題は、コーヤギである。
敵とはいえ、今は幼児まで記憶が戻ってしまっている。
こんな死体だらけの戦場の真ん中に、置いていってしまって良いのだろうか?
「お前さ、あのガキの事考えてたろ?」
「え?顔に出てた?」
「人形の顔はほとんど変わらないよ。ただ、急に無口になったからな。領主達は無事みたいだし、権六も元気だ。対策も出来るって言うなら、考える事はそれくらいかなってな」
うーむ、無駄に鋭い。
パスワードに悪口なんか考えつくくらい馬鹿なのに、こういう事に関しては鋭いんだよなぁ。
「連れて帰るか」
「は?」
「別に良いんじゃね?今のコイツに、害は無さそうだし。精神的にガキっぽいから、茶々と友達になれると思うぞ」
害は無さそうというのは同意なんだけど、茶々と友達って。
高校生くらいの男と幼女が遊んでたら、社会的な意味で危なくないか?
それに急に記憶を取り戻したら、茶々が危険に巻き込まれるんだけど。
「茶々の友達の件は置いといて、判断は権六とお市に任せよう。だって僕達は今、雑賀衆として雇われてる身だからね!」
「考えるのが面倒だと思っただけだろ。都合良く雑賀衆の名前出すよな」
「兄さんみたいに何も考えず、いきなり魔王ってバラしそうになる方が駄目だけどね」
「何だと?」
「文句あるの?」
睨み合う僕達に、コーヤギが割って入ってきた。
「喧嘩は駄目でしょ!仲良く出来ないの!?」
「ああ」
「そうだね。喧嘩は駄目だな」
何だろう?
身体は大きいのに、本当に子供に言われた気分になってしまった。
兄も同じような感覚なのか、既に険悪な雰囲気は無い。
「やっぱり連れて行こう。可哀想な気がしてきた」
「だな。いつまでこのままか分からないけど、今のコイツは悪くないもんな」
「そうと決まったら、兄さん」
「だいだらぼっちを気絶させれば良いんだろ?」
話が早い。
権六も一人で頑張っているが、二人なら尚早いだろう。
兄と権六は、土蜘蛛の力を借りて洗脳されている天狗とだいだらぼっちを捕縛する事に成功したのだった。
「そういう事であったか。うむ、流石は魔王。ご苦労」
お市に戦闘内容の報告を伝えると、彼女は何が起こったのか分かったようで、満足そうだった。
ただ、僕としてはちょっとモヤモヤした気持ちになっている。
どうして僕も一緒に、正座させられてるのかという点だ。
兄と権六は、敵の策に嵌ったという意味もあって、怒られるのは分かる。
でも僕は、二人が居ない間に一人で凌いだんだけど。
「不満そうじゃな」
「え!?そんな事無いですよ!不満だなんて思った事、一度も無いですよ!」
ちょっと芸人風な言い回しになってしまったが、機嫌を損ねて怒られるよりは良い。
「ところでじゃが、そこの若者はどうして連れ帰ったのじゃ?」
「えぇ、可哀想だなと思って」
「敵なのに?」
「敵なのに」
あ、これ怒られる流れかも。
敵に情けを掛けるな!
そんな軟弱な者は、戦場に捨ておけ!
なんて言われるんだろうなぁ。
「ふむ、記憶が無くなったのなら仕方ない。幼児まで退行しておるなら、茶々と遊ばせておくかの」
「え!良いんですか!?ぐあぁ!足が痺れて・・・あ、危なくないですか?」
兄が思わず、立ち上がろうとしたが、正座の影響でその場から動けないようだ。
でも、僕が懸念した事をちゃんと聞いてくれるらしい。
「急に記憶が戻る事がか?それは無いであろう。魔王ですら分からない仕組みの魔法なのだ。そうそう簡単に解けてしまうような代物ではないはずじゃ。下手に放置してハッシマーに記憶を戻されるより、このまま戦が終わるまで保護しておいた方が、戦力が増えずに済むしの」