似合う男
長い全長のそれは、僕等にとっては見慣れた物だった。
無段式変速のオートマミッション。
そう、スクーターである。
【ガソリンも無いのに、どうやって走らせるんだ?】
燃料はガソリンの代わりに、魔力を使えばいいんじゃないかと思ったんだけど。
だからタンクは付けなかった。
グリップには普通のスクーターみたいに、一見だと滑り止めに見えるブツブツとした穴がある。
その穴が魔力吸収して、掌から魔力を流すとそのままエンジンへと向かう仕組みにしたんだよね。
掌から魔力を流すだけなら、おそらく魔法が苦手な獣人でも出来るはずだ。
【意外と考えてあるんだな。ちなみに魔力でちゃんと走るの?】
だからそれを試すんじゃないか。
走るまで何度も試作して、完成させるしかない。
これが完成しないと、大勢の移動は無理だからね。
僕が試しに走ってみるから。
あ・・・。
【今頃気付いたか】
手も足も、スクーターが大き過ぎて届かない。
今まで乗ってたスクーターと同じ感覚で作ってしまった。
寸尺をそのまま小さくすれば。
ほら、これなら乗れるでしょ。
【待って!俺が乗りたい!】
免許持ってないのに、どうやって乗るんだよ?
【だから乗りたいんじゃないか。この世界に免許なんか必要あるのかね?】
確かに必要無いな。
でも、転けて怪我とかしないでよ?
【身体強化すれば、ちょっと転けたくらいじゃ怪我しないって!ほら、代わって!】
「フッフッフ。今までは、野球出来なくなるっていう怪我のリスクを考えて乗らなかったけど。その心配も今や必要無い!魔王、行きまーす!」
チョロチョロ・・・プスン!
おい、全然進まないじゃないか!
(おかしいな。ちゃんと魔力流してる?)
ちゃんと手に流してるよ。
少しは進んだけど、こんなんじゃ何年経っても到着しないぞ!?
(手じゃないよ!掌だから!どうせパンチする感覚で、手の甲とかに流してるんじゃないの?)
む!
言われてみたら、確かに手の全体を覆った感じにしてたかもしれない。
もう一回やってみる。
「魔王、プロトスクーター行きまーす!」
何カッコ良さげ・・・えぇぇぇぇ!!!
「うわぁぁぁぁ!!!」
ブレーキ!ブレーキ!
早くレバー握って!
「レバー?これか!うおわぁぁぁ!!!」
馬鹿!
目一杯握ったら、ホイールロックして前に飛ぶに決まって、あぁぁぁぁ!!!
ドーン!
「いってー!めっちゃスピード出るじゃんか!」
最初からアクセル全開にする馬鹿が何処に居るんだ!
ウィリーなんか、免許取り立ての頃にやらかした時以来だよ。
「馬鹿馬鹿言うな!こっちは無免ライダーだぞ!?」
だから慣れるまで待った方が良かったのに。
後でちゃんとした乗り方教えるよ。
「それはありがたい。だが、何はともあれ走ったな!」
実験は成功だね。
二人乗り用に、もう少し全長を長くして座りやすくしよう。
「その前に、誰か試しに乗ってもらった方が良くないか?」
それもそうだね。
蘭丸辺りに乗ってもらおうか。
「蘭丸!ちょっと来てくれ。実験に手伝ってほしいんだけど」
「何だ?俺が手伝う事なんかあるのか?」
「移動手段として考えている乗り物があるんだけど。それに試し乗りしてくれないか?」
「乗り物?馬車とか牛車か?」
この世界、乗り物って馬車とかになるのか。
もしかして、バイクとか乗れないんじゃないか?
(いやいや、運動神経良さげな蘭丸が乗れないとか。ありえないでしょ!?)
だよなぁ!
「これなんだけど。馬に乗るみたいに跨ってくれ」
「鉄の馬?これが乗り物?」
説明を済ませ、試しに乗ってもらう。
「いいか?くれぐれもゆっくりとこれを回せ。ゆっくりと、だ!じゃないと物凄いスピードで、木に激突する事になる」
「ゆっくりだな?分かった、やってみる」
ブォン!ププププ・・・
「おぉ!走ってるな!めっちゃ遅いけど。ん?」
バタン!
「イテ!」
転けた。
というより横に倒れた。
何故だ?
「これ乗るの、難しくないか?」
難しい?
バイクに乗るのが?
自転車と同じだと思うんだけど。
先に自転車作った方がいいんじゃないか?
(もしかしたら、二輪自体の乗り方が分からないのかもしれない)
「ちょっと待ってくれ」
「こっちはどうだ?ペダル、って言っても分からないか。この足を、こうやって漕ぐんだけど」
試しに自転車を作ってみた。
サドルを目一杯下げてるから、普通の自転車でもギリギリ乗れる。
これで駄目なら、ちょっと考えものだぞ?
「行くぞ!」
チリンチリン!バタン!
「これ欠陥品だろ!?さっきより難しいじゃないか!」
「マジか・・・」
(まさか二輪乗れないとはね。ちょっと改良が必要だな)
蘭丸には一度戻ってもらって、再度試作機を練り直す。
「まさか乗れなかったとは。蘭丸で無理なら、他の種族も確実に乗れるとは言えないよなぁ」
【あんな結果に終わるとは思わなかったぞ!俺の方がまだ乗れてたな】
自転車が乗れれば、大抵のスクーターは大丈夫だとは思ったんだけど。
どうしよう。
【つーかさ、何で車じゃないの?】
車は仕組みが分からないんだよ。
バイクは自分で直してたし、構造自体も分かるんだけど。
車はスマホで調べてみないと、ちょっと分からないな。
【急ぎの案件だし、詳しい物を作った方が確実だろう。でもチャリにすら乗れないんじゃなぁ。子供用の補助輪でも着けるか?】
補助輪はカッコ悪いな。
でも支えて・・・あっ!
これならイケる。
転ける事も無い!
【そんな物があるのか!?最初からそっち作れば良かったじゃん】
公道だとあんまり走ってないんだよ。
だから思いつかなかった。
作り方もちょっと改良加える程度だから、すぐに作れるよ。
「蘭丸、今度は難しくないはずだから。ちょっと試してくれない?」
「またか。あんなのほとんどの奴は乗れないぞ?」
そうだよね。
僕等だって、子供の頃に自転車に乗る練習してたもんなぁ。
大人になってからだと、更に難しいかもしれない。
「さあ、これが次の試作機、我楽多くん2号だ!」
【何だよ我楽多くんって】
名前を付けた方がカッコいいじゃないか。
【お前、信長並のネーミングセンスだぞ?】
馬鹿な!?
これでも考え抜いたのに!
「これも跨るのか?」
おぉ、蘭丸を放置していた。
これで成功しないと、次を考えるのはちょっと難しい。
「これもさっきと同じだけど、もう地面に足を着く必要は無いでしょ?」
「そうだな。さっきより二回りは大きい気がする。右手をゆっくり捻るんだったっけ?」
蘭丸がさっきと同じように捻ると、ゆっくりと前に進み出す。
「もうちょっと捻ってみて?」
「分かった」
ブィーン!
「どうだ?曲がったり止まったりも出来る?」
「うん、大丈夫だ!これなら俺でも乗れる。しかし何で車輪は3個なんだ?馬車みたいに4個でいいんじゃないのか?」
そう、これは分かりやすく言えば三輪車。
バイクで言うとトライクという物になる。
何故三輪にしたかというと、四輪だとハンドルの仕組みが分からなかったんだ・・・。
なんとなく予想は出来るんだけど、やっぱりそれには検証が必要な訳で。
時間が掛かるから、作れる物でやっちゃおうかなと。
「まあ四輪はそのうち作るから。今はこれが限界だね」
「これを他の町や村で作って渡すって事か。俺でも短時間で乗れたから、多分大丈夫じゃないか?」
魔族のお墨付きも頂いたという事で、これをもう少し改良したら完成だな。
【改良って、後は何をするつもりなんだ?】
そうだな、まず後ろをもう少し広くするか、全長を長くしようかなと。
2人乗りじゃなくて、3人くらいは乗せたいんだよね。
【別にそんなに乗れなくてもいいだろ?】
何で?
台数を増やせって事?
【そんな必要無いし。むしろ台数減るんじゃないか?後ろにキャリアカー付ければ】
あ・・・。
なるほど。
バイクにキャリアカーとかあんまり無いから、盲点だったかも。
【たまにおっちゃんが、カブの後ろに着けて走ってるだろ?なんかその印象があるんだよな。あんな粗末な感じじゃなくて、幌とか付けて馬車みたいにすれば、見た目もアリじゃない?】
兄さん、その案は素晴らしいな!
ひとまずは3人乗りにトライクを改良。
そして後ろに着けるキャリアカーを作ろう。
「か、完成だ!自分の才能が恐ろしい・・・」
【何を馬鹿な事言ってんだ。キャリアカーも思いつかなかった時点で、天才とは程遠いだろうよ】
うるさいな。
こういうのはノリが必要なんだよ。
「魔王様、何やら完成したとか?」
太田、何処かで見てたの?
来るのが早過ぎるだろ!
ストーキングされているんじゃないかと、ちょっと心配になってきた。
あ、蘭丸以外にも試してもらおう。
「お前もトライクの運転をしてもらわないといけないからな。ひとまず練習してみろ」
乗り方を教え、跨る姿を見て思ってしまった。
いや、言うまい!
あの格好さえしなければ、まだ分からないと思う。
気付かぬフリもまだ出来る。
【なあ、肩にトゲトゲの付いた鎧着せようぜ】
だから言うなっつーの!
あ〜もう!分かってたよ!?
似合いそうなのは分かってた。
だから思わないようにしてたのに。
・・・作るか。
「太田、ちょっとこれ着て。それでまた跨ってみてくれ」
「何です、コレ?鉄製のようですが、わざわざミスリルから鉄に戻す理由でもあるのですか?」
「ある!これには浪漫が詰まっている」
「浪漫、ですか?ちょっと理解出来ませんが、分かりました」
理屈っぽいから、弱い装備を着る理由が分からないのだろう。
でも、弱いからこそっていう理由があるのだよ。
ほほぅ!似合う!似合っているぞ!
「僕達の見立てに、間違いは無かった。そうだな、ちょっと兜も作るか。モヒカン風の兜を」
【あれ?ノってきちゃったんじゃないの!?楽しくなってきちゃったんじゃないの!?】
ここまで来たら、突き抜けるのみ。
我が覇道、止められはせぬわ!
【ノリノリじゃねーか!おっ!その兜、モヒカンの周りは太田の肌の色に合わせたいな。スイフトに頼んで、塗ってもらおうぜ?】
それいいね!
よし、兜はスイフトに頼もう。
塗ってもらってる間に、トライクも太田専用にしちゃうか?
「魔王様、これでよろしいのですか?」
「おぉ!いいよいいよー!僕の理想に近付いてきた。わざわざ手を止めさせて悪かったね。人形の方も待ってるから、よろしく!」
兜を受け取って、完成したトライクの所へと戻る。
太田専用のトライク。
それはライトの上に牛の頭蓋骨を模した飾りを作り、更には後ろに竹槍型のマフラーも装備。
そして後部シートには手すりにも使える、牛の角を完備している。
ちなみにシートは、魔物の毛皮をなめした物を敷いている。
「数時間見なかった間に、随分と形が変わられたような気がするのですが」
気がするで済むか?
コイツの感性もよく分からんな。
「太田よ、これはお前専用車だ!お前しか乗れない仕様にしてある。どういう意味か分かるか?」
「ワタクシ専用ですと!?もしや、恩賜の品と受け取ってよろしいのでしょうか?」
は?恩賜の品?
なんじゃそりゃ?
「ちょ、ちょっと待って!」
スマホを取り出し、言葉の意味を調べてみる。
恩賜の品、なるほど。
君主から臣下へ感謝しながら贈る品か。
あながち間違ってはいないから、そういう事にしておこう。
「そうね。今までの忠義を称え、太田専用として使ってもらいたい」
「何という僥倖!ワタクシ、太田家の家宝として大切にさせて頂きます!」
そこまで喜ばれると、ちょっと気まずい。
悪ノリして作っただけなのに。
「じゃあ太田専用という事で、ヒャッハー号と名付けよう」
「ありがたき幸せ!」
「ちょっとこれ被って、跨ってみてよ」
「ど、どうでしょう?ワタクシでも乗れるでしょうか?」
素晴らしい!
ここまで似合う奴は日本にも居ないぞ。
【コイツからは世紀末感が出ているな。何でこんなに似合うかは別として、やっぱり何かしらのセリフを言ってほしいな】
「太田さ、ちょっとそのまま立ち上がって」
「こうですか?」
「そのまま左腕を突き上げて。そしてこう言ってくれ。ヒャッハー!水だ!水をよこせぇ!」
「ヒャッハー!水だ!水をよこせぇ?」
なんて事だ!
最高だ。
もし夏や冬のビックサイトに行ったら、もれなく囲まれる事間違いなし!
【よくぞここまで!太田よ、俺を超えたな・・・】
「感動でちょっと泣きそうだ。太田、それで走ってみてくれ」
「はい、行きます」
これは、軍団を作るべきだな。
【あぁ、仲間にするべきはオーガだろう】
僕もそれは感じている。
ヒト族にも恐れられる、愛すべきザコ軍団を作ろうではないか!
「あぁ!」
バキバキ!
ドーン!
「魔王様。角が邪魔で、捻ったら戻せませんでした」
「・・・そうね」
すげー時間掛けたのに、1分で大破するとは思わなかった。
それでも僕は、作りたい物があるんだ。
もう一回作り直しか。
ヒャッハー!かなり凹むぜぇ!