ハッシマーの家臣
本当に気持ち悪いな。
生気の無い顔というか、生きている感じがしないんだよ。
何もしないで立っていたら、気付かないで素通りされたんじゃないか?
それくらい目が虚で、僕達の事を見ていなかった気がする。
権六や天狗、だいだらぼっち達は攻撃されていたけど、僕達に関しては目に入っていない感じがしたんだよね。
もしかして、妖怪だけが狙いだったのか?
魔族だけど妖怪じゃない兄や僕は、攻撃目標として入っていなかったのかも。
そう考えるとなんとなく分かるんだけど、そんな機械的な思考で人が動くかなぁ?
それはともかく、ゾンビのように這いずってでも襲ってくる彼等に、流石の天狗達も気持ち悪がっていた。
僕の魔法で一網打尽にしてみたのだが、何か様子がおかしい。
焼け焦げた臭いがするならまだしも、甘い香りが漂ってきたのだ。
兄は長秀から、薬物中毒になっていたボブハガーの家臣から、同じような臭いがしたと、今になって告白してくるし。
その臭いを嗅いだ天狗やだいだらぼっち達の様子はおかしくなってしまった。
そういう大事な話はもっと先に言えよ!
なんて思っていたら、誰かが高笑いしながら出てきた。
やっぱり罠だったか。
誰?
不気味なハッシマー兵を焼いた煙が立ち込めていて、前が見えない。
声だけが聞こえるのだが、おそらくは罠に掛けてきた男だろう。
声だけを聞くと、若い男性って感じなんだけど。
その内容が意味が分からない。
「何言ってんだ、アイツ。敵が命令して、言う事聞くわけないじゃん」
兄さん、それはフラグというのだよ。
ほら、天狗とだいだらぼっちの様子がおかしいもの。
「どうした、お前達?」
「権六、近付くな!煙の臭いを嗅いだら駄目だ!」
「そうだぞ」
「馬鹿!兄さんもだよ!」
安易に天狗の方に近付く兄。
すると空から、兄の足元に矢が放たれた。
「え、マジで?」
「魔王様!お前達、何をやっている!」
兄に向かって矢を放ったのが、権六には信じられなかったらしい。
だがそこに、再びあの声が聞こえてきた。
「天狗、だいだらぼっち。やっておしまいなさい」
今度はだいだらぼっちが踏みつけてきた。
権六が金棒で払うと、だいだらぼっちがバランスを崩して倒れた。
その勢いで風が起き、煙がまた押し戻されている。
すると煙が薄くなった事で、ようやく声の主が見えるようになってきた。
「お前か、命令していたのは」
そこに立っていたのは、背の低い男だった。
男というよりは、まだ少年か?
声を聞いた印象通り、若いのかもしれない。
顔も何処となく子供っぽいし、中学生か高校生って感じだ。
ただちょっと異質なのは、筋肉質というわけじゃない。
だからといってヒト族なので、魔法が得意というわけでもないだろう。
見た目で言えば、文化系の部活に所属していそうな学生なのだ。
そんな人物が、こんな戦場のど真ん中に居る事自体がおかしい。
「人形?人形が動いている!ワハッ!」
「耳が・・・ヒト族じゃない!?」
煙に隠れて見えなかった頭が見えてくると、そこにはあるはずの無い耳があった。
どうやら彼は、ネズミ族に見える。
「君はオートマトンですか?」
「オートマトンじゃないけど、まあ良いか。そうさ、僕は自分で動けるオートマトン。そういう君は一体誰だ?」
「自分はコーヤギ。コーヤギ・ポニョプニュです」
「ポニョプニュ・・・」
なんという柔らかそうな名前だ。
彼はスライムか何かなのか?
「兄さん、アレが声の主らしい。アイツ、この煙が何か知ってるはずだよ。・・・兄さん?おい!」
「ん!?あぁ、悪い悪い。なんか頭がボーッとしてきちゃって」
「は?まさか!?」
権六の方を見ると、兄と同じように口を半開きにしながら、動かない。
二人とも煙を吸ってたんだ!
量が少なかったからか、遅れて反応が出てきたらしい。
このままだと、二人とも腑抜けになってしまう!
「二人とも、壁の中に逃げ込め!」
「んあ?」
「ふぇ?」
駄目だ。
寝起きで寝ぼけているような雰囲気で、話が通じない。
こうなったら・・・
「土蜘蛛達は無事なんだな?」
「ハイ。幸いな事に頭の位置が低いので、我等は煙を吸っていないです」
「よし、権六に代わって皆に命令する。二人を壁の中に運び込め!」
「分かりました!行くぞ、皆!」
複数の土蜘蛛達に担がれて、権六と兄は運ばれていく。
暴れないように糸で縛っていいと言ったが、二人とも本気を出せば、蜘蛛の糸なんか簡単に破りそうだけど。
それでも暴れずにいてくれたから、二人は糸に縛られたままだった。
ちょっと見方を変えると、運ばれていく餌に見えなくもない。
「オートマトンだけで、勝てるつもりかな」
「そりゃあね。僕は特別製だから!」
兄ではないが、先手必勝!
こんなヤサ男なら、魔法は避けられないだろ。
コイツを倒せば、皆が正気に戻る可能性は高い。
見た目は普通の学生みたいな感じだが、悪いけど死んでもらう。
つもりだったんだけど・・・。
「ありがとう、だいだらぼっち。流石は他国でも有名な、巨人だね」
まさかだいだらぼっちが手のひらを彼の前に出して、火魔法を止めるとは思わなかった。
多少は火傷したみたいだけど、どうやらあの男、回復魔法まで使えるらしい。
だいだらぼっちの火傷が、今では治っている。
「ちょっと聞いて良いかな?」
「何?答えられる事なら、答えてあげるけど」
随分と気前の良い兄ちゃんだな。
ニコニコしていて、味方の中に紛れていても敵だとは絶対に思わないタイプだ。
ただ性格悪かったら、嘘を言ってきそうな気もする。
「コーヤギくんは帝国軍かな?」
「帝国?あんな連中と、一緒にしないでほしいんだけど」
あら、地雷踏んだかな?
機嫌を損ねてしまったらしい。
てっきり、帝国で強制徴用された魔族だと思ってたのに。
「じゃあ、騎士王国の人間になるの?」
「そうだよ。ボクはハッシマー軍の武将、コーヤギだからね」
「ハッシマー軍の!?魔族なのにどうして!?」
「ボクはハッシマー様に、幼い頃拾われたんだよ。優秀なら、魔族とかそういうの気にしない人だしね。ボクが魔法を使えるって分かって、家臣にしてくれたんだ」
優秀な人材は種族問わないか。
そこだけ聞くと、ハッシマーが有能だと分かる話だ。
ただし、敵だと面倒極まりないな。
「あの煙は何だ?」
「教えるわけないでしょう。さあ皆、敵はあの人形だ」
「うっ!」
天狗達から矢の雨が降ってきた。
生身だったら土壁で身を守るところだが、このミスリル製の身体なら問題無いはず。
案の定、何処に当たっても不具合は無かった。
「やめろ!お前達の味方は僕だろ!」
「フフ、無駄だよ。そう簡単に、元に戻るわけないでしょう」
だいだらぼっちが、僕を手に取ろうとしてきた。
走っても捕まるのは、目に見えている。
僕は空に向かって土壁を伸ばし、彼の手を防いだ。
「うわっち!」
「むむ!?避けられると思わなかった」
避けてはいない。
勝手に外してくれたのだ。
コーヤギの方から炎の矢が飛んできたのだが、これは少しマズイ。
金属の矢と違って、耐性があるといっても魔法はダメージが入ってしまう。
彼に知識があれば、結構危険な事にもなり得る。
そして何よりも危険なのは、彼が詠唱をしていなかったという点だ。
もしかしたら詠唱をしていたのかもしれないけど、確実に詠唱短縮はしていたはずだ。
これにより、だいだらぼっちと天狗達の攻撃を避けながら、彼の動向も気にしないといけなくなった。
「人形なのにしつこいね。自己意思があるみたいだけど、痛みとかどうなの?足とかへし折ったら、痛みで泣き叫ぶ?」
「お前、良い歳して怖い事聞くなあ。そういう無邪気っぽい質問は、小学生までだぞ」
「意味が分からない。もう良いや。だいだらぼっち、壁を攻撃しなさい」
「マジかよ!」
一番恐れていた展開だ。
僕なんか、無視をしてしまえばいい。
だいだらぼっちは壁を破壊して、天狗達も空から壁を越えてしまえばいいのだ。
極力奴に話し掛けて、それに気付かせないようにしようと思ったのに。
簡単にバレてしまった。
流石に僕一人の手で、だいだらぼっち複数人と天狗を相手にするのは、無理だ。
手段を選ばず、彼等の命を奪ってしまえというなら、出来ない事もない。
ただ、彼等は裏切ったわけではない。
魔法か薬で、意識がおかしくなっているだけなのだ。
「天狗達、壁を飛んでいくのだ!」
「だあぁぁ!」
僕一人でも大丈夫的な事を言っておいて、このザマはヤバい!
お市に後で何を言われるか、分かったもんじゃないぞ。
どうにかして防がないと。
風魔法で吹き飛ばす?
いやいや、彼等なら風に乗って越えていきそう。
他の魔法で攻撃?
下手したら死んじゃうし。
光魔法で目眩し?
こっちに注目してない時点で、効果は薄そうだな。
ヤバい。
何も思いつかない。
「天狗?どうした!?」
コーヤギの様子がおかしい。
奴が空を見上げているので、僕も他の天狗やだいだらぼっちの動きに注視しながら、空を見た。
「あ・・・。これは怒ってるかも」
「どうして天狗やだいだらぼっちは、魔王を攻撃しておるのじゃ?何故、ウチのと魔王が戻ってくる?」
壁の上から外の動きを、逐一見ていたお市。
人形の方の魔王を残して、二人が中に入ってくるのを見て、彼女は疑問に思っていた。
「失礼します!魔王様とご領主様は、混乱している様子。人形の方の魔王様の命令により、二人をお連れしました」
土蜘蛛がお市に報告すると、彼女は持っていた扇子をへし折った。
それを見た土蜘蛛は、足早にその場を離れようとする。
しかし・・・
「待てい!」
「ひっ!ハイ!」
ビクつきながらも返事をする土蜘蛛。
恐る恐る振り返ると、鬼より鬼っぽい女性が立っていた。
「その二人を連れてきなさい。暴れるようなら、多少・・・いや、全力で殴ってでも連れてきなさい」
「しょ、承知しました!」
すぐにその場を離れる土蜘蛛。
ものの数分で、彼等は魔王と権六を連れてきた。
「なんと間の抜けた顔をしておるのじゃ」
「ハァ〜、何でこんな所に?」
「頭がボーッとする。寝ても良いか?」
フラフラして、酩酊状態のような権六。
対して魔王は、寝起きのような状態だ。
「こんのバカタレ共が!」
折れた扇子の先を氷で作り直し、二人の頭を思い切り叩いた。
それでも呆けている二人に対して、お市は真顔になった。
「魔王と領主がこんな腑抜けおって。いっぺん死んでこい!」
猛吹雪が二人を襲った。
あまりの寒さに、二人は一気に目が醒める。
自分達に何が起きているのか悟った二人は、慌てて何かを言おうとした。
しかし既に顔周りが凍りつき、頬が動かない。
吹雪から抜け出そうと足を動かそうとするも、既に下半身は凍っていた。
「死んで反省せえ!」
全身が凍りついた二人は、大きな氷の塊の中に閉じ込められてしまった。
「どれどれ?この慌てた様子だと、気が付いたようじゃな。よし、土蜘蛛よ。おい、聞いておるのか!」
「・・・ハッ!ハイ!何でしょうか?」
自分達の領主が凍りつき、更には魔王まで凍ってしまった。
土蜘蛛はそれを見て呆然としてしまい、お市の問い掛けに気付かなかった。
そして彼等は、とんでもない命令を聞く事になる。
「やれ」
「やれとは?」
「ここから二人を、下へ落とせ。まだ身体の芯まで凍っておらん。周りの氷だけが割れるはずじゃ。だいだらぼっちを狙えよ?奴もその衝撃で目が醒めたら、儲かりものじゃからな」




