不気味な兵
なるほどなるほど。
俺や弟が一生懸命戦っていた時に、領主達は拷問をしていたというわけか。
昔の運動部は、部活中に水を飲んだらいけないという風習があったみたいだけど、飲みたくないのに飲ませ続けるというのはどうなんだろう。
長秀は鬼畜ですな。
という冗談はさておき、まさか薬物中毒になってたとは。
俺には魔法か薬が原因かなんて、サッパリ分からんからね。
それを見抜いた長秀は、凄いと思うよ。
ただね、ちょっと疑問に思った事もあるのよ。
長秀は、彼等の処置をする為に引っ込んだのは分かる。
ベティも同様に、シッチとかいう男を連れて戻ったって聞いた。
じゃあ一益は?
よく分からん髭モジャおっさん達と、歩いて帰ってきたらしいじゃん。
捕虜だっていうのは分かる。
でもそれって、街中に入ったら引き渡して、俺達の手伝いに戻っても良くない?
他の二人と違って、気を失った男を担いできたわけじゃないんだから。
どうも納得いかないんだよなぁ。
ただ長秀は、薬を飲ませるだけでもスパルタだというのは分かった。
後でどういう目に遭うか分からないし、彼には優しく接しようと思う。
丹羽家は妖精族というのも関係して、元々温和な領主が多いと聞いたのだが。
これはどういう事だろう。
大の男が半泣きで水は嫌だと懇願している中、薄く笑いながら、だったら茶か酒で飲めと勧めている。
丹羽家は本当に温和なのか?
「もう少し経ってから飲むのは、駄目ですか?」
「駄目です。今すぐ。さあ早く。それ一気、一気」
やはり鬼畜の所業。
ドワーフである我ですら、少し恐怖を覚えたぞ。
「うぅ、気持ち悪い・・・。もう飲みたくない」
「粉薬ですから。ちゃんと流し込んで下さいね」
「だったら薬を全て飲み込めたら、水は一口でも良いのか!?」
「ちゃんと流し込めればですけど」
「やった!シッチ殿!」
「ニラ殿。飲むぞ!」
一口で済むならと、気合を入れる二人。
お互いの顔を見て、同時に飲もうという魂胆らしい。
「行きます!一斉の!」
顔を上げて粉薬を口に含むと、彼等は水を一口飲んだ。
余計な水を飲まないように、口の中に水を含ませて、粉薬をしっかりと溶け込ませようという考えのようだ。
「二人とも、後は飲み込むだけじゃあ!」
「ゴハァ!」
「ブヘァ!」
勢いよく吐き出す二人。
地面には吐いた水が、飛び散っている。
無言でそれを見る長秀。
「ほう?私が調合した薬を吐き出すと?貴重な薬を、無駄にしてしまいましたねぇ」
抑揚の無い声が、皆を静まり返らせる。
その後、何も言わずに再び薬を調合すると、今度はベティに指示を出した。
「佐々殿」
「な、何よ?」
「二人の腹を叩いて下さい」
「ハア!?」
「お腹の中の水を、全て吐き出させましょう」
笑顔で言う長秀に、ベティは硬直した。
断れないと理解したからだ。
「次吐いたら、落ちた物を飲んでもらうので。悪しからず」
「ヒィ!」
「な、何なんだアンタ等!」
「何も怖がらなくて良いですよ。私はただ、悪い薬を吐き出させて、治療用の薬を飲ませたいだけなので」
長秀から逃げようと暴れる二人。
しかし一益とタコガマの力自慢が、後ろからガッチリとホールドしていて動けない。
「佐々殿!」
「ごめんなさい〜!」
「おぶっ!うげぇ〜」
「ハン!オボボボ!」
ベティの腹パンで水を吐き出す二人。
彼等はもう泣いている。
「ひ、酷い有り様じゃあ・・・」
「す、すまん。我もここまでとは思わなんだ」
タコガマは戦闘中ですら見せなかった恐怖を、初めてここで見せた。
一益もタコガマに謝罪している。
「やってる事が、拷問と変わらないわよね」
「心外な。私は二人を救おうとしているのに。ハイ、飲んで〜」
「うぅ、死にたい・・・」
「もう嫌だー!!」
泣き叫ぶ二人に、タコガマはボソッと言った。
「ニラ隊とシッチ隊が居なくて良かった。こんな姿を見たら、幻滅では済まんだろう。ワシはハッシマーに恭順していて、良かったわい・・・」
権六は困惑していた。
一番敵の多い正面には、目立つような敵は居ない。
しかし不気味なのだ。
天狗やだいだらぼっち達も、その異様さに恐怖を感じているのが分かる。
「何故だ!何故向かってくる!死ぬのが怖くないのか!?」
「ご領主!」
倒れていたハッシマー兵が、権六の後ろから斬り掛かる。
土蜘蛛が慌てて糸で拘束すると、権六はその声に振り向きざま金棒を振った。
「やはりだ。天狗達よ、いつからこうなった?」
「わ、分かりません。昨日はここまで異様な光景は、ありませんでした」
「むう、朝からという事か」
権六は唸り、壁を見上げた。
お市が何か判断を下さないか、待っているのだ。
しかし、特に変わった様子は無い。
権六をはじめ、天狗達も異様だと感じている事。
それはハッシマー兵の感情が、見えないという事だった。
隣を走っていた味方の首が、吹き飛ばされた。
普通なら恐怖するか、もしくは怒りで襲い掛かってくるだろう。
しかし彼等は、首から血柱が噴き出していても、平然と走ってくる。
片腕を斬り飛ばしても、両足を骨折させても関係無い。
腕を斬り飛ばせば、泣き喚きもせずに反対の手で剣を持つ。
両足をへし折れば、腕を使って這いずりながら前進をやめない。
誰もがその異常な光景に、戸惑いを隠せなかった。
「な、何なのだ一体」
戸惑う権六に、とうとうお市からの指令が入った。
「首か心臓を狙え。動かなくなるまで、油断するな。だそうです」
「・・・分かった」
全く役に立たない報告に、権六はとにかく命令通りに動いていた。
「もう居ないな?近くに誰も居ないよな?終わったー!」
佐藤は周りを見渡すと、立っている者が居ないか確認して地面へとへたり込んだ。
「お疲れさまでした。いや、心から本当に」
「ありがとう。今回は本当に疲れた」
流石の佐藤さんも、今回は本当に疲れていた。
言葉少なに、何度もため息を吐くだけだ。
「壁にもたれて休んでて下さい。また来たら、お願いします」
「阿久野くんは何処行くの?」
「正面の手伝いをしてきますよ。あっちだけまだ、戦闘が続いているみたいですから」
項垂れる佐藤さんに伝えて、僕は権六の手伝いへと向かった。
「又左、後は頼んで良いか?」
「もう敵も居ませんから、構いませんけど。どちらへ向かわれるのですか?」
「まだ終わってない所の敵を、倒してくるわ」
「なるほど!まだ暴れ足りないというわけですね。流石です!」
別に暴れ足りないとかじゃないんだけど。
俺は体力的にまだ余裕あるし、手伝えるなら手伝っておこうかなって思っただけ。
皆が動いてるのに、俺だけふんぞり返ってるのは苦手なんだよね。
「倒したら壁の前で休憩しててくれ。まだ隠れてるかもしれないからな」
「なるほど。承知しました」
俺は壁沿いに、そのまま走っていく事にした。
「な、何だこりゃ!?」
「うげぇ、気持ち悪いなぁ。ゾンビか?」
「ん?」
「え?」
隣を見ると、兄が立っていた。
さっきまで居なかったのに。
走ってきたのか?
馬鹿だなぁ。
これから疲れるのに、そんな事で体力使ってどうするんだよ。
「天狗達もやり辛そうに戦ってるなぁ」
「頭か心臓を狙ってるっぽい。腕とか足を狙っても、止まらないみたいだ」
天狗達の戦い方を見る限り、当たっていると思う。
天狗は土蜘蛛と連携して戦っていて、蜘蛛の糸で動けなくなったハッシマー兵を、率先して倒しているらしい。
「権六も見つけたよ」
「金棒だと相性悪いよなぁ」
兄も金棒を持っているけど、このおかしなゾンビハッシマー兵を倒すには、頭を吹き飛ばすしかない。
これが剣とか槍なら、心臓を突いたり斬ったり出来る。
だけど打撃武器である金棒だと、頭以外に彼等の動きを止める手段が無かった。
兄にバッグを背負ってもらい人形の姿で中に入ると、そのまま権六の戦っている場所まで向かってもらった。
「無事か?」
「魔王様ですか!?無事と言えば無事なのですが・・・」
いきなり現れた僕達に、権六は少し戸惑っていた。
怪我をしているわけではないが、ハッシマー兵のその不気味さから、やはり彼等の動きは鈍かった。
「何なんだコイツ等?でも、生きてるんだよな?」
「血色は悪いですが呼吸はしていますし、生きている事は間違いないかと」
「ちなみに他の場所には、ボブハガーの家臣連中が来た。ここには強い誰かが来た?」
「いえ、この不気味な連中だけですね。我々を精神的に追い込む作戦でしょうか?」
なるほど。
そういう考えは無かったな。
不気味なコイツ等を相手にして、皆の神経をすり減らすという作戦か。
そう考えると、弱った頃に強い奴が出てくる可能性が高いのかな?
「ちなみに疲れた?」
「いえ、動き自体は鈍いですからね。倒れない事には不気味さを感じますが、ほとんどの者達に身体的被害はありません」
神経だけを疲弊させる作戦?
そんな無駄な事して、何になるんだ?
「ハァ。面倒だからお前の魔法で、チャチャっと倒しちゃえよ」
「うーん、何か引っ掛かる言い方だなぁ。便利屋扱いしてない?」
「そんな事は無い。皆もそっちの方が楽で、良いんじゃないかって話だよ」
釈然としないけど、確かにそうかもしれない。
天狗やだいだらぼっち、土蜘蛛は、明らかに嫌そうな顔をしているし。
「動きも鈍いし、まとめて燃えてもらおう。皆には避難指示を」
権六が合図を出すと、だいだらぼっちを筆頭に全員が僕の後ろへ下がった。
「お前を背負ったままで、俺まで飛び火で後頭部が焼けたりしないよな?」
「そんなわけあるか!自分の身体でもあるのに、そこまでアホなミスなんかするはずないだろ」
と言いつつも、もしやらかしたら自分も怖いし。
やっぱり一度バッグから出よう。
「白き炎よ、全てを焼き尽くせ!」
あんまり詠唱する必要は無いんだけど、皆に分かりやすいようにね。
いきなり炎をドカンと出すより、何か言ってからの方が皆も構えやすいでしょ。
「凄い!これが魔王様の力」
「魔王様は火魔法が得意なんですか?」
「これこれ、皆。質問は後にしなさい」
天狗や土蜘蛛から、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
越前国は雪国だからか、強力な火魔法の使い手は居ないっぽいね。
皆も初めて見た白い炎に、興奮が抑えられない様子だ。
「ん?気のせいかな」
「どうかした?」
「何か甘い匂いがするんだけど」
兄がそんな事を言い出したので、他の連中も気にし始めている。
人形姿の僕には分からないが、他の人達も確かにと言い始めていた。
「何処からするんだろう?」
「焼けた死体からでは?それまではこんな臭い、しなかったですし」
甘い香りか。
あんまり好きじゃないけど、人に火魔法を使うと、やはり肉の焼けた臭いはする。
ただし、今まで甘い臭いなんかした事は無い。
何の意味があるんだ?
まさか、罠だったりして。
「そういえば長秀が、ボブハガーの家臣達が薬物中毒になってたとか言ってたな。その時、口から甘い臭いがしたとか聞いたような、聞かなかったような」
「それ、やっぱり罠なんじゃないの!?」
辺りを見回してみると、空を飛んでいた天狗達の様子がおかしい。
皆がボーッとしている。
だいだらぼっちも同じく思考が停止したような顔で、力無く立っているだけだ。
「もしかして、上空は煙が蔓延しているからか!?」
「この煙、危険なのでは!」
「土蜘蛛は低い位置に居るからか、そこまで変な様子は無いぞ」
壁から降りてきて天狗の援護をしていた土蜘蛛は、唯一影響が少なかったようだ。
空に居る天狗や大きなだいだらぼっちに、正気に戻れと声を掛けているが、やはり反応は薄い。
「クソッ!」
急ぎ風魔法で煙を押し返すが、どうやら遅かったらしい。
「クハハハ!天狗、だいだらぼっち、土蜘蛛。命令します。私の指示に従い、魔王達に攻撃を開始しなさい。そして、その大きな壁を破壊するのです!」