薬の力と怖さ
皆、なんだかんだで強いんだな。
領主達全員、普通に戻ってきたのは凄いと思う。
僕の勘では、長秀辺りがもっと苦戦するかと思ったんだけどね。
やっぱり阿吽の二人の師匠っていうのは、伊達じゃないらしい。
ベティは元々、越中国で最強だから領主をやっているわけだし。
一益も力があるのは、知っている。
だけど長秀って、模擬戦を含めてそんなに目立っていない気がするんだよね。
執金剛神の術っていう、巨大化する魔法なのか術なのかよく分からないアレは、確かに凄い。
だけど本人が言うには、あの術は元々二人で使うモノらしい。
一人だと負担が大きくて、阿吽の二人よりも使用時間は圧倒的に短いという話だった。
そんな長秀だけど、僕も忘れていたよね。
今や携帯電話が普及してしまったが、森の囁きという魔法を教えてくれたのは長秀だった。
彼は他の二人と違い、魔法も使えるという多才な才能があった。
それに加えて、僕が見破れなかった敵の異変も、彼は薬物によるものだと見破っていた。
よくよく考えると、色々な事が出来て一番役に立っているのは、彼なのかもしれないなぁ。
長秀の話では、彼等はハッシマーに率先して協力を申し出るようなタイプではないという。
会話の節々から、ボブハガーに対する畏敬の念だっけ?
そういうのがあったみたいだ。
だったら彼等の主君であるボブハガーを倒したハッシマーなんか、絶対に協力なんかしないな。
長秀が言うには、危険薬物を強制的に過剰摂取させられて、その催眠作用を利用した洗脳じゃないかって話だった。
「悪いんだけど、俺は薬の事なんかサッパリ分からん。単刀直入に聞くけど、コイツ等は治せるの?」
「依存性がありますからね。無理矢理縛り付けて、薬から断たないと駄目です。その前に、精神がボロボロになってしまう事もありますが」
なんだよ。
日本にある麻薬とかと同じじゃないか!
そんな物を無理矢理使わせていたなんて、ハッシマーの野郎。
鬼畜以下の存在だな。
「目の充血と顔色の悪さは、過度の興奮状態によるものでしょう。一時的にその興奮で、身体能力も上がります。ただし、あのまま興奮状態が続いていれば、頭や心臓の血管などが切れて、突然死すらあり得たと思いますよ」
「怖っ!話を聞くと悪い奴じゃなさそうだし、どうにか治してやりたいんだけど。頼めるか?」
「最善を尽くします」
長秀はニラを担ぎ上げると、壁の中へと歩いていった。
さてと、こっちは終わったが、又左はどうかな?
「おーい!」
「魔王様、逃げなかった残党はどうしましょう?」
よく見ると、複数人で又左へと斬り掛かる連中が散見される。
アレだけの炎を見せられて、顔色一つ変えないとは。
もしかして、コイツ等も同じような連中かな?
「又左、ソイツ等の息って臭いか?」
「息!?この長槍の距離で、臭いなんか分かりませんよ」
そりゃそうだ。
となると、俺が嗅ぐしかないのか。
仕方ない。
金棒で足の骨でも折れば、動けなくなるだろ。
「せい!」
うわぁ・・・。
やり過ぎたかもしれん。
膝を叩いたら、爪先が足の付け根まで跳ね上がった。
コレ、もし薬物による強制的な洗脳された奴だったら、味方になるかもしれないんだよな。
悪い事をした気がする・・・。
と、とにかく臭いを。
「うーん、甘いのか?臭いとしか分からない」
せめて長秀が戻る前に、詳しく聞くべきだった。
「魔王様、どうしますか?生かしておくなら、やり方を変えますが」
「そうだなぁ。逃げなかった連中は、薬物中毒かもしれない。無理矢理服用させられただけで、味方になるかもしれないから、極力は殺さないで無力化するようにしよう」
「御意!」
難しい注文を言っているのは分かるが、又左なら出来ると信じよう。
俺も金棒で殴る力を、半分以下にすれば気絶になるかな。
死んでしまったら、運が悪かったという事で。
又左はどうやって無力化させるのか。
気になって見ていたが、答えは単純だった。
槍の持ち手を逆にして、石突きで頭や首を狙って気絶させていた。
鎧を着ているし、外しても問題無いという考えっぽい。
俺もそれを参考にしよう。
「全員、連れて帰るぞ」
「おや?佐々殿も戦い終えたのですか?」
「あぁ〜ん!丁度良かったわ。丹羽殿を探してたの」
「わ、私を?」
妙な声を出された長秀は、少し後退りした。
しかし自分を探していたと言われ、彼はすぐにニラと同様の件だと悟った。
「もしかして、敵の言動がおかしかったですか?」
「流石は丹羽殿ね。その通りよ。そして魔王様からは、精神魔法による洗脳ではないと言われてしまったの」
「やはり。今担いでいるこの方も、薬物による催眠洗脳があったと思われます」
「やっぱり!丹羽ちゃ〜ん、助けてぇん!」
「え、えぇ・・・。そのつもりですから。ではその方も、彼と同様に連れてきて下さい」
「分かったわ」
急いで戻るベティ。
長秀はベティが見えなくなった後、ため息を吐いた。
自分に対してあの言い方は、やめてほしい。
そう思いつつも、同じ領主に言うのは失礼に当たるのではと、心に仕舞うのだった。
すると、今度は一益がある男を連れて戻ってきた。
そしてその男は、自分が担いでいる男を見て、慌てて駆け寄ってきた。
「何者だ!」
「ニラ!ニラ!?」
「タコガマ!お前は捕虜だろうが」
「す、すまねえ。でもコイツは、ワシの同僚なんじゃあ」
長秀は腰にある鉋切長光に手を掛けたが、一益とのやり取りを聞いて警戒を緩めた。
彼はベティや自分とは違い、薬物中毒になってはいない様子。
言葉が通じると思い、話し掛けた。
「貴方は彼の同僚と言いましたが、彼に変わった点はありましたか?」
「変わった点?そんなもの多数あるぞ。一番おかしいのは、ハッシマーの命令を聞くようになった事だ」
普通に受け答えしてくれた事で、長秀はタコガマに彼の状況について説明をする事にした。
「歩きながら説明します」
長秀の言葉を聞いたタコガマは、両手で口を塞ぐと大きく唸った。
それでも響く声に、長秀も一益も文句は言わない。
「気は済んだか?」
「二人ともすまない。ワシの為に我慢してくれて、感謝する」
「気持ちは分かります。私だって、滝川殿や佐々殿が薬物中毒にさせられて利用されたと分かれば、あのような行動に出る事も考えられますから」
「我は迷惑を掛けた側なのでな。だが、オヌシのような男が居て、彼等は幸せだと思うぞ」
同情する長秀に、自らの洗脳経験を語る一益。
タコガマは感謝を述べて、長秀からニラを預かった。
「その、調子が良い事は分かっている。だが聞きたい。コイツは助けてもらえるのだろうか?」
「勿論そのつもりですよ。そうですね。その為には貴君・・・」
「タコガマだ。アド家家臣、タコガマ・サブナルだ」
「ではタコガマ殿。貴方にも手伝っていただきましょう」
ベティもシッチを連れてくると、タコガマは再び感謝の言葉を述べた。
同様に薬物中毒であると説明されると、ハッシマーへの怒りから唇を噛んだ。
口から血が流れているが、それでも我慢が出来ないタコガマに対して、一益はオケツに会う事を提案する。
「そういえば、奴は修行中だと言っていたな。奴は何処に?」
「我等もそこまでは。オヌシ達の襲撃の対応で、忙しかったからな」
「それはすまん!」
「滝川ちゃんは意地悪ねぇ。そういう言い方をしたら、謝るしか出来ないじゃない」
「滝川ちゃんはやめろ」
「だったらカズちゃんにしとく?」
震え出す一益に、タコガマは大きく笑った。
「オヌシのような強者も、苦手なモノがあるんじゃなあ。それが知れただけでも、良かったわい」
「弱みを握られたようで、我は嬉しくないがな」
笑うタコガマとそっぽを向く一益。
そこに長秀が、準備が出来たと彼等に言う。
「ワシ等は何をするんじゃあ?」
「貴方達にしてもらいたい事は、ただ一つ。無理矢理水を飲ませ続けて下さい」
「起きるまでか?」
「いえ、吐くまでです。むしろ吐いても、飲ませ続けて下さい」
「ご、拷問か!?」
「違いますよ!」
無理矢理水を飲ませ続けろ。
彼等は長秀から、拷問の手伝いをしろと言われているようで、躊躇した。
しかし説明を受けると納得したようで、皆で準備に取り掛かった。
「胃の中の中身を全て吐き出させます。残っている薬物を出させて、後は依存症になっていないか確認。幻覚症状などが残るかもしれないし、しばらくは縛り付けたままになります」
「承知した。ニラ、シッチ。頑張るのじゃあ!」
「では、水を飲ませて下さい」
一益とタコガマがニラとシッチを押さえつけ、ベティが水を飲ませ始めた。
二人はすぐに起きると、水を吐き出す。
「ガハッ!ガガボガボボバ!!」
「何か言おうとしているが?」
「聞かなくて良いです。どうせ言っているのは、やめてくれだと思うので」
冷静な声で言う長秀に、三人は少し寒気を覚えた。
その口ぶりから温和に思えた長秀たか、冷徹な面も垣間見えた瞬間だ。
三人は涙目のニラとシッチを憐れに思いながらも、水を飲ませ続ける。
「吐き出してますね。ん?草ではない」
「どういう事だ?」
「てっきり毒草をそのまま与えていたのかと思っていたのですが、薬として精製されています」
「草のままと薬って、違うのかしら」
「全く違いますよ!精製されている方が、効果ははるかに大きいです。タコガマ殿、騎士王国には薬に精通した人物がいらっしゃるようですね」
長秀がタコガマに聞くと、彼は誰の事だか思い当たる節が無いと言う。
アド家の家臣や近くの有力武将にも、薬に強い人物が居ないと言った。
「そうなると、ハッシマー自体が薬に詳しい?」
「ハッシマーの部下かもしれないわよ」
「帝国の人間かもしれんな」
「駄目じゃあ。ワシにはどれも分からん」
いくつもある可能性。
四人はひとまず、ニラ達の介抱に専念する事にした。
「薬というと何でも治す印象がありますが、ひとたび間違えると身体を壊します。良識ある者なら皆を治しますが、今回のように悪意があれば・・・」
「身体だけでなく、精神も破壊するか。恐ろしいな」
「この薬は本来、痛み止めとして使うのが正解なのです。それをこのような形で使用するとは、許せませんね」
長秀の静かな怒りに、皆は静まりかえった。
ただただ、水を無理矢理飲まされて吐き出す音だけが聞こえる。
「全てを吐き出したようですね。それでは、新しい薬を用意します」
「丹羽殿、二人を治す薬を持っておられるのか?」
「持っているというよりは、今から調合するんですよ」
大きな薬箱を持ち出すと、上の段や下の段から様々な粉薬や葉を取り出した。
「わ、ワタクシ達はこれからどうなるのですか?」
「こんな拷問を受けるくらいなら、死んだ方がマシなのだが」
「拷問ではない。二人を治す為なんじゃあ。お館様の為だと思って、ちっとは我慢せい」
「タコガマ殿・・・」
二人はアドの為と言われると、途端に静かになった。
水を無理矢理飲まされて荒かった呼吸も、今では落ち着いている。
「出来ました!この薬を、水と一緒に飲んでいただきます」
「また水!?」
「水は嫌だあぁぁ!!」
二人は水という言葉を聞いて、震え始める。
明らかに様子がおかしい。
「幻覚症状ですか?」
「丹羽殿、本気で言っているのか?」
「丹羽ちゃん、二人は無理矢理水を飲まされたから、水が怖くなっているのよ」
長秀はなるほどと相槌を打つと、代案を出した。
「水が駄目なら、お茶でも良いですよ。ただし、薬の苦さが倍増するかもしれませんが。それが嫌ならお酒と一緒に飲んでも良いですけど、一気に飲まないといけないので、吐いたらまた飲んでもらいますけど。それでも良いですか?」




