四神
誰と戦っているんだろう?
僕はベティと佐藤さんの援護をしようとしたのだが、ベティの方は見当たらなかった。
佐藤さんに聞くと空に居るって言ってたけど、見上げたらほとんど豆粒にしか見えなかった。
ヒト族が空を飛ぶって、どういう事?
パラグライダーとかで滑空するなら、まだ理解出来る。
でも、ここには助走を取って飛ぶような場所は無い。
そもそもパラグライダーなら、まず壁にぶつかるよね。
佐藤さんの説明だと、よく分からないんだけど。
背中にバックパックでも装着して、ジェット噴射でもしてたりして。
そんな技術があったら、帝国すら負けてるか。
国土や人口では負けてるかもしれないけど、騎士王国は一人一人が強いし。
それで科学技術みたいなものを持っていたら、まずこの世界で一番な気がする。
オケツ達みたいな、変な能力もあるしね。
この国、何で鎖国なんかしてたんだろ?
よく分からないなぁ。
そんな事を考えていたら、佐藤さんは敵の中に消えていった。
僕が七割って、多過ぎでしょうよ!
ベティの侮辱した言葉を聞いたシッチは、激昂した。
顔を真っ赤にしたと思ったら、目が充血して息が荒くなっている。
「き、貴様ぁ!我が主であるボブハガー様を、侮辱したなぁ!?万死に値するぞ!」
「いやいや!そんなボブハガー様を殺した奴の手助けをしているのが、アナタでしょうが」
「私がお館様を殺した者の手助けを?何を馬鹿な」
「ハッシマーとかいう奴が、帝国の将軍を味方に引き入れたんでしょ?その将軍がボブハガーを殺したなら、ハッシマーが殺したのと同じじゃないの」
「そ、そんなわけが・・・うぅ!」
荒くなった呼吸に加えて、シッチの様子がおかしくなってきた。
ベティは訝しげに見ていたが、それと同時に警戒を怠らなかった。
しかし異変は、すぐに起こった。
「あ、アンタ、さっき飛べるって言ったわよね。どうして少しずつ高度が下がってるのよ」
「う、うぅ・・・。お館様が死ぬなんてあり得ない。そうだ。私はお館様に命令されて、ここに来たんだ?何故?」
混乱するシッチを見て、ベティは危険を感じる。
そして彼を落ち着かせようと、説得を試みた。
「ボブハガーは死んだのよ。死んだ人が命令なんて、出来るわけないでしょ。アナタ、騙されているのよ」
「黙れえ!お館様は生きている。そう、私の中にはお館様が居るのだ!貴様等がお館様の覇業を、邪魔するというのなら!」
「なっ!?」
シッチの姿が突然消えた。
ベティは慌てて双剣で急所を庇うと、運が良かったのか双剣に衝撃が走った。
自分の目で追えなかった事に、ベティは動揺する。
「は、速いわね」
「だから言った。私は空の支配者だと」
「その言葉、リュミエール様が聞いたら怒るけどね」
「そんな者は知らんわ!」
距離を取ったベティは、今度は落ち着いてシッチを捌いた。
見えずとも感じる。
ベティは相手の位置を把握して、今までと違って大きく回避した。
「余裕を持てば、避けられなくもない」
「フウフウ!貴様はお館様の敵!」
目の充血が酷くなっている。
そして高度が落ちていると同時に、足下の赤い光が荒々しく明滅していた。
それを分かっているのか、彼は落下しながらもベティに攻撃を仕掛けてくる。
「アナタ、このままだと本当に死ぬわよ!?」
「お館様の為に死ぬなら、本望!ゴホッ!」
血を吐くシッチを見たベティは、明らかに動揺した。
「やめなさい!アナタ、ちょっと様子がおかしいわ。一度冷静になりなさい。もしかしたら、騙されている。いえ、洗脳されているのかもしれないわね」
「だ、誰だか分からんが、心配無用。私は負けない」
「もう!やめなさいって言ってるのに!」
佐藤さんの援護って、楽だなぁ。
主に足止めするだけで、勝手に倒してくれるんだもの。
兄さんよりよっぽど楽だわ。
ん?
アレ、ベティ達だよな。
片方が黒から赤に変わってるのは何故だ?
しかも段々と、影が大きくなっている気がする。
もしかして、落ちてきてるのか?
「佐藤さん、ベティ達が降りてきた。もしかしたら、地上で戦うのかも?」
「あら、本当だわ。とうとうあの男、空中戦に耐えられなくなったかな。というか、あの赤い光は何だ?」
佐藤さんが知らないという事は、ベティがやってる事じゃないっぽいな。
赤く光るヒト族かぁ。
冗談だったけど、ジェット噴射のバックパックを背負ってるって話も、現実味を帯びてきたかな。
「佐藤さん、敵の男って何か背負ってた?」
「いや、何も。ただの鎧姿の男だったよ」
ハイ、嘘でしたー。
現実味を帯びてきたとか思った自分が、ちょい恥ずかしい。
口に出さなくて良かった。
「阿久野くん!ベティさんが先に降りてきた!」
「え?うおぉ!ビックリしたなぁ」
猛スピードで落ちてきたベティは、僕の目の前で急ブレーキ。
息を切らしながら、何かを懇願しようとしていた。
「ど、どうした?」
「魔王様、あの男は敵ではないかもしれないです。明らかに精神がおかしい。洗脳されているのかも?」
「洗脳!?精神魔法か!」
「魔王様、精神魔法使えましたよね?」
精神魔法と聞こえた佐藤さんは、少し苦い顔をしている。
彼も初対面は、精神魔法で強制的に行動していたようなものだった。
「阿久野くん!助けられないか?」
「分かってますよ。でも、暴れてる中では難しいから」
「奴を静かにさせれば良いのね。分かったわ」
「ベティさん!」
佐藤さんが大きな声を出すと、上空から双剣を持った男が落ちてきた。
ベティの言う通りだ。
息は荒々しく、目は充血していて口から血を吐いたような跡がある。
普通ではないその姿に、僕は息を呑んだ。
「な、何だコイツ」
「シッチっていう、アド家の家臣らしいわ」
「アド家の家臣!?どうしてボブハガーを倒したハッシマーに、味方してるんだよ!?」
「そんな事、アタシが分かるわけないでしょ!」
「童?お前もお館様の敵か!」
僕を見たシッチが、猛スピードで突進してくる。
ま、マズイ!
「アンタ!」
「た、助かった・・・」
あまりの速さに、土壁も間に合わなかった。
いや、間に合っても突き破られた気がする。
ベティが横から飛び出して、シッチへと体当たりをしてくれなければ、今頃は僕の首は身体からサヨナラしていたかもしれない。
まあ人形の首が落ちたところで、魂の欠片があるなら関係無いだろうけど。
「ベティ、ソイツを無力化して大人しくさせてくれないと、どっちにしろ無理だぞ」
「分かったわ。アタシのとっておき、お見舞いしてあげる」
「とっておき?」
「以前、下賜されたこの双剣。魔王様、アレをやるわ」
あ、なるほど。
でも、何を使うんだろ?
いや、何を使うかはなんとなく想像出来るな。
「佐藤さん!ベティが叫んだら、分かりますよね?」
「あぁ。なんとなくだけど」
「だったらOK!ベティ、こっちは気にするな」
「承知しました」
ベティはそう言うと、両手を前に突き出した。
そして、何やら踊り始めたのだが。
もしかして、僕の想像が間違えてるのかな?
「行くわよ!はっ!ほっ!おういえす!ベティィィィィ!!シャアァイニング!スタアァァァ!!」
間違えていなかった。
やっぱりベティがクリスタルに封じていたのは、光魔法だった。
僕と佐藤さんは用意していたサングラスをして、光を直視しないようにしている。
「があぁぁぁ!!この光。もしや、お、お館様?グフッ!」
シッチの声が聞こえたのでそっちを見ると、ベティに気絶させられた後だったようだ。
ベティの肩にもたれかかるシッチを見て、僕は近付いた。
「この縄で、暴れないように縛って」
「用意良いわね。はっ!まさかそういう趣味が!」
「ねーよ」
この馬鹿、こんな時でもふざけられる精神が凄い。
しかし縄を受け取ったベティの顔は、いつになく真剣だった。
「これで良しと」
「ベティは佐藤さんと掃討戦を。その間に僕が、彼の事を調べるから」
「分かったわ。魔王様、くれぐれもよろしくお願いします」
神妙な顔で言ってくる辺り、本当に心配しているようだ。
ベティの奴、シッチが自分に近い存在だと、無意識に気付いているのかも。
「ベティも行ったし。さてと、これがシッチか。精神魔法だと、何かしら使った痕跡が・・・無いぞ。どういう事だ?」
一益の一撃は、タコガマの腹を打った。
しかし、相当上質な鎧なのだろう。
軽く呻き声が聞こえるだけで、彼には大きなダメージは無い。
「むう!我の一撃に耐える鎧とは。何処の鍛治師が作ったのか知らんが、悔しいわい」
「フハハハ!ドワーフ恐るに足らず!鍛治技術は騎士王国の方が、上のようじゃのう」
悔しくて唸る一益は、大鎚を再び振り下ろす。
タコガマはそれを、大鎚で打ち合った。
すると、タコガマの持っていた大鎚にヒビが入ってしまった。
ニヤリと嬉しそうに笑う一益。
「鎧は上手かもしれんが、武器の精錬に関しては我々の方が上かのう?」
「ぐぬぬ!鎚ぃ!」
タコガマが叫ぶと、同じ大鎚が運ばれてきた。
どうやら何本も、ストックがあるらしい。
「所詮は道具。人も物も、使えなくなれば新しいモノを用意すれば良いだけの事よ」
その言葉を聞いた一益の眉が、ピクリと動く。
そして自らに言い聞かせるようにため息を吐いて、そしてタコガマに言った。
「貴様には使われるモノの気持ちが、分からんようだ」
「使われるモノの気持ちだと?」
「人も物も、誠意を持って扱ってこそだ。人は応えようと頑張ってくれ、物は使用者に馴染むようになっていく。乱暴に扱えば、それだけ自分に返ってくるのだ」
「意味が分からん」
「無碍に扱われると分かっている兵士が、頑張ると思うか?乱暴に扱われる道具が、長く使えると思うか?お前は何も分かっちゃいない」
「御託はいい!ぬうん!」
タコガマは新しい大鎚を振り下ろすと、一益はそれに合わせて下から突き上げた。
普通なら振り下ろした方が、威力はあるはず。
それなのに、粉砕されたのはタコガマの大鎚だった。
「何だと!?」
「それ見た事か!貴様には、使われるモノに対する愛が足りんのだ!」
一益渾身の大鎚が、再びタコガマの鎧を打つ。
タコガマは後ろへ吹き飛ぶと、多くの兵達を巻き込み倒れた。
「流石は滝川殿。拙者、感動したでござる」
「そうだな。俺も今の言葉には、心を打たれるものがあった」
慶次と水嶋も、一益の言葉には思うところがあった。
慶次も長く愛用しているこの槍に、自分の相棒だと認めているところがある。
水嶋に関しては、能力で発現するとはいえ、今の銃を使って何十年にも及んでいる。
一益の言葉には、その通りだと切に思うのだった。
「ワシの鎧を凹ませるとはな。訂正しよう。ドワーフの大鎚はなかなかの物よ!」
「フフン。当たり前だ」
「しかし、ワシの鎧を砕くには至らないな」
「大きく凹んでおるのに、よくもまあそんな負け惜しみを言えるものよ」
立ち上がったタコガマの腹は、鉄鍋が嵌るのではと思うくらいに凹んでいた。
タコガマ自身もダメージがあり、吐血したようだが、それでも余裕は残しているようだ。
「安心せい。ここからが本気だ」
「だから負け惜しみを」
「宿れ、玄武!」
「なぬ!?」
タコガマを緑色の光が包み込む。
発光が収まると、タコガマの身体には新たな鎧が装着されていた。
緑色に光淡く光るその鎧は、明らかに先程よりも神々しかった。
「見たか!これがワシの真の姿、玄武じゃあ!この姿になったワシには、傷一つ付けられんと思え。そう、ワシはお館様の盾。アド家を護るタコガマとは、ワシの事だあ!」